40. 突撃救出作戦
■ 12.40.1
接近してくる敵機の一群は高度を50000mにまで上げて増速し、対地速度を約20km/secにまで上げた。
地球に較べて遙かに薄い火星の大気は、高度50kmともなるとほぼ宇宙空間と同じだった。
高度100km以下全域をカバーするために機体高度を約100kmに取ってカンドル谷周辺を遊弋していた666th TFWから見ると、ファラゾア戦闘機群は半分ほどの高度で接近してきており、上空からその動きを精確に観測できた。
大型の機体に、ミョルニルなどの従来の戦闘機に較べて遙かに精度の高いセンサーや、それを処理する演算用のモジュールを大量に積み込んでいる紫焔は、情報を処理するAIの存在もあって戦場に於いて簡易的にSPACSの代わりを務めることが出来るほど探知性能に優れている。
「敵機群、増速。高度500、距離1200km、接触まで580秒。フェニックス、砲撃開始。油断するな。敵の反撃に気をつけろ。」
殆ど大気の存在しない高高度から、1000km以上も彼方のファラゾア戦闘機群に向けて九機の紫焔がそれぞれ四基の大口径レーザーを撃ち込み始める。
敵機群までまだそれなりの距離があり砂塵を含んだ火星の大気も存在する条件ではあったが、艦砲並のパワーを持つ紫焔のレーザー砲による力技で強引に途中の大気を突破させ命中すれば、破壊には至らないまでも相当な損害を敵機に与える事が出来ると考えてのことだった。
紫焔から遠距離砲撃を行うというのは実質的にコルベット艦で戦闘機を狙い撃ちしているに等しい。
紫焔という、戦闘機にしては色々と非常識なスペックを持つ機体を大気圏上層部での戦いに投入することで、初めて地球人類はファラゾア戦闘機に対して優位に立った。
以前であれば、自分達は全く手の届かない超遠距離から狙撃してくるファラゾアの攻撃に戦々恐々としていたものが、今や逆にファラゾア戦闘機の射程よりも遠くから、まるで射的の的を撃ち落とすかの如く狙い撃ちに出来る。
僅か1000km(0.003光秒)の距離など、宇宙空間での数十万kmの距離を開けた砲撃戦に較べれば、接近戦と言っても良い距離である。
理屈では分かっていたが、達也は今初めてそれを実感する。
これが、宇宙空間から艦砲射撃で地球大気圏内を飛ぶ自分達航空機を狙っていたファラゾアの視点だったのだ、と。
「敵増援だ。第一群、数25000、方位23、距離3000km、高度220、針路04、速度3000m/s。上昇増速中。約800秒後に接触。第二群、数32000、方位10、距離3800km、高度250、針路29、速度3300m/s、こちらも上昇増速中。こちらも同時期約800秒後に接触と予想。第三群と思われる集団が方位10、距離5300km、アマゾニス平原上に形成中。機数不明。推定30000機以上。
「フェニックス全機、迎撃任意、高度任意。好きに暴れろ。スターバック、ブーマーは高度を10まで下げて遠距離狙撃を回避。パーティハットは現在高度を維持して目標探索を継続せよ。」
HUDに表示させている戦術マップとは別に、より大縮尺の索敵マップがHMDの右側に表示されている。
僅かな間ではあるが、今現在周囲に敵がいないのでその様な視野を塞ぐものをHMDに表示する事が出来、救難隊全体に対して指示を出す余裕もある。
戦闘に入ればそんな事をしている余裕など無くなる。
今こちらに向かって接近してこようとしている、合計10万機を超えるような敵の集団の中で格闘戦を行えば、良くてL小隊の二人の面倒を見る事が出来れば良い方で、本当に切羽詰まれば自分の身を守るので精一杯になる。
こんな時に、常に戦場全体を俯瞰的に眺めることが出来る特技を持っていた優香里がいれば楽が出来たのだろうと思うが、そんな彼女も前回の火星侵攻時にMIAとなってしまってもうここには居ない。
「敵第一群が高度400を越えた。第二群も高度350で引き続き上昇中。この高度だと1000km当たりの減衰率が10%を切る。敵の攻撃が来るぞ。もちろんこっちの攻撃も通る。フェニックス全機、撃ちまくれ。敵を寄せ付けるな。」
666th TFWの全員に指示を出しながら達也も自分の機体の姿勢を変えて、機首を方位23に向けて僅かに下げ、第一群と呼んだ敵戦闘機群に対して四門のレーザー砲が最も効率的に射撃できる様に調整する。
攻撃許可を受けたAIは、放っておいても敵を見付けて片っ端から撃破していくが、射撃しやすい位置と姿勢をパイロットの方で整えてやることで攻撃の効率はより良くなり、僅かではあってもより多く敵を墜とすことが出来る。
「ざっくり10万機? いくら何でも多過ぎ。抑えきれないわよこれ。無理。」
「ちょっと勘弁してよ。いくら本拠地だからって。」
「四の五の言っている暇があったら敵を墜とせ。泣きを入れても状況は変わらん。多分もっと増えるぞ。」
「タツヤ、地上に赤外および可視光の発光を確認。スモークの放出も確認。パーティハットの現在位置から、方位24、距離14km。」
達也の指示に対してヴィルジニーとジェインが泣きを入れたのに続いて、達也の機体のAIが、目標の要救難者によるものと思われる発煙筒による合図を検知した。
「パーティハット、聞こえたか。そこから方位24、距離14kmだ。データ送る。
「シヴァンシカ、発光地点を目標位置として更新。目標位置データを救難隊全機に送信。」
「諒解。目標位置アップデート。目標位置データ送信。完了。」
「フェニックス01、こちらスターバック01。敵第一群が完全に砂塵の雲の上に出た。隠遁を解除し攻撃を開始する。」
「フェニックス01、諒解。スターバック、ブーマー共に方位23の敵第一群に攻撃を集中せよ。的撃ちに夢中になってランダム機動を忘れるなよ。敵の攻撃も通ってるぞ。」
敵の一部が、高度が低く比較的砂塵の密度の高い位置に陣取っている9102、9103TFSを攻撃するレーザーが、夜の闇の中で砂塵の粒子を灼いておぼろげに白く光る直線を真っ暗な火星の地表を背景として無数に描いている。
さらにその向こう側では、その様なレーザーが火星地表に着弾したものと思しき大量の赤外線放射スポットが暗闇の中に発生しており、赤外線でその辺りを観察すれば、無数の線と点が地表に光っていた。
それに対して、高度を低く保ち、地表近くに滞留する砂塵の霞の中に身を隠すようにしていた9102、9103TFS両隊が、敵の高度が充分に上がって角度がついたため、砂塵の雲によるレーザーの減衰が少なくなったのを見計らって遠距離攻撃を開始する。
「フェニックス01、こちらパーティハット01。目標を発見した。これより回収作業に入る。キャビン脱気完了、ゲートオープン。」
「フェニックス01、諒解。急げよ。この敵の数だと、長くは保たん。俺は火星でサバイバルはしたくない。」
「分かってる。着陸地点確認・・・クソ。明かりが無くて全然見えねえ。よし、洞窟正面の峡谷底部に着陸した。カモフラージュシート展開。回収班、急げ。」
「畜生、なんてえ着陸だクソ。あちこちひっくり返ってんぞ、バカヤロウめ。
「オラ野郎ども、走れ、走れ、走れ! 荷物を忘れるな! 余計な物に眼をくれるな! 敵はそこまで来ている。時間が無いぞ! 急げ、急げ、急げ!」
ヴィルゾーブニル二機は、カンドル谷一帯に無数に枝分かれして存在する峡谷の中で、要救難者の兵士達が潜んでいた場所をどうにか見つけ出し、僅か一秒の時間さえもが惜しいとばかりに、あらゆる着陸のセオリーを全て無視した強行着陸を実行した。
要救助者を回収する為の陸軍の兵士達一中隊ずつが搭乗するキャビンを着陸前に空中で脱気し、後部ゲートを開きながらまるで地面に激突するかのような勢いで突っ込み、敵に発見されないよう一切の灯火が使用できない暗闇の中で、音波による地形スキャンと暗視カメラ画像だけを頼りに目標地点に着陸した。
さらに着陸寸前に機体を急旋回させ、後部ハッチを要救難者達が潜むと思しき洞窟に向けて急停止するというオプション付きで。
着陸と同時に、各部にプラスチック製のプロテクタを貼り付け、まるでフルプレートメイルの様な姿になった特殊仕様の船外活動服を着用した陸軍兵士二中隊が輸送機から飛び出し、画像共有であらかじめ確認してあった地形を駆け抜ける。
彼等にとってみれば、初めて自らの脚で踏む地球以外の天体の大地であるが、迅速な作戦行動を要求されている今、その様な感傷に浸っている暇などない。
因みに輸送機に乗っていた陸軍兵士達二中隊は一般の歩兵部隊であり、666th TFW(ST部隊)の陸戦隊では無い。
これは、火星に取り残された二十二名の兵士達を救出するという、半ば政治ショー化したこの作戦に関して、映像の公開などを含めた大々的な広報活動が後々に行われることを見越して、過去に反応弾を使用した作戦を数多くこなし、現在も地球人類の中に混ざり込んだチャーリー達を抹殺する作戦を実施している最中の666th TFWとその陸戦隊は、その様な人目に多く触れる表舞台に登場するのは不適当であると判断された為である。
ファラゾア来襲以来活躍の場を全く得られず、いいところが全く無かった陸軍が、ここぞとばかりに有用性を主張するために一般兵士部隊による感動の救出劇を演出することを強硬に主張した、という経緯も存在するが。
輸送機から飛び出して、地球よりも重力の弱い異星の地上を装備品を担いで駆け抜けた兵士達は、岸壁に掘られ、気密テントや宇宙空間で使用する脱出用気密ボールなど様々な資材を継ぎ接ぎして入り口の気密を確保した洞窟の正面に集合した。
各中隊の指揮官二名が、発煙筒着火のために洞窟の外に出てきていた兵士三名と情報交換し、洞窟内部の状況を確認して残る十九名の兵士達を確保する段取りを付ける。
地球上での作戦とは異なり、無理に洞窟内に突入すれば気密が破れて内部の気圧が急激に下がり、中にいる兵士達が命を落とす危険性もある。
内部の状況確認と、突入の段取りを詳細に共有するのは絶対に必要な事だった。
「レオン中隊、α小隊は簡易エアロックを抜けて中に入り、要救護者全員の船外活動服の状態と健康状態の再確認。問題がある要救護者には肩に赤テープを貼れ。その作業の間にレオンβ、γがエアロックを抜けて内部に入る。気密確保に細心の注意を払え。空気を無駄にするな。
「レオンβとγは、状況に問題のある要救護者に対して必要な処置を行う。処置が完了したところでその旨報告せよ。補修用資材とガスボンベを忘れるな!
「ティグレ中隊は洞窟前でカモフラージュシェードを展開して待機。レオン中隊からの処置完了報告で洞窟入り口の蓋を撤去。その後レオン中隊と共に洞窟内の要救護者を最大限迅速に運び出して輸送機へ収容する。分かったな!?
「分かったらすぐに取りかかれ! 敵はどんどん近付いてくる。敵はこっちの作業完了を待ってはくれんぞ。ボヤボヤしてると、今度は俺達が救助を待つ側に回る羽目になるぞ! ほら急げ、急げ、急げ!」
ヴィルゾーヴニル輸送機に乗ってきた歩兵中隊の片方、レオン中隊の隊長の号令により特殊編成の二中隊四十名の兵士が一斉に動き始める。
ガスボンベや大きなバックパックを背負ったレオンα小隊の六名の兵士が、この洞窟で半年近くも暮らしてきた三名の兵士の先導により、洞窟入り口の蓋をくぐって内部に造られた簡易エアロックに入っていく。
洞窟入り口両脇で、同じ様に大量の荷物を背負い次に中に入る順番のレオンβとγの十二名が待機する。
その後ろでは、ティグレ中隊の十八人が、火星の大地の色に似た暗赤色のカモフラージュ用の布を広げ、軽量の骨組みを展開してその上に布を乗せていく。
振り返れば、ゴツゴツとした峡谷の底に全長80mを越える巨大な輸送機が二機、こちらに機体後部を向け、後部ハッチを全開にしたまま駐機しており、巨大で奇妙な雨傘のような骨組みを機体上方に展開して、その骨組みに張られたカモフラージュ用の赤色のシートの下に巨体を潜めている。
「フェニックス01、こちらパーティハット01。地上救難作業を開始した。救難隊が目標の洞窟内に突入開始した。」
「フェニックス01、諒解。連中のケツを叩きまくれ。迎撃に上がってくる敵機の数がどんどん増えている。とても持ちこたえられる数じゃ無い。現在約二十五万機が接近中。まだ増えるぞ。急がないと脱出できなくなる。」
「分かってる。こっちも必死だ。そっちも最善を尽くしてくれ。」
元々住み着いていた二十二名にさらに新たに十八名の兵士が住民に加わり、狭い洞窟の中はごった返していた。
健康状態に問題のある兵士には、船外活動服の片方の肩に赤色のテープが貼られ、船外活動服の気密状態などの機能に問題がある者には、両肩に赤色のテープが貼られている。
健康状態だけが問題の兵士は、肩に担がれ入り口近くに移動して壁にもたれかけさせる。
船外活動服に問題がある場合にはその損傷の度合いに応じて、補修用気密テープを何重にも巻き付けて損傷部分を塞ぐ、バイザーが割れたヘルメットをまるごと取り替える、場合によっては船外活動服を脱がせて、宇宙空間で使用する一人用の救命ボールの中に裸のまま押し込まれるなどの処置が次々に行われた。
持ち込まれたガスボンベの弁が開放されており、常に新しい空気が大量に供給され洞窟内を力業で1気圧に保っている。
やがて長く異星の地で過酷なサバイバルに耐えてきた兵士達全員の処置が終わり、突入してきた十八名も互いの船外活動服の状態を相互確認して損傷が無い事を確かめる。
「こちらレオンα、ギヴンスです。処置完了。入り口開放作業に入ります。」
「諒解。ティグレが外蓋を取り除く。作業者以外は急速な減圧に備えろ。」
洞窟入り口に造られた急ごしらえで継ぎ接ぎのエアロックに、内と外の両側から、ナイフというよりはショートソードと呼んだ方が正しい長さの刃渡りを持つダガーナイフを構えた兵士が斬りかかり、中央部分を大きく切り裂いた。
洞窟内部の空気が一気に外に吹き出すが、内と外から斬りかかった兵士二名はいずれも、あらかじめ周囲の岩盤に打ち込まれていたピトンに支えられたザイルによって身体を固定されており、吹き飛ばされるようなことは無い。
減圧は一瞬で終わり、内と外からさらに二名ずつの兵士がナイフを使って開口部を大きく広げた。
「ティグレ突入! VIPを丁重にお運び申し上げろ。落とすんじゃねえぞ! 落とした奴は頭を撃ち抜いてやるからそう思え。そら急げ、急げ、急げ、GO、GO、GO、GO! 余計な物は運ばんで良い。全部捨てていけ! 運ぶのは人間だけだ! 走れ、走れ、走れ! 敵はそこまで来ているぞ!」
四十名の兵士達が皆、背負っていた装備を投げ捨て洞窟の中に向けて殺到する。
ふらつく兵士に肩を貸して歩く者、担架に乗せた兵士を二人がかりで運ぶ者、取っ手にザイルを通した救命ボールを持ち上げて運ぶ者。
皆あらん限りの速さで、こちらに向けてハッチを開いている輸送機を目指す。
上空の戦いの流れ弾か、或いは狙われているのか。
あちこちでレーザー砲が着弾した爆発が発生し、赤茶けた土を大量に巻き上げる。
「フェニックス01、こちらパーティハット01。目標の収容を開始した。あと少しだ。保たせてくれ。」
爆発の衝撃に揺れるヴィルゾーヴニルのパイロットが、船外光学モニタの画像を確認しながら上空で死闘を繰り広げている戦闘機隊に状況を伝えた。
しかし返ってきた答えは、心安まるものとは到底言えなかった。
「諒解。パーティハット、引き続き急いでくれ。状況は最悪だ。敵機の数は百万を超えている。ついでに、ファラゾアの艦隊がこっちに向かっている。」
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
長坂の趙雲です。(笑)
まあ、こんな戦い方をしてりゃ、三百年後に「お伽噺」とか言われても仕方無いものと思われ。