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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
376/405

35. 艦隊集結


 

 

■ 12.35.1

 

 

「こちらユグドラシル。フェニックス01、貴機の機位を確認した。針路維持。高度5kにて静止。両機の到着を待て。」

 

「ユグドラシル、こちらフェニックス01。針路維持、高度5kにて静止する。

「シヴァンシカ、針路このまま、高度5kで静止。ユーハヴ。」

 

「諒解。アイハヴ。針路このまま、高度5kで静止します。」

 

 高度300kmに到達すると前後して、軌道ステーションユグドラシルからの通信が入る。

 ユグドラシルとは、ヨーロッパ上空5000kmに静止して、主にヨーロッパ方面の地上と宇宙空間を行き来する艦艇を管制する目的で設置された軌道ステーションである。

 この軌道ステーション(Orbital Station)は、別名軌道管制ステーション(Terran Orbital Control Station: TOCS)とも呼ばれる。

 この半年ほどで同様の軌道管制ステーションが地球の周りの主要なエリアに幾つも設置され、出撃あるいは帰投する戦闘機の交通整理を行っている。

 ヨーロッパ上空にはユグドラシルとオリンポス、東アジア上空にティエンダオ(天導)と神産巣日神カミムスビ、太平洋上空にはヒナといった具合に、地上の宇宙軍基地に対応するように設置されている。

 

 やがて達也の機体は高度5000kmに到達し、地球に対して機体の後ろを向け、垂直に上向きになるように静止した。

 後ろを振り向くと、ヴィルジニー機が1000kmも彼方をこちらに向かって上昇してきているのが、HMDマーカとして表示される。

 横を見ると、ユグドラシルが青いマーカとして表示されており、僚機を待っている間手持ち無沙汰の達也はユグドラシルをズーム表示させた。

 

 金属製の円筒を幾つも組み合わせたその姿は、ファラゾア来襲前に地球周回軌道を回っていた国際宇宙ステーションによく似ている。

 決定的に異なるのは、核融合リアクタを持つため太陽電池パネルを殆ど持たないことと、重力推進によって高度5000kmという軌道で地上に対して静止していることだった。

 軌道ステーション建造に当たっては、艦船とは異なり脆弱な構造であるステーションが、これまでの戦いの中で撃沈されたファラゾア艦船から大量に発生したデブリによって頻繁に傷つけられるのではないかと危ぶむ声もあった。

 ところが実際は、重力推進で低軌道に「浮いて」いたファラゾア艦船が撃破されて生じるデブリの殆どは衛星速度よりも遙かに遅い速度であるので、推進力を失うと同時に地球へ降り注ぐこととなった為、軌道上には爆発で飛び散り極めて低い確率でベクトルが衛星速度と一致したデブリ以外存在しなかったのだ。

 実は地球の衛星軌道上は思ったよりも遙かにデブリが少なくクリーンな状態であった。

 

 高度5000kmに到達してから十分も待たないうちに、九機全てが揃う。

 

「ユグドラシル、こちらフェニックス。全機揃った。第一機動艦隊の集結点へ移動する。」

 

「フェニックス、全機集結確認した。L1ポイントへ移動せよ。位置データおよび航路データ送る。貴隊の待機位置はNAV1。第一機動艦隊旗艦位置がNAV2だ。」

 

「フェニックス、諒解。NAV1へ移動する。

「フェニックス全機、NAV1へ移動する。続け。

「シヴァンシカ、航法目標ポイントNAV1へ移動する。加速500G。ユーハヴ。編隊モードで、他の機体をリードせよ。」

 

「諒解。アイハヴ。航法目標ポイントNAV1へ移動開始します。加速500G。当機がフェニックス全機をリード。」

 

 AIの応答がレシーバから聞こえるのと同時に機体が加速を始める。

 その達也機の動きに遅延無く他の八機が続く。

 九機はAIによって互いに連携した自動操縦特有の、機体間の距離が50kmほどしか離れていない密集隊形をとって、第一機動艦隊が集結するL1ポイントへと移動した。

 

 そのL1ポイントにはすでに第一機動艦隊が集結しており、地球から発進してくる戦闘機隊や攻撃機隊が続々と合流している最中であった。

 第一機動艦隊は、戦闘空母ジブラルタルを艦隊旗艦として、巡洋艦四隻、駆逐艦十二隻という、前回の火星侵攻作戦を上回る戦力を揃え、今や遅しと出撃の時を待っている。

 惜しむらくは、集結しているとは言え艦隊の各艦の間隔がそれぞれ300kmほど離れているため、SF映画などでよく見かけるような、互いに手を伸ばせば届きそうなまるで海上艦隊が密集しているような壮観な眺めなど無い事であろう。

 例え停泊中であろうと、宇宙空間で艦の間隔が1km以下であるなどほぼ衝突していると同義であり、ステーションのような堅牢な構造体に係留されている場合以外では有り得ない。

 

「フェニックス、こちら第一機動艦隊SPACSニケ05。聞こえるか。」

 

「ニケ05、こちらフェニックス01。良く聞こえる。本隊は艦隊後方の待機位置へと移動中。盛大なパーティがあると聞いて、混ざりに来た。」

 

「パーティは参加者が多いほど盛り上がる。大歓迎だ。貴隊待機位置に変更なし。針路そのまま。」

 

「フェニックス諒解。針路そのまま。待機位置に変更なし。」

 

「オーケイ。席に着いたらそのまま、パーティが始まるまで良い子で待っていてくれ。」

 

「フェニックス01、コピー。」

 

 程なく編隊は所定の位置に到着し、全て自動操縦で九機の紫焔は編隊を組んだまま第一基幹艦隊の後方3000kmの位置に相対的に静止した。

 艦隊を向いて静止している達也のHMDは、第一基幹艦隊の各戦隊を示すマーカと、その周囲を囲むように配置された戦闘機部隊、そして地球を離れて続々と集結してくる新たな戦闘機部隊の青色のマーカが視野を埋め尽くすほどに表示されて随分賑やかなことになっている。

 

 マーカが示す戦闘機や艦そのものは、遠すぎるか或いは地球連邦軍機色のダークグレイに塗装されているので視認することは出来ないが、視野いっぱいに広がる夥しい数のマーカが宇宙空間を背景に表示され、編隊を整えて着々と出撃の準備を行っている様はまさにSF映画かSFアクションゲームのワンシーンそのものであり、自分が生きている内に地球人類がここまでやって来たことに達也は感慨を覚える。

 そしてまさに自分がその宇宙空間で出撃を待つ戦隊の内の一人であることにも。

 

 視線を右に向ければ、そこには暗闇に散りばめられた星を背景に三日月状に柔らかく白く光る月があり、その反対側を見れば、白い雲のマーブル模様でデコレーションされ深い青色に光る地球が浮かんで見える。

 化石燃料を燃やして大気圏内を空力飛行機で飛ぶことしか能が無かった地球人類は、自分達をまた痛めつけるために手の届かない宇宙、L1ポイントに集結して攻撃準備を整えるファラゾア艦隊を見上げ、目の前で行われる自分達を舐めきった敵のその行動を歯がゆい思いで睨み付けていたものだったが、今やそのファラゾアを地球周辺宙域から追い出し、自分達がそのL1ポイントに集結して出撃準備を行うまでになった。

 

「よう、タツヤ。久しぶりだな。よろしく頼むぜ。」

 

 突然達也のレシーバから、明るい男の声が聞こえてきた。

 エクセン・プロヴァンス基地所属9103TFSブーマー隊長テオフィル・ドパルドン少佐の声だった。

 しばらく前まで達也達666th TFWの戦闘機隊はエクセン・プロヴァンス基地を拠点として行動していたため、同じ基地の所属であった彼等とは当然顔見知りである。

 彼等はちょうど今集結地点に到着し、達也達の北方500kmほどの位置に十五機のミョルニルDが編隊を組んで静止した。

 

「ああ。こちらこそ世話になる、テオ。」

 

「アタシ達もいるわよ。同じ作戦は久しぶりね。」

 

 と、こちらは同じくエクセン・プロヴァンス基地の9102TFSスターバック隊長のジョランダ・カンデラリア少佐もまた明るい声で呼びかけてきた。

 彼女の隊は、達也達の南方500kmのあたりにちょうど9103TFSとで666th TFWを挟むようにして静止する。

 

「ヨル。生きていたようで何よりだ。また世話になる。」

 

「こっちもかなり入れ替わりがあったが、お前んトコは随分減ったな。レイラ達のことは残念だった。」

 

 前回の火星侵攻の後、達也は命からがら地球に帰還した後すぐに、バカをやって自分を助けてくれた四人を迎えにドテルンハウゼンに向かい、そのままST本部基地に居着くこととなったので彼等他の部隊のメンバーと顔を合わせていなかった。

 逆に、大きく数を減じた666th TFWの戦闘機隊はエクセン・プロヴァンス基地に一旦帰還したため、部隊長のレイラをはじめ何人ものMIAが出たことを彼等は知っていた。

 

「俺達も食い付かれないように気をつけないとな。なかなかお眼鏡に適うのがいなくて、増やせないんだ。良いパイロットがいたら紹介してくれ。」

 

「アンタ達について行ける奴がそうそう居る訳ないでしょ。他の基地のエースでも引っこ抜かなけりゃ無理じゃないの?」

 

 ジョランダの発言は、正鵠を射るというやつだった。

 666th TFWの戦闘機隊はまさに彼女の言うとおり、その様にして集められた者達で構成されている。

 しかし地球連邦軍の方針変更で、一点突破を狙える少数精鋭部隊よりも、そこそこの腕のパイロットを数多く揃える方が有利であるという考えが主流となった今、各基地部隊の戦力ダウンを容認してまでわざわざその様なエースを引き抜いて666th TFWに補充するなど有り得なかった。

 つまり、よほどの幸運に恵まれ無い限りは、自分達の部隊が九人から減ることはあっても増えることは無い、と云うことだった。

 

 そして戦場が宇宙に移ってからの部隊の損耗は、統計など取らなくてもはっきりと分かるほどに激しく増加していた。

 他の一般の部隊に較べれば低い損耗率とは言え、それでもたった九人の部隊が存続できるのは良くてあと数回の作戦出撃が良いところだろうと、達也は予想する。

 その事に対して特に思うところは無かった。

 部隊が消滅すればまたどこかに編入されるだけだ。

 これまでずっとそうだった。これからもそうなるだろう。

 ただ損耗する兵士が自分で無い事を祈るのみだった。

 

 9102TFSと9103TFSと、互いに顔見知りの相手との再会にそれぞれの構成員がひとしきり言葉を交わしたところで、ちょうど定刻となった。

 

「第二次火星侵攻作戦『ジョロキア』参加のためL1ポイントに集結中の全艦艇に告ぐ。こちらは第一機動艦隊司令官のシルヴィオ・サルディヴァル少将だ。この場に居並ぶ勇猛なる戦士諸君に私から伝えておきたいことがある。まさに今から開始されようとしている火星侵攻作戦『ジョロキア』は、大変に意義深い作戦であるという事を、まずは諸君等に知ってもらいたい。知っての通り本作戦は、我らが母なるソル太陽系の第四惑星である火星に断りも無く居座り、あろうことか隣の第三惑星に居住する我々地球人類を攻撃するための兵器工場を建造するという無法を行う異星人、ファラゾアをこの星系から打ち払う事を主目的に実施されるものである。我々地球人類は、襲いかかる強大な敵を・・・」

 

「ねえ。このジジイの演説、いつまで掛かると思う? こんな暇あるなら、とっとと火星に行けば良いのに。」

 

「ま、儀式の一種だからね。これやらないと、お偉いさんは仕事が無くなるから必要なんじゃないの?」

 

「こんなジジイの演説でみんな勇気を奮い立たせるとか、ホンキで思ってんのかな。バカだよね。どうせやるなら超イケメンのオニーちゃんとか、超セクシーなオネーチャンとか、セクシーボイスなオジサマとかの方がみんなやる気になるんじゃ?」

 

「同意。確かにそっちの方が気分良く出撃できそう。」

 

 直立不動、とまでは云わないものの、艦隊司令官の演説の間に機体を動かす訳には行かなかった。

 暇を持て余す三人が例によって毒を吐き始める。

 

 全艦隊、全部隊に対して無条件で発信される大演説を垂れ流し状態にしておいて、その脇で部隊内通信で好きに雑談するというのは、伝統的に大体どこの部隊でもやっているよくある話だった。

 当然、機体のフライトログ、或いはレコーダには記録が残り、さらには大概の場合管轄のSWACS或いはSPACSに交信の記録が残る事になるのだが、そこまで目くじらを立てて記録をあさる上官もそう居ない。

 せいぜいが、何かあったときに調査委員会や査問委員会に提出されるそれらの記録に馬鹿な会話が残っていて、気まずい思いをするか或いは少々立場が悪くなる程度のことだった。

 今更立場が多少悪くなるようなことを気にするような殊勝な兵士は、残念ながらこの部隊には一人も居ない。

 その様な惜しむべき品行方正且つ優秀な人材はとうの昔に敵に墜とされ、適者生存の原理に基づき今のメンバーが残っているのだ。

 

「・・・彼等二十二名の命運は、今ここに集結する諸君等の戦いに掛かっている。我らが仇敵たるファラゾアを撃破するだけで無く、敵中に取り残されるという困難な状況にある同胞を救い出すこと。それがこの度の作戦の目的である。諸君の獅子奮迅たる活躍を期待する。我ら地球人類に勝利と栄光あれ。」

 

「こちらニケ05。第一機動艦隊が行動を開始する。突撃救難隊のフェニックス、スターバック、ブーマーは第一機動艦隊から10kを維持しつつ後続せよ。最新の航路データを送った。各自航路を確認。」

 

 艦隊司令官の演説が終わると、間髪をおかず異様な早さでSPACSからの通信が入った。

 どうやら彼等の方も、フェニックス隊名物三人娘と似た様なものだったらしかった。

 

 第一機動艦隊が1000Gで加速を開始し、HMD画像の中でマーカが急速に離れて行く。

 

「こちらフェニックスリーダ。我々も発進する。突撃救難隊続け。

「シヴァンシカ。発進する。第一機動艦隊を距離10kをキープして追尾。フェニックスは編隊を維持。」

 

「諒解。フェニックスは距離10kで第一機動艦隊を追尾。」

 

 遠ざかる第一機動艦隊のマーカを眺めつつ、達也は自機のAIに行動開始の指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 

 すでにお気づきのことと思いますが、エクセン・プロヴァンス基地の宇宙戦闘機隊の名称は、某宇宙空母の艦載機パイロット達の名前から取っています。

 最初はジェミニだとかジオットだとか、それっぽい名前がついていた戦闘機隊ですが、それっぽい名前はすぐに欠乏して、今では宇宙関連なら何でもOK状態です。


 今週も二回更新できなかった・・・

 押し寄せる仕事の波に、時間がどんどん浸食されていく。

 でも、頻度は下がっても更新することだけは止めません。

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