46. 宗主族と従族 (Creature and the Master)
■ 12.46.1
イルトの問いに対する答えは明白だった。
政府関係者、或いは軍関係者のみならず、多くの地球人類がそれを知っている。
その事実を口にするだけで良かった。
「彼等の名称が『ファラゾア』で確定したのは、彼等の襲来ごく初期の事です。ネットワーク上で自然発生的にその名が用いられ、そのまま定着して彼等種族を指す正式名称となった、と記録されていますな。」
これまではその説明で充分だった。
誰かが思いついて、多くの者がそれを使い始め、そのまま通称、そして正式名称となったのであろう、と。
しかしその名が、彼等自身も自称する正式な名称であるとなれば、話は全く異なる。
自然発生では有り得ない。
誰か、「それ」を知る者が、断末魔の当時の民間ネットワーク上にその名を流し込んだのだ。
では、だれが?
例えその表情が全く読めずとも、イルトも同じ問いに達していることは明白であった。
「ファラゾア来襲後ごく短期間の間に、当時惑星上に存在した全球ネットワークは彼等の攻撃を受け崩壊しました。そんな彼等の攻撃を受けている中で、彼等の攻撃プログラムか何かから、誰かがその名を読み取った、としか考えられませんな。勿論、どうやったかなど想像もつきませんが。」
アリステアは、そう言っている自分自身がその言葉を信じていないことを自覚していた。
ネットワーク上でのファラゾアの攻撃は凄まじいものだった。
記録にも残っている。彼自身も記憶している。
当時最大の国力と軍事力を持っていたアメリカ合衆国という国が、瞬く間に機能を停止しほぼ崩壊するほどの攻撃だったのだ。
その攻撃の中で未知の敵の名前を読み取るなど、例えるなら嵐のように降り注ぐ砲弾とミサイルの中で適当な砲弾を受け止めて、その砲弾に刻印されているメーカー名と製造番号を読み取るようなものだろう。
出来るはずがなかった。
電子技術、或いは情報技術に関しては、今現在でさえも地球の技術はファラゾアの技術に遙か遠く及ばず、公的な最先端の研究機関においてさえまともな解析すら出来ないほどの技術力の差が存在するのだ。
今まで特に注目も集めず放置されてきた問題について、後ほど調査すべき事であると心に留める。
「分かりました。その問題はひとまずこちらに置いておきましょう。
「先ほど、『全球ネットワーク」と仰いましたね。ファラゾア来襲前には惑星全土をカバーする独自の情報ネットワークが存在したということで正しいですか?」
「ええ、その通り。今は見る影もありませんがね。」
ファラゾア来襲により、地球人類の情報ネットワークは約百年後退したと言われている。
コンピュータネットワークだけでなく、TVやラジオなどの電波によるネットワークもそこに含まれる。
その後もイルトは様々な質問を続け、アリステアを中心として地球側の出席者が逐一それに答える。
質問は地球人類の持つ科学技術だけでなく、歴史や地理、或いは生物学的な地球人類そのものに関するものもあった。
「分かりました。ヒューマノイド型知性体であり、またこの惑星上で派生した単一の知的種族、これまで他種族との接触はなく、しかし独自の情報ネットワークを持ち、宇宙技術を有し、核反応エネルギーと重力制御技術を持つ。充分ですね。
「ところで、ファラゾアがこの惑星テラを訪れたのは、今回が初めてでしょうか? その辺りの情報をお持ちですか?」
イルトの言動はまるで地球人の有する科学技術に関して何かを確認しているようだった。
それが何で、何のためにかはまるで分かりはしなかったが。
「いえ、初めてではないでしょうな。そう断じるに足る証拠を我々は発見しております。」
「それはどの様な証拠でしょうか?」
「アフリカ大陸に、彼等が設置した地上施設で最大のものが存在しました。地球人を捕獲し、生きたまま脳を取り出して生体脳ユニットとして、それをこの地球から出荷するための施設でした。我々はそこに攻め入り、占領に成功した。そしてその地上施設の最奥で発見したのですよ。二・三十万年ほど前にはこの地球上に棲息しており、しかし遙か昔に絶滅して今は存在しない様々な生物種の標本を。我々現生地球人類の祖先、あるいは派生種までもがその標本の中には含まれていました。
「約三十万年前にファラゾアはこの地球を訪れており、人類を含む様々な生物を使って大規模な交配実験を行っていたものと推論しています。その結果生み出されたのが我々現在の地球人類という種なのでしょうな。多分その目的は、彼等の小型戦闘機械に搭載するための生体脳、それも特に戦闘用に特化して調整された生体脳の供給源として、我々地球人類は彼等によって造られたのでしょう。違いますかな?」
アリステアは隠すところ無く、現在の連邦政府で一般的に受け入れられている地球人の生い立ちをイルトに話した。
突然襲いかかってきた敵だと思っていた異星種族が、実は自分達を産み出した親あるいは創造主とも言える存在だったと云う笑えないストーリーに、軽く皮肉な嗤いを浮かべながら。
それを聞いたイルトは一拍の間の後に再び質問を発した。
その僅か一瞬の沈黙の中、ごく僅かに彼女の感情が動いた表情を初めて眼にしたようにアリステアは思った。
「大凡正しいでしょう。我々の推察ともほぼ合致しています。
「しかしその事実は、あなた方テランのアイデンティティや精神性に重大な障害を発生しなかったのですか?」
その質問は、感情の動きが全く見えないイルトには違和感のあるものだった。
多分、とアリステアは思った。
彼女達ラフィーダは他に多くの異星種族を知っているのだろう。
多分その中には、我々地球人のように、他の異星種族から何らかの調整を受けて発生したものも含まれるのだろう。
もしかすると彼女達ラフィーダ自身がその様な種族を多数下に従えているのかもしれない。ファラゾアと同様に。
自分達の種の起源が、他の異星種族の人為的な操作の下に発生したものだと知ったとき、実は自分達は何らかの目的のために他の種族によって造られた家畜か何かの一種だと知ったとき、アイデンティティの崩壊を起こした実例が多分あるのだろうと思った。
「まあ、気分の良い物ではないですな。自分達の肉親や友人、恋人を殺した、或いはどこかに連れ去って生きたまま脳を取り出してまるで工業用原料の様に扱った連中が、実は自分達の生みの親でした、などという事実は。
「しかしそれだけのことです。生まれはどうあれ、我々地球人は今ここに居て、自分でものを考え、自分の脚で地に立って生きている。それが全てであり、そして最も重要なことです。
「我々が知りもしない、三十万年も前の古ぼけた親権を振りかざして我々の自由と生存を脅かそうなどという輩は、ご丁重にお帰り戴く。武力をもってその親権を主張するのであれば、こちらも武力をもって否定し抵抗する。我々の命と未来は、我々自身のものだ。我々はファラゾアの所有物ではない。
「それが、我々地球人が出した結論です。認められませんかな?」
そう言ってアリステアは不敵に笑った。
どうやらこの宇宙には、地球人以外にも多数の知的生命体が存在している様だという事は分かっていた。
ファラゾアはその様な知的生命体を多数隷属させており、自分達の戦争の為の道具として用いているという事も判っていた。
そして元々は、地球人類もその様なファラゾアに隷属させられた種族の一つであったのだろう事も。
それは言うなれば、封建制社会における支配層と被支配層の関係に等しい。
だが地球人類はそれに抗い、そして破壊した。
そしてもし、その様な社会システムがこの宇宙の常識であり、一般的なものであるならば。
地球において過去の封建制社会では、貴族による支配は絶対のものであり、領民の反乱が許されざる事であったと同様に、ファラゾアに対する地球人の反乱が、あってはならない社会的タブーであったりするならば。
あれだけの力を持つラフィーダが、ファラゾアと同様の立場の支配的な種族の一つである可能性は高かった。
彼等ラフィーダが「他領」の「領民」が反乱を起こすことを許さない可能性があった。
その圧倒的な武力をもって反乱を鎮圧に掛かる可能性があった。
さらには、地球人の反乱の制圧に失敗したファラゾアをこの太陽系から追い出し、彼等自身が地球人の支配者に成り代わろうとする可能性があった。
それは、ファラゾアとの長い戦いとはまた別種の、地球人類の生存を掛けた賭けだった。
未だ太陽系という狭い空間から外に出たことのない、その外に無限に広がる宇宙と、そこに存在するであろう一般常識を知らない地球人類にとって、その賭けが勝算のあるものなのか、或いは分の悪いものなのか、何も見えていない無謀な賭けではあった。
しかしすでに目の前にラフィーダという新たな脅威が存在している以上、逃げることさえ出来ない賭けだった。
不敵な笑みを残しながら、アリステアは彼女の次の言葉を待った。
もしそうならば、僅か15km先に停泊している巨大な戦艦にこの島ごと吹き飛ばされる覚悟をもって。
しかし彼女は、アリステアの半ば決死の覚悟など気にもしていないかの様に変わらず感情の籠もらない落ち着いた声で返答した。
「あなた方テランは、相当に強かで強靱な精神をお持ちの様ですね。自分達が従族となる事を定められて人為的に調製された種族である事を知って、絶望の淵に沈んだり、心が折れてしまい全てを諦めて、結局は宗主族の言いなりになってしまうのが普通なのですが。
「あなた方はその事実を知り、絶望的な力の差を目の当たりにしながらもなお、抗うことを諦めなかった。」
そこで彼女は言葉を切り、口を噤んだ。
会談の会場に沈黙が降りた。
気まずい沈黙を打ち払うために何か喋った方が良いのかと思ったが、イルトの顔を見てアリステアはその考えを変えた。
僅かに眉間に皺を寄せた様に見える彼女は、視線をアリステアの顔から少し落として、何かを深く考えている様だった。
初めて動いた彼女の表情に、邪魔をしない方が良さそうだ、と思った。
その沈黙の時間を使って、アリステアは僅かに視線を下げてテーブルの表面を見ているイルトを観察した。
艶やかな銀色の真っ直ぐな髪の毛は、まるでシルク糸のような光沢と滑らかさを印象づける。
文字通りシミ一つ無い真っ白な肌は、CGで合成された映像を見ているようだった。
地球人類には余り馴染みのない、深く明るい赤色の眼は、その色とはうらはらに落ち着いた静かな知性を感じさせる。
テーブルの上で上品に重ねられた手は、これもまた手の甲にシミ一つ無く、柔らかなピンク色の爪は綺麗に切り整えられており、表面がまるで鏡面のような光沢を放っている。
作り物のような女だ、と思った。
呼吸や病原菌に問題無いと言ったのは、要するにこの女がロボットで、そういう問題とは無縁という事なのかも知れない、と、イルトの整った顔立ちを眺めながら、アリステアは少なからず連邦政府と連邦軍を驚かせたラフィーダからの通達を思い出していた。
ファラゾアと同じ様な極めて高い科学技術を持っているのならば、人間そっくりに動くロボットを作ることなど造作も無いことだろう。
ラフィーダ人は自分達に最適化された艦内に残り、過酷な環境である艦外にはロボットを送り出す。
ロボットなら例えそこが有害な物質や原生生物渦巻く毒の沼のような所でも、灼熱の太陽光が降り注ぎ水が一滴も存在しない砂漠のど真ん中であろうとも、或いは真空の宇宙空間であろうとも、問題無く活動できるだろう。
いや、まてよ。或いは・・・
「まだ少し早いのですが、しかし我々は結論を出すに至りました。我々ラフィーダはあなた方テランを、星間種族に到達する一歩手前の技術段階にある独立した種族であると認めます。確かに技術の多くを宗主族であるファラゾアから得ており、独自開発されたものではないという面はありますが、その宗主族の支配を打ち払い、独立した一種族たらんとする極めて強い意志と独立性は、それを補って余りあるほどの種族全体の統一された意思であると言って良いでしょう。事実、この度我々がこのソル太陽系を訪れた際には、従族化およびユニット化の為に駐留していたファラゾア艦隊をほぼ自力で殲滅、或いは追い払う一歩手前にまで至っており、あなた方テランは早晩彼等宗主族の支配から抜け出していたものと推察されます。」
沈黙に沈んだイルトの美しい姿を眺めながらのアリステアの想像力は、突然視線をアリステアに戻し再び話し始めたイルトの言葉によって遮られた。
先ほどから彼女が言う宗主族とは、ファラゾアのことだと理解していた。
地球人類のことを従族、と呼んでいることも。
つまり、宗主族たるファラゾアに調製された従族、詰まりは地球人類とはもともとファラゾアの所有物、奴隷のようなものだと云いたいのだろう。
腹立たしい言い方ではあるが、確かにそれが事実なのだろうとアリステアは冷静に受け止めた。
要は、種付けをして生まれてきた子牛は、その種付けをした牧場経営者のものだ、と言っているに等しい。
当然と云えば、当然のことだった。
そして今、なにか宣言めいたよく分からない事を彼女は言い連ねたが、要はラフィーダは地球人類をファラゾアの支配を脱した一人前の種族として認めると云いたいのだろう、とアリステアは理解した。
仕方が無いことと言えばそれまでであるが、今彼女が宣言した言葉の本当の意味、事の重大性について、正しく理解できている者はこの場に誰一人として存在しなかった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
この回のタイトルの英語訳である「Creature and the Master」というのは、実は構想段階では本作のサブタイトルでした。
ただまあ、このサブタイトルで話を始めてしまっては最初から結末がバレバレになるので、さすがにそれはどうだろうねえ、というので止めましたが。
そうは言っても、先に書いた「夜空に・・・」の方で主人公が散々語ってしまっているので、バレバレも何もとうに宣言してしまっていたようなものでしたが。