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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
378/405

37. 第一次戦闘機隊突撃


 

 

■ 12.37.1

 

 

 遙か彼方から相対速度20000km/sを越えて高速でミサイルが接近する。

 しかしながら全てのファラゾア艦は、光速の20%という速度で宇宙空間を航行するためのデブリシールドとして、60000km/sで接近する物体を安全に弾く重力シールドを備えている。

 それが宇宙空間を漂うデブリでは無く強力な推進力を持つミサイルであったとしても、敵艦に真正面から接近したのではまず着弾は不可能であり、高速なデブリの突入角度として余り想定されていない艦体横方向からであったとしても、艦体の軸線を僅かでも外せば容易に弾かれてしまう。

 ましてやそれが高速でランダムに遷移する戦闘機動中の艦船であれば、命中率が大きく低下するのは尚更である。

 

 それに対して地球人が取った対策は、ミサイルが敵艦に着弾する僅か一瞬前、時間にして1ミリ秒にも達しないほどの刹那、重力推進器であるAGG/GPUをオーバーロードさせることで得られる大パワーをもってミサイル周辺の空間の歪みを強制的にゼロ(絶対均一時空間:Absolute Zero Space-Time)にする機構をミサイルに取り付け、敵艦が展開する強力な重力シールドに穴を開けてミサイルの着弾確率を向上させる方法であった。

 

 これで敵艦の重力シールドを突破する事が可能となった訳であるが、そもそも20000km/sもの高速で飛翔するミサイルは急旋回出来ないため、まるで猛牛の突進を鮮やかに躱すマタドールの様に、着弾寸前にランダム機動で敵艦に大きく遷移されて躱されるとミサイルは目標を見失ってしまう。

 低高度の地球周回軌道では、停止した敵艦に対して発射から着弾まで数秒という不意を突いた攻撃を行えたために高い命中率を誇っていたが、広大な宇宙空間で数百秒もの距離を延々と接近して来るミサイルであるなら、鈍間なファラゾア艦と言えども幾らでも対処の方法はあるのだ。

 そのようにして躱されてしまったミサイルが例え再度目標を捉えたとしても、乗りきった速度を殺しつつ大きく旋回して再び目標に辿り着くまでには燃料が尽きる。

 

 では所詮水でしかない燃料を沢山載せてやれば良いかというと実はそうでもなく、遙か彼方で向きを変えてまるで忠実な牧羊犬の様に戻って来たミサイルが、戦闘機の突撃中、或いは艦隊戦の最中に、不意にあらぬ方向から超高速で戦闘宙域に突入してくるのは、例え狙われておらずとも味方にとっても危なっかしい事この上なかった。

 小型の熱核融合炉と重力推進器を備えた高価なミサイルとはいえども、一度的を外して敵の脇を通り過ぎてしまったなら、もうそのまま虚空に消えてくれた方が戦い全体から考えて都合が良いのだった。

 

 そのような命中率の低いミサイルではあるが、敵に当てられないという訳でもない。理屈の上では。

 着弾直前に移動されて避けられてしまうなら、避ける事が出来ないほどの数のミサイルで全方位から敵を包み込み、所謂飽和攻撃を仕掛ければ確実に敵を沈めることが出来る。

 ただ広大な宇宙空間で、数百km/sの速度で激しくランダム機動する僅か数百m、大きくとも数千m程度の大きさでしかない目標物を、光速の数%で飛翔する全長数mの小さなミサイルをもって敵の逃げ場を無くすほどに追い詰めるというのは至難の業である。

 宇宙は広く、それに対して目標物は小さく、ミサイルは更に小さいのだ。

 

 味方から命中することを殆ど期待されていないという立つ瀬の無いミサイルであるが、敵にとってみれば十分な脅威である。

 回避行動を取らねば確実に命中する、回避行動を取ったとしても命中する可能性があるミサイルが、例え3000m級戦艦であろうと致命傷を与えることの出来る反応弾頭と、これもまた戦艦を一撃で破壊できる必殺の運動エネルギーを携えて突っ込んでくるのだ。

 まぐれ当たりであろうが何であろうが、命中すれば甚大な被害を生じるミサイルに対してファラゾア艦は必死の回避行動を取り、命中の確率を少しでも下げるため全力でミサイルを迎撃するしかない。

 それこそが地球人側の狙いであった。

 

 数百万kmも彼方から放たれ、敵艦隊に向かって殺到する三千発弱のミサイルを彼等が必死になって迎撃している間、そのミサイルの影に隠れるようにして戦闘機隊が敵艦隊に接近する。

 ミサイルを迎撃することに大わらわの敵艦隊は、例えその向こうに戦闘機隊が存在することが分かっていたとしても、まずは目前の脅威であるミサイルに対処するほか無い。

 果たして、駆逐艦三隻大破、3000m級戦艦一隻中破という好成績を残してミサイル群が敵艦隊の中を通り過ぎた時、第一機動艦隊から分離して突出した戦闘機隊は、ほぼ無傷で敵艦隊から80万kmの位置にまで接近していた。

 

 戦闘機隊はさらに各機一発ずつミサイルを発射して前面に展開する。

 ファラゾア艦は再度ミサイル迎撃を行うが、ここに至ってはミサイルだけで無く急速に接近してくる戦闘機も目標となる。

 それでも敵がミサイル迎撃に手を取られる分だけ、戦闘機隊への被害を抑えることが出来る。

 そのミサイル群が敵艦隊の脇を通過する直前に再びミサイルを一斉射する。

 それを繰り返して戦闘機隊は敵艦隊に接近する。

 

 ここに来てファラゾア艦隊とそれを取り巻く小型戦闘機械群も数千発というミサイルを放出する。

 しかしながら元来ファラゾアのミサイルの追尾性は地球製のそれに劣る。

 そもそも宇宙空間で僅か直径数十cm、長さ1m程度のミサイルを数十万kmの彼方から撃ち落とせるなどと思ってもいない地球側の戦闘機群は、特にそれ以上の回避行動や迎撃行動を取るという無駄な行動を取ること無く、それまで同様にファラゾア艦からのレーザー砲迎撃を避ける為のランダム機動を継続するだけで敵艦隊に向かって突撃する。

 

 地球側のミサイルと同様に、ファラゾア側のミサイルも、低い確率ではあっても命中弾を生じる。

 ファラゾアが発射した数千発のミサイル群とすれ違った戦闘機隊は、ミサイルの命中などによって五十機ほどの脱落を生じつつも敵艦隊まで僅か四十万kmの位置にまで接近していた。

 対艦攻撃を想定したミョルニルDが搭載する口径900mmx800MWの大型レーザーであれば、この距離はすでに有効射程内である。

 続々と打ち出され接近してくる敵のミサイルをまるで無視して、敵艦隊に向かって突撃し続ける戦闘機隊の中でミョルニルDを配備された部隊が先陣を切るようにして敵艦目掛けてレーザー砲を乱射し始めた。

 

 光の速度でさえ往復2.7秒掛かるこの距離では、光学センサーと重力センサー(GDD)で捉えた敵艦の位置は1.3秒過去のものであり、COSDER情報をもとに半自動照準で撃ったレーザーがさらに1.3秒掛かって敵艦に到達する頃には、敵艦はすでに位置を変えているため命中することは無い。

 しかし熱核融合炉(リアクタ)が動いている限りは弾切れの心配などしなくて良いレーザー砲であるので、例え低い確率であってもまぐれ当たりを期待して、自動照準システムは砲の照準を移動する敵艦に合わせ続け、そしてパイロットはトリガーを引き続ける。

 

 その間も、先行するミサイル群が敵艦隊を通り過ぎると同時に各機一発ずつの対艦ミサイルを断続的に発射し続けて、敵艦隊の防空行動を常に「忙しい」状態に保っておく。

 遠距離から撃ってもろくに当たりもしないミサイルを、更に命中の可能性が低くなる撃ち方をするのは馬鹿馬鹿しい限りではあるが、それが敵の攻撃を邪魔し、自分達の生存の可能性を左右するとなると話は別だった。

 

 戦闘機隊は更に敵艦隊に接近するが、相対速度は3000km/s以下に抑えられている。

 相対速度が低ければ、敵の有効射程距離内に身を曝す時間が長くなり、当然そのぶん被弾の可能性も高くなる。

 しかし前回の第一次火星侵攻の時の様に、相対速度10000km/sを超える様な超高速で敵艦隊とすれ違うならば、ミサイルリリースのタイミングがシビアになりすぎ、また特殊なミサイルリリース機構を持つ機体でなければ手持ちのミサイルを全弾敵に叩き込むだけの時間も取れない。

 折角数十発ものミサイルを抱えて遠路はるばる火星までやってきておきながら、ミサイルリリースのタイミングを逸してしまい、大半のミサイルを持ち帰りました、では余りにお粗末である。

 

 相対速度を2000km/sまで落とせば、命中率はともかく、約1秒程度のミサイルリリースタイミングを確保する事が出来る。

 適切な距離で発射された桜花系の対艦ミサイルが条件さえ揃えば無類の戦果を叩き出すのは、低高度の地球周回軌道に静止したファラゾア艦に対する地球大気圏内からの攻撃で何十隻もの敵艦を屠った戦果によって証明済みである。

 そして戦いの中で犠牲となる兵士が出るのは当然のことだった。

 速度を落とすことで敵の砲火に曝される時間が増え、その分損耗率が増加したとしても、敵を攻撃するタイミングを逸する、或いはほんの一発か二発しか適切なタイミングでリリースできないという問題を回避して命中率を上げ、撃破数を確保すべきだと地球連邦軍の上層部は考えたのだった。

 

 その作戦指示のもと、八百余機の戦闘機隊がランダム機動を行いつつも全体的には緩いカーブを描きながら敵艦隊に接触する航路を採って接近していく。

 各飛行隊ごとにそれなりに密集した編隊を組んでいるとは言え、僚機との間隔は数百から千km近くも離れており、全体では幅5000km、長さ20000kmを越える集団となっている。

 その打撃部隊の雲の先端が火星前面に展開するファラゾア艦隊と、それを包むように円環状に広がる小型戦闘機械の巨大な群れに接触した。

 

 相対速度2200km/sで接触した二つの集団は、互いに激しくレーザーを撃ち合いながらさらに接触を深める。

 地球側の戦闘機隊の先端は、濃密な敵戦闘機群の雲を削り取るかのようにその内側に向かって進んでいきつつ、周囲から浴びせ掛けられる数十万のレーザー砲に依って一機また一機と撃破され、まるで打ち込まれた杭の先端が削り取られすり減り痩せ細っていくかのように急速に消滅していく。

 

 長さ20000kmを越えていた地球人達の戦闘機の集団は、その長さを2/3ほどに縮めつつも数十秒かかってファラゾア戦闘機の濃密な雲を突破し、艦体長1000m前後の駆逐艦および巡洋艦が艦隊の中央部に陣取る戦艦の周りを固めるように占位する領域に到達した。

 周囲あらゆる方向からやってくる無数のレーザー砲の斉射を受けて時間を追うごとにさらに数を減じていく戦闘機隊は、持てる限りのミサイルを次から次へと発射しながら、損害をものともせずに敵艦隊に肉薄する。

 

 敵の攻撃に長時間曝され、損耗率の増加が懸念されていた低加速度、低相対速度でのこの度の突撃であったが、推進力に充分に余裕がある状態で敵に接触したので余剰分の推進力をランダム機動に全て割り振ることが出来、通常よりも高加速かつ振れ幅の大きいランダム機動によって想定されていたよりもかなり損耗率が低いという副次効果があった。

 連邦軍参謀本部の試算では、打撃群Aと名付けられたこの一回目の戦闘機隊突入では、ほぼ無傷かつ地球艦隊を迎え撃つ準備を万端に整えた敵艦隊とその周辺に展開する大量の敵戦闘機群に突入することから、打撃群Aの戦闘機隊は中央の敵戦艦群にまで到達できずに消滅する可能性さえ見積もられていたのだ。

 

 錐のように敵陣深くに突入した戦闘機群は、さらに数を減じ消耗しながら直径一万km強の球状に固まった小型艦の集団に食らい付き、そしてその領域を食い破り、小型艦の集団のさらに内側、全ての中心部分に直径3000kmほどの球状の配置で鎮座する十隻の戦艦が待ち構える場所に到達した。

 砲撃はさらに苛烈になり、戦艦や1000mを越える艦体長の巡洋艦クラスの艦艇からはレーザーだけで無く、無数のミサイル、艦載機、短射程の粒子ビーム砲、さらに短射程のマスドライバ弾など、装備するありとあらゆる兵器が発射され、今や満身創痍になりつつある地球側戦闘機隊と、彼等が発射する対艦ミサイルを迎え撃つ。

 

 最終的に敵戦艦群のもとに辿り着いた戦闘機は、艦隊から分離した時の数の半数を大きく割った三百四機であったが、その数も周囲からの猛攻に曝されて時間を追うごとにさらに数を減じていく。

 恐怖に駆られたのでは無く、攻撃が間延びすることなく、発射したミサイルが短時間に敵に集中して効果的な攻撃になるよう、集団後方の機体は増速して、集団前半部の機体とほぼ同時に敵戦艦群に接触するように位置を調整する。

 

 そして地球艦隊が放った矢は、敵陣中央部の敵戦艦群に到達した。

 三百余機の戦闘機が満を持したかの如く、ここにきて弾かれたように全機最大加速度で増速しながら、ここまでの道程で囮の代わりに用いて残り少なくなったミサイルを、敵戦艦群に向けて一斉に放出した。

 ミサイルを全て撃ち尽くした戦闘機は、弾幕吹き荒れる敵艦隊の中を通過して離脱しようとあらん限りの加速を振り絞る。

 撃ち出されたミサイルは、指示された目標にその冷たい眼を向け、迎撃の砲火の中を生き残り敵に食らい付くため加速する。

 

 さらに損耗し二百八十二機となった戦闘機部隊が敵戦艦群を反対側に突き抜け、さらに増速する。

 パイロット達は、自分達が放ったミサイルの発する核融合の眩い光に囲まれ、少なくとも攻撃を敵に届かせることに成功した事を知り、同時にその爆発に巻き込まれないようあらん限りの技量を尽くして敵艦を避けて虚空を疾走する。

 大多数の砲火はミサイルの迎撃に振り分けられているが、役目を終えて全速で離脱する戦闘機に追い縋るように向けられた攻撃もあり、残機少ない戦闘機隊がさらに減っていく。

 敵艦隊の東側後方に抜けた戦闘機隊は、敵艦隊を分厚い円環状に取り巻くファラゾア戦闘機群の端をかすめるようにして、その航路は弧を描き火星に向かって延びる。

 

 ファラゾア艦隊とそれを取り巻く小型戦闘機械群が占有する領域を完全に脱したとき、突撃部隊には僅か二百三機の戦闘機が存在するのみであった。

 しかしその身を削り多くの犠牲を払いながらも彼等は、3000m級戦艦に大破一、中破一、小破三、そして戦艦群を取り巻くように布陣していた小型戦闘艦艇については撃沈六、大破四、中破六の戦果を叩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 会話ゼロ回になってしまいました。

 まあ、戦局とか戦術とかを語る回は、どうしてもこうなってしまいがちなのですが。

 勿論、そこに現場パイロット達の会話を混ぜることも出来ます。

 今回は客観的な視点にしてみたくて会話ゼロです。


 ちなみにわかりにくかったかと思われますが、ファラゾア艦隊は火星の手前約40万kmの位置に中心である戦艦群を直径5000kmの球状に配置し、その周りを直径10000km程度の球状に小型艦艇を配置して護っています。そのさらに外側を小型戦闘機械群、即ち戦闘機群が囲んでいますが、その配置は中心の戦艦群から地球艦隊に向けて引いた直線を軸に、内径10000km、外径20000km、長さ10000kmほどの円筒状になっており、一応中心部の艦艇が敵艦隊(地球艦隊)に向かって激しく砲撃するのを邪魔しない(撃たれない)布陣を取っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何万人死んで全兵力での損耗率は幾ら程になったんだろう。消耗戦ならファラゾアのほうに利がありそう。この戦闘後に地球側は継戦能力どのくらい残ってるんだろう。まあ最終的にどうなるかは解ってるけど
[一言] 新兵をどれだけ鍛えてもこの損耗率では育つ前に死ぬよなぁ そして減った穴埋めにまた新人がって負の連鎖か
[一言] だんだんと向こう側も被害が無視できなくなってきてる……(前作を見ながら)
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