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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
380/405

39. 火星の夜


 

 

■ 12.39.1

 

 

 火星に向かって降下を開始した達也達救難部隊であったが、すぐにファラゾア戦闘機の手厚い歓迎を受けることとなった。

 

 以前、地球上の降下点を攻略せんと毎日のように最前線の基地から出撃していた頃、地球側の攻撃部隊が降下点に接近すると地上の様々な地形を使って上手く身を隠していた大量のファラゾア戦闘機から激しい迎撃を受けることが良くあった。

 そもそもがファラゾアの機体は高度なステルス性により電波で捉えることが難しく、となると地上に降りて地形に身を隠した上で推進器を停止してしまえば、見つ出すことは非常に困難になる。

 それは海中機動艦隊の艦載機として地球上のファラゾア降下点を一つずつ攻略していた時も同じで、例えば南米ボリビアのカア=イア降下点の攻略時など、アンデス山脈の山並みそのものやその急峻な峰々の間に刻まれた深い渓谷などに身を隠し、遠距離からでは探知できなかったファラゾア戦闘機が大量に突然迎撃に上がってきて、想定外に圧倒的多数の敵機に取り囲まれ窮地に陥ったなどというようなことが当たり前のように発生していた。

 

 どうやらそれはここ火星でも似た様なものの様だった。

 達也達が降下を開始すると、火星の地表に刻み込まれた数々の山地や渓谷から文字通り湧き出すかのように大量のファラゾア戦闘機が現れ、そして達也達を迎撃するために急速に上昇して接近してきた。

 それはまるで、今まで何も居なかった赤い大地に突然数千ものファラゾア機が湧き、HMD表示をGDDによる紫色のマーカで埋め尽くしたかのようにも見える。

 

 二十二名の兵士達を救出するこの作戦の要であるヴィルゾーヴニル輸送機二機は、突撃救難隊長である達也の指示を受けて高度約1万kmから垂直降下に移っていた。

 はやる気持ちはあれども、流石にエスコートする戦闘機隊を追い越してまで着陸しようとは思わなかったようで、二機の輸送機は一応エスコートのミョルニルD三十機に囲まれるようにして目標の兵士達が身を隠していると思しき地点に向けて急速に高度を落として行く。

 そこに突然地表から湧き出したファラゾア戦闘機約五千機が、まるで地獄の亡者が近付く生者を捕らえようと地の底から無数の広げた手を伸ばして掴みかかろうとしているかのように、辺り一面から現れて降下する地球軍機に向かって急速に高度を上げつつ接近する。

 達也はその様子を苦々しくも冷静な眼で注視しながら、高高度で止まるつもりだった僚機達に呼びかけた。

 

「フェニックス全機。パーティハットがいきなり大歓迎を受けている。まずあれを処理する。続け。突入後は各機判断。ゲームは始まったばかりだ。こんなところでドロップアウトするなよ。」

 

 通信が終わるや否や、機種を真っ直ぐ火星に向けほぼ垂直降下していた達也機が突然急加速して降下速度を上げて消える。

 達也機に続くL小隊の二機、A小隊とB小隊の各三機が、同様の動きでまるでその場から突然消えたかの様な大加速を行い、一気に火星に近付く。

 

 火星の大気は薄く地球の1/160、地表付近でさえ地球の高度三万m程度の濃さの大気しか存在しない。

 宇宙空間での戦闘を想定して設計されており、空力的に有利な形状とは言い難い紫焔やミョルニルがその大気圏内で高機動を行う時に、地球ほど大気の存在を意識しなくて良いという利点はある。

 しかしその利点は即ちファラゾアの戦闘機にとっても同じであるという事を忘れてはならない。

 むしろ希薄な大気は宇宙空間に近く、地球の濃密な強酸化性の大気中で空力航空機を駆って戦っていたときに較べると、明らかに敵に有利な条件でさえある。

 

 唯一確実に地球人側に有利な条件としては、薄い大気とは言ってもそこは惑星の大気圏内であり、砂埃などの遮蔽物となる粒子が大気中に濃密に漂っていること、そして地平線というものがあることから、上方を除いて数千kmも彼方からのレーザー砲攻撃が互いに出来ない事が挙げられる。

 レーザー砲の射程距離が短くなるに応じて戦闘空間のスケールが縮小し、地球大気圏内で戦っていた頃に似た距離感での格闘戦が主体となる事が予想される為、ファラゾアの1.5倍の反射速度を持つ地球人類の特性が生かし易い状況にある、という点であろうか。

 

 突然出現した後いきなりレーザーを乱射しながら上昇してくる敵機の攻撃に、意表を突かれたかもうすでに犠牲となった機体が出ている。

 二機のヴィルゾーヴニルの北側に展開していた9103TFS(ブーマー)の中に、一瞬の白熱した爆発炎が華開き、構造材を撒き散らし黒煙を引きながら放物線を描いてゆっくりと落下し始めた機体が一つ。

 ダメ押しのようにさらに数発のレーザーが着弾し、そのたびに一瞬の白い炎が撒き散らされ、爆発で様々な部品が辺りに飛び散り暗い火星の夜に向かって落ちていく。

 

 そのミョルニルDとヴィルゾーヴニルからなる集団を、大気の断熱圧縮による衝撃波の白い炎の揺らめきさえ引きながら、九機の巨大な戦闘機が一瞬で抜き去り火星の夜に向かって突っ込んでいく。

 その機体表面に埋め込まれるように設置されていたレーザー砲は、少し背伸びをするかのように機体表面上に持ち上がり、冷徹な思考のAIによって四門が別々に制御され、忙しなく動き回って次から次へと敵機に狙いを付け、大口径大パワーのレーザーでもって一瞬のうちに仕留めていく。

 希薄な大気の中に僅かに含まれる砂塵が、夜の闇の中で高出力レーザーに灼かれ僅かに光を発する。

 本来なら見えないレーザー光が無数に闇の中を交錯して、まるで派手な照明のダンスクラブかコンサート会場のようだ。

 

 普通では見えない敵の攻撃が見えるようになり逆に慌ててしまったのか、9102TFS(スターバック)からも早々に撃破される機体が発生した。

 暗闇に弾けたその爆発炎を一瞬で後ろに置き去りにして、別のミョルニルDが開いた穴を埋めるようにして前に出て輸送機を護りながら敵に攻撃を加え続ける。

 レーザー光線を辺りに大量に撒き散らしながら火星に向かって急速に接近する集団の先端、まるで砲弾の帽体か、或いは敵の群れの中に打ち込まれる楔かと見紛う位置に、闇に紛れる様なダークグレイに塗られた大型の戦闘機紫焔が造るデルタ編隊が三つ、それぞれ90°ずつ回転した立体的な位置関係で全方位に向かって死角無くそのレーザー光を撃ち込めるような形で陣取り、冷徹な論理回路に制御された四つの大口径レーザー砲で辺り一面を薙ぎ払う。

 

 宇宙空間に出てから666th TFWと共に戦うようになった9102、9103TFSの面々にしてみれば、それは有り得ない光景だった。

 彼等が知っている666th TFWは、並外れて生存率は高くとも自分達と同じ様な闘い方をする部隊でしかなく、まだ戦場が地球大気圏内のみであった頃にどの様な闘い方をしてきた者達であるのかを知らなかった。

 

 一部隊に満たないたった九機しかいない大型の戦闘機が、自殺志願者なのではないかとさえ思えるほどに集団の先頭の位置に躊躇いも無く一瞬で突出し、最前面で敵の群れを切り裂き狂ったようにレーザーを乱射し続ける。

 しかしそれは闇雲に無駄玉をばら撒いているのではなく、よく見れば666th TFWの紫焔各機の回転レーザー砲塔から一度レーザー光が放たれると、その遙か先、レーザー光が到達した敵の集団の中に必ず一つ爆発炎の小さな火花が一瞬華開く。

 

 「戦闘機」という言葉の定義を疑いたくなる、紫焔に搭載された四基の単装光学砲は、それぞれがバラバラの方向を向いて別々の目標を同時に探知し照準できる。

 駆逐艦と撃ち合いさえ可能とする自慢の大口径砲から放たれた強力なレーザーは、100km以上離れたファラゾア戦闘機を一瞬で吹き飛ばす威力を誇っている。

 それが地球人類最高峰と言える九人のパイロット達の手により操られる戦闘機によって戦いの最前線に投入され、そして彼等を助け敵を墜とすことを使命とする人工知能が精確無比に操り最大の効率で敵機を狙い、撃ち落としていく。

 AIを搭載していない戦闘機を操縦しつつ一方で二門のレーザー砲で敵を撃ち落とすという、言わば一人二役をこなしていたときでさえ彼等は毎秒一機以上の効率で敵を撃ち落としていた。

 AIと仕事を分担し、操縦に専念できるようになった彼等が駆る戦闘機は、これまで地球人類が産み出した全ての機体を上回る機動力を最大限に発揮して敵の攻撃を避けつつも敵を攻撃する最適の位置を常にとり続け、そして敵を撃ち落とすことに専念するAIが操る、旋回し周囲の敵を自由に狙うことが出来る従来の倍の数量の四門の大口径レーザー砲が最高の効率で敵を墜としていくことで、一機当たり毎秒三機近い有り得ない撃墜(キル)レートをマークする。

 

 驚異的な命中率で敵を墜としていくまるでレーザー光の嵐のような攻撃を辺りに撒き散らす九機と、撃墜レートという点ではかなり劣るものの、そうは言ってもST部隊に次ぐレベルを認められこの突撃救出作戦に加えられた9102、9103TFSの二部隊、さらに数を減じて二十七機となったミョルニルDからの集中的な攻撃を受け、彼等を迎撃するために上がってきた五千機ものファラゾア戦闘機は見る間に数を減らされていく。

 交戦開始から90秒ほども経った頃、信じられないことに五千機もいた敵機はすでに半数近くを撃墜され、巨大な雲のようなファラゾア戦闘機の集団にはあちこちに大きな穴が開き、敵わないとみたかちらほらと離脱するファラゾア機も見られるようになった。

 

「突撃救難隊全機、前方の敵機群に穴が出来た。突破する。フェニックス、俺に続け。スターバック、ブーマーはその後ろだ。パーティハット、一番後ろをついてこい。戦闘機はとにかく敵の穴を広げて、輸送機を護れ。パーティハットはとにかく墜とされないことに専念しろ。行くぞ。」

 

 達也はそう言って正面よりも僅か左側に見える敵機密度が極端に薄くなった部分を目掛けて自機をねじ込み、周囲を取り巻く全てのファラゾア機に対して猛烈な砲撃を加える。

 その後ろにL小隊ヴィルジニー、マリニーの二機がすかさず追随し、さらにはAB小隊の六機が続いて敵の群れに出来た穴をさらに広げつつ敵の中に突っ込んでいく。

 9102、9103TFSも負けじと666th TFWを追いかけ、機体を横に向けて周囲の敵機を掃射しながら突き進むという非空力戦闘機ならではの動きで、後続の輸送機達のために敵機群の穴を広げていく。

 

 先ほどからパラパラと離脱する機体が発生していたファラゾア戦闘機群であったが、地球軍機の猛攻に曝されてさらに数を減じ、離脱する機体の増加が目立ち始める。

 達也達に墜とされ数が減り、見切りを付けたのか離脱する敵機がさらに増加し、敵機群の数が加速度的に減少していくと、あるとき突然、突撃救難隊を包み込むように存在していた全ての敵機が一斉に離脱し始め、まるで突然空が晴れ渡ったかのようにHMDに表示される敵機のマーカーが消え去った。

 どうやら迎撃行動を取った敵機群約五千機を撃ち落としまくり、敵機の離脱もそこに上乗せされたことで、残機数が当初の1/3を割り込んだために全機一旦引き上げた様だった。

 

 辺りを見回せばGDDにより探知された、こちらに向かってきていると思しき敵戦闘機群が彼方に幾つも存在するが、今現在すぐ近くには有力な敵軍は存在しない事が分かった。

 最新鋭機紫焔は伊達に機体を大型化させた訳では無く、GDDやレーダー、光学センサーなどの探知能力がSPACSには及ばないものの飛躍的に向上し、またそれらの情報を処理するCOSDARの為の演算能力も大きく改善されている。

 広大な宇宙空間での作戦行動を容易にするために、艦隊やSPACSの支援が無くとも自ら遠方の敵を探知し、戦術を組み立て、戦い抜くことが出来るだけの能力を与えられているのだ。

 

「パーティハット、今のうちだ。一気に地表まで降下して目標の探索を開始せよ。スターバック、ブーマーは当初の予定通り高度50から200にて制空権確保。フェニックスは高度100km以下全域をカバーする。輸送機を絶対に墜とさせるな。」

 

「パーティハット、コピー。このまま降下して峡谷内で目標を探索する。」

 

「こちらスターバックリーダ。諒解。50から200で制空権確保。」

 

「ブーマー、コピー。」

 

「ニケ05、こちらフェニックス01。カンドル谷上空の制空権を確保した。目標を叩き起こせ。マーカを表示させろ。」

 

「フェニックス、こちらニケ05。よくやった。素晴らしい戦いぶりだった。これより大パワー電波通信で、マーカを表示するよう目標に伝える。眼を皿にしてマーカを探してくれ。」

 

 火星に残る兵士達からの情報と地球からの観測で、兵士達の潜伏場所がカンドル谷であることまでは特定できていた。

 しかし色々な理由で行動を制限されている兵士達の地形観測と、地球からの遠距離観測ではその正確な位置までは掴み切れていなかった。

 そのため救難隊が接近したところでその旨を知らせ、潜伏する兵士達に発煙筒を焚かせる計画となっていたのだ。

 火星大気は地球に較べて遙かに薄いとは言え、発煙筒の煙をたなびかせるに充分な濃度が存在する。

 

「シヴァンシカ、カンドル谷を中心に地表を光学で監視。突発の赤外線放射、或いは煙を発見しろ。」

 

「諒解。カンドル谷を中心に赤外線および可視光での監視を行います。」

 

 今だ夜の領域にあるカンドル谷は、人間の眼には真っ暗で何も見えないほどであるが、電子の眼を持つAIならばたなびく煙を発見できるはずだった。

 

 輸送機二機は高度を下げ、カンドル谷の峡谷内部に入り込んで不意の攻撃に備えつつ、地表近くで兵士達の痕跡を探している。

 達也達戦闘機隊は上空から、そのうち焚かれるであろう発煙筒の炎と煙を探していた。

 

 しばらくして、レシーバが発した電子音が達也の耳に届く。

 外部から得られる様々な情報に対して注意喚起を行う電子音には色々な種類がある。

 甲高く、いかにもと云った音色の組み合わせのその音は、敵の接近を告げるものだった。

 

 達也はまずHUD上の戦術マップを確認する。

 三方向から敵戦闘機と思しき小型戦闘機械群が急速に接近中。

 そのうち最も近いものは、方位06、距離1500km、高度190にて、方位24へ速度4.2km/sで移動中。

 即ち、真っ直ぐこちらに向かってきていた。

 大縮尺で表示している戦術マップに表示される敵マーカの脇のキャプションが、あと数百秒で再度交戦状態となることを教えている。

 

「救難隊全機。次の客だ。データリンク。340秒で接触する。戦闘機隊、砲撃任意。近寄ってきたら好きに墜とせ。パーティハット、早めに迷子を見付けてくれ。敵の本拠地だ。さっさとずらかるぞ。居れば居るだけ死人が増える。」

 

 達也は視線をHMDスクリーンに移し、敵機群が接近してくる方角に首を曲げ、宇宙空間と見分けがつかない火星の夜の闇の中に表示される敵マーカを睨み付けながら言った。

 

 

 

 

 

 

 




 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 火星には小さな月しかないので、夜は暗いのです。

 つか、地球の月が有り得ないほど異常にデカいだけ。


 電気が無くても酸素がなくても燃焼して炎と煙を上げる発煙筒は、この時代になってもサバイバルキットに入れられている重要なアイテムの一つです。

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界地球以外はAIマトモに運用されてないし、そりゃこうなるわな……(前作を見ながら)
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