47. 道標
■ 12.47.1
「さて、仕方の無いこととは言え、ここまで私の方から質問ばかりしてしまいました。皆様にも知りたいこと、私に尋ねたいことが沢山おありと思います。ここからはどうぞご遠慮なくお尋ねください。ただ、様々な理由でお答えできること、出来ないことがあるということをご理解ください。この場にてお答えできない様な事柄については、私からその様にお答えします。では、どうぞ。」
そう言って、全く動かない表情はそのままに、しかし言葉の上では多少砕けた雰囲気となってイルトはテーブルの向かい側に座っているアリステアを筆頭にした地球製府代表団を一度見回した。
ここは自分から口火を切らねばならないところだろうな、と考えたアリステアが真っ先に質問を発した。
「鹵獲したファラゾアの戦闘機に搭載されていた生体脳ユニットに格納されていた生体組織のクローニング試験の結果から、彼等が幾つもの従族を従えている事が分かっております。我々の太陽系の外には、沢山の知的種族が存在すると理解しておりますが、正しいですかな?」
まずは、当たり障りのない一般的な情報から始めるのが良いだろう。
尋ねたいことは山ほどある。
そしてその分野も多岐にわたる。
本来なら、軍情報部とファラゾア情報局の分析官を全員呼び集めたいところだった。
もっとも本当にそんな事をしてしまっては、この会談は百年経っても終わらなくなりそうだが。
「はい。その理解で合っています。」
百年近く前、この宇宙には我々地球人だけが住んでいるのか、我ら地球人の他に隣人と呼べる知的種族はいないのかと、無人探査船を太陽系の外に飛ばし、遙か彼方の星に住んでいるかも知れない友人を捜し回った時代があった。
どうやら我々は沢山のご近所さんに恵まれているようだと、その時代の科学者達に教えてやりたくなる情報だった。
「それはこの、我々がミルキーウェイと呼んでいる銀河系の中の話でしょうか? その外、マゼラン雲やアンドロメダ銀河など他の銀河系も含めて?」
「我々ラフィーダが活動範囲としているのは、この銀河系の中だけです。この銀河系の中だけでも、多数の知的種族が存在します。」
「あなた方ラフィーダとファラゾアは、交戦状態にあるという認識で正しいですかな?」
「はい、正しいです。」
「戦っているのは、あなた方だけですか? それともあちこちで色々な種族が衝突しているのでしょうか?」
「友好的な外交関係を維持している種族もあれば、戦っているものもいます。戦いは我々ラフィーダとファラゾアの間だけのものではありません。」
「その戦いに投入する戦闘機械の制御用の生体脳ユニットの原料を得るために、ファラゾアはこのソル太陽系を訪れて我々地球人の脳を刈り取っていたものと認識しています。正しいですか?」
「正しいと思われます。」
どうやら彼女は、というかラフィーダは、こちらから投げかける質問に対してYesかNoかで答えるだけで、そこから話を膨らませるつもりは無い様だとアリステアは気付いた。
どうやら彼女が言った「答えられないこと」という事柄は沢山ありそうだった。
「生きたままの脳を容器に格納して、これをさらに機械に格納する。このやり方は一般的なものなのですか? 先ほど仰った多くの種族が皆このやり方を採用している?」
「いいえ。それを採用している種族もあれば、そうでない種族もいます。」
「そうでない種族というのは? 我々のように、生まれた時からの身体で活動している?」
「その通りです。」
「あなた方ラフィーダは?」
「種族全体で、あなた方の云うところの生体脳を採用しています。」
「ファラゾア同様に?」
「そうです。」
「そして、ファラゾア同様に、幾つもの従族を持ち、使役しているのですか?」
「しています。」
「・・・そうですか。」
アリステアはこれまで感じていた幾つもの違和感に答えを見つけた気がした。
彼女のことを作り物の様だ、と感じた印象は間違っていなかった。
彼女はロボット、或いはその本体はオアフ島沖に停泊するあの巨大戦艦の中にあって、遠隔操作でこの身体を操っているのか。
そしてラフィーダが、遙か宇宙の彼方からやって来て人類の危機を救ってくれた正義の味方では決して無いこと。
要するに、ファラゾアがさらに新しい従族を得て力を付けることを阻止するため、地球人の脳の刈り取り作業に横槍を入れて邪魔をしただけの事だった。
結果的にそれが、地球人類に力を貸す事になったとしても、それはただ偶々そうなっただけの事だった。
或いはそもそも彼女達が今回太陽系を訪れたのは、ファラゾアがここまで育てた戦略物資を横取りしようとする意図であるのかも知れなかった。
つまり、ファラゾアが去って、次の敵はラフィーダであるという事。
ならばなぜ彼女はここに座っているのだろう。
あれほど接触を試みたファラゾアは一度たりとて地球人類からの呼びかけに応えることは無かったが、ラフィーダはなぜ対話を望んだのか。
我々地球人類も、豚や牛を屠殺するときにその断末魔の叫び声に耳を貸すことなどしない。
アリステアは無意識のうちに息を詰め、読み取れないイルトの表情をなんとか読み取ろうとしながら次の問いを口にした。
「あなた方ラフィーダは、我々地球人を従族とするつもりですか?」
喉が嫌に渇いていて、その言葉はまるで固形物を絞り出すかのように、口から発するのが難しかった。
脇に並んでいる全員が、固唾を飲んで彼女の発する答えに集中しているのが判った。
「いいえ。先ほどお話ししたとおり、ラフィーダはテランを星間種族に到達する一歩手前の技術段階にある、独立した種族であると結論しました。技術的には基準となる水準に未達ですが、宗主族の支配に反抗し打ち勝ったその事実と独立性を考慮して、独立を認める事が出来る要件を満たしているものと結論しました。ラフィーダが今の段階でテランを従族としようとすることはありません。」
その場に臨席する全員が、深く息を吐いた。
それ一隻で想像を絶する破壊力を持つであろう5000m級戦艦をすでに懐にまで呼び込んでしまっている。
太陽系の中に、六千隻もの艦隊が存在している。
大軍に囲まれ、本陣にも攻め込まれているようなこの状態から、ラフィーダと戦いたいとは、とても思えなかった。
そして皆、先ほどのイルトの言葉を思い返し、イルトとの会談を行っているこの僅かな時間の間に、まるで薄氷を踏み続けて大海を渡るかのような極めて危険な地球人類の存亡の掛かったやりとりを、まるで珍しい来客に無邪気に自分達のことを説明しているかのような感覚で行っていたのだということを理解し、今更ながらに背筋の凍る思いを味わった。
まて。
彼女は「今の段階で」と云わなかったか?
そもそも先ほどの否定の言葉が本当であると、どうして信用することが出来る?
アリステアは眼を眇めて、やはり表情を読み取ることが出来ないイルトの顔を見る。
彼女は、クラーク・ケントの様な正義の味方では無いのだ。
「『今の段階で』とは、どういう意味ですかな?」
土星軌道の向こう側に六千隻もの艦隊を待機させているラフィーダ相手に喧嘩を売るつもりなどさらさら無かったが、しかし自分の口調が僅かに剣呑な雰囲気を帯びたのは自覚していた。
「今回、あなた方テランとの接触の後、任務を完了した我々第八分遣隊はこの太陽系を離れます。このソル太陽系は我々の支配領域には含まれていませんので、今後我々ラフィーダが理由無くこのソル太陽系を訪れることはありません。ただ将来的にあなた方テランと戦場で相見えることとなった場合、そして戦闘の末にあなた方テランが我々ラフィーダに敗北した場合、あなた方テランを従属化する可能性はあります。」
戦い、敗北した相手を奴隷化する。
千年以上も前の慣例ではあるが、自分達地球人も同じ事をやって来た。
理屈としては、それと全く同じだった。
しかしそれよりも、今現在ラフィーダは地球人の独立性を尊重し、従属化するつもりは無いという言質が取れたことは大きかった。
勿論、彼女達ラフィーダがその口約束をきちんと守る善人であるとして、だが。
これまでのイルトの発言から、多分彼女達を信用しても大丈夫だろうという感触を得ていた。
もちろん用心するに越したことは無いが。
相変わらず感情を見せず、表情も読めない彼女が相手で、やりにくいことこの上なかった。
「今後は不干渉、という訳ですか。
「この度成り行き上ではありますが、我らが仇敵であるファラゾアのこの太陽系に駐留していた艦隊にとどめを刺して戴いたよしみで、我々地球人と同盟を組んで戴くことはできませんか?」
ファラゾアと同等の力を持つであろう彼女達との同盟を成立させることが出来るならば、この太陽系に再び攻め込んでくる可能性のあるファラゾアに対する防衛力として、これ以上のものは無かった。
「我々ラフィーダは、あらゆる種族と同盟しません。それはテランも同じです。」
そう言ったイルトの表情は、やはり動かなかった。
「その代わり、敵でも無い、と。」
この会談の後、何もせずに引き上げるというならば、それは敵では無いという意味だろうとアリステアは解釈した。
地球人の常識としては。
「いいえ。将来的にこの太陽系外で我々がテランと遭遇したときには、戦いになるでしょう。」
意味が分からなかっった。
同盟はしない。とは言え、積極的に攻め込むこともしない。その分、干渉もしない。
今回限りはこれで引き上げるが、次に会ったときには多分敵として顔を合わせることになる。
理屈は判らないでは無かった。
しかし、敵になるというならば、この太陽系の中に圧倒的な戦力で入り込んでいるこの機会をみすみす見逃す意味が理解できなかった。
どうやら太陽系の外では、我々地球人類にはなかなか理解しがたい紳士的な交戦規定が存在するようだ、とアリステアは内心皮肉に嗤った。
「それは即ち、自分達以外はみな敵、という意味ですかな?」
「その理解で正しいでしょう。」
地球人的に解釈するならば、なんという剛毅かつ悪辣な論理かと、感嘆し嫌悪する彼等の生き様であった。
眼にする全ては敵。この世界全てが敵。
かつて地球上にも似た様な戦い方をした国が存在した。
勿論、世界中から袋叩きに遭って大敗することとなったが。
つまり彼等ラフィーダが、自分達以外全てを敵に回しても戦い生き残るだけの実力を持っているという事だった。
同盟、という言葉でふと思い出した。
「同盟は組まない、と仰ったが。では、この太陽系外縁に存在する大規模な艦隊は、あなた方ラフィーダのものですかな?」
随分前から太陽系外縁に身を潜め、これもまたまるで地球人を守る正義の味方のように振る舞う謎の艦隊だった。
数千隻、ことによると万を超える規模の艦隊が存在しているのは以前から探知されていた。
ただ彼等が何ものであるかがまるで分かっていなかった。
「いいえ。現在このソル太陽系を訪れている我々ラフィーダの艦隊は、土星軌道外側に集結している第八分遣隊のみです。今回ソル太陽系外縁にジャンプアウトした後、その様な艦隊の存在は探知されていません。その様な艦隊の存在に関する情報をお持ちなのですか?」
意外だった。
太陽系外縁艦隊がファラゾアを攻撃し、ラフィーダは素通りさせた理由は、当然ラフィーダと協力関係にある種族、或いはラフィーダ自身の艦隊であるものと思っていた。
ラフィーダの艦隊では無いのであれば、当然ながら同盟を取らないラフィーダの敵となるが、ではなぜ彼等はラフィーダを素通りさせるのか。
「もうかれこれ十年も前になりますかな。我々が彼等の存在に最初に気付いたのは。太陽から約百五十億km程度、あなた方が恒星間超光速航行からジャンプアウト? 可能な領域に、数千隻規模の大艦隊が存在していますよ。正確な艦隊規模は判っていません。事によると、一万を超えるかも知れませんな。普段は殆ど重力波を発すること無く停泊している様でね。ファラゾアの増援と思しき艦隊がこのソル太陽系に到着する度に、彼等はまるで我らを護ってくれているかの様に、ファラゾアの増援艦隊を尽く瞬く間に殲滅してくれていますよ。我々が今日まで生き延びることが出来ているのは、彼等の助けに依るところも大きい。」
イルトが眼を細め、眉間に皺を寄せる。
突然何か気に入らない情報を聞かされたとき、或いは深く考え込むとき、異星人もやはり同じ様な表情をするのだな、とアリステアは少々場違いな事を考えていた。
彼が初めて見た、イルトの表情の変化だった。
それはつまり、今彼が提供した情報が、それだけ彼女達にとって衝撃的、或いは重要な情報であったということを示しているのだろうと思った。
ただ単に、居ないと思っていたところに誰かがいたので驚いたというだけの話なのか、或いは拙い敵の存在に心当たりがあるのか。
「その艦隊がいつ頃からそこに居るか知っていますか?」
「いや、分かりませんな。我ら地球人が高精度の重力探知が出来るようになって、太陽系外縁に眼を向けたのが約十年前。その時には彼等はすでにそこに居た。普段はまるで何も居ないかのように何も探知できないが、ファラゾアの増援艦隊が到着するとまるで蜂の巣を突いたような騒ぎになって、数千隻の艦が一瞬で集結し、ファラゾア艦隊を殲滅に掛かる。が、あなた方ラフィーダの艦隊には何の反応も示さなかった。てっきりあなた方の艦隊か、或いは同盟種族の艦隊であると思っていたのですがね。彼等のことをご存じですか? 何者ですか、彼等は? 一度会って礼を言わねばなりませんな。しかし彼等からも何のコンタクトもないのですよ。」
最後の言葉は、カマ掛けの重ねがけ程度の意味しか無かった。
だが、その後のイルトの対応は明らかにそれまでと異なるものになった。
「彼等とコンタクトを取るのはあまりお勧めできません。」
イルトはここでやっともとの無表情に戻って、そして静かに言った。
「ほう。それは、どうしてですかな? 何か理由が?」
「その理由については、情報提供できません。彼等に関して我々からあなた方地球人に出来る助言は、今後のあなた方の事を考えるならば、彼等とは関わりにならない方が良いという事のみです。彼等が何ものであるか、なぜ関わらない方が良いのか、我々ラフィーダ内部の規定にて教えることは出来ません。」
悪びれもせず、表情も変えず、イルトはそう言い切った。
変に誤魔化されたりお茶を濁されたりするよりは、はっきりと言ってくれた方がやり易い、とアリステアは思い、そして自分が案外彼女達ラフィーダに対して好意的な感情を持っていることに気付いた。
太陽系内に巣食っていたファラゾアの艦隊を最終的に全て殲滅してくれたという恩義を差し引いても、妙な誤魔化しや時間の無駄でしかないおかしな駆け引きを用いない彼女の話し方には好感が持てた。
教えることが出来ないとはっきり言っているものを、これ以上追求しても時間の無駄だろうと思った。
話題を変えるにちょうど良い、訊いておきたいことがあったのだ。
「少し話題を変えましょうか。お尋ねしたい、というよりもお願いしたい事が幾つかあります。今まで通り、無理なことは無理だとはっきり仰ってください。」
「はい、分かりました。どうぞ。」
「超光速恒星間航行の技術を我々地球人に提供して戴くことは可能ですか?」
「いいえ、出来ません。それはあなた方自身の力で手に入れなければならないものです。重力推進技術同様に、あなた方の手元には沢山のヒントがあるはずです。」
なるほどラフィーダの教育方針はなかなか厳しいものである様だ、とアリステアは内心苦笑いする。
先ほどの太陽系外縁艦隊の話題と同じ様に、駄目だというものに食い下がっても、言葉を翻すことはないのだろう。
しかし、恒星間航法を教えてもらえないとするならば、他にも技術提供して欲しいとこれからアリステアが言い並べていくものは、どれも拒否される可能性が高かった。
「ふむ、では。現在我々地球人には、ファラゾアの5000m級戦艦が展開していた半透過型のシールドを突破する兵器がありません。あれを突破できるような兵器技術を教えて戴くことは?」
「残念ながら、それも出来ません。」
「あのシールドが一体なにものなのかを教えて戴くことは?」
「出来ません。」
「ふむ。では、超光速通信技術はどうでしょうか。ファラゾアにしても、あなた方ラフィーダにしても、明らかに超光速通信を行っている。ラフィーダが用いているものでなくても良い。ファラゾアが用いているものでも構いません。」
「残念ながら。」
これも駄目か、と、アリステアは周りに気付かれないように溜息を吐く。
どうやら軍事技術あるいは簡単に軍事転用できるものについてはのぞみが薄いようだった。
「撃墜したファラゾアの戦闘機械を分解解析して、我々は核融合技術を完成し、重力制御技術を手に入れました。しかし未だに遅々として解析が進んでいない分野がある。彼等の戦闘機械に搭載されていた生体脳を補助する、電子的演算回路です。そのハードウエアや、ハードウエア上で走っているソフトウエアの技術について教えて戴くことは?」
「演算ユニットおよびネットワーク技術に関しては、基礎技術を提供する用意があります。許可を戴ければ、後ほどあなた方のネットワークにそれらの情報を転送しましょう。演算ユニットとネットワークおよび周辺技術の情報にて、あなた方の単位で約200PBほどの記憶容量が必要となります。実機の提供は出来ません。」
やっと初めて彼女達から提供可能なものを引き出すことが出来た。
アリステアは表情には出さないようにしながらも、心の中でガッツポーズを決める。
それから幾つか提供を望む技術を挙げていったが、どうやら先ほどのアリステアの推測は正しいようであり、簡単に軍事転用可能な冶金技術や物質転換技術といったものについては尽く拒否された。
反対に、明らかに民生利用の比重が大きくなるであろう、小型低出力反応炉や低温核融合技術などについては、何の問題も無く快く提供を認めてもらえた。
初めて接触する異星種族との会談であるので、当然何日にも渡って様々な情報交換や交渉が行われるものだと考えていた地球側の全ての参加者の期待を大きく裏切り、相手側からはただ一人の参加者が出席したのみで、駆け引きも何もなく、Yes/Noで極めて明確な返答と一度下された決定は二度と覆ることのない非常にストレート且つシンプルな対話は、驚いたことに僅か一日で終了した。
会談の終了を告げヒッカム基地を発とうとする彼女を迎えに来た小型艇から、提供すると約束された様々な物資が荷揚げされると、彼女はあっさりと迎えの小型艇に乗り、名残を惜しむでも無く彼等の下を去って行った。
乗り込む前にもう一度、太陽系外縁艦隊とコンタクトを取るのは地球人のためにはならないと念押しを忘れずに。
その様はまるで、太陽系外縁艦隊の存在を知ってしまったからには地球での滞在時間をできる限り切り詰めて、一刻も早くこの太陽系から、正確には太陽系外縁艦隊に包囲されている状態から慌てて逃げ出していったようにも見えた。
それだけ思わせぶりな情報を散々与えておきながらも、彼等太陽系外縁艦隊の正体については結局一切明かすことなく足早に去って行ったイルトと、彼女が乗る5000m級戦艦がハワイ名物の夕日をその真っ白な艦体に反射して金色に輝きながら地球大気の中を駆け上っていくのを見送りながら、アリステアは会談の最後に彼女が残していったものの意味するところに思いを馳せていた。
彼女は一つの座標を地球人に与えた。
結局彼女達ラフィーダ自身、或いは地球人が仇敵とするファラゾア、それらを含めてこの銀河、或いは宇宙全体にどの様な種族がいるのか、お互いどの様な関係性を持ちどの様に生きているのか。
その様な地球人類以外の他種族に関する情報について殆ど全て「教えられない」と答えた彼女が、唯一明確に残した情報がその座標だった。
太陽系と銀河系中心位置との関係から示されたその座標は、太陽系から約6000光年ほど離れた場所を示している。
詰まりは彼女は地球人類に対して、どうにかして自力で超光速恒星間航法を手に入れ、そこにやってこいと言っているのだ。
そこに何が待っているのか分からない。
そもそもまずは6000光年を飛び越える方法を手に入れなければならない。
宇宙空間で戦うことしか考えてこなかったこれまでの宇宙開発の方針を、宇宙空間で生きていくことを考える様に方向転換せねばならない。
回収したファラゾア艦の残骸の解析は進んでいるが、未だ分からないことだらけで、用途を想像することさえも出来ない、どうやって作れば良いのかさえ分からない機器や装置が山のようにある。
超光速恒星間航法もそのうちの一つだった。
まだ開発されていない影も形もない幾千幾万の技術を手に入れ、彼女が示した遙か銀河の彼方に到達するまでの遠い道のりを思えば、目も眩むような思いだった。
しかしそれは、滅亡の恐怖に怯え、ただ殺し合うことのみ、ただ敵と戦うことのみを考えて、自分達の未来さえ見えない中で進めてきた技術開発に較べれば、どれほど前向きで希望の持てる技術開発だろうか。
これまでに何度も増援艦隊を太陽系に送り込もうとしてきたファラゾアは、必ず再び太陽系を訪れ、惨敗を期した戦いを取り返し、自分達に従うべき従族である地球人を再び取り戻そうとしてくるだろう。
しかし今、僅かな時であってもこの太陽系から全てのファラゾアが駆逐され、目の前の命の危機が取り除かれたこの時こそ、彼女が指し示した場所に向かう道、地球人類の未来に向かって確固たる目的を持って進んでいく時がやっと訪れたのだと、アリステアは南国の空に消えていく白い宇宙船を見上げながら心から感慨に浸る。
次なるファラゾアの来襲に備えて、迎撃の準備をしなければならない。
戦いに疲れ、敵を追い払う事に力を使い果たしたこの星を立て直さねばならない。
今までは戦いにしか使っていなかった、新たに手に入れた宇宙という場所を切り拓き活用する方法を編み出さねばならない。
何よりもまずは、無理に無理を重ねた人々の生活を以前のように戻さねばならない。
戦いの中で得たもの、この度ラフィーダからもたらされたもの。
そのための新たな道具は我々の手元に沢山ある。
予想しているよりも短期間で、地球人類は力を取り戻すことが出来るだろう。
やらなければならないことは山積みだった。
ヒッカム宇宙軍基地の離着床の真ん中にイルトが残していった様々なものを格納したコンテナと思しき幾つもの巨大な箱状の物体と、それを安全な場所に移動しようとすでに作業に取りかかっている作業服を着た兵士達を眺め、アリステアは後ろに居並ぶ地球代表団を振り返った。
彼のすぐ脇に立ち、彼と同じ様にラフィーダの巨大戦艦を見上げて見送っていた連邦政府首相のアカンクシュと、最高議会議長のガンツァが振り返った彼を見ていた。
彼等の眼の中に、自分と同じ考えに至ったであろう意思を読み取り、アリステアは口角を上げた。
さあ、次の仕事に取りかかろうじゃないか。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
こんな変な終わり方はしませんよ?