24. ドッグファイト
■ 2.24.1
HUDを横切る白い敵機に向かって左翼下からオレンジの火線が伸びる。
火線が敵機を追従するように僅かに機首を振り、少しでも着弾数を稼ぐ。
思い通り、20mm砲弾によって描かれた火線の弧は敵の動きに追従し、数十発の焼夷徹甲弾がファラゾア機の硬い外殻を抉り、切り裂き、その本体内部に飛び込んで爆発し、内部を破壊する。
薄い煙を引き、明らかに推進力を失ったファラゾア機は、空気抵抗により錐揉み状態となって放物線を描いて落下していく。
視野の端で捕らえていたパナウィー機とすこし離れてしまった。
達也は機体を左に旋回させ、小隊長機の動きを追う。
コンソールに嵌め込まれた大型のディスプレイに並ぶ兵器管理画面で、左翼のガンポッドの残弾数が50発程度になっていることを確認した。
スロットルレバーに付属した兵器選択ダイヤルを回し、カーソルを右のガンポッドに移す。
達也とアミールの機体は翼下パイロンにSUU-29 20mmバルカンガンポッドを左右に懸架していた。
本来F16V2が備えるべき装備を全て搭載している4287TFSの僚機達とは異なり、二人の機体はF16V2とは言えF16C程度の装備と能力しか無い。
ファラゾア相手に現在最も有効な攻撃手段である20mmバルカン砲も、皆が二門2500発ほど搭載しているのに対して、二人の機体には一門500発しか搭載されて居らず、装弾数が絶対的に不足していた。
弾不足の新兵を前線に放り出すわけには行かず、かと言って折角補充された新兵を遊ばせるわけにも行かず、苦肉の策が翼下パイロンへのバルカンポッドの装備であった。
ガンポッドの装備により弾数不足の問題は解決したが、代わりに別の問題が発生する。
翼下パイロンにガンポッドを懸架することで機体質量が分散され、機動力が低下する。特にロール時の慣性モーメントの増加は無視できないほどであった。
達也とアミールは初陣の新兵である事もあり、小隊長機に追従するように強く指示されたのはそう言う理由もあってのことだった。
パナウィー機が急激なパワーダイブから機体を捻って横滑りさせ、すれ違いざまにファラゾア機に一掃射浴びせ掛ける。
一瞬の内に十数発の20mm焼夷徹甲弾を撃ち込まれたファラゾア機は推力を失い、独楽のように回転しながら放物線を描いて墜落していく。
良い腕だ、とその一部始終を後ろから見ていた達也は思った。
攻撃出来そうな敵を瞬時に選ぶ眼と、攻撃位置に付くために敵の手薄な所を察知する能力、そしてなにより的を定めた後の行動の思い切りの良さと、機体の能力を十分に引き出す技術。
実戦での戦闘経験など殆ど無く、格闘戦を実際に見た事も数えるほどでしかない達也だったが、その達也の目から見ても明らかにパナウィー大尉の戦闘技術は他の4287TFSのパイロット達から頭一つ抜き出ていた。
視野の端を黒い影が横切った。
アラン機が達也の上方からバレルロールで下側に回りそのまま反転してパワーダイブしていく。
達也もそれに続く。
先行したパナウィー機を追うように増速しつつ急激な降下をするアラン機が、パナウィーと同じ様に機首を捻って機体を横滑りに降下させ、先ほどのパナウィー機の攻撃で残ったファラゾアに弾丸を撃ち込む。
オレンジ色の火花を幾つか散らしたファラゾア機は、小さな爆発を起こして外殻が吹き飛び、一部内部構造をむき出しにしたまま真っ直ぐに海に向けて落下していった。
落下していくファラゾア機を横目に、達也は別の敵機に狙いを付けていた。
敵を墜とすことよりもパナウィー機に追随することを優先しろと言われてはいるが、今までのところ特に何も言われていないという事は、手の届く範囲で敵を叩く分には問題とされていないようだった。
パナウィー機の向こうにファラゾアが数機固まって居るのが見える。四機。
パナウィーはタイミングが合わず攻撃を諦めて、左旋回からの急ロールで離脱した。
僅かに遅れてアランがそれを追う。
その一瞬の間に敵との距離が詰まっていた。
眼の前を横切って旋回していったアラン機の陰に隠れるようにして増速。
先頭のファラゾアに向けてトリガーを引いた。
一瞬トリガーを離し右ロール。
向かって右側を追従してくる敵に一掃射。
二機目以降は当たっても当たらなくても良い。
今居る場所から動かすのが目的だ。
ロールを続け、僅かに機首を「上げて」降下し、さらにもう一機に掃射。
四機目は無理だ。
欲をかきすぎると無理な追撃になる。隙が出来る。
そこを狙われたらお終いだ。
270度ロールした所で急上昇し、敵が動いたことで出来た包囲の穴を突き、僚機の後を追う。
反対向きにロールしたことでパナウィー機までの距離がかなり離れてしまった。
アフターバーナーオン。増速。
シートに身体がめり込む加速の中で、行く手を塞ごうとするかのように正面に現れたファラゾア機が見えた。
ロールして機首を僅かに右に向ければ、射撃に絶好の位置。
何かを誘っているとしか思えなかった。
エンジンを全開のまま、左ロールから反転急降下する。
そのまま360度ロールを終え、高度を失ったことで稼いだ速度でパナウィー機を追う。
前方左右に敵機が現れる。
ファラゾア機特有の高加速での動きは、まるで瞬間移動したかのようにも見える。
右ロールから右旋回。
旋回中に右の敵に短く一掃射浴びせる。
当たらなくても良い。
多分後ろにも敵がいて包囲されている。
敵の動きを牽制できれば良い。
すぐに反転しようとしたが、別のファラゾア機がカバーに入り頭を押さえられた状態にある。
さらに90度ロールしスプリット、の途中から逆ロールして速度を稼ぎつつ強引に向きを変える。
正面に三機。
最初は三機しか居なかったが、どうやら五機以上の敵に囲まれてしまったようだった。
高度3500。
音速を超えた今の速度では、あと二度スプリットするのが限界だろう。
そもそも同じ動きを三回もやれば読まれる。
ならば、絶対こんな事はしないだろうと相手が思っている事をすれば良い。
と、一瞬の内に考えた達也は、正面の三機に向けてスロットルを全開にした。
小刻みに回転径を変えながらバレルロール。
20mmガンポッドを掃射。
連続射撃限界の二秒を超え、兵器セレクタで胴体内20mmバルカンを選択してさらに掃射。
アフターバーナー全開の赤く長い炎を引いた達也のF16V2は、20mm機銃を乱射しながら、正面に陣取った三機のファラゾアに向けて突き進んだ。
いつも通り、ファラゾアはすぐには反応できない。
中央と右側の敵機に弾丸を浴びせ掛け、バレルロールでそのまま突っ込む。
包囲を突破出来るか、と思ったところでスプリットSにて反転。
今まで後方に居た敵が頭上に見える。
五機に囲まれているのだと思っていたが、実際は七機だったらしい。
スプリットSからローヨーヨー。
右手の二機に向けて銃撃しながら突き上げる。
下のクイッカーに弾が集中し、外殻が弾け飛ぶのが見えた。
ついでにもう一機も、と機首を上げようとした所で逃げられる。
そのまま機首上げ動作を行い水平飛行に。
左に二機、右に三機。
右シャンデルを途中からハイヨーヨーに変更して上から被せる。
三機の内、真ん中の敵に銃撃。外れた。
そのまま機首を沈め、急降下。
増速したところで左旋回し、パナウィー大尉を追おうとするが、また左右に回り込まれた。
そのまま左旋回を続け、ヨーで機首を下げてドリフトさせつつ一撃放つが、撃墜確認をしている暇は無い。
右ロールから右旋回で再びパナウィー大尉機の方に進路を変えようとしたところで上下に挟まれた。
咄嗟に右バレルロールで逃げるが、横移動距離が短く完全に躱せていない。
540度ロールした所で、急激に左旋回する。
急な反対方向への機動に、ファラゾアは付いて来る事が出来ない。
骨が軋みそうなG。視界が暗くなる。
喰い付いてきた敵機は振り切ったが、パナウィー大尉とさらに離れてしまった。
高度が2500mまで落ちている。
これ以上高度を落とすと、追い詰められた時にスプリットで増速して逃げるだけの余裕が無くなってしまう。
まずい。徐々に追い詰められている。
単機で追い回されれば追い回されるほど、時間が経ち、敵機が集まってきてより状況は悪化する。
旋回しつつ、敵の包囲を突破できる方角を探す。
同時に僅かに機首を上げ、速度を失わない程度に高度を少しずつ上げる。
敵の包囲が大きく開いている場所がある。
だが、方位16。パナウィー機と離れるどころか、カリマンタン島へ一直線に近付くコースだった。
明らかに誘い込まれている。
敵の思い通りに誘導されている、或いは上手く遊ばれている、という感じがして、ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを達也は自覚した。
怒りで冷静さを失う事は避けるべきだ。
だが怒りを原動力として、絶望的な状況に最後まで諦めないでいることは出来る。
いきなり急上昇する。
ピッチラダーが+30を指したところで急激に左ロール。
機体は螺旋状の半ループを描き進路が90度右に変わる。
前方に二機。
左側の敵機に向かって突き進む。
敵は急加速して、機首をこちらに向けたままこちらの射程外の距離を保ちつつ真っ直ぐ逃げる。
上下に更に二機追加で現れる。
クソ。舐めやがって。
お前達が最も想定していないであろう行動を取ってやる。
下の敵を狙うと見せかけて、スロットルを全開にして上の敵に向かう。
射程内に入る前に敵機は高速でバックを始める。
距離が詰められない。射程距離に捕らえられない。
更に新手のクイッカーが二機増えた。
前方に立ち塞がる敵の数は六機。
これは、包囲網の突破や、パナウィー大尉機に追従すると云ったレベルの話では無かった。
六機以上の敵に囲まれ、更に追い詰められた。
正面の六機を一度に相手に出来るはずなどない。
流石に反転しようと右手に力を入れたとき。
視野を黒い影が斜めに駆け抜けた。
正面六機の内、二機が小爆発を起こして墜落して行く。
誰が助けてくれたのか知らないが、ここで畳みかけてもう一機墜としてやろうと増速する寸前、残る四機が散った。
左ロールして上昇。
先ほどから左側をうろちょろして目障りな二機の内、下側のクイッカーに銃撃を浴びせた。
オレンジ色の残像を引いて、弾丸が敵機に吸い込まれていく。
小爆発を何回か起こし、薄い煙を引いて敵機が落下していく。
横向きのまま機首を上に滑らせ、もう一機喰ってやろうとしたところで敵機の姿が消えた。
そのまま左旋回し、自分を包囲しているはずの敵機の姿を探す。
「馬鹿者!」
いきなりレシーバにパナウィー大尉の怒声が響いた。
「今日は攻撃など考えずに後ろを付いてこいと言っただろう!」
達也を包囲していた敵機の内、二機を一瞬で叩き落としたパナウィーとアランの機体が、反転急上昇してきて達也の前に割り込んだ。
「済みません。」
確かに、事の始まりはパナウィー大尉機の向こう側に確実に墜とせるファラゾアを数機発見し、パナウィー達が旋回したのとは逆方向に飛んだことだ。
敵の撃墜には成功したが、その代わり両機との距離が開いてしまい、ファラゾアの包囲に上手く誘導されてその距離がどんどん開いてしまったのだ。
それまでの行動とは異なり、パナウィー機に追従する事よりも敵を墜とすことを優先した為に発生した事態であるのは確かだった。
「気がはやるのは分かるが、新兵のうちはまずは生き残ることだけを最優先に考えろ。生きていれば敵を墜とすチャンスなど幾らでもある。生きてさえ居れば、嫌でもこれから数え切れない程出撃する。そして出撃した回数の何倍もの敵機を墜とすことになる。」
「はい。」
「逆に死んでしまえばそれまでだ。それ以上敵を墜とすことは出来ない。とにかくまず生き延びることを考えろ。お前が死ぬ事は、ただ単にパイロットが一人減るだけじゃ無い。あの糞エイリアンどもに攻められている地球人が一人減ることでもある。忘れるな。」
「はい。理解しました。」
「降下する。付いてこい。」
パナウィー機が右にロールしながら急激にダイブしていく。
アランと達也の機体がそれに続く。
「タツヤ。残弾数報告。」
「はい、左翼50、右翼180、本体内250です。残弾20%を切りました。」
急速に海面が近づいて来て、高度200mで水平飛行に移る。
「オーケイ。チムンリーダー。こちらチムン03。チムンB1、ベータワン、アンモビンゴ。RTB。」
「チムン03。チムンリーダー、コピー。」
自分達が飛んでいる周りに既にファラゾアの姿が無い事に達也は気付いた。
それは海面近くの低空を飛んでいるという理由だけでは無く、既に戦闘空域から離脱し始めているからだという事に気付いた。
自分を助けに突っ込んできた時点で、パナウィー大尉はこちらの残弾数が心許ないことに気付いていたのだろう。
合流してすぐに戦闘空域を離脱する進路を取っていたに違いなかった。
敵わないな、と達也は思った。
「前線では仲間達が戦い続けている。作戦もまだ終了していない。全速で帰って、弾と燃料を補給したらすぐに戻るぞ。機体も、人間も、だ。」
「諒解。」
朝日を反射する波が光る紺碧の海上を三機のF16V2が北に向かう。
しばらく無言の状態が続いた後、パナウィー大尉が言った。
「あの包囲の中でよく生きていた。大したものだ。タツヤ、死ぬな。」
「はい。」
横を見ると、コクピットの中でマスクを外したアランが、こちらを見て笑いながら親指を立てていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
スプリットSとかインメルマンとかクルビットとか。色々ありますけど、チャリティーで貰える様なリボンみたいな動き(スプラッシュからさらに旋回して、ハイヨーヨーから90度旋回)って、なんて名前なんですかね?