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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
363/405

22. 天使の歌声


 

 

■ 12.22.1

 

 

 状況を客観的に説明するならば、達也は太陽系相対速度0.2光速、約6万km/sという凄まじい速度で、同じ速度を出して後方340万kmを追いかけてくる駆逐艦三隻からなるファラゾア艦隊から全力で逃げ続けている。

 戦闘機の小さな機体、貧弱な防御力と攻撃力では、駆逐艦三隻に追い付かれ囲まれれば、文字通り一瞬で撃破され、宇宙の藻屑となり消えてしまうだろう。

 

 ましてや二基あるリアクタの内一基しか稼働しておらず戦闘機動を行うには充分なパワーが得られておらず、二門あるミョルニルD型自慢の口径900mm/800MWレーザー砲も使い物にならない。

 そもそも左舷レーザー砲は被弾によって左舷の#1燃料タンクと共に失われており、リアクタが二基完動していたとしてもどのみち使用不能な状態にある。

 

 リアクタを一基しか動かせない理由は、燃料タンク内の軽水が凍ってしまわないように温めておくヒーターが破壊されて燃料が凍り付きリアクタに燃料を送液出来なくなった事が原因で、他の用途に使われていたタンクを引っぺがして無理矢理な改造で急遽取り付けた仮設燃料タンクの容量が十分ではない為だった。

 

 リアクタを二基動かせば、当然二倍の燃料を食う。

 そして勝ち目が無い戦闘を行う意味など無い。

 戦わないのであれば、レーザー砲は必要ない。

 であれば、リアクタは一基で充分だった。

 リアクタ一基のパワー供給で、二基のAGG/GPUを問題無く動かすことが出来る。

 燃料タンクは片方を破壊されたが、AGG/GPUが二基とも無傷で残っていたのは幸運だった。

 どちらか片方でも破壊されていれば、十分な機動力を得ることが出来ずにランダム機動が甘くなり、敵艦隊と接近したときに撃ち落とされていたかも知れなかった。

 いったん0.2光速で逃げ始めてしまえば敵に追い付かれることは無いとは言え、ただでさえ敵艦体よりも遅い脚が、さらに遅くなるのは致命的だった。

 

 それにしても相変わらず現実感の無い戦闘だと、達也は半ば呆れて溜息を吐く。

 戦力的には逆立ちしても勝つ事の出来ない、こちらが圧倒的に不利な敵艦隊に全力で追跡されている状態である。

 達也の機体は6万km/sという途方もない速度で、その敵艦隊から逃げ続けている。

 

 だがどれほど眼を懲らしても300万km彼方の敵艦隊の姿を見る事は出来ず、そして0.2光速という速度を維持している限り敵艦隊に追い付かれることは無い。

 敵艦隊と明らかに戦闘状態にはあるのだが、弾が飛び交うことは無い。

 敵に全力で追跡されているのだという焦燥感は感じるが、かといって現状を維持する限り敵に追い付かれることは無い。

 

 しかしその様な間延びした戦いも終わりを告げようとしていた。

 この戦いは弾を撃った数や、急な加減速を繰り返して曲芸的な飛行で敵の攻撃を避ける能力で決まるものではない。

 相手がどの様に動くか、それに対して自分はどう動くべきか、さらにその結果敵はどう反応するか、というお互いの動きの読み合いが全てを決する。

 弾を撃って避ける格闘戦では無く、お互いの動きの先を読み合う言わば心理戦。

 危険度は一向に増加することは無く、しかし敵の動きを少し読み違えるだけで確実に死に直面するという焦燥感だけが募る。

 

「フェニックス02、こちらディアナ・コントロール。敵艦隊がまた針路を変えた。新しい針路だと、敵艦隊は地球宙域の西方外側を通る。迎撃できない。フェニックス02は針路を247.23, 72.25へと変更し、地球座標系(Terran Cordinate System; TCS)224, -44, 40から343, -12, 40へと抜ける航路を採れ。こちらは地球東方の当該宙域で歓迎会の準備をして待っておく。推奨ルートのデータを送った。黄色い推奨航路ラインをなぞりつつ、NAV AからHを順に通過せよ。繰り返す。こちらディアナ・コントロール。敵艦隊が再度進路を変更した。敵艦隊の新しい予想進路は・・・」

 

 今ではもう片道十分、往復でも二十分ほどのタイムラグで通信が出来るようになった月周回軌道監視ステーション、ディアナからの通信が届く。

 通信が十分で届く距離であるならば、0.2光速で地球に向かっているこの機体は、あと五十分ほどで地球宙域へと到達する筈だ。

 距離にして3千万km。

 太陽系南方に大きく外れた、惑星どころか岩や塵さえも殆ど存在しない十数億kmの空間を踏破し、地球へと戻ってきた。

 

 だがその地球へすぐに帰ることは出来ない。

 そもそも地球のすぐ脇を6万km/sという途方もない速度で駆け抜ける上に、300万kmの距離を保ったままぴったりと後ろをつけてくる敵艦隊をどうにかしなければ、減速した途端に撃墜されてしまう。

 ディアナ・コントロールは達也に、現在の真っ直ぐ地球へと向かう針路を逸れて回り込み、地球宙域東方を斜めに掠めて駆け抜けるような針路を指示してきた。

 

 HMD表示に黄色い線が引かれた。

 黄色い線の先にNAV Aポイントが設定され、その脇に距離と相対速度が表示された。

 オートパイロットを制御する航法システムには、NAVポイントの位置情報があれば十分だが、何らかの理由で達也が自分の手で操縦する場合を想定して、人間にも感覚的に分かりやすい目標線をHMD画像の中に引いたのだった。

 

「ディアナ・コントロール、こちらフェニックス02。NAVポイントと指定航路を確認した。そちらの指示に沿って航路を変更する。長い付き合いの顧客だ。盛大な歓待を期待している。」

 

 そう言って達也は、自動操縦の目標としてディアナ・コントロールから指示された航路を設定し、リセットのために一時的に解除していた自動操縦を再びセットし直した。

 機体が進路を変えたことで、後方のファラゾア艦隊との距離が再び縮まり始める。

 後ろを振り返れば、マーカだけで示される敵艦隊の脇に表示された距離がかなりの勢いで減り始めたのを確認できた。

 

 徐々に地球に接近する中でのこれまでの動きから、ファラゾア艦隊は防衛用の兵器が多数設置してある地球宙域を通過することを避けようとしていることが分かる。

 これまでに何度も繰り返し火星から戦闘機部隊を直接地球宙域へと送り込んできた経験から、奴等は地球宙域に多数の防衛用兵器が設置されていることを知っている。

 そしてその防衛網は、条件さえ整えば3000m級の戦艦さえ一瞬で沈めてしまうほどの破壊力を持つことも。

 ただ単に地球のそばを掠めて通るだけでは、駆逐艦隊は迎撃可能な宙域にまで侵入してこないだろう。

 事実、達也の機体を追跡しつつも地球宙域に接近することを避けるように動く敵艦隊の予想航路は達也の思惑を外れていた。

 

「フェニックス02、こちらディアナ・コントロール。敵駆逐艦隊の予想進路は、地球東方100万±40万kmを通過する。誤差が大きすぎて、カバーしきれない。距離も遠い。」

 

 今やタイムラグが十分を切った通信がヘルメット内に響く。

 このままではマズい。

 敵を地球宙域に誘い込み撃破しなければ、地球に帰る道は完全に閉ざされてしまう。

 地球の位置を示すマーカが無くとも青く輝く星がはっきりと分かるほどの距離にまで戻ってきて、ただ横を通り過ぎるだけで帰ることは永久に出来ないなど、有り得なかった。

 

 達也はディアナ・コントロールなどのそれ専門のシステムに較べれば遙かに貧弱な、自機の航法システムを使って航路を計算する。

 地球宙域の防衛圏に接近する危険を冒してでも、後ろをつけてくる三隻の駆逐艦が自機を追いかけたくなるような航路。

 もちろんそれ相応の危険が伴うだろう。

 長い間ファラゾアを相手にしてきた自分の勘も交えながら、敵を釣り上げる航路を計算する。

 時間が無い。

 航路の算出に時間がかかればかかるほど、取る事の出来る手段の選択肢は狭まっていく。

 そしてついにこれが最善であろうという結果を得て、達也はディアナ・コントロールを呼び出し、予定航路のデータを送信した。

 


「ディアナ・コントロール。こちらフェニックス02。当機は約五分後に800Gで減速を開始する。敵艦隊が真っ直ぐこちらを追いかけてくれば、地球宙域に到達する頃には完全に敵艦隊に追い付かれる予定だ。この航路で敵艦隊を誘ってみる。そちらはできるだけ手早く敵を撃沈してくれ。そうすれば、俺が生き残れる可能性も高くなる。頼りにしてるぞ。」

 

 追い付かれれば確実に撃墜される。

 しかし敢えて達也は、敵艦隊に完全に追い付かれる航路を選んだ。

 そうでもしなければ敵艦隊を誘い込むことは出来ないだろう。

 もちろん、たかが戦闘機一機を撃墜するためだけにわざわざ敵艦隊が危険を冒す、という事を前提としているのだが。

 その点については、遙か15億kmもの彼方から地球に帰還する達也の機体をわざわざ火星軌道から外れてまで追跡してきた敵艦隊であるので、興味を持った対象をかなりしつこく追跡し続け、さらにその興味の対象に追い付くチャンスがあればすかさず食いついてくるのではなかろうかという予感めいた思いが達也にはあった。

 

 果たして約十分と少々後にディアナからの回答が達也の元に届いた。

 その時にはすでに達也は、ディアナ・コントロールからの返答を待たずに計画通り減速を開始していた。

 

「フェニックス02。バカヤロウが、こんな自殺志願者のような航路があるか。応急修理でどうにか飛ばしてる、息も絶え絶えの機体で無茶するんじゃねえ。敵を誘い込めたところで、撃墜されちゃ本末転倒だろうが。どうせこれが届く頃にはもう行動に入っているのだろう。最大限の準備をしておく。せっかくここまで帰ってきて、手前ェん家の玄関先ですっ転ぶんじゃねえぞ。」

 

 地球側が自分の計画に上手く乗ってくれたことに達也は笑みを浮かべる。

 彼らにしてみれば達也が身勝手に放ってきた計画に乗る以外の選択肢はなかったのだが、余りに無謀すぎると却下される可能性もあったのだ。

 

「ディアナ・コントロール、こちらフェニックス02。こちらの計画を受諾してくれて感謝する。このワンチャンスで敵艦隊を撃破できなければどのみち死ぬ以外ない。俺の命、預けたぞ。よろしく頼む。」

 

 再び十分経たないうちに通信が入った。

 

「フェニックス02、こちらディアナ・コントロール。敵艦隊が航路を変えた。貴機を真っ直ぐ追跡している。釣れたぞ。更新データ送る。そのまま上手く誘導して来い。」

 

 機載のGDDが全く使い物にならないので、敵艦隊の動きを知るためには更新にタイムラグのあるディアナからのデータをいちいち待たねばならないのがもどかしい。

 それはまるで、目隠しをして誘導の声のみを頼りに銃弾飛び交う戦場を突っ切っているような、もどかしさと最新の敵情報が見えない恐怖とで焦る自分の心との戦いだった。

 

「フェニックス02。敵艦隊との距離150万km。相対速度3500km/s。敵艦隊航路変わらず。地球まであと2900万km、490秒。」

 

 僅か七分程度の加速で、敵艦隊との距離が明らかに縮んだ。

 もちろん敵の姿など見えはしない。

 だが達也は背中に、迫り来る敵の気配をひしひしと感じ取る。

 

「フェニックス02、こちらディアナ・コントロール。敵艦隊との距離が100万kmを切った。敵の砲撃に備えよ。相対速度4500km/s。敵はお前の真後ろを付いてきているぞ。地球まで1600万km、290秒。」

 

 状況が徐々に緊迫していく中、ディアナ・コントロールからの通信の頻度も上がっている。

 達也は今や十秒おきにディアナから送られてくる戦術マップ情報を睨み付け、ランダム機動を行いながら、敵艦隊が逃げていってしまわないようにさらに距離を詰める。

 

「フェニックス02。敵艦隊との距離60万km。艦砲の有効射程内に入った。敵との距離が少し詰まり過ぎている。加速して距離を離せ。防衛圏に到達する前に追い付かれるぞ。」

 

 いや、まだだ。

 ディアナ・コントロールからの忠告を聞きながらも、達也は減速を止めない。

 追い付かれるくらいでちょうど良い。

 それだけ近くに餌をぶら下げられれば、万が一にも敵が逃げることはないだろう。

 

「フェニックス02。マズいぞ。敵が散開した。貴機を中央に挟んで三方から囲むつもりだ。なぶり殺しにされるぞ。囲まれるな。加速しろ。」

 

 囲まれるくらいならちょうど良い。

 そうすれば敵はこちらを中心に動くしか無くなる。

 移動の自由度が低下し、待ち受けている防衛兵器達は狙いが付けやすくなるだろう。

 

「フェニックス02、聞いているのか! 加速しろ! 囲まれている! 敵艦隊との距離30万km。迎撃ポイントまで340万km。先に追い付かれて囲まれるぞ!」

 

 望むところだった。

 30万kmあれば、敵の攻撃が到達するまで2秒ある。

 2秒のタイムラグがあってなお敵のレーザーに墜とされるほどヤワではないつもりだ。

 まるで悲鳴のようなディアナ・コントロールのオペレータからの呼びかけを無視するかのように達也はさらに減速を続ける。

 

「敵艦隊距離10万km。フェニックス02! 囲まれている! 逃げろ! 迎撃ポイントまであと150万km。ダメだ、先にやられる!」

 

 10万km。0.3光秒。

 艦砲射撃での撃ち合いであれば、それ以下は必中距離と言われる距離だった。

 

「させない。達也、そのまま真っ直ぐ突っ込んできて。後ろのうるさいのはこっちに任せて。」

 

 突然女の声が割り込み、数十万km先に青色のマーカが幾つも発生した。

 ディアナ。コントロールが示したNAVポイントとは僅かにずれるが、まるで地獄に響く天使の歌声のように聞こえた女の声に従い、青色のマーカのど真ん中を突っ切るような航路で接近する。

 

「迎撃隊接触10秒前。敵艦隊距離5万km。」

 

「アンタはそのまま真っ直ぐ飛べば良い。その辺飛んでるトリパニアとぶつかったらただのバカだからね。」

 

 相対速度55000km/sで青色のマーカが急速に近付いてくる。

 十二個の青色のマーカに表示されるキャプションは、高島の炎龍。部隊名はウルコー(Urko)。

 グングニルMk-2ミサイルを四十八発も搭載する、圧倒的火力を誇る対艦攻撃機。

 その向こうにはいわゆる移動砲台であるトリパニアの、小さな青いマーカが無数に散る。

 

 宇宙空間の闇に慣れた視野を目も眩むような真っ白い光が埋める。

 その瞬間、右から叩き付けるような衝撃。

 被弾した。

 一瞬何も見えなくなったが、視界はすぐに戻ってきた。

 見える、ということはまだ生きている。

 満身創痍の機体にランダム機動を指示する操縦桿の動きに、機体は付いてきている。

 まだ飛んでいるなら、まだいける。

 

「全機ミサイル全弾発射・・・3、2、1、FOX1、FOX1。」

 

 炎龍の機体とスタブ翼に取り付けられた四十八発のミサイルが、パイロンごと全て同時に火薬ボルトで吹き飛ばされ分離する。

 一瞬で全てのミサイルを同時にリリースできるのが、炎龍の特徴だった。

 十二機合わせて、五百七十六発のグングニルMk-2ミサイルが宇宙空間を駆け抜ける。

 さらに数百のトリパニアが装備する口径400mmのレーザーが無数に空間を走る。

 

 前方に散った無数のミサイルを示す白い小さなマーカと、味方機を示す多数の青いマーカが、近付いたと思った瞬間、後ろに消えた。

 夜空にかかる月の数倍の大きさにまで膨れ上がった青色の星が、まるで冗談の様な勢いで頭上を通り過ぎ、後ろで小さくなっていく。

 

「ファラゾア駆逐艦隊、迎撃成功。駆逐艦三隻爆沈。残存ゼロ。」

 

 あれだけ大騒ぎしていたディアナ・コントロールのオペレータが、打って変わって冷静な口調で戦果を読み上げる。

 そして再び女の声。

 

「敵はもう居ない。おかえりなさい、達也。」

 

 遙か15億km彼方の太陽系南方の虚空から母なる星に戻ってきて掛けられる、嬉しそうな感情に溢れたその声は本当に、天使の囁き声もかくやと言わんばかりに達也の心に暖かく染み込んでいくようだった。

 

 

 

 





 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 投稿何回か飛ばしました。申し訳ないです。

 公私ともにボチボチ落ち着いてきたので、元通りとまでは言いませんが、投稿頻度を多少なりとも回復させることが出来るものと思います。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとか帰れましたね。 [一言] そうか~。 火星からの帰還者に達也の名前が無いのって、最初から火星に行ってなかったんですね。納得。 と、いう事は、他の666部隊のメンツは火星に、、、
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