25. 帰投
■ 2.25.1
結局その日、達也は三回の出撃を体験した。
一度目は、インドシナ半島側からの一次攻撃隊として夜が明ける前から出撃し、弾を撃ち尽くしたので二次攻撃隊が合流する少し前に引き上げた。
二度目は、一度目の出撃からバクリウ基地に戻り、燃料と弾丸を補給し、人間の方もごく軽い食事を摂って、整備兵の整備完了の報告を待ってすぐに戦場にとんぼ返りだった。
一度目の出撃で4287TFS B中隊長であり且つB1小隊長でもある、上官のパナウィー大尉の言いつけを守らず、多数の敵機に囲まれて窮地に陥るという失態を演じた達也は、二度目の出撃ではとにかくパナウィー機に追従することを最優先した為、一度目のような事態に陥ることは無かった。
ただ、20mm砲の装弾数の問題を解決するために達也の機体の左右翼下パイロンに懸架された20mmバルカンガンポッドは思いの外重く、ほぼ同数の20mm砲弾を胴体に組み付けられたコンフォーマルタンク内に内蔵する事で質量分散を抑制しているパナウィー機に対して、あらゆる機動で僅かな遅れが発生するのはどうにも改善しようのない問題だった。
逆にその僅かながら機動性に劣る自機を操って、如何にパナウィー機に完璧に追従するかという試行を重点的に二度目の出撃で行い続けた結果、帰投の指示が下る頃にはパナウィー大尉の僅かな癖や挙動の雰囲気から、次に彼女がどの様な動きをするか大凡予測が付くようになっており、彼女の機体の右後方30mにピタリと付け、まるで曲技飛行隊の演技であるかのようにその位置を維持したまま戦闘機動を行うことが出来るまでになっていた。
「はぁ・・・極端なやつだね、アンタは。」
二度目の出撃で、パナウィー機がほぼ弾丸を消費し尽くしたため僚機の残弾数を確認する彼女に、九割近く残っている残弾数を報告すると呆れた声で溜息交じりに言われた。
とにかく一定の位置を保ってパナウィー機に追従することを最優先にしたので、殆ど敵を撃墜していないし、そもそも殆どバルカン砲を撃っていない。
それは何も一度目の出撃で勝手な行動を窘められた事への意趣返しという訳では無く、部隊内の他のF16V2よりも僅かに運動性の劣る自機を如何に操るかという問題と、戦闘機動においても小隊長機を如何に確実にフォローするか、という二点のみに絞って、二度目の出撃の間中徹底的に追求した結果だった。
そう言うと横で大笑いしていたアランが、
「いやいや、あんだけキョーレツ激しい戦闘の中で、敵に目もくれずに隊長のケツ追っかけてて一発も食らってねえとか、たいした才能だわそれ、お前。」
と、膝を叩いてさらに馬鹿笑いを始めた。
達也としては本来やれと言われていたことを全力を持って実行したに過ぎず、呆れられたり大受けされたりするのはどうにも釈然としないものがあったのだが。
三度目の出撃では、いわゆるアンカーと呼ばれる役割を割り振られた。
二度目の出撃から戻り弾薬と燃料の補充を待っている間に、どうやら作戦の主目的である海底通信ケーブルの敷設に目処が立ったようだった。
三度目の出撃の際にまだ通信可能圏内にいるAWACSから飛んできた指示は、戦線の維持に協力しつつ、作戦を完了して帰投する友軍機を追撃し防空圏内に侵入しようとしてくる敵戦闘機の排除、と云うものだった。
つまり有り体に言ってしまえば、弾も燃料もたっぷり持っていて人間の方も休憩したばかりなのだから、弾を撃ちつくし気力体力共に限界まですり減らした味方が、家に帰るまでの安全を確保するための殿を務めよ、と指示されている訳だった。
二度目の出撃で、パナウィー大尉の機動に慣れ、自機の挙動に慣れたのが功を奏した。
パナウィー機を頂点とした、アランと達也の三人で組まれたデルタ編隊は、徐々に戦線を縮小し消耗の激しい小隊から一機また一機と戦闘空域を離脱し帰投していく地球側の攻撃隊を守り、最前線を飛び回って縦横無尽の活躍をした。
それはまるで一つの二等辺三角形が戦場を駆け巡り、その翼に触れる敵を全て滅していくかの様な、血生臭く汗と硝煙とでくすみ汚れた戦闘空域の中で軽やかに宙を舞い駆けるという空と飛行機の本来の関係をパイロット達の心に思い出させる様な、一種幻想的な光景をその場に居た者達の記憶に残した。
三度目の出撃が終わり、バクリウ基地に辿り着いた。
アンカーという役割である都合上、基地まで帰投する際にも最後まで気を抜くことは出来なかった。
余計な色気を出したファラゾア機が、いつぞやのように突然基地に向けて侵攻してくるか分からないからだ。
地球人同士の戦いであれば、敵の制空圏の奥深くにある基地に向けて少数で突撃するなど、何かの奇襲作戦でも無ければあり得ない事だったが、ファラゾアは希にその様な手を打ってくることがあった。
地球の航空機に較べて絶対的な速度の優位性を笠に着た行動である事は想像がついたが、なぜその様な無駄なことをするのか解明されていなかった。
数に於いても絶対的な優位を持つため、僅かな戦力の損耗など気にせず、強行偵察を行っているのではなかろうかと推測されていた。
だが実際のところは、基地に辿り着いた時点で三機とも残弾が10%を割り込んでいた。
三機合わせて7000発を超える20mm砲弾の殆どを使い切って、最後に彼等は前線で暴れ回ったのだった。
もちろんアンカーの役を割り当てられたのは達也達三機だけではなかったので、実際にファラゾアが送り狼のようなことをしたとしても他の小隊が対応するのではあるが、少々調子に乗って暴れすぎたと、口には出さずにパナウィーは冷や汗をかきながらバクリウ基地を目指したのだった。
三機は見事なデルタ編隊のままバクリウ基地の滑走路に降り立った。
ドラグシュートは使わず、エアブレーキを全開にしてあとはフットブレーキを操作するだけで、軽量のF16は2700mあるバクリウ基地の滑走路の2/3程度で十分減速することが出来る。
完全に速度を殺し切れていないかなりの速度でパナウィー機がタクシーウェイに進入し、アランと達也もそれに従って滑走路から外れた。
最低限の安全性を確保出来ていれば、後は一秒でも早く滑走路を開けようとする最前線の基地ならではのやり方なのだろうと達也は理解した。
実際に、被弾し火災を起こした機体が一刻の猶予も無く真っ直ぐ滑走路に突入してくることもありうるのだ。
三機横一列に並んで格納庫前の駐機スペースに機体を停止した。
補給のタイミングによってアンカーを命じられた彼等が4287TFSの中では最後に帰投した小隊だった。
機体が停止し、キャノピーを開けると整備兵が駆け寄ってきてコクピットにラダーを掛ける。
ラダーを登ってきた整備兵は、初日に人なつこく話しかけてきたあの男だった。
確か仲間からフランシスと呼ばれていたと、達也は思い出した。
「お疲れさん。大層ご活躍だったみたいじゃねえか。」
整備兵は達也がシートハーネスを外すのを手伝う。
「いや結構ヤバかったんですよ。」
達也は一度目の出撃の最後に多くのファラゾア機に包囲されて進退窮まりかけたときのことを思いだしていた。
「当たり前だ。奴等だってただで落とされたかねえだろうしな。」
まあその通りだろうな、と思いつつ、達也はヘルメットを脱いだ。
人間の身体の限界を試すような激しい機動を繰り返し、汗だくになったヘルメットの中は蒸れて、洗濯にでも出したいほどだった。
加えて南国の太陽が降り注ぎ、しかも国連軍のパイロットスーツはヘルメットからグローブに至るまでご丁寧に全て黒で統一されている。
地上に降りると、暑いことこの上ない。
部隊ごと国連軍に出向したパイロット達は自国の装備を使用するが、達也達のように個人で国連軍に所属するパイロット達は国連軍から支給された装備を身につけているのだ。
「先に降りて来たランビエン(4288TFS)の連中が言ってたぜ。アンタ達の小隊、魔法でも使ってるみたいだった、ってな。」
「魔法?」
「まるでアクロバットチームみてえにデルタ編隊のまま飛び回って、たまにばらけて敵を攻撃したと思ったら、一瞬後にはもうデルタ編隊に戻ってる、ってヨ。それでいて次から次に敵を叩き落としていくもんだから、あいつら魔法でも使ってやがんのか、て話になったらしい。エースに張り付いて、負けねえ働きするたあ、やるな、新人のくせに。」
「エース?」
「パナウィー大尉だよ。チムン隊3番機パナウィー大尉っちゃあ、エルボ隊のイイガサ大尉と張り合うこの基地のエースだ。バッタバッタ敵を墜とすくせに、殆ど被弾しねえ。普通なら付いていくだけで精一杯だろうが、アンタは新人のくせに一緒んなって敵を墜としまでしてるってえじゃねえか。たいしたモンだわ。」
そう言って整備兵はニヤリと笑いながら拳を突き出してくる。
「先導してる大尉の腕が良いからですよ。俺はそれに付いて行くだけで良い。」
「普通の新人はそれさえも出来ねえんだがな。」
達也も笑いながらその拳に自分の右手の拳を軽く打ち付けた。
その話題のパナウィー大尉が自機を降り、こちらに歩いてくるのが見えた。
自分を見ているパナウィー大尉と眼が合ったのを達也は感じた。
どうやら自分と何か話したいらしい、と気付いた達也は、ハーネスを脇に払って立ち上がる。
同時に整備兵が地上に飛び降りた。
「お疲れさまでした!」
達也が地上に降りると、ビシリと敬礼をした整備兵が脇で声を上げた。
その顔は笑っているが。
崩れた答礼を返し、達也は自機の機首の下でパナウィー大尉がやって来るのを待った。
後ろで整備兵が再びラダーを駆け上がる音が聞こえる。
アラン機の機首ピトー管の下をくぐり、大尉が近づいて来た。
「お疲れさま。生き延びたわね。あれに付いて来られるとはなかなか。とても新兵とは思えない。」
声の届く距離になり、パナウィーが笑いながら言った。
黒髪と相まって、かなり目付きの鋭いキリリとした顔立ちなのだが、笑うと途端に人なつこい印象を受ける。流石タイ人、と達也は思った。
「どうにかこうにか、ってところですよ。付いていくだけで精一杯でした。」
「謙遜しなくて良い。的確に敵に攻撃を加えていたし、無駄弾も殆ど無かった。安心して後ろを任せられる。」
そこに隣に駐まった機体から降りて来たアランが加わる。
「やるじゃねえかタツヤ。お前ただモンじゃねえな。ホントに新人か? 大尉のケツ追っかけるだけじゃ無くて、キッチリ俺らと同じくらい撃墜してただろ。」
「アラン? アンタそう言う下品な言い方止めなさいよ。」
「なんでえ。付いてこいつったのは大尉だぜ?」
「『ケツ』なんて言ってない。」
「んじゃ、おケツ。」
「・・・アンタ、あたしの前飛ぶときには『ケツ』に気をつけなさいよ。」
「うほ、ヤベエ。オレ大尉に掘ら・・・ごふ。」
パナウィーの右手の拳がアランの腹を撃ち抜いた。
まだ戦いの高揚感覚めやらぬじゃれ合いだった。
仲の良い上官とその部下だった。
達也にしても、ゲームの中でこそ何度も経験した作戦完了後の着陸だったが、エプロンに駐機してキャノピーを開けたとき、初めての出撃を生き延びた事と、初陣で両手の指で足りない数の撃墜数を稼いだこと、作戦を成功裏に終わらせたことや、何があってもパナウィー機の後ろを付いていくという課題を満足のいく結果でクリアできた事など、色々な喜びの感情が身体中を駆け巡り、思わず大声で叫んでガッツポーズを決めたくなったくらいだ。
それをしなかったのは、高揚感よりも安堵による脱力感の方がより大きかった事と、既に整備兵がラダーを掛けてコクピットに登ってこようとしていたからという二つの理由による。
「お腹が空いた。タツヤ、行くよ。」
身体を二つに折ったアランの耐Gベストを右手で掴み、引きずるようにしてパナウィーが言った。
「仰せのままに、女王陛下。」
パナウィーは達也に一瞥をくれると、空いている左手を拳にして達也の胸を軽く叩き、未だ悶絶しているアランを引きずって達也の脇を通り過ぎていった。
絶え間なく高Gが掛かる戦闘機動を長時間続けたせいで、実は少なからず内臓にダメージを負っており、とても何か食べようなどという気にはなれない達也だったが、飲み物くらいなら付き合えるかとパナウィー達の後を追った。
そして、同じ様な戦闘機動を続けた後でも平然と腹が減ったと言うパナウィーの後ろ姿を見て、敵わないなと苦笑いした。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
途中記述が出てきてますが、国連軍部隊には2種類あります。
① 部隊ごと国連軍に貸し出され(出向)た部隊
② 国連軍に出向した兵士で編制された部隊
現在の国連軍は多分殆どが①の方だと思います。
作中でもバクリウ基地に日本や台湾から部隊が来ていますが、①の部隊です。
②は達也達の部隊のように、国連軍に出向或いは所属する兵士達で構成されるものです。
①が部隊内がほぼ単一の国籍の兵士で構成されるのに比べて、②の部隊の兵士の国籍は様々な物になります。
例えば日本と米国の様に、有事には同盟国の部隊を展開可能であるという軍事同盟を結んでいる国はともかく、それ以外の国には便宜上、西や東、宗教色や国家の体制などの色が(建前として)付いていない国連軍として部隊を展開させる必要があったためです。
軍事力のある国は部隊ごと貸し出すことが出来ますが、そうでない国は兵士単位で国連軍に貸し出す(出向させる)しかなくなります。
世界最大の軍事国家であった米国の軍隊がほぼ崩壊しており、ロシアは自国で手一杯です。
ここぞとばかりに中国が国連に大量の人材を投入して国連内部の主導権を握ろうと動いていますが、これ以上中国に人材を出させると、国連を完全に中国に握られてしまうので、他の国々が少しずつでも兵士を出して、これ以上中国の影響力を大きくしないようにしている、と言った状態です。
で、航空戦力に関してはとても部隊ごとの出向なんて事は出来ないシンガポールは、達也達のように新兵の中から少しずつでも出向する兵士を出している、という状況になります。
・・・長くなってしまった。やっぱり作中で書けば良かった。