表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
374/405

33. 地球連邦宇宙軍第一機動艦隊旗艦 BCSP-002戦闘空母「ジブラルタル(GIBRALTAR)」


 

 

■ 12.33.1

 

 

 2054年6月9日、スペイン南部の都市サン・フェルナンド近郊にある造船大手ナヴァンティア社の宇宙船専用大型ドックから、プロジェクト・アンタレスにて建造が計画されていた八号艦が進水し、戦闘空母「ジブラルタル」と命名された。

 

 ジブラルタルは、先の第一次火星侵攻作戦「レッド・ストーム」に第一機動艦隊旗艦として参加したテラナー・ドリームに続いて地球人類が建造した大型艦である。

 全長926m、最大幅221m、最大高157mのその巨大な船体は、構造の一部にファラゾア艦の骨格や構造体を流用して継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインの怪物の様だと酷評されたテラナー・ドリームとは異なり、地球人類がその手で全て設計建造した初めての大型艦である。

 もっとも、船体外殻の一部などには相変わらずファラゾア艦から剥ぎ取った外殻部品や構造体が使われているのであるが、ファラゾア艦の残骸から設計図面通りに切り出されたその様な部品を再利用することは、ファラゾア艦という名の巨大な「金属資源」から材料を切り出したものと見なされ、それはあくまで金属資源のリサイクルであり、テラナー・ドリーム建造時の様なそのままの流用、活用ではないので地球人が全て建造したものと見なされた。

 

 戦闘空母というその名の通り、ジブラルタルもまた空母としての機能を有していた。

 しかし1000mに満たない艦体に多数の艦載機を搭載することが出来る筈も無く、最大四十六機の艦載機を搭載し離発艦させる能力を有してはいるものの、実は空母としての機能はあまり期待されていなかった。

 第一次火星侵攻同様に、機動艦隊と千機を超える戦闘機で構成されると計画されている第二次火星侵攻作戦の戦力の中では、ジブラルタルから発艦する四十機程度の戦闘機の戦力は小さなものでしかない。

 

 空母(CARRIER)という名を冠してはいるが、戦闘機を戦場まで運び投入する能力はあまり期待されては居らず、その空母としての能力は戦闘前に何らかの問題が発生した戦闘機を整備して再び戦線へと戻す前線整備施設としての役割と、対艦ミサイルを撃ち尽くし弾切れで戦線を離れてなお再び戦場に戻ることができるほどに損害の軽微な非常に幸運な機体に、再びミサイルを搭載して戦場に送り返す前線補給基地としての役割を求められていた。

 事実、最初の設計段階では七十機近い艦載機を搭載できる予定であったものを、その艦載機格納スペースのかなりの部分を潰して、戦闘機に補給するミサイルと、自らが撃つためのミサイルを搭載するスペースへと設計の変更がなされていた。

 

 次々に新型機が設計され戦場に投入される新陳代謝の激しい戦闘機開発により、今や大型化した戦闘機の多くが2000G近い高い加速度を叩き出すことが出来るようになり、母艦無くとも艦隊行動に追従できるようになったことや、攻略目標である火星が比較的近い位置にあり、往復数時間程度の移動であれば戦闘機自体が移動してこなすことが出来る事などの理由がジブラルタルの非空母化を後押しした。

 今後太陽系の隅々まで戦場が拡大して行くであろう事を考えると、着艦して戦闘機を整備しパイロットが体力を回復させるための空母という存在は無くてはならないものと認識されてはいたが、戦場が比較的地球に近い現在はその有用性を十分に発揮できない状況である事は否めなかった。

 

 空母という名を持ちながらも母艦機能を大きく削られたジブラルタルは、代わりに直接戦場に出て自らが戦う能力を増強された。

 テラナー・ドリームに主砲として搭載されていた口径1200mmx1240MW独立連動型連装光学砲四基八門は、能力を向上して口径1200mmx1360MW連装光学砲へと変わり、六基十二門がジブラルタルに搭載された。

 他にも防空の要となる口径800mmx860MW単装光学砲は、口径900mmx920MWのものへと置き換えられ十八門が設置された。

 テラナー・ドリームにて敵ミサイルの迎撃、或いは敵小型戦闘機械の接近を迎え撃つのに期待通りの効果を発揮した口径300mmx450MW三連装光学ガトリング砲は、口径500mmx600MWへと大きく機能向上したものに置き換えられ、テラナー・ドリーム同様に六基が全方位をカバーするように設置された。

 

 また、テラナー・ドリームにて火力不足を補うために外部兵装として接続されていた口径2000mmx1800MW独立連動連装光学砲「ヴィジャヤ(VIJAYA)」が、ジブラルタルにも二基、艦底部に接続される事となっている。

 ヒンドゥー教の雷神が放つ雷撃の名を付けられたこの人類史上最大最強のレーザー砲は、ファラゾア戦艦が多く装備している口径1800mmクラスのレーザー砲よりもさらに大きな口径で投射エネルギーを稼ぎ、その射程距離は100万kmに届こうとする程に長い。

 射程距離、出力共にファラゾア戦艦の砲塔に唯一対抗できる能力を持つが、いかんせん装備数が余りに少なく、3000m級ファラゾア戦艦が口径1800mmレーザーを一隻につき数十門以上装備するのに対し、ジブラルタルは僅か四門のヴィジャヤを持つのみである。

 なおテラナー・ドリームに接続されていたヴィジャヤは、第一次火星侵攻作戦にてテラナー・ドリームが撃沈されると共に失われた。

 ジブラルタルに接続されるのは、新たに製造されたものである。

 

 テラナー・ドリームの喪失により旗艦を失った第一機動艦隊であったが、ジブラルタルは進水と同時に第002打撃戦隊へと編入された。

 これにより第一機動艦隊は新たな旗艦を得る事となった。

 また、第一次火星侵攻作戦で多くの艦を失い、作戦終了の後は僅か駆逐艦四隻が残存するのみで事実上壊滅していた第一機動艦隊であったが、その後続々と進水した駆逐艦、或いは巡洋艦が補充され、僅か二ヶ月後のジブラルタル進水時には、駆逐艦八隻、巡洋艦四隻という、第一次火星侵攻作戦前を上回る戦力が彼女の回りを固めるに至っていた。

 

 尤も、ジブラルタル自身を含め、第一機動艦隊を構成する艦船の殆どは進水したばかりの新造艦と、その繰艦の習熟訓練の真っ最中である新人乗組員達で構成されており、実質的な戦力としては作戦前とさほど変わらないか、むしろ劣るとさえ言われていた。

 しかし、火星に取り残された二十二名の兵士達が持つ水や食料と云った生命維持に必要な物資の在庫は尽きかけていた。

 彼等は準備万端とはとても言い難いこの艦隊をもって火星に乗り込んでいかねばならないのだ。

 

 地球連邦軍はとうの昔にコスト対効果の算出を終えていた。

 火星に取り残された二十二名の兵士の命と、百億ユーロを越える費用を掛けて建造し訓練を行った第一機動艦隊の艦船と、そこに乗艦する数百人の将兵の命。

 さらには、戦闘機や攻撃機などに搭乗して作戦に参加する兵士達、とその乗機。

 もちろん、火星を不法占拠する異星人を撃破するという「主目的」は別にあるのだが、建前を取り払ったところでは、小学生でも間違えない程に効果に対して費用が高くつき過ぎているのは明白だった。

 しかし世論がそれを求めた。

 数字が公表されていようと、世論はそれに目を閉じ耳を塞いで、感情だけに突き動かされた要求を掲げた。

 未だ電波は使えずとも、紙や光を媒体として息を吹き返し始めたマスコミが無責任にそれを煽る。

 そして世論の波に乗らねば職を失ってしまう政治家達が、利己的な損得勘定の末に見事にその波に乗った。

 民主主義国家の軍隊は、例えそれがどれだけ常識外れの馬鹿げた要求であったとて、政府からの指示に逆らうことは出来なかった。

 

 後の世で、文書化されたこの作戦目的と内容に関する報告書を冷静な頭で読めば、誰がどう考えても実施するべきではなかった規模とタイミングで、第二次火星侵攻作戦は実施されることとなった。

 

 

■ 12.33.2

 

 

 16 September 2054, United Nations of TERRA Forces 666th TFW Headquaters, Ruinen Steinbruch Dotternhausen, Dotternhausen, Deutschland, one day before 2nd MARS capture operation 'JOLOKIA' start

 A.D.2054年09月16日、ドイツ、ドテルンハウゼン、ドテルンハウゼン採石場跡地、地球連邦軍第666戦術航空団司令部、第二次火星攻略作戦「ジョロキア」開始前日

 

 

 その部屋は、以前全体会議で利用した旧参謀本部の会議室と較べても遜色の無い造りと設備を備えていた。

 

 ファラゾアを地球上から追い出したことで、世界各地の産業が急速に息を吹き返しつつある。

 いまだ電波の使用が一切許されていないことで、民間の航空輸送は一部を除いてまだ正常化にほど遠い状態であったが、海上輸送は急速にファラゾア来襲前の状況を復元しつつあり、世界中で造船ラッシュが発生していた。

 様々なものが動き始め、これまで手に入らなかったものが、高額ながらも再び手に入るようになる。

 例えば主要な産地がほぼ全てファラゾアの勢力圏下にあったため、収穫はともかく輸送手段を封じられて、産地に近い一部を除いて一般では手に入りにくい高級品と化していたコーヒーなどが、徐々に街に戻ってくる。

 

 工場が動き始め、輸送手段が復活し始め、激減しながらも人々がもと居た土地に戻り始める。

 様々なものがファラゾア来襲前の正常な状態に戻ろうと動き始めていた。

 軍の施設などの建造物もその例に漏れず、劣悪な品質かつ慢性的に不足している建築用資材を使って最低限の品質で建築されていた基地設備が、以前の品質を取り戻し始めていた。

 

 しかしファラゾアの脅威は完全に払拭された訳では無い。

 地球人類が伸るか反るかの大博打を打って、持てるカードを全て切り、なりふり構わず全てのリソースを短期間に投入して敵に叩き付けるというまるで自暴自棄の様にも見えた苛烈な作戦を繰り返したため、今はなんとかファラゾアを地球から追い出し、火星に押しやることが出来ているに過ぎない。

 大きな失敗をやらかしたり、喉元過ぎて熱さを忘れ、対応の手を緩めたりするならば、地球人にはとても追いつけない超大量生産の手段を持つファラゾアが、力を増して再び攻め込んで来るであろう事は明白だった。

 

 明日またひとつ、大規模な作戦を行うことで地球人類はファラゾアの力をそぎ落とそうとしている。

 当日は朝早くから出撃するので、作戦の流れを再確認する程度のブリーフィングしか出来ない。

 これまでの多くの大作戦同様、質疑応答を含めた詳細な説明が前日に行われており、まさに達也達666th TFWはその説明会に出席しているのだった。

 

「諸君等は0600GMTに当基地から離陸を開始する。離陸後L1ポイントにて集結している第一機動艦隊と合流。0700GMTに機動艦隊はL1ポイントを離れて火星に向かう。諸君等は機動艦隊の後方を追従して、同航路で火星に向かう。

「この度の作戦では、火星は地球からほぼ反対側にあり、約9億kmの彼方だ。第一機動艦隊は太陽を北方に避けながら、1500Gで火星を目指す。所要時間は片道約5時間半と見積もられている。」

 

 フィラレンシア中佐はそこで一旦言葉を切り、彼女の説明を聞いているST達の反応を確かめた。

 中佐が掛けている銀縁の眼鏡が、彼女が顔を動かすに従って光を反射する。

 

 作戦時の移動距離が、目眩がしそうなほどの数字であるのはもう慣れた。

 片道6時間の作戦目標というのも、頻繁にあることでは無かったが、これまでに経験が無いわけでは無い。長いな、という感想しか持たない。

 移動距離とその必要時間について、九人のST達の誰も感情を動かした風では無かった。

 

 それよりも達也の心を動かしたのは、太陽系のど真ん中を突っ切って火星に向かう航路であり、それを分かりやすく示すためにモニタに投映されている航路概略図の中で、第一機動艦隊の予定航路が太陽のすぐ北側を通っていることだった。

 確か子供の頃学校の教師が、もし太陽までジェット旅客機の速度で飛んだなら、数十年かかると云う様な事を言っていた記憶がある。

 その目が眩み気が遠くなりそうな遙か彼方に輝くソル太陽系の主星のすぐ脇を抜けることになるのだ。

 

「遠いな。もっと近くなってからやりゃ良いだろうに。」

 

 ウォルターが半ば諦めたような、呆れた口調で呟いた。

 

「そうしたいのはやまやまだが、今回の作戦は期限が切られている。知っての通り、先の第一次火星侵攻にて火星に不時着した二十二名の兵士が取り残されている。彼等の生存に必要な物資がそろそろ尽きる。

「そして君たちの作戦目標が彼等だ。」

 

 全員の表情が動いた。

 眉を顰めるもの、唇を歪めて皮肉な嗤いを浮かべるもの、溜息を吐きながら天井を見上げるもの。

 皆、これまでの戦いの中で何度か経験したことがあるのだろう。

 戦場での遭難者救出作戦と、そのエスコートがいかに危険で困難であるか。

 ましてや敵の本拠地と言って良い、遙か九億km彼方の惑星上で。

 

「二十二人を助け出すのに、機動艦隊を動かすのか? 数千機の戦闘機と。何人死ぬと思っている? 馬鹿馬鹿しい。見捨てれば良い。釣り合いが取れない。」

 

 思わず口を突いて出た台詞だった。

 

「珍しいな、君と意見が合うなんて。全面的に同意する、少佐。この戦いは生存戦争であって仲良しサークルではない。敵中に取り残される様な間抜けは、見捨てられても仕方がない。そんな間抜けどもを助けるために虎の子の機動艦隊を投入するなんて、愚の骨頂にも程がある。

「が、世間一般の意見は我々とは異なる様だ。この惑星の主権者であらせられる地球連邦市民の多くは彼等を助け出すべきと考えており、連邦最高議会のお偉い先生方がそれを代弁している。連邦政府から命令が下れば、我々番犬はその命令に従うほかは無い。そして、こんな無茶な作戦に投入しても、成功させて生きて帰って来れそうな部隊は君達しかいない。実に論理的だな。」

 

 フィラレンシア中佐が達也を見た。

 達也も胡乱な眼で彼女を見返す。

 

「ここで遠吠えしても意味は無い。決定事項だ、少佐。

「666th TFWは、特殊仕様の強襲輸送機『ヴィゾーヴニル』二機を伴って突入部隊を形成し、第一機動艦隊後方にて機動艦隊に追従。機動艦隊が戦闘に入った後、機動艦隊旗艦からの指示によって輸送機と共に火星に突入する。目標は火星の赤道より少し南、南緯6度53分、東経289度22分にあるカンドル谷内の小さな峡谷に身を潜めているものと思われる。突入部隊が接近したところで第一機動艦隊から信号を発し、目標からレーザー或いは電波でのビーコンを送らせる事となっている。

「諸君らは強襲輸送機をエスコートしながら目標に突入、輸送機が着陸して目標を回収する間、現場の制空権を維持する。輸送機が目標を回収後、引き続き輸送機をエスコートしながら火星を脱出し、帰還する。帰還のルートは任意だが、基本的には現地状況を把握しているSPACSからの指示がある。状況に応じて、第一機動艦隊旗艦の戦闘空母『ジブラルタル』への着艦も視野に入れておけ。

「本救出作戦には、さらにエクサン・プロヴァンス基地から9102TFS、9103TFSがミョルニル、ミョルニルDにて同行する。以上だ。質問は。」

 

 先の第一次火星侵攻で、第一機動艦隊の殆どがほぼ一瞬と言って良い短時間で撃破された火星周辺宙域での艦隊戦を再現する上、その更に先の敵本拠地に突入して困難な救出作戦を行えと云うことか、と達也は唇を歪め皮肉な嗤いを浮かべながら、無茶な作戦内容に対して喰い付く様に次々と発せられる皆の質問を聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 戦闘空母というと、赤いアレを思い出しますが。甲板がひっくり返るヤツです。子供の頃、熱狂した記憶があります。

 ところがこっちの戦闘空母君は、空母としての働きを殆ど期待されていないとかいう、可哀想なヤツだったりします。

 建造している間に宇宙機の性能がどんどん上がり、それをベースとして戦術自体も変わってしまったことが一因です。

 戦艦大和と似た様な生い立ちを持つこの可哀想な艦ですが、さてどうしましょうかねえ。ふふふ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ