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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
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23. 初陣


■ 2.23.1

 

 

 払暁、というにもまだ早い時間。

 いわゆる丑三つ時の真っ只中の時間帯ではあったが、電力不足により街灯や家々の明かりの数が寂しく、まるで数百年ほど時を遡ったかのような暗闇に世界が包まれる中、闇の中に浮かぶ巨大な空母のようにその基地だけは明かりが灯り、一部の格納庫の中はまるで昼間のような明るさで照らされていた。

 

 滑走路には様々な色の誘導灯が点々と灯り、まるで暗黒の宇宙に色とりどりの星が行儀良く規則正しく並んでいるかのようにも見える。

 よく見れば、灯火を落とした様々な作業車が、互いの識別灯のみを頼りにして暗がりを走り回っている事も分かる。

 煌々と明かりの付いた格納庫の中では多くの整備兵が走り回っており、活気のあるその様は明かりだけでなく、そこだけがまるで昼夜が逆転しているかのように見える。

 

 格納庫から数人の誘導員が飛び出してきて、両手に持った白い誘導灯を振り始めた。

 その動きに釣られるようにして格納庫の中から、暗い灰色に上面を塗装され、長い垂直尾翼が特徴的な直線と曲線が絶妙に組み合わさった外形の機体がゆっくりと這い出してくる。

 一機、また一機と続けて格納庫から出てくる戦闘機達は、誘導員の指示に従って格納庫前の駐機場を横切り、滑走路脇に引かれたタクシーウェイ(誘導路)に順番に進入していった。

 

 十五機もの戦闘機が等間隔で続々とタキシングをする様は壮観と言うほか無い。

 前着陸脚に取り付けられたタクシーライトが、誘導路の表面と、前を行く機体を照らす。

 青色の誘導灯の他には何も明かりの無い誘導路で、後続の機体のライトに下から照らされ、その明かりの中に朧気に輪郭が浮かび上がった地上を行く戦闘機達の群れは、まるで今から獲物に喰らい付こうと海の底を進む鮫の群れの様にも見えた。

 

 先頭の機体が誘導路の端に達し、誘導灯に沿って回り込んで滑走路の端に停機した。

 二番目の機体が同様に回り込み、そのすぐ横に並んで止まった。

 一瞬の溜めの後、甲高い音を撒き散らすターボファンエンジンの音がさらに大きく甲高くなる。

 横並びで止まっていた二機は横並びのまま滑走路の上を滑るように動き出し、急速に加速していく。

 暗闇の中ジェットノズルからちろりと覗いた紅い炎が、一瞬後には銛のように長く伸び、それに応じて機体がさらに加速する。

 滑走路の2/3程で機体がふわりと浮き上がり、すぐに着陸脚が格納された。

 既に機体が闇に溶け込んだ二つのアフターバーナー噴射炎は僅かに上昇しながらそのまま増速しながら直進し、滑走路の端に近付いた所で上昇に転じた。

 紅い炎が二つ、満天の星が輝く夜空に向けて駆け上がっていく。

 

 滑走路上から離陸機が飛び立つとほぼ同時に次の二機が滑走路に進入し、先ほどの二機と同じように横に並んだ。

 再び高まるエンジン音。そして加速を開始する二機のF16V2。

 赤い炎を引いてその二機が夜空に向けて飛び立っていくと、またすぐに次の二機が滑走路上に現れた。

 

 既に地上を離れ夜の闇の中を飛ぶ者達は、機体下面の衝突防止灯と編隊灯のみを点灯してバクリウ基地上空3000mを大きくゆっくりと旋回している。

 翼端灯などを殆ど点灯していないのは、遙か上空宇宙空間から光学的手段を使用して地球上の活動を観察しているものと推測されているファラゾアの眼を、ほんの僅かでも誤魔化そうとする涙ぐましい努力であった。

 

 基地上空を旋回する編隊に、新たに離陸した機体が次々に加わっていく。

 やがて編隊は十五機のひと塊となり、しかし離陸してくる機影は途切れる事無く、二つ目の編隊を形成していく。

 二つ目の編隊が完成した後、即ち4287TFSと4288TFSの所属機全てが離陸を終了した後、両方の編隊はさらに大きな周回航路を取ってバクリウ基地上空を旋回し始めた。

 

 バクリウ基地からは次に日本空軍のF15RJが続々と離陸してきて、基地上空を旋回し始め、国連軍部隊同様に編隊が完成すると周回半径を大きなものに変更する。

 午前三時から離陸を始めた一次攻撃隊全ての機体が離陸を完了すると、時計は午前四時を少し回っていた。

 

「こちらクバスタン01。一次隊全機に告ぐ。サイゴン一次隊はまもなくバクリウ一次隊に合流する。全機針路14、高度80、速度80にて南下せよ。会敵予想地点まで約40分。」

 

 4287TFSの先頭を切っているF16V2が、暗闇の中大きく翼を右に傾け、旋回し始めた。

 後続の二機がそれに続き、さらにその後ろで四つのデルタ編隊を構成している十二機が次々に旋回に入った。

 4287TFSの後ろに付いていた4288TFSがその後を追う。

 

 進路変更を完了したところで、バクリウ基地よりも北にあるサイゴン基地を出発したサイゴン一次隊の衝突防止灯の赤色のフラッシュが、群れをなして南に向かっているのを頭上に見る事が出来た。

 バクリウ基地から発進した総勢四十五機は、徐々に高度を上げつつサイゴン一次隊のすぐ脇に並ぶ形で合流した。

 

 無線封鎖されているため、外部から何の音声も入っては来ない。

 最新型である日本空軍のF15RJには装備されているという、短距離用の編隊内レーザー通信でさえ、反射レーザー光が漏れる事を懸念して使用が禁止されている。

 

 達也は左前方を飛ぶパナウィー大尉の機体から発せられる編隊灯の朧げな緑色の光と、コンソール全体を占める液晶画面上で刻一刻と更新されていく戦術情報を交互に確認しながら、暗闇の中をただ漂っている様な不思議な感覚を味わっていた。

 F16のコクピットは、まるで機体の上に乗っかっているかのように感じるほど大きなキャノピーに包まれているため、その感覚を余計に強める効果がある。

 機体を伝わってエンジンの轟音や、キャノピーや足元のエアインテイクが風を切る大きなノイズが絶える事無く聞こえているのだが、飛び始めるとそれらの騒音にも慣れてしまい、まるで自分が完全な無音状態の中に置かれているように錯覚する。

 

 左を見ると、遙か彼方の空と水平線との境が、赤く染まり夜明けが近い事を知らせている。

 敵との接触予想時刻まであと三十分ほどしかない。

 三十分で辺りが完全に明るくなる事はないだろう。

 多くのセンサーなどの追加装備を持った同じ4287TFSの面々に較べて、そう言った装備が全く追加されていない自分の機体では、薄明の中相当不利な闘いを強いられる事を達也は覚悟した。

 装備の差と経験の差。

 パナウィー大尉から指示されたとおり、今日は彼女の機体の後ろをずっと付いて回った方が良さそうだと思った。

 少なくとも、夜が完全に明けきるまでは。

 

 コンソール上で接敵予想時間をカウントダウンする数字が減っていく。

 減っていくに従って、否が応でも初めての闘いが近付いてくる。

 シミュレータとは違う、訓練の模擬戦とは違う、本当の命のやりとり。

 敵を墜とさなければ、自分が殺されてしまう。

 僅かな気の緩みや判断のミスが死へと直結する闘い。

 高い技能を示し、戦闘機パイロットの教育課程を記録的な速さで修了する事さえ出来た自分の腕が、実戦で通用するのか。

 生き残る事が出来るのか。

 

 ここまでは熱帯の暑い空気も追いかけてこない、高度8000mのひんやりとしたコクピットの中で、異常に発汗し、操縦桿を握る手は滑るほど汗で濡れ、マスクの中に反響する自分の呼吸が、恐怖と緊張で早く浅くなっているのが分かる。

 気が狂いそうだ。

 今すぐにでも喚き散らしながら後ろを向いてこの場から逃げ出したくなる。

 それでも視線だけは、コンソールの表示と、左前方で徐々に全体を視認できる様になってきたパナウィー大尉の機体との間を行き来する。

 

 そんな緊張がいきなり破られた。

 

「一次攻・隊。こち・・バスタン01。カリマ・・ン島上空に敵機を多数・認。ター・・トマージ。推定2000。敵・・速に北上中。推・速度M4.0。接・・で五分。全機交・に備えよ。無・封鎖・除。繰・・す。接触・で五分。・・交戦に備えよ。無線封・解除。」

 

 ホーチミン市上空に留まったままのAWACSからの通信は、ファラゾアの地上基地に接近した事で所々ノイズが入りはしたものの、その内容はどうにか聞き取れた。

 

「こちらボゴモル01。一次攻撃隊全機に告ぐ。予想より少々早めの来客だ。距離500km。無線封鎖解除。火器管制ロック解除。高度5000まで降下する。各隊、続け。」

 

 攻撃隊右翼を占めていたサイゴン基地の部隊の先頭に居たSu30が右ロールして一気に急降下していく。

 サイゴン基地部隊が続々とそれに続き、対して左翼にいたバクリウ基地の部隊も同様に次々と急降下する。

 眼の前のパナウィー大尉が右ロールした後に背面急降下したのに合わせて、達也もそれに続く。

 一気に急降下した後、パナウィー大尉の機体が先頭のツァイ少佐の小隊に高度を合わせて水平飛行に移ったのを確認し、その右後ろにピタリと付けた。

 

「こちらチムンリーダー。チムン隊(4287TFS)、ランビエン隊(4288TFS)全機に告ぐ。チムン隊は正面下方の雲塊に突入し、直線で接近する。ランビエン隊は11時方向の雲塊に突入し、チムン隊が交戦開始後横から殴りつけろ。」

 

「ランビエンリーダー、諒解。ランビエン隊、方位33。続け。」

 

「チムンリーダー、こちらエルボリーダー。エルボ隊はチムン隊をフォローする。バックアップはしてやる。思いっきり暴れてこい。」

 

 エルボ隊とは、バクリウ基地に駐在しているF15RJを装備した日本空軍南アジア方面特別支援隊305飛行隊の事だ。

 達也達が着任初日にファラゾア機から追い回されたとき、スクランブル要員であったのでバクリウ基地からいち早く駆けつける事が出来、あわやというところで達也を救ったF15RJ二機はこの飛行隊の所属機であった。

 

「チムン隊降下開始。全機続け。接近して下から突き上げる。」

 

 4287TFSの十五機が、まるで雪崩を打ったかのように再び次々と右ロールからの背面急降下に移った。

 先頭のツァイ少佐機が何の躊躇いも無くもこもことした真っ白い中層雲の中に突っ込んでいく。

 達也もアラン機と並んでパナウィー大尉のすぐ後ろで雲の中に突入した。

 視界が真っ白になり、何も見えなくなる。

 僅か数十m先に居る筈のパナウィー大尉の機体が見えない。

 しかし音は聞こえる。無線封鎖も解除されたのでレーダーも使える。

 HUDに表示されるマーカーを頼りに、パナウィー機に対して一定の位置を保持する。

 

「接敵1分前。増速、バーナーMAX。」

 

 先頭のツァイ少佐機から順に、雲の中であるにも関わらずエンジン出力を最大にして増速する。

 島も何もない海上であるので、雲の中で視界がほぼゼロであっても、山にぶつかる危険性など無い。

 左前方に居る筈のパナウィー大尉機が加速したのをHUDで確認し、達也もスロットルを最大に開けた。

 推力32,000lbfを誇るF110-GE-132エンジンが一気に回転数を上げ、爆音とヒステリックな甲高い音を立て始める。

 加速で身体をシートに押し付けられ、一瞬の後アフターバーナーが点火してさらに増速、シートにめり込まんばかりにGで身体を押さえ付けられた。

 

「上昇して雲を抜けた後、すぐに交戦に入る。全機増槽(タンク)投下(ドロップ)。5秒前、3、2、1、引き起こせ(プル・アップ)!」

 

 少佐のかけ声と共に操縦桿(スティック)を引く。

 腹の下にずしりとGが掛かり、身体の中の血液がGによって強制的に下半身に寄せられ、頭から血の気が失せていくのが分かる。

 一瞬の後、雲を抜けて視界が晴れた。

 僚機が同様に急角度で空を駆け上るのが周りに見える。

 それよりも、正面高空に存在するファラゾア戦闘機群。

 

 達也は自分の目を疑った。

 濃い青色の空に浮かぶ白銀色の戦闘機が点になって見える。

 しかしその数はまるで上空全天を覆うほどであり、おびただしい数の白い点が視野中に散っている。

 数百、いや、軽く千は越えているだろう。

 

 三年前、後に「Battle of Esplanade(エスプラネードの戦い)」と呼ばれるようになった、ファラゾア襲来初日のあの日にシンガポール沖の南シナ海で発生した空戦に飛び込んでいったパイロット達も、こんな風に恐れおののいていたのだろうか。

 ・・・いや、彼等は相手が何者であるかも知らなかった。相手の目的も、戦い方も、身を守る方法も、有効な手も、何も知らず、戦いを仕掛けて来た敵を排除するという軍人の存在意義そのままに突入していったのだ。

 それに較べれば随分マシだ。

 

 立体的に対向(ヘッドオン)したファラゾア戦闘機群と地球の戦闘機群の距離が一瞬で縮まる。

 視野の端でランダム機動をするパナウィー機を捉えながら、HUD正面に入った敵機に予測射撃を行いすぐに軌道を変えた。

 コクピット左で轟音を立てて火を噴いたM61A1 20mmバルカン砲弾がオレンジ色の線を引いて敵機に吸い込まれるのが見えたのも一瞬、白銀色の機体は一瞬の内にすれ違って後方に消えた。

 敵の一群と交差しすれ違っても、いまだ前方には大量の敵機の姿が見える。

 前方にいた敵機が一瞬で高加速し、断熱圧縮された大気の炎を引きながら回り込んでくるのが見える。

 その射線を小刻みに動いてかわしながら、パナウィー機の位置を確認する。

 周りはどの方向にも敵機がおり、完全に敵群の中に突入した状態だった。

 

タツヤ(Tatsuya, )付いて(Follow )こい(me)!」

 

(Yes, )(Ma'am)。」

 

 パナウィー機がシャンデルを行ったように急旋回し、急激に高度を下げ始める。

 達也とアランの駆るF16V2がそれを追う。

 千を越えるファラゾア戦闘機と、百に満たない地球側の戦闘機が入り乱れて戦い始めた空間に、白い水蒸気の線と、空中に花が咲いたような爆煙と煙が幾つも交錯する。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 そう言えば、日本空軍はイーグルばっかりでF2が出てきてませんね。

 F2も出さないとね。もちろん、愛称はヴァイパー・ゼロです。

 それだけじゃ面白くないので、もうちょっとやらかしますが。ふふふ。

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