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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
361/405

20. 太陽系南方15億km


 

 

■ 12.20.1

 

 

 身体の芯から冷え切る寒さで眼が覚めた。

 眼は覚め、目を開けているものの、視界は完全に闇に閉ざされており、自分がどこに居るのか一瞬理解できなかった。

 或いは、失明してしまったのかと、焦る。

 一瞬恐慌に陥りかけるが、寝惚けた頭に気を失う直前の記憶が戻ってきて、冷静になれた。

 ゆっくりと手を握りしめ、再び開く。

 寒さに手が悴んでかなり鈍いが、グローブの中で指が動く感覚と、湿って冷え切りごわつくグローブの感触があり、どうやらまだ身体は凍り付いてはいないのだと理解する。

 脚を動かすと、これもまた冷え切って感覚の無い足の指がブーツに当たるのを鈍く感じることが出来、ごわつくパイロットスーツの中で脚が動くのが分かった。

 それにしても全身が冷え切っており、それを自覚した途端身体の震えが止まらなくなる。

 どうやらパイロットスーツの生命維持機能の一部である温度調節機能が上手く働いていないらしい。

 或いはバッテリ低下で、酸素生成が優先されて電力を食う温度調節機能が停止されているか。

 

 相変わらず視野が暗闇に閉ざされているという事は、コクピット内のマーキングとしてあちこちに塗られている蓄光性の塗料が、完全に光を失うだけの時間が経ったと言うことを示している。

 つまり、エンジンの火が落ち、コクピット内の明かりが落ちてそれだけの時間が経っているという事だった。

 身体が冷え切っているのも理解できた。

 達也は感覚の無い右手でゴソゴソとヘルメットの側面をまさぐり、目的のスイッチを探し当てると力を入れて押し込んだ。

 ヘルメットに内蔵されている別バッテリ充電式のLEDライトが灯り、視界が明るくなった。

 が、何もかもが白く霞んでぼやけており、まともにものの形が分からない。

 どうやら、ヘルメットのシールドバイザーに水分が結露してそのまま凍結したらしかった。

 という事は、コクピット内の気温は完全に0℃を割っているのだろう。

 もちろん、コクピット内に気体があるとして、だが。

 生きているという事は、パイロットスーツの気密は破れていない。多分。

 

 とにかく、リアクタを再起動しなければならない。

 そもそもなぜリアクタは止まっているのか。

 核融合反応炉は燃料が有る限りアイドリングで燃え続けるし、特にアイドリング状態では燃料を殆ど食わないので、相当長時間安定運転を続けるはずだった。

 それが止まっているという事は、何らかの障害が発生したか。

 或いは、燃料が尽きるほど長時間気を失っていたか。

 

 パイロットスーツの上から填めた腕時計を見るが、今が五時四十三分という事は分かっても、朝なのか夕方なのか、そもそも今日が何日なのかが分からない。

 半ば装飾品と化した腕時計を所有する必要性を感じず、重量の軽さを好んで軍から支給される一番の安物を愛用していたのがこんなところで祟るとは。

 主に新兵に支給される一番安物の腕時計には、日付表示機能さえ無い。

 次から少し重くとも士官用のデジタルのものを使おうと心に誓った。

 

 青白いLEDライトの明かりに照らされた、コンソール脇に取り付けられた赤色のメインスイッチボタンに左手を伸ばして人差し指で押し込んだ。

 コンソールが一瞬ちらつき、氷結したバイザーで白濁した視界の中で、機体管制システムの起動画面が表示されるのがどうにか見えた。

 どうやらシステムは死んでいないらしいと判り、達也は安堵の溜息を漏らす。

 

 同時に、機体に接続されているHMDも起動する。

 バイザーの内側にHMD起動画面が投影されているが、ただの緑色の明かりにしか見えない。

 どうやら画像を投影するプロジェクタレンズが氷結しているようだった。

 機体管制システムが起動し、機体の環境維持システムが動き始めれば結露防止の加熱と換気が働き、バイザーもHMDも直に正常に戻るだろう。

 問題は、それだけの余裕が機体内バッテリにあるかどうかだった。

 

 機体内バッテリは、リアクタ一基を三回起動するに十分な電力を保持する仕様となっている。

 それがどれだけ残っているか。

 気を失い機体のシステムが落ちていた間も、フライトスーツの生命維持システムはバッテリを消費して最低限呼吸するだけの酸素を生み出していたはずだった。

 レーザー点火型の核融合炉に火を入れる為に必要な電力量はそれなりに大きい。

 もしバッテリに十分な電力が残っていなければ、酸欠死あるいは凍死以外の選択肢は無い。

 

 機体管制システムが起動するのを寒さに震えながら待つ。

 どうやらパイロットスーツの生命維持システムのうち、温度制御機能に問題があるようだった。

 エアコンディショナーで無くて良かった。

 もしエアコンディショナーが壊れていたなら、とうの昔に酸欠となり目覚めることは無かっただろう。

 

 システム起動後すぐに機体状況確認メニューからバッテリ残量画面を呼び出す。

 コンソールに表示された数値から、リアクタ起動三回分には足りないが、二回起動するには十分な電力がバッテリに残っている事が分かった。

 

 時計を確認すると、四月八日午前五時五十一分GMTと表示されている。

 ファラゾア火星艦隊に対する攻撃開始が、六日の午後七時頃であったため、丸一日半ほど気を失っていたこととなる。

 それだけの時間が経っていれば、エンジンも何もかも冷え切ろうというものだった。

 むしろ手足が凍り付いていないのは幸運だったと言える。

 

 次に達也は、リアクタが停止した原因を探り始めたが、それはすぐに判明した。

 二つ在る内蔵リアクタ燃料タンクが残量ゼロを示していた。

 燃料タンク#1は明らかに破損しており、エラーが表示されている。

 被弾によって破壊され、中身の燃料、つまり水が全て漏れ出したのだろう。

 しかし破損のエラーが表示されていない#2の方も、残燃料ゼロを示していた。

 

 目の前が真っ暗になるような絶望感に襲われる。

 #2タンクの全ての燃料を消費したとは考えにくい。

 被弾によるタンク破損で全て漏洩したのだろう。

 エラーが表示されないのは、センサが故障しているか、あるいは検知されないような小さな破損なのか。

 いずれにしてもよくある話だ。

 

 いくらバッテリがあろうと、燃料が無ければ当然リアクタは起動しない。

 どうしようもなかった。

 ヘルメットの中で上を仰ぎ見て、理解したくない現実をなんとか飲み込もうとした。

 それでも、どうやら生きて地球へ還ることは叶わないようだという現実と、死にたくない、正しくは仇敵がのうのうと生き続けているのをそのままに、納得いくまで敵を殺しきらず死にたくはない、という暗く強烈な衝動との間に存在する現実と感情の乖離を認めることが出来ず、怒りとも絶望ともつかない衝動を抑えきれない。

 握りしめた拳をキャノピーのフレームに叩き付け、残燃料ゼロを表示するコンソールを睨み付ける。

 

 そのままどれくらい画面を睨み続けていただろうか。

 ふと気付く。

 本来なら、過熱による異常圧力でのタンク破損を防止する警報を発する為の圧力計が僅かに動いていた。

 コンソールのデジタル表示だ。衝撃で針が動いて誤表示、という事は無い。

 僅かな希望を繋ぐため、達也は燃料供給システムをチェックした。

 #1タンクと#2タンクの間の送液機構は閉じている。

 どちらか片方のタンクで急激な圧力低下が発生した場合、タンク破損が発生したと判断してタンク間の送液機構は自動で閉じられ、無事な方のタンクに残る燃料を護るようになっている。

 

 フライトレコードを開きログを確認すると、#1タンクが破損し急激な圧力低下が発生すると同時に送液機構の弁が閉じている。

 その後しばらく経って徐々に圧力低下し、#2タンクの温度センサが氷点下を示すと同時にさらに圧力が低下したようだ。

 即ち、タンクの温度制御が破壊されて温度が下がるに連れて蒸気圧が下がり、燃料である水が凍り付いてさらに圧が低下した、と言うことだろう。

 アイドリング状態となったリアクタからの排熱では、離れた場所にある燃料タンクの温度を保つことは出来なかった、と読み取ることが出来る。

 ならば#2タンクの中にはまだたっぷりと氷結した燃料が残っている可能性がある。

 であるならば、被弾と同時に機能停止した燃料タンクの温度制御機構をどうにかすることが出来れば、凍った燃料を再び液化して、リアクタを再起動可能かもしれない。

 

 被弾で破壊されたのであろう温度制御機構を修理しなければならない

 整備マニュアルも無く宇宙空間を漂いながら船外活動を行って破損箇所を特定し、そしてどうにかして修理する必要がある。

 しかし幸いにして、整備兵には到底敵わないものの、達也はある程度の機体構造や整備の知識を持っている。

 休日を返上してハンガーに入り浸り整備兵と共に作業を行っていた事が達也にその知識を身に付けさせたのだ。

 皆から奇異の眼で見られ、イカれていると呆れ果てられていた行動が、ここに来て身を助けることとなった。

 

 燃料タンクはコクピットのすぐ後ろに配置されている。

 リアクタ燃料は純水であり爆発性では無いのでタンクをコクピット近くに配置しても問題無い事と、リアクタから発生する放射線に対する防御壁として燃料の水を利用してパイロットを保護するためだ。

 確か、燃料タンクの温度調節機構は、コクピットの温度調節機構とまとめて同じ配電盤に接続されていた筈だ、と記憶を辿る。

 船外活動を行うためにフライトスーツに付属した生命維持システムのバッテリが再充電されて100%になるのを待って、達也はコクピットを脱気し、キャノピを開けた。

 

 キャノピが全開になった後、HMDのコネクタを引き抜きもう一度命綱を確認してからシートベルトを外した。

 工具キットを掴んでコクピットの床を軽く蹴り、ゆっくりと虚空へと漂い出てキャノピの端を掴んで一旦止まり、周りを見回す。

 

 機体は回転すること無く宇宙空間を漂っていた。

 達也がブラックアウトした後、リアクタが停止するまでの間に管制システムの自動姿勢制御が働いて回転を止めたのだろう。

 

 見上げれば、遙か彼方に小さな太陽が見える。

 先ほどコクピット脱気中に確認したところ、一日半も意識を失っている間に機体は太陽系南方に14億km近く飛び出してしまったようだった。今この瞬間も、1万km/sで火星から遠ざかりつつある。

 14億kmと言えば、太陽から土星軌道の平均距離に近い。

 勿論こんな所まで、地球からの救難機がやってくるはずがなかった。

 そもそも地球では、自分は既にMIAとして処理され、生きているなどとは思ってもいないだろうと達也は口許を歪めて嗤った。

 

 遙か彼方に小さく青く光る星を見上げて思った。

 帰ってやる。必ず。どんなことをしてでも。

 まだ納得いくだけ奴等を殺していない。

 地球から遙か遠くに離れ、文字通り何も無い宇宙空間にたった一人で漂いながら命の危険にさらされているのだが、不思議と恐怖を感じなかった。

 復讐の執念か、或いは只の帰郷の欲求か。

 あの青い星に必ず還るという強い思いだけが心の殆どを占めていた。

 

 視線を機体に落とし、キャノピを蹴って機体後部に向かう。

 幸い機体上面が太陽の方を向いており、暗くて何も見えないという事は無い。

 打ち付けたらしく多少痛みを感じる所は幾つかあるが、大きな怪我も無いようだった。

 

 近寄らずとも判った。

 コクピットから10m弱ほど後方、機体の幅が急激に大きくなり胴体と呼べる大きさを持つ部分に幅1mx長さ3mほどの破砕孔が開いていた。

 機体の外殻は完全に吹き飛んでめくれ上がり、見えている内部構造も破壊され融けてかなりの惨状を呈している。

 機体左側の#1タンクは一部が露出しており、タンクにも大きな穴が開いていた。

 

 #2タンクがある右側は、機体の外殻に一部融けた跡があり、多少の凹凸はあるものの破壊され中が見えるほどではなかった。

 とにかく#2タンクに燃料が存在する事を確認しなければならない。

 達也は工具キットからバールを引き抜き、#2タンクがある辺りの外殻表面が歪んで浮いているところに差し込み、機体の突起に脚を掛けて固定して、腕に力を入れた。

 

 宇宙空間を航行するにあたって、機体外殻はそれほど必要なものでは無い。

 航空機とは違って、空気抵抗など考える必要など無いのだ。

 時間を掛けて丁寧に外すより、力任せに剥ぎ取っていった方が早い。

 燃料タンクは異常過圧を避けるため、放熱し易い機体表面に近いところに設置してあるのだ。

 

 露出した燃料タンク#2の、燃料補給用のフランジボルトを外し、配管を開けて中を覗き込む。

 果たしてタンクの中には、青白いLEDライトに照らされキラキラと輝く大きな氷の塊が存在していた。

 思わず笑みがこぼれる。

 

 あとは燃料タンクの加熱さえ何とかなれば、と思ったが、その期待はすぐに見事にへし折られた。

 先に確認した破断面を作った直撃弾は、燃料タンクとコクピットの温度制御をまとめた制御ユニットごと、配線のスイッチボックスを修理不可能なレベルで完全に破壊していることが判った。

 制御機構も無くヒータに通電する訳にはいかなかった。

 

 再度の絶望にくじけること無く機体上面に立ち上がった達也は、周りを見回した。

 何かを思い付いた様子で達也は機首方向に移動し、コクピットのすぐ後ろに取り付いた。

 整備用のパネルを何枚か開けると、GDDのディテクタが露出する。

 

 GDDは探知精度を上げるためにディテクタ本体を極低温に冷却しておく必要がある。

 冷却水や通常の液体冷媒では賄えないほどの低温であり、液体窒素を使用して冷却する。

 気化した窒素はコンプレッサで再度放熱液化され、GDDとの間を循環する仕組みとなっている。

 

 達也は幾つかのフランジを外して、液体窒素のリザーブタンクを取り外した。

 液化した窒素が一気に開放され、白い霧となって辺りに飛び散る。

 ディテクタ全てを液体窒素で覆うため、リザーブタンクは50リットルほどの容量がある。

 ついでに冷却用液体窒素循環系の配管やフレキシブルパイプを幾つか取外し、腕に抱えて再び機体後部へと戻った。

 

 機体後部でリアクタ正面のカウリングを取り外す。

 地上ではとても一人で取り外すことなど出来ない大きなパーツであるが、無重力状態であれば不可能ではない。

 取り外したカウルを蹴り飛ばすと、達也の身体よりも遙かに大きな金属の板は、回転しながら虚空へと消えていった。

 

 達也は剥き出しとなったリアクタ部分へと近付く。

 熱核融合炉であるので、リアクタに近い部分の部品はリアクタから放出される大量の放射線で放射能化しており、あまり近距離で長時間作業するのは宜しくない。

 かといって、リアクタが再起動できなければ放射能障害も何も、そもそもそう遠くないうちに酸欠か低温のどちらかで死んでしまうのだ。

 イスパニョーラ島の一件と、その後の「死神」としての任務で多数の反応弾の爆発を見慣れてしまい、放射線というものに対して感覚が鈍くなってしまっていることも否めなかった。

 

 リアクタ周辺をしばらく眺めていた達也は、再びコクピットに戻ると、シートの後ろからバッテリ式の電動工具を取り出した。

 回転刃の付いた電動カッターであり、本来は非常時にキャノピや機体を切り裂いて脱出するためのものである。

 

 燃料タンクをカッターで切り裂いた達也は、中の氷をハンマーで殴って削り、氷の欠片を液体窒素のリザーブタンクに詰めていく。

 氷で一杯になったタンクを持って、達也は再びリアクタに近付いた。

 リザーブタンクに元々付いていた配管を組み付ける。

 運の良いことに、燃料タンクからリアクタへ燃料を送る配管のフランジ径は、液体窒素リザーブタンクの配管のフランジ径と同じだった。

 MONEC社主導で多くの部品の規格統一が図られ、部品の汎用化が進められた恩恵だった。

 

 氷の詰まったリザーブタンクを、フレキシブルパイプを使ってリアクタ近くのスペースに無理矢理押し込む。

 金属製のダクトテープを使って、リザーブタンクと配管を固定した。

 

 達也が氷の詰まったリザーブタンクを固定した場所は、リアクタから発生する放射線を利用して重水素や三重水素を合成するDTデュートリウム・トリチウムジェネレータ(DTG)と言われるユニットのすぐ隣である。

 当然ながらリアクタに近いため、リアクタ運転中はそれなりの温度になる。

 しかしながら軽水や重水を使用するユニットである為、余り高温にならないような温度制御を行っている為、燃料が再度凍り付かないようにするのに都合が良いのだ。

 

 再びコクピットに戻った達也は、サバイバルキットの中からリボンヒータとメタルブランケットを取り出した。

 リボンヒータをリザーバタンクに巻き付け、上からメタルブランケットを被せて包む。

 破断面近くから切り取ったケーブルを幾つか繋ぎ合わせ、リボンヒータの端子に繋いで、反対側をメンテナンスハッチ内に設置された、機体内バッテリからのサービスコンセントに強引に差し込んだ。

 

 サービスコンセント脇のスイッチを入れると、赤いLEDが灯り、通電状態であることを示す。

 再びコクピットに戻った達也は、サバイバルキットの中から非接触型の温度計を取出してリアクタまで戻り、リザーバタンクの温度を測ると、指示温度がマイナスから急激に上昇していくのが判った。

 

 熱くなりすぎるリボンヒータをスイッチをON/OFFする事でコントロールし、100℃を少し下まわる温度で保つ。

 十分ほど加熱したあとにブランケットを外し、ツールキットから引き出したドライバをリザーブタンクに当て、ハンドル側にヘルメットを付けてリザーブタンクを揺らすと、タンクの中で水音がするのが聞こえた。

 思わず歓喜の声を上げつつ小躍りしそうになる。

 はやる心を抑えて、機体表面に吸着させておいた工具類を慎重に片付ける。

 

 切り裂いた燃料タンクの開口部を曲げ戻してダクトテープで仮止めし、コクピットに戻った。

 コンソールで整備用メニューを表示して展開する。

 燃料タンクのセンサは相変わらず燃料が無いと表示しているが、リアクタに燃料を打ち込むインジェクタの圧力が動いた。

 整備用の外部燃料供給モードでインジェクタを作動させる。

 このモードであれば、燃料残量がゼロでも点火シーケンスは動作する。

 インジェクタ周辺には別系統の温度制御が組まれており、こちらは正常に動作しているので、設定温度を通常より高めの70℃にしておく。

 

 インジェクタ作動。リアクタ燃料をプライマリチャンバへと導入。

 さらにリアクタ燃料をメインチャンバにも導入。

 もういちどバッテリ残量を確認する。

 色々な作業で消費したので、リアクタ点火を二回行うだけギリギリの量しか残っていない。

 つまり、一回目の点火に失敗しても、何か工作を行う余裕は殆ど無いということだった。

 

 熱核融合炉という精密極まる機械が、こんな雑な工作で動かすことが出来るのかという不安を抱えたまま達也はリアクタ点火ボタンに指を伸ばす。

 祈るような気持ちで、ボタンを押し込んだ。

 

 コンソールのコマンドウインドウにリアクタ点火のログが流れる。

 

 リアクタ起動シーケンス開始。

 リアクタ温度過冷却: 正常。

 リアクタソレノイド通電開始。

 リアクタ内磁場発生、安定。

 インジェクタ、リアクタ起動モードで作動開始。

 リアクタ燃料供給開始。

 プライマリチャンバ磁場安定。

 プライマリチャンバ燃料供給。

 プライマリチャンバ内圧上昇。

 プライマリチャンバ内圧規定圧力に到達。

 レーザーイグナイタ、発振。

 

 PRIMARY CHAMBER IGNITE...FAILED (プライマリチャンバ点火、失敗)

 PRIMARY CHAMBER IGNITE...FAILED (プライマリチャンバ点火、失敗)

 PRIMARY CHAMBER IGNITE...FAILED (プライマリチャンバ点火、失敗)

 

 REACTOR IGNITION SEQUENCE: ABORT (リアクタ点火プロセス、中止)

 

 コクピットの壁を思わず殴りつける。

 

 どうする。

 何処かマズい所があったか、と達也は今までの作業を振り返り自問自答する。

 

 いや、リアクタ内に燃料は導入されている。

 内圧上昇と表示されていた。

 そもそも、プライマリチャンバの内圧が規定値に達していたから、イグナイタが動作したのだ。

 これで行けるはずだ。

 

 再びバッテリ残量を確認する。

 あと一回分。ギリギリ。

 時間が経てば経つほどバッテリは消耗する。

 すぐにもう一度起動操作をしなければ、電力量不足と判断して起動シーケンス自体が動作しない可能性がある。

 一回目は、あちこちが冷え切っていた。

 二回目は、もう少し状況がマシな筈だ。

 そう、信じるしかない。

 

 再びリアクタ点火ボタンを押した。

 泣いても笑っても残り一回。

 これで失敗すれば、地球から遙か彼方の虚空で、独り地球を見上げながら人知れず窒息死するしか無い。

 

 再びリアクタ起動シーケンスが走り始めた。

 

 プライマリチャンバ内圧規定圧力に到達。

 レーザーイグナイタ、発振。

 

 PRIMARY CHAMBER IGNITE...FAILED (プライマリチャンバ点火、失敗)

 PRIMARY CHAMBER IGNITE...FAILED (プライマリチャンバ点火、失敗)

 PRIMARY CHAMBER IGNITE...IGNITION (プライマリチャンバ点火、点火成功)

 

 INCREASE REACTOR FUEL INJECTION

 INCREASE REACTOR CHAMBER PRESSURE

 IGNITE REACTOR CHAMBER...IGNITION

  :

  :

 

 リアクタに点火成功し、コマンドウインドウをログが次々と流れていく。

 コンソールのリアクタモニタ画面でも、リアクタが動作を開始し、温度が上がって電力を生み始めたことが確認できた。

 AGGにパワーが回り、アイドリング状態になる。

 省電力モードのため消えていたモニタやボタンに次々と明かりが灯り、見た目でも機体が息を吹き返したのが分かる。

 

 機体状況チェック。

 リアクタ#1アイドリング。

 リアクタ#2停止中。問題無い。大口径レーザーを使う訳ではない。燃料消費を抑えるために、こちらは止めたままにする。

 AGG/GPU#1、#2正常。

 レーザー砲A、動作不能。

 レーザー砲B、正常。

 

 戦闘はとても無理だが、少なくとも宇宙空間を航行して地球に帰ることは出来る。

 達也は手早くシートベルトを着け、キャノピを閉じる。

 液体窒素リザーブタンクの中には30リットル強の軽水が入って居るだろう。

 飛ぶだけなら、これで充分地球まで戻れるはずだった。

 最悪、リアクタを止めてもう一度船外活動しても構わない。

 コクピットの中は与圧せず、減圧したままにする。

 機体が生き返れば、次に節約しなければならないのは水と空気だ。

 

 スロットルを動かす。

 AGG/GPUは正常に反応し、加速し始める。

 徐々にスロットルを開け、最も燃料消費率の良い800G加速に固定する。

 ざっくり二十五分後には太陽系相対速度がゼロに戻り、減速も含めて約十一時間後には地球に帰還できると、航法システムが表示する。

 

「ディアナコントロール。応答せよ。こちらフェニックス02。SF066602、ミズサワ大尉。現在地球座標220, 89, 距離1.5B。帰還中。繰り返す。ディアナコントロール、応答せよ。こちらフェニックス02。SF066602、ミズサワ大尉。現在地球座標220, 89, 距離1.5B。帰還中。」

 

 この位置からでは、地球との通信に片道一時間半近くかかる。

 それでもこちらの生存を知らせる為、達也は月の周回軌道上をLOWSと共に回る管制ステーションに呼びかけた。

 そしてそのまま続けて、現在自機がおかれている状況を伝える。

 こちらが危機的状況にあることを知れば、運が良ければ救難機が差し向けられるだろう。

 

 果たして三時間よりも少しだけ短い時間の後、聞き覚えのある声がレシーバから聞こえてきて達也は安堵する。

 火星方面から地球宙域へと散発的に攻撃してくるファラゾア戦闘機群を迎撃するために、月軌道に置かれたスクランブル用ステーションLOWSを拠点として出撃を繰り返していた時、何度も世話になったオペレータの声だった。

 地球と繋がった。

 まだまだ距離は遙か遠いが、地球に帰ることが出来るという実感が湧く。

 無意識のうちに緊張していた身体から力が抜け、思わず溜息を漏らす。

 

「フェニックス02、こちらディアナコントロール。生きていやがったか、このくたばりぞこないが。さっさと帰ってこい。さもないと晩飯抜きだ。悪い知らせがある。火星から、駆逐艦三隻からなる艦隊がお前の方に向かっている。重力推進を検知して不審に思ったのだろう。四時間二十五分後に貴機と接触する予想。データ送る。機体の状況と相談してどうするか決めてくれ。サポートする。繰り返す。フェニックス02、こちらディアナコントロール。貴機を確認した。ファラゾア駆逐艦三隻からなる艦隊がそちらに向かっている・・・」

 

 だが、その伝えてきた内容は安堵とはほど遠い、地球への帰還を危ぶむ様なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 南方とは言っても、燦燦と降り注ぐ陽の光があったり、椰子の木が海風にそよいでいたり、珊瑚礁のラグーンがキラキラと輝いていたり、どこまでも続く白い砂浜があったりとかしません。

 ただ何も無くて暗くて寒いだけです。(笑)

 この辺りは今後もずっと続いていきますが、ある太陽系に於いて、主星の自転に対して黄道面を太陽系基準面(黄道面)、主星の自転軸から見て、主星の自転が時計回りに見える側が南、反時計回りに見える側が北。主星が自転する方向が東で、その逆方向が西。主星に近付く側が内で、主星から遠ざかる方向が外、です。

 その太陽系の主星に伴星があろうと、惑星がどんなムチャな動きしていようと、上記ルールを適用します。

 どこぞのアホな人工太陽系のように、ピッタリ同じ大きさの恒星が12個もあったりする場合は例外的に別ルールです。(笑)


 地球から遙か彼方、寒さで目覚めた達也君。

 このパターンはやはり、地球に戻ると人類は滅亡して全部サルになっているのか!?

 或いは「シンガポール、シンガポール、我が街~」とか惚けた歌を歌いながら帰ると、寝ている間に500年経っていました、のパターンか!?


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― 新着の感想 ―
[一言] こちらからの送信で1時間半かかる。これを受信して 向こうから送信する。これにも1時間半かかる。つまり こちらが送信して、向こうが受信後向こうからの送信 電波が到達するのは、自分が送信して3時…
[良い点] 生きてた。良かった。 [気になる点] 達也の報告を受けて、空間断層シールドに気がつくのかな? [一言] どうやって駆逐艦を躱すのか楽しみにしてます。 いや、達也だったら迎撃しそう?
[一言] オカエリナサトの可能性も! いや超長期コールドスリープとか出来ないよな。
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