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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
362/405

21. 死に向かう航路


 

 

■ 12.21.1

 

 

 全長29.7mの小さな機体が、地球から10億km以上離れた人類未到の空間を光速の20%という途方もない速度で空間を切り裂いて飛ぶ。

 

 太陽系の南方に、木星軌道よりも遙か遠く離れたその場所は、文字通り本当に何も存在しない。

 惑星も無く、漂う小さな物体も無く、水素原子でさえ一立方メートル中に数個しか存在しない。

 機体を支える大気などあるわけも無く、何か拙いことが起こったとしても緊急着陸出来るような場所があるわけでも無く、逆に墜落してぶつかる地面も無い。

 小さな機体の周りには何も無い空間が広がっているだけだった。

 

 何も無い空間に、ただ浮いている。

 浮いている、という言葉さえも正しくない。

 そこに居る。そこに在る。ただそれだけ。

 周囲数億kmという想像を絶する広がりの途方もない空間の中に存在する物体は、ただ自分だけ。

 他に何も無い。

 

 光速の20%、秒速6万km、地球の端から反対側の端までを僅か0.2秒で駆け抜けるという、これまた想像を絶する様な途方もない速度が出ていると言われても、それはただ単に画面にそのように数字が表示されるだけであって、景色が流れるわけでも無ければ、何かが近付いてくるわけでも無い、どこまで行っても全く同じ映像が表示され続けるだけでは、実感も現実感もまるで存在するはずもなかった。

 

 例えばジェットタービンがフルパワーで回る、金切り声にも似たいかにも苦しげで耳障りな金属音が鳴り響くなら、或いは機体後方に錐のように長く伸びる青白いジェットの炎を引いているなら、或いは止まることの無い小刻みで苛つくエンジンの振動が機体を伝わってくるならば、前に進んでいるという実感もあったかも知れない。

 しかしいずれも機械動作機構の殆ど無い熱核融合炉を動力源とし、重力推進器を推進力とするこの機体では、タービンの回る金属音も振動も無ければ、後方に吹き出すジェットの炎も存在しない。

 月周回軌道でLOWSから切り離され無推力でただ漂っているだけの時と、何も変わらない。

 せめてコクピット外の風景でも動けば多少なりとも実感できるのかもしれないが、数千数万光年も彼方に存在する星の光が動くはずも無い。

 

 非現実的、という言葉がこれ以上似合う場所も他に無いだろう、と達也は思った。

 

 だが、現実は目の前に存在する。

 

 例えどれほど実感が湧かずとも、自分は秒速6万km弱で地球に向かって近付いて行っており、そしてそれを迎撃するかのように合成速度秒速10万kmでファラゾア駆逐艦三隻がこちらに向かってきている。

 あと数時間もすればファラゾア駆逐艦隊と邂逅し、必殺のレーザーに追い立てられる戦闘状態に突入する。

 太陽系相対速度秒速6万kmで航行しつつも命綱を頼りに機体の上面を移動して船外活動(OVA)を行い、燃料タンクの中の氷を手に持ったハンマーで叩き割り、簡易的な自作の燃料タンクに押し込んで溶かすという、余りに原始的でまるで現実感の無いのんびりとした燃料補給作業を再び行ったばかりあるが、それでも今は一応戦闘中なのだ。

 もう長い間宇宙空間での戦闘を繰り返しているが、戦いの結果は人に感知できないほどの一瞬で決まるくせに、避けようのない戦いがゆっくりと迫り来るのを長時間ただ待つだけの暇な時間がやたらと多い、というこの宇宙空間での戦闘スタイルはどうにも慣れないと、達也は溜息をつく。

 

 達也の戦闘スタイルは、まるで360度全方向に眼があるかのように敵の動きを感じ取り、予測し、さらには今近くに居ない敵が自分を攻撃する最適な攻撃位置に現れる事さえも予測しながら、その敵の間を縫うように駆け抜け、時によっては自分を攻撃している敵の機体さえも別の敵の攻撃を躱すための障害物とするような、大気圏内での狭い空間の中での乱戦に特化したようなものであり、そして自分でもそれを自覚していた。

 広大な宇宙空間で、HMDマーカに頼らねば敵がどこに居るかさえ確認することが出来ず、まるで中世の騎士の槍試合のように一瞬ですれ違う瞬間に互いに一撃入れたら、方向転換して再び接敵するまでまたしばらくかかるというような戦い方では、自分のスタイルでの戦い方がまるで出来ず、特性や優位性も全く生かすことが出来ないのが大きな問題だった。

 

 宇宙での戦闘は苦手だ。

 と達也はまた溜息を吐く。

 もっとも本人は悲観に暮れてはいるものの、敵の動きを感覚的に掴み予測し、最適な攻撃位置を取る、或いは敵の攻撃を避け生き残る為の可能性を掴み取るという意味では、僅か一瞬のランスチャージの間にも達也の特性はちゃんと発揮されているのだが、地球大気圏内での戦いにて無双状態で暴れ回っていた時に較べれば、物足りずやりにくく思えてしまうのは仕方の無いことだろう。

 

「フェニックス02、こちらディアナコントロール。状況は変わっていない。ファラゾア駆逐艦隊(PDF:Pharazoren Destroyer Fleet)は貴機に向かって太陽系相対速度0.2光速で接近中。現在の航路を維持すると、二時間十五分後に貴機航路と交錯する。データ送る。今後PDFが航路を変更する可能性は大。引き続き警戒せよ。以上。」

 

 15分おきに最新の情報を送ってくるディアナコントロールの通信が届く。

 同時にHMD内の戦術マップウィンドウに表示される敵との位置関係が更新される。

 もちろん次の更新情報までの間、機体管制システム下位にある索敵システムと航法システムは最新の情報をもとに算出した現在の予想敵位置と自機位置を示す戦術マップを更新し続けるが、実測データはディアナコントロールからのデータ送信に頼るしか無い。

 当初往復で三時間もかかった地球との通信は、今ではその半分ほどの時間にまで縮んでいる。

 それだけ地球が近付いてきたという事であるが、同様にその分だけファラゾア艦隊も近付いている。

 

 応急の燃料タンクとしてGDD冷却用の液体窒素タンクを流用してしまったため、達也の機体はGDDを使用できない状態にある。

 それは宇宙空間で格闘戦を行うには致命的な障害を抱えている事になるのだが、レーザー砲が片方使えず、応急修理の燃料タンクを使って航行している今の機体の状態では、どのみち格闘戦など行うことは出来ない。

 そもそも機体が万全の状態においてさえ火力も機動力も、あらゆる性能において駆逐艦の方が自機を遙かに上回っているのだ。

 

 達也は、しばらく前にファラゾア以外の地球外生命体種族が太陽系に進入してきた際に、その残骸を回収に向かった特殊任務艦が行ったと同じ方法で敵の駆逐艦隊を撃退しようと考えていた。

 即ち、ファラゾア艦隊が接近してくる前に自機に十分速度を載せておき、そのまま逃げ切る形で地球周辺宙域に突っ込み、地球防衛用に多数設置されている砲台とミサイルポッドを利用して敵駆逐艦隊を叩くというものだ。

 追跡してくる敵艦隊にあらゆる性能面で劣っている戦闘機が敵艦隊から逃げ切る方法は他に無かった。

 

 この方法を採る上での唯一最大の問題は、敵艦隊が上手く誘いに乗って濃密な防衛機構のある地球周辺宙域に突入してくれるかどうかだった。

 ファラゾアの従来の行動パターンは、何度か同じ攻撃を食らって数度の大きな損害を出してからやっと事態に対応した。

 軍による敵の行動解析はそのように結論していたし、これまでの戦闘の中で達也は実際にそれを経験してきた。

 だから敵の駆逐艦隊が再び同じ手に乗ってくる可能性は高いとふんでいるのだが、もちろん絶対の保証など無い。

 ファラゾアも馬鹿では無い。

 何度か同じパターンの攻撃に引っかかるという行動様式そのものを変えてくる可能性もあるのだ。

 

 敵は確実に近付いてくるのにいつまで経っても実際の撃ち合いは始まらない、最適と思う航路を採った後は焦れながらHMDの表示を睨み付ける以外やる事が無い、ただやる事が無く退屈なだけの時間よりも遙かに焦れて苛立ち精神を削る長い待機時間が少しずつ過ぎていく。

 

「フェニックス02、こちらディアナコントロール。貴機は12分後に敵艦隊と接触する。接触時の予想最短距離は約18万km。相対速度差は約25000km/s。敵駆逐艦の艦砲射程距離を60万kmと仮定すると、47秒間敵艦の射程内に存在することになる。警戒せよ。また、敵艦隊は貴機とすれ違った後、数百万から1000万kmほどオーバーシュートした後に、貴機を後方から追撃するコースに戻ってくる模様。敵艦隊の航路変更にも依るが、一回目接敵の約60分後と予想される。このときの予想距離は300万km。」

 

 加速を開始してから数時間の後、ディアナコントロールからの定期連絡が接近する敵艦隊との接触について詳細を知らせてきた。

 これまでも何度か、双方の現在針路から予想した接触情報を送ってきていたが、今回は接触直前とあってこれまでのものよりも高い精度での知らせだった。

 

 とても人間の手動操縦では手に負えない宇宙空間を航行することから、戦闘機にも当然ながら自動操縦機能は備わっている。

 だがそれは、全長数百mもの巨大な艦体を持ち、大型の演算ユニットを多数搭載できる駆逐艦などに搭載されている航法システムに較べれば、子供の玩具のようなものでしかなかった。

 複雑な演算を要する敵の予想航路算出や、可能性として複数提示された敵の予想航路の中から、従来のファラゾア艦隊の行動パターンを踏まえた上で最も可能性の高いものを割り出すような機能など、戦闘機の小さな機体では望むべくもない。

 その役割を担うのが、戦闘機隊と同航している大型の演算ユニットを多数搭載した艦隊旗艦であり、その演算結果を各戦闘機隊に伝えるのが戦闘機隊随伴のSPACSの仕事なのだ。

 

 今達也はその演算を全て遠く離れたディアナコントロールに頼るしか無かった。

 敵が動きを変えたことを探知するのに数十分、再計算された予想が達也に伝えられるのにさらに数十分。

 その間に敵艦隊は再び別の動きを取っているかも知れなかった。

 敵を避けるための行動が、先回りした敵の真正面にわざわざ姿をさらすような不利な動きになってしまう可能性を否定しきれない。

 リアルタイムで敵がどこに居るか、どの様に動いているかを正確に特定できないのは、これほどまでにも精神的に圧迫され恐怖を感じるものだとは知らなかった。

 

「ディアナコントロール、こちらフェニックス02。データ送信感謝する。当機は予定通りこのまま速度を維持、地球宙域の南側を対地球相対速度0.2光速で通過する。当該領域に設置された防衛機構にて敵艦隊を撃破することを期待している。引き続き状況の連絡と、可能であれば最適航路の指示を願う。」

 

 そしてこの通信が届くのが数十分後。

 返信を受け取るのはさらに先。

 その頃には状況が変わり、破滅に向かってまっしぐらに飛び込んでいって居るのかもしれない。

 唯一の救いと言えば、こちらが太陽系相対速度0.2光速を維持する限り、同じ速度しか出さないファラゾア艦隊が追い付いてくることは無い、ということだけ。

 

 加速力、機動力は敵駆逐艦の方が遙かに勝っている。

 つまり、地球を通り過ぎた後に減速あるいは方向転換して再び地球に戻ろうとすると、確実に敵に追い付かれ接近されるという事。

 射程も火力も段違いに高い敵に追い付かれるという事は即ち、確実に撃破され、死ぬという事。

 たった一度きりのチャンスしか無い。やり直しはきかない。

 しかしそれ以外に採れる方法が無い。生き残る道が無い。

 

 引き返せば敵に喰われる。

 引き返さなければ、酸欠で死ぬか、寒さで凍え死ぬかのどちらかしか無い。

 敵が思い通りの動きをしてくれることに賭けるしかない、博打としか言い様がないほんの僅かな生存の可能性。

 周りの空間を乱舞する数万の敵の中を突っ切って自らの力で生を勝ち取りに行った戦いに較べて、何と嫌な戦い方だろう。

 恐怖と焦りと重圧とで精神を削られながらも、達也は今だ生を諦めること無く、HMDに表示される敵のマーカを睨み付ける。

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 投光随分遅れました。申し訳ないです。


 公私ともにまさかの超充実状態。 (泣

 正常に戻るにはもう少しかかりそうです。


 今回随分と盛り上がりに欠ける改になってしまいました。

 間延びするリアルなタイムスケールでの宇宙空間の戦闘をいかに盛り上げて書くか、がウデの見せ所なのでしょうけれど。

 それが出来るようなら苦労しない。(笑)

 これがまだ、破格に足が速くて色々変なモノや変な奴乗せてる中型貨物船であるならまだやりようも色々あるのでしょうけれど。

 

 駆逐艦とか、戦闘機とか、名称は異なりますが要は全て宇宙船です。

 小型の宇宙船である戦闘機とは即ち、駆逐艦に対して小型のボートみたいなモノです。

 もちろん、安全性や安定性、居住性に欠ける「小型のボート」だからこそできる盛り上げ方、と言うのもあるのでしょうけれど。

 ・・・精進いたします。はふー。


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― 新着の感想 ―
[一言] ファラゾアのほうは何で相対速度を落とさないんだろ?1隻が離れて速度を落とせば攻撃時間が増やせそうだけど。警戒してんのかな?
[一言] > 破格に足が速くて色々変なモノや変な奴乗せてる中型貨物船 いや、あれは色々どころか、戦艦相手でも真正面からガチンコ勝負で勝てる船ですし?壊れてもすぐ直るし? 。。。貨物船? 船長の中では貨…
[一言] あとがきの部分に誤字が 投光 → 投稿 かと思います。
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