29. 高島重工業SFC3「紫焔」
■ 12.29.1
高度を1000kmにまで上げ、地球大気という軛から解き放たれた輸送機は巡航加速度の800Gで加速して僅か数分で日本上空に至る。
そこから再び地球の大気圏に突入し、高度を下げていく。
ドイツから日本へと約10000kmの旅程であるが、必要時間約40分の大半は濃密な大気の中を駆け上がり再び地上にまで潜り込む行程と、出発地と到着地での離着陸地点の微調整に費やされた。
地球周辺宙域からファラゾアの脅威を払拭し、高度数千kmという大気圏外の航路を自由に利用できる様になった地球人類にとって、地球の裏側に旅することはもうすでに電車に乗って隣町に行くのと余り変わらないものとなっていた。
勿論その様な旅が出来るのは、今の時点では軍と政府関係者のみであり一般人にその様な旅が開放されているわけでは無いが、すでにその手段が手元にあるという事は、戦争が終わるか、或いは少なくとも状況が落ち着いて一般人が利用する事が出来るほどまでに安全が確保出来る事が明白となった後、先の世界大戦の後に航空機による旅行が一気に一般化したのと同様に、ごく短時間で地球の裏側にまで到達できる旅の方法が誰でも気軽に利用できるようになるであろう事を強く示唆している。
ファラゾアとの戦いは長く苦しいものであったが、転んでもただでは起き上がらない地球人類は、それに見合うだけの様々なものをファラゾアというオーバーテクノロジーの塊のような異星種族からすでに学び取っているのだった。
輸送機は関東平野の一角に向かって高度を落としていく。
未だ田植えは始まってはいないが、田起こしの終わった土色の稲田と、田起こし前の雑草が生い茂る緑色の稲田、そして所々に散るように存在する緑色の麦畑が一面に広がる場所に、2500m級の滑走路を備えたその飛行場は存在した。
達也達の乗った輸送機は高島重工業と日本軍が共同で使用する邑楽実験飛行場の片隅に、宇宙空間から真っ直ぐに降下して、何の障害も無く地上数mの位置で一旦静止した後、ゆっくりと着地した。
「到着した。日本のタカシマ・ヘヴィー・インダストリのオウラ・エクスペリメンタル・エアポートだ。長旅・・・というほどでも無かったが、お疲れさん。迎えは要らないと聞いている。アンタ達がどんな特殊任務を帯びてるのか知らんが、幸運を祈る。以上。」
ぶっきらぼうなのか丁寧なのか判断できない微妙な機長アナウンスが流れた後、カーゴルーム内は達也達がシートベルトのバックルを外す金属音でにわかに騒がしくなった。
シートの下に押し込んでいたなけなしの私物を入れたバッグを引きずり出して肩に掛け、人員搭乗口を開けて外に出る。
南ドイツの森林田園地帯よりはかなり暖かい空気に包まれ、足場に毛が生えた程度の手摺りさえ無い無愛想な軍用のタラップを降りると、一人の男が達也達を出迎えた。
「水沢達也少佐か。自分は若林大佐だ。今は高島航空宇宙開発に出向して新型機開発プロジェクト本部のリーダをやっている。今回の諸君等の訪問の面倒を見ることになっている。よろしく。」
と、若林と名乗ったその男は日本語で話しながら右手を差し出した。
プロジェクトリーダといえば相応の高い地位だと思われるが、ST部隊という連邦軍トップエース達を迎えるに当たって、相応の地位の者が出てきたのだと思われた。
「ミズサワ少佐だ。世話になる。」
と、達也は英語で言って右手を握り返した。
「日本語は?」
「喋れる。日本語で上官に対する言葉遣いが分からん。だから英語にした。日本人の上官は敬語を使わんと不機嫌になると聞いている。」
達也が軍人としてごく当たり前に守らねばならないはずのルールを否定的に口にした。
勿論達也が言っているのは、皆同じように命を賭けて戦っている中で戦友という仲間意識が強くなり、上下関係があやふやになる最前線特有の上官との関係の事である。
少しでも気を抜けばすぐに命を落としてしまう過酷な環境の中で、上官への敬意という形だけの下らないものに気を回している余裕などない、どうせ上官の機嫌を損ねたところですぐに死んで居なくなるのだから関係無い、という意味でもある。
因みにこのとき、すぐに死んでしまうのが上官か自分かは、時の運に依る。
達也の台詞に若林は破顔して言った。
「ならば問題無い。気にしなくて良い。私も最前線が長かった。最前線に居る兵士達の間の雰囲気というのは、まだ忘れていないよ。」
「そうなのか。」
「貴君とは空で何度か顔を合わせているぞ、アムルスキー・シュトルマヴィク。気付いていないかも知れないが。貴君はハバロフスク航空基地のデーテルA2小隊長だった。貴君の小隊は余りの激しい戦いっぷりに『アムール突撃兵』というあだ名を付けられるほど目立っていた。私はツェントラリニ・アエロドロムのマーレ、日本海軍シベリア方面特別支援隊302飛行隊に居た。」
そう言って若林は顔に浮かべた笑みを深めた。
達也は、ああ成る程と納得していた。
ハバロフスクの北西に存在したノーラ降下点の周りには、ロシア軍と国連軍、そして日本から派遣されてきた日本軍の部隊が駐留し、防衛に当たっていた。
達也が居た3345TFSは、日本軍の部隊と組んで行動したことは無かったが、多くの部隊が参加する幾つもの作戦の中で日本軍の部隊と顔を合わせたことは何度もあった。
達也達3345TFSのA2小隊は、常に先陣を切って敵の大軍に向けて突撃していく達也とそれに付き合わされていたカチェーシャと優香里の三機、類い希な戦闘能力を発揮する達也と、なんとか死なずにそれについて行くことでいつの間にか相応に腕を上げた二人の高い戦闘技術で、ハバロフスク周辺に展開されたノーラ降下点に対する東側の最前線では相当に目立つ存在であった。
それこそ小隊に「アムール突撃兵」などというあだ名が自然と付けられるほどには。
達也は若林のことを知らなかったが、若林の方はそれだけ目立つ達也のことを良く知っていた、というわけだった。
九人全員が挨拶を終えると、着いて来いという若林の後に続いてエプロン脇に建ち並ぶ格納庫のうち手近なひとつに近付いていく。
どの格納庫の前にも小銃を携帯した日本軍の兵士が立っており、それとは別に何組もの歩哨が飛行場内を巡回している。
高島重工業の本社とその周辺の研究開発施設、本社工場にほど近いこの試験飛行場は、要は高島重工の開発拠点であり、幾つも並ぶ格納庫の中には最新鋭の機体や開発中の機体が多数格納されているのだろう。
重要軍事施設同様の物々しい警備はそれを想像させるに十分なものだった。
若林に先導されて入った格納庫の中で達也達を待っていたのは、全長50mを越えると思われる一隻の小型艇だった。
そのスリムで鋭角的な形状は、聞かずともその艇が戦闘用であることを強く意識させた。
コルベット艦というには少々小さ過ぎ、かと言って戦闘機と言うには大きすぎる。
鋭く長く延びた機首は幅と厚みを増しながら船の本体を形成している。
その両脇に張り出すように造られているのは、燃料タンクや、複数設置されるのであろう固定武装、即ちレーザー砲の本体を格納するためのスペースだろうか。
まるで尻尾のように先細りながら後方に長く延びるテールは、重力推進器を格納するためのスペースか、或いは後方警戒用の各種多様なセンサー類が格納されるのか。
いずれにしても、開発中なのであろう、未だ連邦軍機体色であるダークグレイに塗られること無く、銀色の地肌に格納庫内の照明を鋭く反射させるその機体は、達也の意識に力強さと素早さと鋭さという、およそ戦闘機にとってこれ以上無いほどの好印象を植え付けた。
「次の戦いで君達に乗ってもらうことになるSFC3『紫焔』だ。かなりデカい図体だが、区分上は一応戦闘機に分類される。エアロックと船内居住区が存在するのが『船』という区分の定義なのでね。こいつは従来通り与圧されるコクピットしかない。
「でかい図体は三基ものリアクタ、六基の重力推進器、四基の口径1000mmの大口径レーザーを搭載するためのものだ。最高加速力は3000Gを誇り、敵の駆逐艦の加速度を凌駕する。大口径レーザー砲も、数はともかく威力についてはこれも敵の駆逐艦並のものを備えている。
「図体がデカいのでな、対艦ミサイルも最大二十四発を搭載可能だ。つまり運さえ良ければ、この戦闘機一機で敵の3000m級戦艦を数隻撃破することも不可能ではない。」
若林がどこか自慢げに、両腕を大きく開いたまま達也達の方に向き直った。
「成る程な。で、今から次の火星侵攻に向けて機種転換訓練をしろ、と。今回は随分余裕を見た優しいスケジュールじゃないか。それとも、余程扱いづらいのか、この機体は?」
若林の説明を聞いたウォルターが、達也の隣で腕を組みながら言った。
達也達ST部隊の戦闘機隊は、新型機が出る度にとまでは言わないものの、実施される作戦の目的に沿った新型機に頻繁に乗り換えることを要求されてきた。
時には全く新しい新規開発の機体に、僅か数日の習熟時間さえ無く実戦に投入されることさえあった。
次の火星侵攻作戦は、数ヶ月後に実施されるであろうと噂されている。
火星に取り残された兵士達の水と食料が尽きてしまう問題もあるが、前回のテアナー・ドリームのような火星侵攻作戦の要となる大型艦の就航と実戦投入を待っている状態だった。
「その問いに対する答えは、YESでもあり、NOでもある。」
と、若林がやはり笑みを浮かべたまま思わせぶりな台詞を吐いた。
逆に、はぐらかされたような回答を聞かされたST達の眉間には縦皺が寄る。
「機体が大型化してコルベット艦並の大きさになった事と、加速度を強引に稼ぐために多数のリアクタとAGGを搭載したこと、四門のレーザー砲を回転砲座としたことで、パイロット一人では扱いきれない機体となってしまったのだよ。
「ガンナー兼コパイを乗せて複座にすることも考えたが、それだと将来的にも戦力が半減してしまう。かといって今からコパイを育てるには時間が足りなさ過ぎる。
「ので、ガンナーとコパイはAIに任せることにしたのだ。これで人手不足も解消だ。」
そう言って若林はニヤリと笑った。
対するSTパイロット達は、変わらず眉を顰めたままだった。
「AI、ねえ。」
沙美が疑わしげな、今ひとつ納得しかねるという声色で呟いた。
ファラゾア来襲後初期の段階で、電磁シールドの甘かった当時の戦闘機がファラゾアの電子戦機から次々にハッキングを受け、機体管制システムを破壊されて制御不能となりバタバタと墜とされた鮮烈な記憶を彼等は持っている。
その後ハッキング対策が成された機体であっても、戦闘の間に機体に受ける損傷の状態によっては電磁的な侵入経路を作ってしまい、運悪く近くに電子戦機が居たためにハッキングされて戦闘不能、制御不能に陥った機体を沢山見てきた。
その様な危険性から、これまで地球人類陣営は過度に自動化されたシステムや、無人戦闘機を開発することを、或いは開発まではしても実戦に投入することを躊躇ってきた。
全自動化する事で脆弱な人体という「リミッタ」を取り払われた超高性能な戦闘機が、万が一にもファラゾアにハッキングされて制御不能に陥る程度ならまだしも、もし産みの親である地球人類に牙を剥いたとき、想像したくも無い悲惨な状況に陥るのは火を見るよりも明らかだった。
ちなみに、地球周辺宙域の防衛のために数十万機という数が地球の周りを回っており、状況によっては数十年も無補給で稼働する無人砲台トリパニアに関しては、流石に人間を搭乗させる訳には行かなかった。
その為トリパニアのシステムには様々な特殊な機構が採用されており、攻撃目標=ファラゾアという基本的設定の部分に関しては、如何なる方法でも書き換え不可能であるようにROMが用いられている。
その様な背景から、最前線パイロット達は過度な電子制御に関して一種の不信感のようなものを持っており、それは達也達STパイロットにしても同じだった。
「言いたいことは分かる。が、他に選択肢が無い。何があってもパイロットの命令は絶対として、敵味方識別に関する論理回路には充分な冗長性を確保してある。
「考えてもみろ。相対速度10000km/sで敵艦隊と交錯するとき、戦艦を狙ってミサイル発射のタイミングを取りつつ、四門ある回転砲座の狙いを付けられるか? 同時にランダム機動もしなきゃならん。人間の処理能力では無理だ。逆に、充分に学習したAIが面倒な仕事の大部分を引き受けてくれるなら、それはまたとない相棒になる筈だ。」
と、笑みを消して真面目な表情の若林が彼等に理解を促す。
理屈では納得できていた。だからといって不信感が消える訳でではない。
他でもない自分の命が直接関わってくることなのだ。
「AIの基本的設計は出来ている。まずはシミュレータを使ってAIに君たちの癖と好みを覚え込ませる。その後で実機に乗って、AIと二人きりで星空のデートだ。どうだ。親密になれそうだろう?」
ST達の間に皮肉な笑みが広がる。
「人気の無いところで襲われるかも知れんが、な。」
「まあ怖い。種付けされちゃったらどうしましょう。」
と、棒読みのナーシャ。
「人類史上初の快挙ね。歴史に名前が残るわよ。」
「男の子だったらアダムで、女の子だったらイヴで。」
「バカやめろ。知恵を付けて反乱起こすぞ。」
「じゃあT-800で。」
「もっと悪いわ。」
と、いつもの調子に戻ったSTパイロット達であったが、彼等もこれまでの宇宙空間の戦いで理解していたのだった。
10000km/sの速度に乗って、ミリ秒かそれ以下の単位で反応しなければならない宇宙空間の戦いはもうすでに自分達を含めた人間が対応できる領域を越えているのだ、と。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
新型機です。デカいです。
戦闘機とか言ってるくせに、大口径回転砲座が四基も付いてます。
しかも、「加速力欲しければ、エンジンいっぱい付ければ良いじゃない」という脳筋仕様です。
この脳筋仕様を突き詰めると、「宇宙の原理は大艦巨砲」「巨大な戦艦ほど機動力が高い」という本シリーズ一貫して定義されている原理が根元から崩れることに気付きました。
まあ、デカい方が速い、というのは変わってないのですが。
そしてとうとう出ましたAIです。
勿論まだまだ初期段階のものなので、意識を持ったりはしません。
地球産のAIがシンギュラリティを突破するのは、もう少し先の話です。
年内は、もう一回更新できるかなー。