44. セカンドコンタクト
■ 12.44.1
それは圧倒的な戦いだった。
5000m級戦艦、3000m級戦艦、そして巡洋艦に種別される1500m以上の艦体長を持つもの、それ以下の駆逐艦に分類されるもの。
地球連邦軍の第一機動艦隊との戦いの後に火星から離脱した艦隊に、木星で燃料補給中であったと考えられている艦隊が合流し、大小取り混ぜて大勢百二十隻の艦隊が、1500Gの加速度で太陽系を突っ切っていく。
それに対して、太陽黄道面四方向と太陽系南北を合わせて六方向にそれぞれ約一千隻の規模でワープアウトし、いずれの艦隊も半数の約五百隻を太陽系外縁部に守りとして残したまま、太陽系中心部に向けて六方向から攻め込んできた艦隊計三千隻が、逃げ惑うファラゾア艦隊の逃げ場をなくすように追い詰める。
数億kmの彼方から放たれた数万発のミサイルは3000Gを越える加速で太陽系内の空間を疾走し、光速の70%もの速度で一斉にファラゾア艦隊に襲いかかった。
撃墜されるもの、シールドに弾かれるもの、的を外すもの。
それでもあらゆる方向から襲いかかる大量のミサイルは、ファラゾア艦隊の何割かを撃破した。
その詳細な様子を地球から光学的に観察するだけの技術力を地球人類は有していなかったが、もし見ることが出来ていたならば、ファラゾア艦が周囲に展開している電磁シールドや重力シールドを無効化しながら、ランダム機動で逃げ惑う大小の艦艇に次々とミサイルが着弾し、有り余る運動エネルギーで艦体に穴を開け、削り取り、或いはまともに直撃したミサイルに一撃で木っ端微塵に破壊されるファラゾア艦の様子に戦慄したことであろう。
意を決したか、ファラゾアの艦隊は六方から自分達を包囲する第三勢力の艦隊のひとつと正面から対向し、包囲網を突破しようとした。
ほぼ真正面からすれ違った二つの艦隊であったが、戦いの結果には大きな開きが生ずる。
いわゆるランチェスターの法則に忠実に、五百隻からなる第三勢力の艦隊には大きな被害は出ず、小破の損害を生じた艦が幾つか出ただけであったのに対して、ファラゾア艦隊は大小三十隻を越える爆沈轟沈を生じた。
すれ違いざまに投射され管制射撃で特定の艦に集中した無数の大口径レーザー砲、絶妙なタイミングで打ち出されたミサイルやマスドライバー弾、重力シールドの影響を比較的受けにくい粒子ビーム砲に、同じ粒子ビーム砲であっても艦体に僅かに触れるだけで甚大な損害を生じさせる反物質粒子で構成された反陽子砲。
それらが第三勢力の艦隊と、艦隊から放出された無数の艦載機から一斉に放たれ、まるで嵐のような攻撃の中を通り抜けたファラゾア艦隊は無傷の艦など数えるほどしか残って居らず、沈まずとも行動不能に陥った艦や、継戦能力を殆ど失った艦も多数存在した。
包囲網を突破しようとしたファラゾア艦の思惑は見事に外され、六つの艦隊が絶妙に連携してファラゾア艦隊の包囲を維持し続ける。
対向戦ですれ違ったばかりの艦隊も全力の加速で進行方向を変え、今度はファラゾア艦隊を後方から追い立てた。
傷付きながらも逃げ惑うファラゾア艦隊を圧倒的な数の艦隊が追い回し、追い詰める。
六方向から追い詰められたファラゾア艦隊は最後には完全に行き場を無くし、包囲する三千隻もの艦隊から次々に攻撃を受け、削り取られるように数を減じていく。
大口径のレーザー砲の直撃を無数に受け、削り取られ融かされ焼き切られるように艦体を破壊され、分解されていく駆逐艦。
大型の艦にはあちこちに破砕口が開き、爆発的に蒸散した金属の蒸気が冷え固まった微粒子が、まるで被弾した艦からたなびく煙であるかの様に、激しく機動する艦の後ろに置き去りにされていく。
マスドライバ弾が艦体に大穴を開け、激突の衝撃は小型艦を一瞬で屑鉄の塊に変え、熱エネルギーに変わった運動エネルギーは金属を白熱した液体に変え、眩く輝く無数の雫が暗闇に飛び散る。
重力シールドや電磁シールドで粒子ビームを逸らしきれず、反物質のビームに艦体をひと撫でされて巨大な対消滅の火球に姿を変えるもの。
近距離ですれ違いざまに空間断層を叩き付けられ、まるで巨大な鋭利な刃物に切断されたかのように真っ二つになり、次の瞬間リアクタの暴走で内部から爆発するもの。
逃げ惑うファラゾア艦が一隻、また一隻と、次々と確実に沈められていく。
地球人類にとってあれほど圧倒的な戦力に思えた3000m級の戦艦が、同じく3000mを超す戦艦数十隻からの集中砲火を浴び、為す術も無く撃破される。
最後まで地球人類には突破不可能であった未知の強力なシールドを張った5000m級の戦艦も、これもまた地球人類には何が起きているのか理解不能の攻撃を次々に受け、そして最後には大爆発を起こしプラズマの残滓のみを残して虚空に消えた。
何か重力、或いは空間の歪みを応用した兵器を使用したのだろうという事だけが、GDDDSによって検知された強烈な重力スパイクから読み取れただけだった。
主力の戦艦を失い、散り散りになるように逃走を図った駆逐艦などの小型艦も、より足の速い大型の戦艦の追撃を受けて次々に撃破され、戦いが始まった後一日も経たない内に、太陽系に存在した全てのファラゾア艦は破壊され、消え去った。
その圧倒的な数の暴力とも言える戦いを、連邦軍参謀本部中央司令室に居る者達は固唾をのんで見守っていた。
光の速さで伝わってくる重力波をGDDDSで検知し、その探知情報を元に、第三勢力の艦隊が太陽系内を縦横無尽に駆け巡り、逃げ回るファラゾア艦のマーカが一つまたひとつと追い詰められ、撃破されていく様子が、司令室壁面の大型モニタに映し出された。
その戦いは、地球人類が初めて目の当たりにする本格的な宇宙空間での戦闘だった。
あれだけ苦しめられたファラゾアの艦隊が、いとも簡単に磨り潰され消滅していくその様子は、衝撃と戦慄以外のなにものでも無かった。
自分達に有利な限定的条件下とは言え、ファラゾアの戦艦を数十隻も撃沈したことで思い上がっていた。
地表から高度数万m以下の領域で、地べたに這いつくばるようにして戦っていたのが、宇宙空間に飛び出してファラゾア艦隊と戦えるようになったことで、僅かながらでも敵に追い付いたと思い違いをしていた。
自分達が相手にしている敵は、本来このような戦い方をするのだと思い知らされた。
今回はファラゾア艦隊の戦力が圧倒的に劣っていただけであって、互角の数が揃っていたならば、地球人類とその兵器など一瞬で消し飛ばされてしまうような、圧倒的な技術と数で戦うのが本来の連中の姿なのだろう。
モニタスクリーンを見つめる司令室の面々は、言葉もなく色を失って一言も発せず、ただただその別次元の戦いから目を離すことが出来なかった。
戦いが終わり、第三勢力の艦隊が終結し始める。
艦隊は土星の近く、土星軌道の少し外側に集結するつもりの様だった。
土星はちょうど地球との近接点近くにある。
即ち、地球から僅か約十二億kmほどの所に、三千隻からなる未だ敵味方不明の異星の有力な艦隊が集結しようとしているのだ。
「第三勢力艦隊から何らかの通信はあるか?」
ブライアンはすぐ脇のコンソールに座る、司令官付のオペレータに尋ねた。
「ありません。艦隊内相互の通信も傍受されていません。」
これまでの数十年の間、ファラゾアの戦闘機械、或いは艦船の間で行われている筈の通信が傍受されたことは一度もなかった。
未だ地球人類が知り得ていない、未知の超光速通信技術を用いて通信しているものと推定されていた。
新たに現れた第三勢力の艦隊も、同様の方法で通信を行っているものと思われた。
「呼びかけますか?」
ブライアンの脇の席から、エレオノーラの静かな声が聞こえた。
第三勢力の艦隊が太陽系外縁に現れ、それを感知したファラゾア艦隊が脱兎の如く逃走に移った時、火星での侵攻作戦を終えた地球の第一機動艦隊は、火星から地球への帰路の途中にあった。
その後約半日ほど掛けて突撃救難隊と合流し彼等を収容して地球に到着したのであるが、その間重力推進を用いていたのだから、第三勢力の艦隊が地球の艦隊を探知していない筈は無かった。
貧弱ながらも一応は宇宙艦隊を有する、この太陽系の原住種族が第三惑星に棲息していることはとうにバレている筈だった。
しかし第三勢力艦隊は地球と地球宙域に停泊する第一機動艦隊には眼もくれず、太陽系内を逃げ惑うファラゾア艦だけを追い回して殲滅した。
少なくとも、明確な敵対意思は無いものと考えて良かった。
未知のものに手を出すのは恐ろしい。
それが、多分その気になれば地球そのものをこの宇宙から消滅させる事も出来るであろう力を持つ相手であれば、なおのことだった。
土星軌道の少し向こう側に徐々に集結していく第三勢力の艦隊を示すマーカを眺めながら、ブライアンは腹を括った。
呼びかけようが呼びかけまいが、それは既にそこに居るのだ。
ならばこちらから呼びかけて、さっさと結果を知る方が対処の仕様もあろうと云うものだった。
「ああ。そうしよう・・・文面は、『こちらは第三惑星地球連邦軍参謀本部。我らが仇敵を殲滅してくれた事を感謝する。貴艦隊の所属を明らかにせよ(This is United Nations of TERRA forces General Administrations Headquater on thid planet. Appreciate to eliminatinig our enemy. Please reveal your Fleet's affiliation.)』だ。英語の平文で良い。全帯域電波通信で。レーザー通信は使うな。」
以前第三勢力の艦隊が太陽系内に進入してきた経験と、太陽系外縁に常に数千隻の未知の艦隊が停泊していることから、連邦政府と連邦軍の高官には、未知の異星人が太陽系内に進入してきた場合の対処法が展開されていた。
通常の場合、あらゆる種族がまず最初に手に入れる機械的な通信手段の媒体は電波であると考えられる事から、最も基本的且つ標準的な通信法として電波が用いられるべきだと、軍情報部と、総務省のファラゾア情報局(倉庫)からコメントが出ていた。
六千隻もの第三勢力艦隊が太陽系外縁に現れた後、ブライアンは自席のコンソール画面にその政府指示を呼び出して読み返していたのだ。
第三勢力艦隊が停泊している位置まで約十二億km。
電波で呼びかけ、すぐに返答があったとしても約二時間かかる。
すでに日が変わる時刻が近くなっていたが、交替勤務の者が新たに加わりこそしたが、誰も帰宅しようとする者は居なかった。
地球人類があれだけ手こずったファラゾア艦隊さえも軽く殲滅するだけの力と数を持った艦隊が、自分達の太陽系内に存在する。
今のところ敵対行動を取っていないと云うだけで、敵とも味方ともつかない強大な戦力。 敵の敵は味方である、という保証などどこにも無いのだ。
もしかすると土星軌道に集結後、地球に向かって一気に攻めかけてくるかもしれないのだ。
司令部にいる全員と、連絡を受けた連邦政府は、誰もが皆それを強く意識してジリジリとしながら彼等からの返答を待った。
「第三勢力艦隊から電波通信! 『こちらはラフィーダ第四百八十四主力艦隊所属第百二十七戦闘単位艦隊第八分遣隊指令艦。攻撃の意思は無い。貴星代表者との対話を希望する。』です!」
次の瞬間、司令部は歓喜の声に包まれた。
予想に反して僅か四十分後の返信であった。
それは、地球人類が本当の意味で初めて異星の種族と対話をもって接触した、二番目の「ファーストコンタクト」であった。
「返信は我々の軍用周波数帯を用いています。英語にて平文。発信源はTCS(Terran Coordinate System:地球座標系) 162, 026, 3.7M。当該座標に艦影無し。」
どうやら「ラフィーダ」と名乗る彼等は、地球から僅か三百七十万kmの位置に偵察用ドローンか何かを送り込んでいた様だった。
第三勢力改め、ラフィーダ艦隊からの応答に対して、政府各所への連絡を指示し終えたブライアンは大きく息をつき、緊張を解いて自席に深く身体を埋めた。
「ここからは政府の仕事ですね。お疲れ様でした。」
エレオノーラの落ち着いた静かな声を初めて心地よく感じた。
作戦中に聞く感情の籠もらない彼女の声は、まるで冷厳な評価者が脇に控えている様に思えて、逆に落ち着かないものだったのだ。
「これ以上我々の仕事が増えないことを祈るよ。もう充分すぎるほど戦った。多過ぎる命を失った。さっきまで未知の脅威だった彼等の艦隊が、救世主に見える。」
そう言ってブライアンは頭を背もたれの上に預け、天井を仰ぎ見るように上を見てまた大きく息を吐いた。
だからブライアンは、普段感情の動きの見えない冷徹な参謀部長の顔に浮かんだ僅かな微笑みに気付くことはなかった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
なんか久しぶりに色んな種類の兵器ぶっ放しての艦隊戦を書いた気がします。
ちょろっと、ですが。
色々な兵器が出てきましたが、それぞれに長所と短所があります。
マスドライバ弾は物理的なインパクトがありますが、弾速が遅いので避けられやすく、近距離でしか使えない。
粒子ビームは、物理弾体とレーザーを合わせたような特性を持ちますが、弾速が遅く、拡散が酷いのでごく短射程でしか使えず、またビームの性質上電磁シールドで大きく減衰するか、逸らされてしまいます。
と云った具合に。
そろそろ本格的にまたこの手の兵器を考えなければならない時期になってきました。