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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
364/405

23. 生存者


 

 

■ 12.23.1

 

 

 三人の男女が見つめるモニタには、大きく映る赤い星を背景に鈍い銀色の巨大な戦艦が大きく映し出されていた。

 交戦記録映像とは思えない高解像度で記録されたその映像は、拡大すれば船殻上に設置された無数のレーザー砲の形状まで確認することが出来る。

 それは先の火星攻略戦、或いは火星宙域会戦、作戦名「レッド・ストーム」に参加し、数千万kmという距離を保ち息を潜めて戦いの始めから終わりまでを克明に記録し続けた、特殊任務艦六隻のうち生還した一隻が持ち帰った映像記録だった。

 

 宇宙空間という慣れない戦場、火星周辺宙域という人類史上初めての他の惑星系での戦闘、宇宙というホームグラウンドで全力を発揮して、何を仕掛けてくるか予想も出来ない敵、SF作家でさえ想像したことの無い未知の技術と兵器。

 そして人類史上初の宇宙空間での艦隊戦。

 何もかもが未知で初めてずくめの大作戦において、地球連邦軍はあらゆる手段を使ってあらゆる情報を委細漏らさず貪欲且つ克明に記録しようとした。

 

 今日得られた情報が次の戦いでの勝利への糧になる。

 例えその場では何をされたかさえも分からず一瞬で大敗を期したとしても、持ち帰ったデータを解析し、模倣し、理解し、そして自分達の手で同じ物を産み出してみる。

 今日は自分達を殲滅するために使われた、恐怖と憎悪に塗れた異星人の未知の技術をいつかは我が手に。

 そうやって地球人類は今日まで生き延びてきた。

 効率が悪くスマートで無い、まるで地面を這い回って泥水を啜り、降ってきた餌に訳も分からず食らい付いて咀嚼する様な前時代的な手法ではあったが、少なくともそのやり方は間違ってなぞいなかった。

 それが証拠に彼らは今まだ生き延びている。

 

 だが、敵の本拠地に乗り込むにはまだ足りなかった。

 

 参加した戦力の大半を失う酷い戦いを終えて、彼らは再び取り込み咀嚼するべき敵の技術を求めて、考えつく限りの方法を用いて残された戦いの記録を全て洗い直しているのだった。

 

「またミサイルが一斉に消滅したな。やはりこれは、光を含めたあらゆる物質を通さないシールドなのだろうね。艦体表面からの距離は分かるかね?」

 

 トゥオマスは画面から視線を外さず、脇で端末を操る女に訊いた。

 

「艦体中央部で約500m。前後両側にこちらも約500m。艦体全てを包み込む細長い回転楕円体形状ですね。逆の見方をすれば、艦体形状にタイトに沿った細かな形状制御は出来ないという事でしょうか。」

 

 小ぶりな眼鏡のレンズに、操る端末のモニタ画面を反射させながら余り感情のこもらない声で黒髪の女が言った。

 ジーナ・イスプラーヴニコヴァ、地球連邦政府情報分析センター対ファラゾア情報局、通称「倉庫」の作戦部兵器解析課長が彼女だ。

 一般公募で情報分析センターに編入され、解析能力を買われて今の地位にある。

 特に、天体物理、量子物理学という本人の専門分野に限らず、様々な方面で形に囚われない奇抜な発想を次々と思いつくトゥオマスと組んで解析を行わせれば、ファラゾアが使用する兵器の性能解析に留まらず、様々な分野にその能力を発揮し、連邦政府情報分析センター(UN-INTCen)随一の解析チームとまで言われる。

 

「それはどうだろうね。できるけどやらない、つまり例えばエネルギー効率の悪化や、必要性が無いからやっていないだけ、とも考えられる。実際、タイトな形状にすれば表面積が増えるのは間違いないからね。」

 

 ヘンドリック達と話しているときとはまた違う口調と表情で、右手に持ったコーヒーを啜りながらトゥオマスが言った。

 彼らは今、かの5000m級超巨大戦艦を覆って、地球艦隊からの攻撃を一切受け付けなかったシールドについて解析を行っていた。

 

「戦艦の向こう側がダークグレイの背景になっているのは、光を含めたあらゆる物質を通さないからだろうね。こちら側が見えるのは、少なくとも可視光はシールドの内側から外に向けて自由に出てくることが出来るという事だ。多分、レーザーも通すんだろうね。これでこの5000m級戦艦の色が他と異なって鈍い金属色であることが説明できる。

「このシールドはミサイルやレーザーだけで無く可視光も、外から内に向けては通さないのだろうね。本当は周りの3000m級戦艦と同じ、いわゆるファラゾアンシルバーの艦体なのだけれど、光が当たらないからダークメタリックシルバーに見える、という訳だ。ただそうすると、なぜ見えるのか、という疑問が湧く。光を通さないなら、真っ暗で何も見えない筈だよ。

「ふむん。ジーナ、このシールド周辺の重力放射と分布はどうなっているのかな。」

 

 トゥオマスがまた一口、冷め始めたコーヒーを啜った。

 

「全体が0.01Gです。空間的にも時間的にも強弱や分布偏在はありません。完全に均一で、全方向に向けて0.01Gの定常重力波を放っています。」

 

「着弾した瞬間も?」

 

「ええ。レーザー、ミサイル、デブリ、あと操縦をミスったと思われる戦闘機が10000km/sで多分不本意なカミカゼ・アタックしたときも。一切の揺るぎも動きもありません。常に0.01G。」

 

「ふむ。なかなかに手強いシールドだね。うーん・・・ジーナ、5000m級戦艦の船殻の色が3000m級と同じだったとして、どこまで行ったらあの色になるのかな。」

 

「どこまで、ですか? どういう意味で?」

 

 ジーナが眼鏡を掛けた眉根に僅かにしわを寄せ、端末のモニタから視線を上げてトゥオマスを見た。

 

「ん、ああ、済まないね。光量がどれくらい落ちるとあの色に見える?」

 

「大凡ですが、周りの戦艦に対して2.0E-04倍(2.0×10の-4乗)程度です。かなり暗いですね。」

 

「なるほどね。では、火星宙域に対して、どれくらい遠く太陽系の外側に行くと、太陽光はその照度になるのかな?」

 

「! まさか!?」

 

 何かに気付いて驚愕の声を上げるジーナを、トゥオマスは薄らと笑いながら見ている。

 ジーナはすぐに視線をモニタに戻し、キーボードを操作して計算を始めた。程なくその計算結果は出た。

 

「145億km、冥王星軌道よりもさらに外側・・・完全にエッジーワース・カイパーベルトの中です。そんな、あの艦の本体は太陽系の外側に居ると言うの?」

 

「まあ、待ちなさい。結論を急ぐ前にやらなきゃいけないことがあるよ。5000m級の船殻が通常のファラゾアン・シルバーだったとして、当たっているのは本当に我らがソル太陽系の光だろうか? 反射光のスペクトル解析は出来るかな? 光量が少なすぎるかい?」

 

「できます。簡易的でかなりラフな比較になりますが。少し待ってください。監視艦が測定していた定時静的スペクトルデータがあります。画像解析をスペクトル分析モードにして・・・」

 

 三人が見つめるモニタに二つの曲線が表示される。

 二つの曲線を重ね合わせると、一方の曲線にはかなりノイズが乗っていたものの、全体的な強弱はほぼ一致した。

 

「当たりだね。あの艦は太陽系外縁の弱い光を受けているので、同じ艦体色なのに暗い色に見えるのだろう。」

 

「スペクトル解析はかなりラフですが。」

 

「ああ、構わないよ。詳細解析はあとでどこかの天文台にでも回してやってもらえば良いだろう。ソル太陽系の太陽と似た様なスペクトルを持つ恒星はこの銀河だけでごまんと存在するだろうけれど、わざわざ別の太陽系外縁に停泊する意味が無い。この太陽系だと断定しても良いんじゃないかな。」

 

「では、あの艦の本体は実は太陽系外縁に存在していて、艦を覆うあのバリアの様なもので空間を入れ替えて、あたかも火星宙域に存在しているかのように戦っている、と? 信じられないけれど、でもファラゾアなら・・・」

 

「いや、ジーナ。そう結論するのはちょっと早計すぎるね。他の事象との矛盾点が多すぎるのだよ。

「まず第一に、これまで太陽系周辺で超光速航法からワープアウトしてきた様々な艦隊の行動から、彼らの超光速航行技術は太陽系内にワープアウトが出来ないのだろうと、我々は推察してきたね。多分恒星や惑星の重力場、即ち空間が歪んでいる場所では正常なワープイン、ワープアウトが出来ないのではないだろうか、と。

「今君が言ったのは、かの5000m級戦艦には、太陽系内の、しかも惑星のすぐそばの空間に物質を送り込む技術が搭載されている、と言うことに他ならないよ。ならばなぜ彼らはこれまでその技術を使ってこなかったのだろうね。

「答えは、彼らはそんな物を持っていない、からだと思うよ。歪んだ空間に物質を送り込む技術を彼らは持っていない。だから、軍の上層部が恐れている空間転送ゲートのようなものが火星や地球のすぐそばに開いて、そこから大規模な敵艦隊が湧いて出る様なことは有り得ない。」

 

 トゥオマスは満足げな表情を浮かべて、眉を僅かに動かしてジーナが話の内容を理解したか確認しながら、再び右手のコーヒーを啜った。

 

「そしてもう一つ。エッジワース・カイパーベルトの中には、我々が『太陽系防衛艦隊』と呼ぶ、ファラゾアと同等の技術を持ちつつ、ファラゾアに敵対的な正体不明の数千隻もの戦力がいまだ潜んでいるのだよ。ファラゾアの増援が太陽系外縁にワープアウトする度に、素晴らしい即応力で反応し、たちどころにファラゾア艦隊を殲滅してしまうほどの、ね。

「状況から見て、それほど数が多くないものと思われる虎の子の5000m級戦艦を、そんな危なっかしいところに配置するとはとても思えないね。いくら地球人が無数の反応弾で武装しているヤバイ原住民だとは云っても、数千隻もの戦闘艦艇に較べればまだまだカワイイものじゃないかね。私ならそんな危ないところに5000m級戦艦を置くような真似はしない。太陽系内部に入り込んで、野蛮な原住民が住む惑星のすぐ隣の星の周回軌道の方が、よほど安全だろうと思うね。」

 

 そう言ってトゥオマスは再び眉を動かしてジーナの同意を求めた。

 ジーナは軽く何度も頷き、彼の論理展開に同意する態度を示している。

 

「ただし、空間がエッジワース・カイパーベルトと繋がっているのは事実だろうね。先ほどの分析はそれを示唆している。

「私の想像では、5000m級戦艦を包むあの繭のようなシールドが空間転移のゲートなのではないかな。シールドの外から中に入ろうとすれば、強制的に太陽系外縁の特定の場所に飛ばされる。逆にその特定の場所に差している太陽系外縁の弱い太陽光が、戦艦の艦体を照らしている。即ちあのシールドは、戦艦が存在する空間と、別の任意の空間を繋いでいる閉じた形状の転移ゲートなのじゃないかな。」

 

「閉じた形状の転移ゲート、ですか?」

 

 ジーナが再び、理解不能といった風に眉間にしわを寄せた。

 それを見たトゥオマスが破顔する。

 

「難しく考える必要は無いよ。二枚の板があると考えれば良い。Aの板の表面にぶつかったものは、Bの板の裏面から飛び出す。逆にBの板の表面にぶつかったものは、Aの板の裏面から飛び出す。これは簡単に想像つくね? いわゆるSF的な空間転送ゲートだ。

「ではそのAの板をぐるりと丸めて円筒状にしてみよう。ついでに円筒の両側を閉じてみようか。ほら、あのシールドと同じ物が出来た。別に転送ゲートは板状じゃなければならないなんて決まりなどどこにも無いんだからね。」

 

「成る程。それはそうですけれど。」

 

 納得できたような出来ていないような、微妙な表情をしてジーナがトゥオマスの顔を見ている。

 その視線を受けているトゥオマスは、まるで渾身の悪戯が成功した子供の様な笑顔を浮かべて、空になったコーヒーカップをテーブルに置いた。

 

「いずれにしてもあのシールドは、今の我々の科学力で突破できるものではないね。空間そのものを別のところにつなげてしまっているのだから、通常の空間を進む機能しか持っていない我々の兵器は全て、あのシールドでどこか彼方に飛ばされてしまう。」

 

「しかし教授は先ほど、彼らは歪んだ空間を出入りする転送技術を持っていない、と仰いましたが。」

 

 ジーナはトゥオマスのことを「教授」と呼ぶ。

 勿論それは彼が過去に大学で教鞭を執っていたことを知る彼女が、敬意を込めてそう呼んでいるのであるが、その少々ねじ曲がった性格の事を揶揄して彼のことを「教授」とあだ名で呼ぶものも多い。

 呼ばれている当の本人は、どの様に呼ばれようとまるで気にしていない様だったが。

 

「それは、歪んだ空間で正常に用いる事の出来る転送ゲートを持っていない、という意味だよ。転送ゲートとは時空間を飛び越える性質のものであるが故に、In側あるいはOut側の空間が歪んでいることで、ゲートを抜けて通常空間に戻る際に、その歪みの影響を大きく受けるのではないかと私は推論している。そもそも歪んだ空間にゲートが開けないのではないかと考えていたのだが、あのシールドを見る限りは、ゲートを開くこと自体は出来るのだろうね。ただゲートを抜ける際に空間の歪みの影響を受けて、物質の構造が歪んでしまうのではないかな。ただの推論だよ。だが、現在の状況は、そう考えるなら良くつじつまが合う。」

 

「ミサイルなどの攻撃を無効化するためだけであれば、転送した先でミサイルがどうなろうと関係無い、と。確かに、仰るとおりかも知れません。」

 

「あくまで推論だからね。そうだと決めつけるのは危険だよ。そこはしっかりと理解してくれたまえよ。

「さて、次はこの超大型戦艦自体だが・・・うん?」

 

 トゥオマスが議題を次に移そうとした時、その小ぶりな会議室のドアがノックされる音が響いた。

 一拍の間を置いて、ドアがゆっくりと開かれた。

 

「ああ、ここに居たか、トゥオマス。」

 

 ドアの隙間から顔を覗けたのは、このファラゾア情報局の副局長であるシルヴァンだった。

 その口調から、どうやら彼はトゥオマスを探し回っていたようだった。

 

「先の『レッド・ストーム』の記録映像の解析中だよ。どうしたのかね?」

 

 戦いの記録を眺めながら、見知らぬ技術に思いを馳せるご機嫌な時間を邪魔されて、トゥオマスは少しばかり気分を害したような表情でシルヴァンに言った。

 

「済まんが、緊急事態だ。すぐに局長室まで来てくれ。」

 

「緊急事態? 何だと言うんだね、全く。」

 

 解析作業を中断せねばならないと判り、明らかにトゥオマスの機嫌が傾いた。

 しかしシルヴァンはトゥオマスの表情をまるで無視して言葉を続けた。

 

「テラナー・ドリームの生存者が見つかった。どうやら二十人ばかり火星に逃げ込んでるらしい。面倒な事になるぜ。早めに対策を打たんとマズい。」

 

 生存者が見つかったのは喜ぶべき事だが、よりにもよって火星に逃げ込むとは。

 確かにそれはいろいろと面倒な事になりそうだと理解し、トゥオマスは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 






 いつも拙作お読み戴きありがとう御座い居ます。


 ジーナは最初もう少し砕けた口調で喋る予定だったのですが。

 書いてみると、きっちり敬語を使う女になってしまいました。作者の意図から外れて、キャラクタが勝手に動いた一例です。

 やはり、デキル女はちゃんとした敬語を喋る方が、「らしい」ですね。

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