48. 宇宙は広い
■ 12.48.1
自室に居たヘンドリックは、予想したとおりの襲撃を受け、そして予想したとおりにかれこれもう三十分近くも仕事に手が付けられない状態におかれていた。
少し首を傾げてうんざりとした表情で冷たい視線を投げかけ、木製のデスクの表面をいかにも苛立っているという風に右手の中指と薬指でかなり速いリズムで叩き続ける事で意思表示をしているのだが、勿論この程度の消極的な意思表示に気付けるような相手ではないし、例え気付いたとしてもそれを考慮して遠慮するような男でも無かった。
その男はいつも通り、デスクを挟んでヘンドリックの向かい側に立ち、ミュージカルの演者さながらの大きな身振り手振りで溢れ出る感情と共に大きな不満と少しの喜びを全て同時に全身を使って表現するというパフォーマンスを行っていた。
「考えてもみたまえ。これまでは破壊されたファラゾアの戦闘機械という、文字通り死んだ標本からしか情報を得ることが出来なかったのが、まさに生きて動いている実物が目の前にあったのだよ。そんな千載一遇のチャンスを、政治家どもなどと云う科学音痴どもが、それがどれほどの価値があるものなのかなど理解できていたとはとても思えないね。口先ばかり上手くて知識の伴わない者が、意味のある行動を取れたとは絶対に思えないのだよ。絶対に、だ。そんな連中でさえ宝の山を受け取ることが出来たというならば、しかるべき者がその場に臨席していたとしたら、一体どれほどの価値あるものを引き出せていたことか。そう、宝の山だよ。知識があり、理解する能力があることを示せたのなら、まさに宝の山であった彼等の船の中を見せてもらうことさえ出来たかもしれないではないかね。何という幸運、何という損失だろうね。彼等は自分達がどれほどの大きな獲物を取り逃がしたかなど、まるで分かっていないのじゃないかね。君もそう思うだろう? 彼等はもう二度とこの太陽系を訪れることはないと言ったのだろう? 詰まりもう二度と、あれほどの宝の山を拝むことなど出来ないということだよ。なんたる機会損失。なんたる大きな損失だろうね、これは。」
詰まりは、目の前で延々と独演のオペラのように無念を訴え続けているこの男は、ラフィーダがこの地球を訪れ、地球人類が歴史上初めて友好的な異星人との接触を行ったその場に自分が居なかったこと、或いは例え自分ではなくとも少なくとも彼等異星人の技術を理解し、適切な質問と意見を発することが出来る科学者、技術者、或いはもしかするとSF作家が、二度目のファーストコンタクトの場に臨席していなかったことについて大いに不満を感じている、ということを延々と主張し続けているのだった。
トゥオマスがラフィーダとの会談に参加していなくて良かった、と、目の前で相変わらず激しく主張を続ける彼を見ながらヘンドリックは思った。
この男は例え相手が初顔合わせの異星人であろうとこの調子を崩さないだろう。
ラフィーダの特使を相手に、場の空気も読まず相手の都合も考えず、不遜な態度で延々と自分の興味あることのみを喋り続けたに決まっている。
こんなある種のコミュニケーション障害な男が平均的地球人だなどと思われた日には、いや、こんなのが地球に棲息しているなどと知れただけで、ラフィーダはそれが生まれた危険な土壌である地球ごと地球人を抹殺する決定を下していたに違いない。
もう充分だろう、とヘンドリックは軽く溜息を吐いた。
そろそろお互いに仕事に戻っても良い頃だ。
いい加減長い付き合いになってきたこの男が、ある程度不満を吐き出してからでなければ、いつもの比較的まともな奇人に戻らないことはこれまでの経験で良く知っていた。
今回はとびきりの大舞台に直接自分で出演できなかった分だけ不満もそれなりに大きいようだったが、とは言えそろそろまともな会話が出来る状態に戻ってもらわねば困る。
こちらの仕事の手も止まったままで、トゥオマス自身の仕事も当然止まったままだ。
目録を流し読みするだけでも様々な分野で革新的な進歩が望めそうだということが分かる、ラフィーダがもたらした大量の機器や情報の解析を行うという大仕事がお互いに待っているのだ。
ファラゾア情報局という名の組織ではあるものの、友好的に接触してきたラフィーダという別の異星種族を担当する適当な組織が他に無く、異星人が持つ遙かに進んだ様々なものの解析とその用途を考える専門の組織として、この度ラフィーダからもたらされた多くの機器や情報について、他の適当な機関への仕事の割り振りを含めてほぼ全てを任されてしまっているのだ。
僅か二十人ほどのチームから始まったここも、思えば随分巨大で力を持つ組織に育ったものだ、とヘンドリックは自分が統括する部署の歴史と成長に思いを馳せながら、未だ激情を迸らせ続ける目の前の変人を平常運転に戻すための戦略を変えて、積極的行動に出ることにした。
「トゥオマス。いい加減にしないか。異星種族技術解析の第一人者としてあの場に居られなかった事の無念さは理解する。だが今君の眼の前には、それを補って余りある程のエキサイティングなガジェットが山積みになっているだろう。ここで喚き散らしている暇があるならば、一つでも多く新しいオモチャを楽しむ時間に割くべきじゃないかね? そうだろう?」
相変わらず小刻みに右手の指でデスクの表面を叩いて苛立ちをアピールしながら、ヘンドリックは低く静かに、しかし力強い声でデスクの向こう側の元大学教授に語りかけた。
これでいて異星人が持つ科学技術やそのメンタリティを解析させ、それを応用した機械装置の開発や戦いの戦術を考えさせれば人並み外れた有能さを示すのだ。
困ったものだった。
「まさにその通りだよ。ファラゾアという邪魔な連中が消えた今が、ラフィーダがもたらした多くの技術を解析して自分達のものにするには最高のタイミングだよ。どうせまた連中は性懲りも無くやって来る。次に来た時にこそ我々自身の手で直接、奴等の艦隊を殲滅出来るだけの力を蓄えるべき時だよ。こんなところで無駄な時間を潰している暇など無い。失礼するよ。」
「トゥオマス。トゥ、オ、マ、ス。ちょっと待て。」
と、そのように仕向けたヘンドリック自身さえ驚かすほどにその奇人は突然我に返り、そして身勝手にもこの場から即時退出しようとする元教授を彼は呼び止めた。
まともに戻ったならば、訊きたいことは沢山ある。
むしろ散々仕事の邪魔をされた分だけ、今度はこちらの都合に付き合ってもらうつもりだった。
「何か用かね。私は忙しいのだが? 君は私の貴重な時間を無駄に浪費させる気かね?」
一瞬殺意が芽生えかけたヘンドリックであったが、この男との長い付き合いの中で強く鍛え上げられた忍耐力を総動員してそれを堪え、平常心を保ちながら言った。
「大事な話だ。君は次のファラゾアの来襲をいつ頃だとみている? どれくらいの規模で来ると思う? それまでに我々はどれ程の戦いの準備が出来ていると思う? 上から問い合わせが来ているんだ。君の意見を聞いておきたい。」
太陽系に居座り人類の脳ミソを収穫していた艦隊は消滅したが、ファラゾアとの戦いが終わったわけでは無かった。
収穫用に派遣した艦隊が消滅したと知れば、当然次の艦隊を送り込んでくるだろう。
これまで何度も増援艦隊を太陽系に送り込もうとして太陽系外縁艦隊に阻止されてきた事から、従来の増援艦隊よりも大規模な艦隊を送りつけてくる事さえ考えられた。
「その件は先日も話し合った筈だけれどね。あの時も言ったように、私の個人的見解では、ファラゾアの次の来襲は一年以内、艦隊規模は千五百から三千隻、だよ。太陽系外縁艦隊の助けが無ければ、我々人類だけではとても太刀打ちできない艦隊規模だよ。今回の第二次火星侵攻作戦で、第一機動艦隊は多少の損害を出したものの、一隻も失われずに地球に帰還してきた。とは言え、一年以内に作戦投入可能なほどに仕上がる艦は、巡洋艦三隻と駆逐艦六隻のみだよ。無理をしても、巡洋艦二隻と駆逐艦が三隻増える程度だね。千五百隻のファラゾア艦隊にとても敵うとは思えない戦力だよ。
「我々地球人にはまだ2000mを越える艦を造る技術が無い。正確には、船殻はなんとか作れても推進器がそれに追い付かない。2000m級の艦を動かすとなれば、大型のリアクタ六基とAGGが最低でも十五基必要になるけれど、十基以上のAGGを完全同期して動作させようとすると難易度が急に跳ね上がる。制御するには高速大容量の演算ユニットで走らせるAIが必要になるけれど、現在の我々の電子回路技術では処理速度が今ひとつ心許ない。演算回路が高負荷になる戦闘中に、艦が突然推進力を失うなどという悲惨な状態に陥りたくなければ、止めた方が良い。動かすためにはこの間ラフィーダから恵んでもらった演算回路技術が必須だろうと思うね。しかしあの技術を解析し最適化するには、いくらマニュアルを添付してもらったからと言って、基礎技術をものにするだけでもどんなに急いでも数年はたっぷりかかる筈だよ。つまり、間に合わない。
「私としては、この間の火星侵攻の時の突撃救出作戦に投入したタカシマの新型機、シエンクラスの一人乗りコルベットを大量に建造することをお勧めするね。それと開発中のバイデントの完成を急いだ方が良いだろうね。バイデントなら5000m級戦艦のあのシールドも抜ける筈だよ。理論上はね。バイデントを十発ずつ、五百機のシエンに搭載して迎撃する。これで千五百隻の2/3は撃沈できるはずだよ。そして従来のファラゾアの戦術的傾向から、連中は開戦戦力の2/3を失うと撤退する可能性が非常に高い。もし連中が三千隻でやって来るなら、こっちも倍の千機で迎え撃てば良い。千五百機あれば盤石だろうね。」
トゥオマスは、いかにもすぐにこの部屋から出て行きたそうに、ヘンドリックに向き直るとまるで他人事のような口調で一気に喋りきった。
トゥオマスがいま口に上らせたバイデントとは、彼自身が参加していた火星侵攻プロジェクト「アンタレス」が中心となって発案し、地球連邦軍が開発を進めている新型の対艦ミサイルの名だった。
その名は、冥府の神ハデスの持つ二叉の槍。
二度に渡る火星侵攻作戦で、鳴り物入りで投入された第一機動艦隊と、共に突撃した地球連邦軍の精鋭パイロットを集めた戦闘機隊をして、まるで歯が立たなかった5000m級戦艦の半透型シールドを抜くために特化して開発されたそのミサイルは、冥府の神の持つ槍の名を冠するに等しい能力を持つ。
バイデントミサイルに弾頭は無い。
全長15m近い本体の前部に三基のAGG、中央部にリアクタ、後部に三基のAGG/GPUを持つ。
三基のAGG/GPUの並列搭載により4000G近い加速力を叩き出す推進力は、ミサイル本体を光速の約30~60%で敵艦に向かって突入させる。
敵艦に着弾する直前、5000m級戦艦であればかの半透型シールドに接触する直前に熱核融合リアクタをオーバードライブさせ、生じたエネルギーを全て六基のAGGへと叩き込む。
膨大な量のパワーを受け取ったAGG六基はこれもまた完全なオーバーロード状態に陥り、僅か一瞬だけ巨大且つ強力な空間の歪みを発生した後に、焼き切れて破壊される。
その焼き切れるまでの僅かほんの一瞬、発生した強烈な空間の歪みは光さえも巻き込み、ごく僅かな限られた範囲ではあるが、何ものも逃げ出すことの能わない重力傾斜を持つ点となる。
即ち、人工ブラックホールの生成である。
今の地球人類の技術力では、小数のAGGを用いて安定した人工ブラックホールを生成する事はまだ不可能だった。
だが、AGGが一瞬で破壊されるほどの強大なパワーを注ぎ込み、オーバーロードで焼き切れるまでのほんの僅かな時間であれば、直径僅か数mmの空間に於いて脱出速度30万km/sを越える超高重力空間を生成することが出来る。
いわゆるシュヴァルツシルト半径僅か数mmの大きさのこの人工ブラックホールは、その事象の地平線をもってかの半透型シールドを突き破ることが可能であると考えられていた。
火星侵攻作戦時に、戦闘宙域周辺に多数配置されていた観測艦による観測データから、かの半透過型シールドは空間の歪みを利用したものであることが判明しており、シールド着弾時の重力波パターンと太陽系外縁でジャンプイン/アウトするファラゾア艦やラフィーダ艦の発生する重力波との類似性から、着弾したレーザー光や弾体を遙か彼方の空間に転移させるタイプのものであろうと推察されていた。
ブラックホールの事象の地平線の内側は既存の時空間とは完全に切り離され、外部からの影響を一切受け付けない状態にある。
即ち、シールド表面にて遙か彼方の空間と接続されている不連続な空間の断層を、より強烈な空間の断層をもって上書きして強引に空間を繋いでしまいシールドを突破するというのがこのミサイルの基本構想であった。
シュヴァルツシルト半径が僅か数mmであるため、シールドに開けられる穴もそれに応じた大きさとなり、ミサイル本体がその穴をくぐり抜けることは叶わない。
しかし、僅か数マイクロ秒の寿命しか持たない事象の地平線は、シールドを突破した後崩壊しながらもそのまま突き進み、まだ充分過ぎる空間の歪みを維持したまま敵艦体に到達する。
それは言わば歪曲された空間、或いは超高重力の塊を直接艦体に叩き込まれるようなものであり、局所的に高重力をかけられた敵艦は、その空間の歪みに巻き込まれ強烈な潮汐力に食い千切られる様に艦体を破壊される。
要は、急速に崩壊するニュートロン弾を光速の50%もの速度で艦体に打ち込まれた様な状況であり、僅か一瞬の間であっても敵艦が被る被害は甚大なものとなることが予想されていた。
惜しむらくは、六基のAGGの爆発的高ロードによる事象の地平線の生成試験に未だ成功したことが無いこと、そして例え試験に成功しミサイルが完成したとしても、現時点でソル太陽系内に標的となる5000m級戦艦が存在しないために、例の半透過型シールドを本当に突破できるかどうか実証試験が困難であることだった。
「まあ落ち着けよ、トゥオマス。ラフィーダのオモチャは逃げたりしない。このややこしくなってしまった世の中にもう少しヒントを置いていってくれても罰は当たらんさ。」
そう言って、言葉を切るなり再び踵を返そうとしたトゥオマスを呼び止める。
本当にやられた分だけやり返す、という訳でもないのだが、地球人類を取り巻く環境が激変した今、トゥオマスと話し合いたいことはいくらでもある。
「時間は逃げていくのだがね。光陰矢の如し(Time flies)と言うだろう。」
その言葉はそっくりそのまま約十分前のお前にくれてやる、と内心毒づきながらも、笑顔で片眉を上げてその言葉への返答としたヘンドリックはさらにトゥオマスへの質問を続ける。
「次のファラゾア艦隊がやって来たとき、例の太陽系外縁艦隊は動くと思うかね? 彼等は我々の味方をしてくれるだろうか。或いは共に戦ってくれるだろうか?」
トゥオマスは軽く鼻を鳴らすと、ヘンドリックを正面から見ながら言った。
「どうだろうね。彼等はとにかく自分達の姿を隠したがっている。自分達が地球人にすでに探知されているであろう事は知っているはずだけれどね。それでも彼等は地球人にコンタクトを取ろうとしない。コンタクトの仕方を知らないなんて有り得ないよ。ラフィーダが英語で軍用周波数帯を使って返信してきた例がある。エッジワース・カイパーベルトに居座って十年以上の彼等なら、我々の軍用のスクランブルバーストデータ送信さえも朝飯前で再現してみせるだろうね。
「ということは、ファラゾアが外縁に到着したとき、我らが宇宙軍艦隊がそれに対して迎撃行動を起こしたとして、我々地球人に姿を見られる可能性がある戦いに彼等が参戦してくるかどうか、私は少々疑問に思っているよ。もっとも、宇宙軍の艦隊が地球軌道を発進して、ファラゾアの艦隊と接触するまでには何日もかかる。一方、これまでファラゾア増援艦隊が到着した時には、彼等は太陽系外縁のあちこちから一斉に集まってきて、僅か半日でファラゾア艦隊を殲滅するか、完膚なきまでに叩きのめして、撤退せざるを得ない程にまで打ち負かしているね。それを考えるならば、彼等が今まで通りにファラゾア艦隊を潰しにかかったとしても、我々の艦隊が現地に到着する頃にはとうの昔に全て終わっていて、彼等も落ち着いて身を隠す時間を充分に取れるわけでもあるね。何とも言えないね。
「やっぱり彼等からの返信は無いのだろう?」
ラフィーダにはコンタクトを取るなと言われてしまったが、ファラゾア増援艦隊と推定される艦隊を殲滅し、地球人類に対しては害を成したことが無い太陽系外縁艦隊に対して、味方では無いかもしれないが少なくとも敵であることは無いであろうと、実のところこれまでに様々な手段で何度もコンタクトを試みてきた。
しかし彼等はファラゾアと同じく、どの様な方法で何度呼びかけようとも、地球人類の呼びかけに応えることは無かった。
どうやらこの宇宙には、人見知りで引っ込み思案でコミュニケーション障害の異星生命体しか棲息していないらしいと、半ばコンタクトを諦めかけていたところに、今度はちゃんとした受け答えの出来るラフィーダからの返答があったため、実を言うと関係者一同ラフィーダの返信に驚かされつつ、一方では胸を撫で下ろしていたのだ。
どうやらこの宇宙にも、ひとの話にちゃんと受け答えできるまともな生命体も住んでいるようだ、と。
一世紀ほど前には、この宇宙には自分達以外の生命体はいないのかと、まるで迷子になってしまった子供が母親を探すかのように必死になって異星生命体を探し回っていたものだったが、その頃に較べればなんと贅沢で且つ滑稽でもあり、そして深刻な悩みであったろうか。
「無いな。ラフィーダとコンタクトを取ったことで何か状況が変わるかとも考えられたが、いまだ反応は無い様だ。彼等は完全にダンマリを決め込んでいるらしい。」
「彼等の元に特使を送り込む計画もあったね。効果の程はかなり疑問が残るけれども。」
ヘンドリックが興味のある話題を次々に提供しているからか、トゥオマスは身体を完全に彼の方に向けて、落ち着いて話をする姿勢になっている。
移り気且つすぐに周りが見えなくなる変人ではあるが、それを逆手にとって誘導すればこうやって時を忘れてでも議論の相手になってくれる。
それがトゥオマスという男の長所でもあり短所でもあった。
この辺りの操縦術についても、長い付き合いの間でヘンドリックが獲得したスキルの一つであると言える。
連邦政府発案で、宇宙軍の駆逐戦隊を一部隊、エッジワース・カイパーベルトまで進出させ、すぐ近くから太陽系外縁艦隊にコンタクトを取る計画が進められていた。
彼等の住処のすぐ近くまで行って、コンタクトを取りたいのだという意志を明確に示し、そして例え相変わらず彼等からの反応が無くとも、あわよくばすぐ近くからであれば彼等の存在を探知出来るのではないかと考えられていた。
少なくとも、問答無用で殲滅されるようなことは無いであろう、と。
そうしたいのであれば、彼等の戦力をもってすれば、地球などいつでも好きな時に何回通りでも星ごと殲滅できるであろう。
事によると、太陽系ごと消滅させる事さえ出来るのかも知れない。
少なくともトゥオマスは、そう予想していた。
それをしないという事は、彼等が敵では無いと判断出来る重要な材料であると考えられていた。
いずれにしても、ラフィーダの特使が最後に念押ししてまで言い残した言葉は完全に無視されていた。
同盟を組むことを拒否し、さらには「次に会うときは敵」などと言い放った彼等の助言は、全てが地球人側に立った発言では無く、彼等自身の打算も多く含まれているものと解釈されたためであった。
彼等から相当な量の技術供与を受けたにもかかわらず。
「ラフィーダは彼等が何者であるか知っている様だったらしい。その上で、コンタクトを取るのは我々のためにならない、と言ったとか。
「ただ単にラフィーダに対して敵性勢力であるからコンタクトを取るなと言った、と考えるには少々筋が通らないな。太陽系外縁艦隊は、前回も今回も、ラフィーダに対して一切の敵対行動を取っていない。ファラゾアに対しては、あれほど敏感に反応するのに、だ。」
「ラフィーダは彼等のことを敵だと思っているが、彼等太陽系外縁艦隊はラフィーダのことを敵だと思っていないのかも知れないね。事によると、ラフィーダとコンタクトを取った我々地球人を仲介して、自分達のことを敵だと認識しているラフィーダと繋ぎを付けたいのかも知れない。講和か、停戦か。或いは捕虜の交換とかね。あくまで個人的な想像だよ。証拠も何も無い。荒唐無稽な話だよ。」
「ああ、分かっている。我々地球人類にしてみれば未知の世界だ。未知の世界であるならば、未知の理由が原因の不思議が山のように存在してもおかしくは無い。ラフィーダの『次に顔を合わせたときは敵』宣言も、まるでお伽噺かフィクションの様な話だ。
「だから多分、我々が幾ら呼びかけようとも連中が一切返答しないのも、思いもよらない様な不可思議な理由なのだろう。宇宙は広い、というわけだ。」
そう言ったヘンドリックの顔を、随分機嫌良さげに見えるトゥオマスが笑いながら見ている。
珍しい事だった。
「そうだね。どうやらやっと君も、未知なる宇宙を相手に想像力を膨らませることが出来る様になったみたいじゃないか。」
「変わりもするさ。元々私はドイツ財務省の官吏だったんだ。いつの間にかこんな所まで流れてきて、こんな机に座っているがね。
「財務という究極の現実の様な仕事から、異星人を相手に情報収集を行うなどというフィクションの極みのような仕事にシフトしたのだ。やっと仕事に慣れてきたところだよ。」
そう言ってヘンドリックは肩を竦めた。
もちろん、ファラゾア情報局の情報収集解析能力と、それを指揮するヘンドリックの手腕には誰もが一目置くところである。
「さて、私はそろそろ本当に失礼するよ。ラフィーダが寄越した演算回路デザインの一次解析結果が出ている頃だ。さしもの中国人達でさえ何年かかってもコピーすら出来ない彼等の演算回路の問題に決着がつけば良いんだけれどね。」
そう言ってトゥオマスは踵を返し、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって落ち着いた足取りでヘンドリックのオフィスをゆっくりと出て行った。
連邦政府から回答を求められている、ファラゾア来襲時の太陽系外縁艦隊の行動予想について、トゥオマスとの会話の中では明確な結論が出ていないことは分かっていたが、これはもう仕方の無いことだと言って良い。
先ほどの自分の台詞ではないが、異星人のメンタリティなど、地球人の常識で推測しようとするのが間違っているのだ。
そもそも彼等が太陽系外縁になぜ居続けるのかさえ分かっていないのだから。
「・・・全く。何者なんだろうな、彼等は。」
ヘンドリックはぼそりと独り言ちると、軽く溜息をついて気持ちを入れ替えると、乱入してきたトゥオマスによって中断されたままになっていた執務に戻っていった。
実は彼等の会話の中で行われた推測は、当たらずといえどもそれほど遠くは無いものであったなどと知る由も無く。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
まだ終わらんよ!
次章は、縁側で日向ぼっこをしながら膝の上に丸まった三毛猫(名前はパトリシア)を撫でつつ、渋茶を啜って昔話を孫に聞かせる達也おじいちゃんの物語です。 (嘘