36. 突撃救難隊(アサルトレスキュー)
■ 12.36.1
地球を離れ、太陽の脇を通って九億kmもの距離を六時間半近く掛かって旅した第一機動艦隊は、火星から約二千万kmの位置で火星に対して静止し、艦隊を整えた。
九億kmを超える距離を人間を乗せた艦隊が遠征したことそのものや、総勢二千機を越える戦闘機隊を伴う大艦隊がその距離を踏破したこと、地球人類が建造した有人艦艇が太陽から僅か一億kmという距離にまで接近したことなど、この度の遠征も様々な初めて尽くしとなったのであったが、意外にも数回のファラゾア戦闘機群による襲撃があったほかは特に大きな障害も無く、第一機動艦隊とそれを取り巻く戦闘機、攻撃機部隊で構成された火星攻撃隊は火星宙域近傍に辿り着いた。
それというのも、途中障害が少なく艦隊は基本的にあらかじめ設定された航路に沿って移動することが出来たため、多数の乗員が搭乗する艦船では交代制を敷いて乗組員を休ませながら移動することが出来たこと、少人数あるいはたった一人のパイロットで運用されている戦闘機や攻撃機については、第一機動艦隊を追従する自動操縦を用いることで、途中仮眠をとりつつ移動をこなせたことが大きかった。
特に、第一次火星侵攻作戦を経験した将兵は、敵の本拠地である火星という他の惑星に攻め込むこと自体は前回と同じであり、多くの者がただ単に移動時間が伸びただけという受け止め方をしたのだ。
2000kmも離れたファラゾア降下点に対して毎日のように武装巡回偵察を行い、作戦を行っていたパイロット達にとって、機上で六時間過ごすというのは確かに長い時間ではあったが、決して耐えられないと云うほどのものでも無かった。
水上或いは水中の艦艇に勤務していた者にとっては尚更である。
海に浮かんでいるか宇宙空間であるか程度の差はあれども、艦の中に閉じこもって勤務するという状況にたいした違いはなかった。
その様な些細な差異よりも、第一次火星侵攻時には戦闘機などを含めた艦艇の50%以上が撃破され未帰還であったという事実の方が、遙かに重い現実と未来として彼等の上にのしかかっていた。
一度目は、半ば様子見或いは小手調べと云った性格の作戦であったことは否めない。
二度目の今回は、一度目の経験を生かして、作戦全体の様々な事柄に対して修正が行われてはいる。
それでもやはり、九億km彼方で撃破されればまず助かることはなく、二度と故郷の土を踏むことは無く、青い地球を再び望むことも無い。
歴史上の様々な戦いに於いても、敵地に遠征した兵士が二度と故郷の土を踏むことが無かったのは同じことであるのだが、やはり九億kmの遙か遠く、地球という惑星を離れて宇宙の彼方で死ぬという事は、従来の戦いで云うところの故郷から遙か遠い場所よりもさらに彼方で息絶えるということであり、惑星或いは地面という確固たるものの無い暗い宇宙空間を永遠に漂い続けるという事に他ならない。
数十万年前に地球人類という種が地球上に生まれてこの方、或いは三十六億年前にこの地球上で生命が誕生して以来、死とは常にこの惑星上で発生するものであり、地に横たわり大地に還るということであった。
その常識が覆され、未知なる宇宙空間に取り込まれ永遠に帰還することの叶わない死は、理屈では言い表せない本能的な恐怖あるいは嫌悪感を将兵の心に静かに深く刻みつけていた。
例え虚空に漂流する恐怖に怯えようとも、生まれた星の大地を二度と踏めない不安があろうとも、彼等は太陽系を横断してほぼ反対側に存在する第四惑星に到達した。
ほんの二十年ほど前までならば、条件が整ったときでも半年、そうで無ければ長くて数年の時間を掛けて有人或いは無人の探査機を送り込んできた隣の惑星に、最も遠い位置関係であったにもかかわらず僅か六時間で到着するという驚異的な早さで。
艦隊のはるか前方に妖しく赤く光る敵の本拠地を前にして、彼等は武装を再確認し、己の命を預ける艦や機体のチェックを行い、そして計画された作戦内容について最終確認を行う。
「第二次火星攻略作戦『ジョロキア』に参加している勇敢なる者達に告ぐ。艦隊司令官のシルヴィオ・サルディヴァル少将だ。諸君の前方に赤く光る星が見えている事と思う。あれが我々の攻略の対象だ。あそこに我々全人類の敵がいる。そしてあそこに助けを待つ我らの同胞がいる。ここに来て多くを語る必要は無いだろう。勝って生きて地球に帰るぞ。諸君の奮戦を期待している。只今より作戦『ジョロキア』を開始する。我ら地球人類に勝利と栄光あれ。以上。」
西暦2054年09月18日グリニッジ標準時0430時、人類史上最大規模となる宇宙空間での戦闘の火蓋が切られた。
■ 12.36.2
「救難突撃隊、こちら艦隊SPACSニケ05。艦隊後方10kを維持し同航せよ。輸送機『ヴィゾーヴニル』二機がそっちに合流する。この作戦の要だ。絶対墜とされないようにしっかり護ってやってくれ。」
艦隊司令官が作戦の開始を勇壮に告げた後、第一機動艦隊を中心とした火星攻略隊は火星に向かって前進を開始したが、すぐに撃ち合いが始まるわけでも無く、また達也達の出番がすぐに回ってくるというわけでも無かった。
「ニケ05、こちらフェニックス01。艦隊後方10kで同航。輸送機二機が合流。諒解。
「シヴァンシカ、第一機動艦隊後方10kで同航を継続。」
「諒解。第一軌道艦隊後方10kで同航を継続します。」
達也はSPACSからの指示を復唱するついでに、機体AIへの指示を上書きした。
SPACSとのやりとりの中から必要な情報を判断して取り出し、機体管制に反映するほどにAIの学習は進んでいる。
わざわざ繰り返してAIに指示を与えずとも今のSPACSとの通信を「聞いて」コマンドは入力されている筈だが、そこは人間同士のコミュニケーションと同じで、明確に指示を出し直す方が間違いをより少なくすることが出来る。
ミスが絶対に許されない状況下ではその方が良いという事を、短い期間ながら機体AIと付き合ってきた中で達也も学習していた。
それはまるで、お互いに相手の癖を学習し合って徐々にコンビネーションを強固にしていく人間関係のようだと思った。
「さっきのジジイの演説、案外結構冴えてたんじゃない?」
「地球を出たときのダラダラ長いのよりは良かったわね。間違いなく。」
例え作戦が始まろうとも出番はまだまだ先なので、相変わらず後ろで暇を持て余したジェインとナーシャが毒を吐いている。
やがて、前方で火星に向けて加速する艦隊とその周囲を固める小型機の雲のような集団の中から、二機の輸送機が姿を現しゆっくりとこちらに向かって接近してくるのが見えた。
実際には艦隊よりも低い加速度で進むことで後方に「置き去り」にされ、艦隊後方を進む達也達救難突撃隊に向かって近付いてきているのだが。
「フェニックス、こちらパーティハット。輸送機『ヴィゾーヴニル』二機、そちらに合流する。」
「パーティハット、こちらフェニックス01。貴隊の合流を歓迎する。フェニックス後方500kmに付けてくれ。俺達の出番までまだ少しある。しばらく寛いでいてくれ。」
「パーティハット、諒解。祭りが始まったら休む暇なんてなくなりそうだからな。今の内にのんびりさせてもらうぜ。」
MONEC社製輸送機ヴィルゾーヴニルは、「輸送機」という名で呼ばれてはいるが、兵員或いは物資輸送用のキャビン/カーゴルームとエアロック、そしてコクピットとエアロック、キャビンを繋ぐ通路を備えており、宇宙船としての分類上はコルベット艦に属する。
宇宙空間航行可能かつ兵員輸送可能な輸送機として設計されたが、その運用を考えたときにコクピットとキャビン或いはカーゴルームとして利用されるスペースを接続する通路を設ける必要があり、そうなるとコクピットやキャビンに人員が出入りする際に機内全てを脱気するのは余りに非効率であることからエアロックが設けられ、分類上は艦船となる構造を持つに至ったという経緯を持つ。
またヴィルゾーヴニルは全長82mにもなる「機体」にリアクタ二基とAGG/GPUを六基搭載することで、戦闘機に勝る2200Gの加速を叩き出すことが出来る。
その代わりに固定武装を一切搭載しておらず、外部兵装を懸吊するためのパイロンを固定する機構さえも持たない。
戦闘は全てエスコートの戦闘機に任せ、武装を搭載するくらいならばその分のスペースを全てキャビン/カーゴスペースに回し、最大限の輸送量を確保しつつも高い機動力を兼ね備えるという設計思想で造られた機体である。
なお、本作戦の救難突撃隊に参加している二機はさらに複合多層構造を持つ対レーザー外殻を採用しており、レーザー砲が直撃したとしても一度だけ僅かな時間であれば内部に貫通されること無く耐えられる。
因みに同外殻は達也達666th TFW戦闘機隊が駆る高島重工製紫焔にも採用されている。
第一機動艦隊とその取り巻きの攻撃隊は火星に向かって1000Gで進み続け、約30分後には火星から約500万kmの位置で相対速度17000km/sに達した。
ファラゾア艦隊は、5000m級戦艦一隻、3000m級戦艦十隻、その他艦艇四十二隻の構成で、火星から約40万kmの位置に陣取り地球艦隊を迎え撃つ姿勢を見せていた。
この度は5000m級戦艦の存在を隠すつもりは無いらしく、その巨大な戦艦は前方に半球状の陣を組んで展開する3000m級戦艦の中心に居て、最初から姿を晒している。
勿論5000m級戦艦を繭のように包むミサイルもレーザーも通さないかのシールドは健在であり、他の艦艇に較べて暗い色に見える巨大な戦艦を楕円形のダークグレイの背景の中に浮かび上がらせる。
500万kmまで接近し充分にスピードが乗った地球艦隊から、一斉にミサイルが放たれた。
半ばミサイルキャリア或いは砲撃艦と化した戦闘空母ジブラルタルはもとより、第一機動艦隊を構成する全ての艦が設置されたミサイル発射管の全てを酷使してあらん限りの発射速度で重力推進式の対艦ミサイルを釣瓶打ちに敵に向かって送り出す。
それと同時に艦隊に随伴している攻撃機隊、戦闘機隊からも一斉にミサイルが放出された。
地球側攻撃部隊は、持てるミサイルの約二割をここで放出した。
敵相対速度17000km/sまで加速して充分に速度の乗った攻撃部隊から放出された約千発の対艦ミサイルは、2000Gの加速力でさらに速度を上乗せして急速に敵艦隊に接近する。
遙か500万kmの彼方から数百秒という時間を掛けて「のんびりと」敵艦隊に接近するミサイルは、待ち構えるファラゾア艦隊にしてみれば射的の的でしかなく、そのままでは何ら脅威になり得ない。
しかし地球艦隊から放出された全てのミサイルは、敵艦隊の防空射撃に捕らわれないよう激しくランダム機動を行いながら敵に接近する。
これまで地球上或いは宇宙空間でファラゾアとの戦いを生き延びた、或いは戦いの中で散っていった、数百万を超える兵士達が戦闘中に行ったランダム機動のアルゴリズムが地球連邦軍には膨大な量ストックされており、各ミサイル個体に無作為に流し込まれたそのアルゴリズムは、千発を越える数のミサイルをしてどれひとつとして同じ動き方をしない、アルゴリズムのパターンが極めて読みにくいやっかいなランダム機動を行うミサイルの大群とならしめた。
千発ものミサイルが光速の数%という速度からさらに増速しながら火星に向かってまっしぐらに空間を切り裂く傍らで、第一機動艦隊の周囲に展開していた戦闘機部隊の一部が、艦隊と共に減速するのを止めて前方に大きく突出した。
戦闘機部隊の約1/3、八百機からなる突出部隊は完全に艦隊の前方に出たところでさらにミサイルを発射する。
八百機の戦闘機から二度に分けてそれぞれ一発ずつ、八百発のミサイルの波が二つ、合計千六百発のミサイルが先に発射されたミサイル群の後を追う。
八百機の戦闘機は先行する三千発弱のミサイルの後ろを追うようにして敵艦隊が陣取る火星に向かって進んでいく。
「フェニックス、こちらニケ05。先行戦闘機隊が突撃を開始した。救難突撃隊は戦闘機隊に続け。」
「ニケ05、こちらフェニックス01。諒解。先行戦闘機隊に続いて火星に突入する。
「フェニックス全機、突撃開始。加速1000G。ついてこい。
「スターバック、ブーマー、こちらフェニックスリーダ。突撃開始する。続け。遅れるな。パーティハットは後方500kmを維持しつつ追従。
「シヴァンシカ、火星の映像に目標地点を表示。本隊は敵艦隊を避けつつ火星東方を迂回して火星の向こう側に回り込む。目標地点上空高度100kmで静止する航路をアクティヴ表示しろ。」
「諒解。火星を東方に迂回しつつ、目標地点上空100kmにて静止する航路を表示します。航路はアクティヴ更新します。」
第一機動艦隊後方1万kmを追従していた達也達666th TFWと突撃救難隊の全四十一機が猛然と加速をはじめ、すぐに艦隊を追い抜いて前に出た。
九機の紫焔、三十機のミョルニルD、二機のヴィルゾーヴニル輸送機により構成された突撃救難隊は、敵艦隊に向かって突撃を開始した戦闘機隊の後を追って火星に向かって突っ込んでいく。
三波に分かれたミサイル約三千発弱は、まるで戦闘機隊を護るために展開された盾のように、戦闘機隊の前方に広がって敵艦隊を目指す。
事実、三波のミサイル群は戦闘機隊に敵の防空攻撃を集中させないための囮であり、そしてその戦闘機隊さえもまた、達也達突撃救難隊から目を逸らせるための隠れ蓑に過ぎない。
いかなファラゾア艦とは言えども、20000km/sを越える速度で接近する大量のミサイルを無視するなどあり得なかった。
着弾すれば、弾頭の種類如何に関わらず、例え3000m級戦艦であろうともその運動エネルギーだけで艦体を真っ二つにへし折られるのは間違いなかった。
大小合わせて百門を超えるレーザー砲を装備する戦艦を筆頭に、その艦体全身にハリネズミのように多数のレーザー砲を備えたファラゾア艦からの、或いは艦隊を包む様に配置された数十万機もの小型戦闘機械から、眼には見えずとも嵐の様な防空射撃が途切れること無く繰り返されるが、それに対して撃ち墜とされるミサイルの数は明らかに少ない。
やがてミサイル群が敵艦隊に到達する。
充分に加速して20000km/sもの速度を得たミサイルが、敵艦隊を包囲するかのように四方から敵艦隊に迫る。
「アサルトレスキュー、全機減速開始。2000G。突っ込むぞ。敵艦隊前方をかすめて、火星の東方に抜ける。敵の攻撃に気を取られて火星に突っ込んだら、死ぬまで笑いものにしてやるから覚悟しておけ。」
そう言って達也は目の前に表示されている赤い星を睨み付け、操縦桿を握る右手に力を込めた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
第二次火星侵攻作戦の始まりです。
第一次侵攻作戦でいろいろと学習した地球人は、突撃に当たって色々と小手先技を使うようになってます。
大量のミサイルによる囮もその小手先技の内ですが、五十隻程度の敵艦隊に三千発ものミサイルぶっ放して、もしこれで敵が全滅したらどうするんでしょうねえ? w
どうにもリアルの仕事が山積みで、この状態があと二月近く続きそうです。
そうすれば開放される筈なんですが、その頃にはどうせ別の仕事が来てるんだ・・・