18. 英霊の冥るところ
■ 12.18.1
爆発により戦体が大きく揺さぶられ、それに伴って艦橋をその衝撃が突き抜ける。
僅か1mほど艦首が弾かれただけでも、中に居る人間にとってそれは大きな衝撃となって襲いかかる。
駆逐艦神風艦長の城石は、慣れることの無い衝撃を肘掛けを握り両足を開いて踏ん張って身体を固定することでいなして、被害状況を知らせるコンソールモニタに眼を走らせる。
死への恐怖が無いと言えば、それは嘘になる。
もちろん死ぬのは嫌だ。
生きとし生けるものの根源的な本能でもある。
だが今彼のその生存本能は、死を嫌悪する恐怖を転化し、少しでも生き延びる可能性を上げるために最大限の効率で敵を攻撃するという行動へと替えていた。
またひとつ命中弾が発生し、下から突き上げられるような衝撃に船体が震えた。
戦闘状態に突入し、敵艦隊の射程内に入ってからこれが何度目の命中弾か、すでにもう分からなくなるほどの沢山の命中弾を食らっていた。
口径2mにもなる敵戦艦の大型レーザー砲が着弾する度に、外殻のどこかが弾け飛び、その内部構造が破壊され、時には艦内の空気が漏洩し、また別の時には火災が発生した。
その姿を外から眺めることは叶わないが、艦の姿はすでに満身創痍となっているであろう事は想像が付く。
幾つもの兵装が破壊され動作しなくなり、討ち果たすべき敵を捉えるセンサー類も相当な数が機能を停止している。
しかしまだ艦は生きている。
その中で艦を操る彼らも戦う意思を失っていない。
生き残っているセンサーで敵に狙いを付け、まだ動く砲塔を動かしてレーザーを浴びせ掛ける。
「案外にしぶといものだな。」
城石は艦橋壁面モニタに投映されたあちこちが赤や黄色で彩られた艦体の三面図を見やりながら、誰に聞かせるでも無くぼそりと呟いた。
「敵が、ですか? それともこの艦が?」
またひとつ襲いかかってきた衝撃を、脚を踏ん張って耐えた後に副長のミラナが城石の方を見て尋ねた。
「敵がしぶといのは当然だろう。古来戦艦とはそういうものだ。もちろん、この艦のことだ。海上の駆逐艦なら、戦艦の主砲を食らえば一撃で行動不能になってもおかしくない。」
「所詮は質量を持たないレーザー砲ですからね。ミサイルかレールガンの高速な質量弾でも食らえば、一発で撃沈ですよ。」
実際ファラゾア戦艦からは、数百を超えるミサイルが雨あられと降り注ぐかのように撃ち込まれてきていた。
だが例えファラゾアのミサイルとは言えども、光速よりも遙かに遅くのんびりと接近してくるのであれば、対処は不可能では無かった。
神風をはじめ地球側の全ての艦には、その為のGLT(光学ガトリング砲)が搭載されている。
構造的に空間制圧兵器とも呼んで良いGLTは、宇宙空間にてその本来の設計性能を最大に発揮する。
戦闘艦艇や戦闘機よりも遙かに脆弱な構造のミサイルは、口径400mm三連装光学ガトリング砲が宇宙空間に描く円錐の内側に捉えられ、円錐が細く窄まる様に閉じていくに従って次々に爆発して消えていった。
火星周回軌道上の艦隊から突出し、火星に向かって進撃し続ける地球艦隊を迎撃するために突出した二分隊六隻の戦艦のうち、先に突出を開始した手前側のBSFαまでの距離が70万kmを切ろうかと云うとき。
「駆逐艦フィッツジェラルド被弾。中破。推進器を中心に損害発生。戦列を離れます。」
運悪く艦体後部に連続して直撃弾を受けたフィッツジェラルドは、四基搭載する艦船用の大型重力ジェネレータ(AGG)のうち一基が大破し、別の一基が損傷して推力が大きく低下した。
推進力の半ばを失い艦隊の機動に付いて行けなくなった同艦は、艦隊旗艦テラナー・ドリームからの退避指示によって針路を大きく変更して、遠ざかっていく。
砲撃戦での主戦力であるテラナー・ドリーム前面に展開して同艦の盾となるべき駆逐艦の数が減じるのは痛いが、脚をやられて艦隊に追随できなくなった艦が一隻のみ取り残されれば、その後の運命は火を見るよりも明らかであるため、これは当然の処置と言えた。
「駆逐艦ラーン撃沈。ミストラル中破。ミストラル、付いて来れません。戦列を離れます。」
僅か数十秒の間に、さらに二隻が脱落する。
これで残る駆逐艦は五隻。
そして旗艦テラナー・ドリームにも損害が蓄積しつつあった。
その時、駆逐艦神風の艦橋をひときわ大きな衝撃が遅う。
斜め下方向から巨大なハンマーで殴られたような衝撃が突き抜け、シートに着いていても全員の身体がまるで壊れた操り人形のように揺さぶられ叩きのめされる。
一瞬意識が飛びかけるほどの強烈な衝撃。
そしてそこにさら大きな衝撃が続いた。
今度は先ほどとは反対側から、さらに巨大なハンマーを巨人がフルスイングした様なインパクト。
衝撃による頭痛に、鳴り響く幾つもの電子音が拍車をかける不快感で城石は目を覚ました。
自分がどこで何をしているのか、一瞬分からず混乱して呆ける。
視野に飛び込んでくるヘルメットの陰と、シールドバイザーの向こうに見える少し煙る艦橋の風景。
幾つかがブラックアウトした壁面の大型モニタ。
コンソールモニタに赤い警告がフラッシュする。
「損害報告!」
特に操作せずとも、艦長である自分の声は艦橋に詰めるクルー全員に届くようになっている。
生きてさえいれば。
すぐ右隣の席で力なくシートに撓垂れ掛かっている副長の左腕を掴み揺さぶる。
レシーバに幾つかの呻き声が聞こえ、複数の生存者が存在して、自分が出した号令で意識を取り戻したらしいことが分かる。
右腕で掴んだ副長の左腕に力が入り、力なく垂れ下がっていたヘルメットがゆっくりと動いた。
気を失っていたのはほんの10秒ほどだったようだ。
例えクルーが全員死亡しようとも、艦はランダム機動を続け、設定されたシーケンス通りに敵艦に攻撃を加え続ける。
しかしそれでも、人間が操作をしなければ突発の事態に対処できず、早期に継戦能力を失ってしまう。
「どうした。損害報告だ。聞こえんのか。」
今すぐにでもシートベルトを外してクルー一人ひとりの無事を確かめて回りたいが、いつまた被弾の衝撃に襲われるか分からない。
衝撃を受けたときに身体を固定できていなければ、高い確率で負傷するか、最悪命を落とすことになる。
艦長席に座ったままでレシーバ越しに声を掛けることしか出来ないのがもどかしい。
「・・・報、告。艦尾、被弾・・・推進器に損害。推進器#5、#6機能停止。艦尾左舷、大きく損傷。」
「ブロック、E12、から、F20まで、気圧低下・・・ブロック閉鎖します。」
「燃料タンクC、損傷。燃料、漏洩中。タンクC、移送経路、カット、します。」
「工作班、応答無し。引き続き、呼びかけます。」
クルーが一人またひとりと意識を取り戻し、損害報告を行い始める。
実のところ損害状況は、コンソールモニタに表示させているダメージマップからでも情報を得られる。
叱責してまで無理に報告させているのは、彼らを早めに通常の状態の戻すためでもある。
「機関長、推力低下は如何ほどか。」
「左舷艦尾に直撃弾を受けました。ブロックE07からF24まで切り裂かれており、推進器#5、#6が破壊されました。艦首推進器#1から#4、艦尾#7、#8は正常に動作中。リアクタ四基正常動作中。艦尾推進器二基の停止により、全体の推進力が三割低下。最大加速度は1000Gを割ります。」
「艦尾ミサイル発射管#10、#11が破損、副砲#13も破損、いずれも動作不能。艦首ミサイル発射管#2、#3使用不能継続。副砲#2、4、5、8、11使用不能継続。主砲A、Bは健在。」
駆逐艦神風は、先ほどの最初の着弾の衝撃で艦首を横に叩かれた形になり、艦体姿勢が僅かに横を向き、正面に対する投影面積が増加した。
敵から「よく見える」状態となり、敵戦艦の主砲が艦尾に直撃して広い範囲を薙ぎ払っていったのだった。
これまでに蓄積していた損害と合わせ、駆逐艦神風は中破と判定された。
「ブロックE10からF23までを閉鎖しました。艦内の気圧低下は収束。」
「工作班、四名中二名死亡。一名重体、一名重傷。工作班全滅です。他艦内に負傷者多数。確認中。」
「艦隊旗艦より離脱の指示。駆逐艦ゲイルスコグルにも離脱指示が出ています。ゲイルスコグル中破。」
神風とゲイルスコグルが共に離脱してしまうと、テラナー・ドリームを護る駆逐艦は残り三隻となる。
もともと各艦が数百kmの距離で分散する宇宙空間では、前衛の駆逐艦は物理的な意味での盾の役割など期待されていはしない。
しかし艦隊を構成する艦の数が減れば、その分残った艦に攻撃が集中することとなる。
敵の攻撃を分散させる、という意味において前衛の駆逐艦八隻は「盾」であったのだ。
それが離脱する、或いは艦隊の機動に付いて行けないのでは、役割を全うできない。
城石の腹は決まった。
「皆、すまんな。腹を括ってくれ。」
艦橋の全員の視線が城石に集まる。
城石の言葉の意味を理解できないクルーでは無かった。
「本作戦に参加したときから、腹は括っております。」
右隣の席の副長が応える。
「・・・そうか。
「本艦は戦列を離れる。針路目標、敵分艦隊BSFα。機関全速。敵戦艦BB06に攻撃集中を継続・・・本物のカミカゼを見せてやる。」
少なくとも、旗艦でありこの作戦の要であるテラナー・ドリームに敵の砲撃が集中する事を阻止する役目は果たせるだろう。
艦橋が一瞬の静寂に包まれた後、クルーの顔に獰猛な笑みが浮かんだ。
「アイアイ、サー。機関全速、針路目標敵分艦隊BSFα、サー。」
「全砲塔過熱リミッタ解除。砲撃目標敵戦艦BB06。」
「艦首、残る発射管からミサイル連続発射。弾が尽きるまで撃ちまくれ。」
「アイアイ、サー。艦首ミサイル全弾発射。」
敵艦隊に向かって当初真っ直ぐに突っ込んだ後、大きく弧を描いて敵艦隊から約30万kmの距離を置いて敵艦隊の後方に抜けていく針路を辿る第一機動艦隊から、駆逐艦神風が離れていく。
弧を描き、敵艦隊から離れる方向に舵を切っている第一機動艦隊に対して、駆逐艦神風はそれまでよりもさらに激しく砲撃を行いながら、反対側に緩く弧を描いて敵艦隊に真っ直ぐ突っ込んでいく針路に乗る。
「副長。君は日本にある靖国神社を知っているかね?」
「ヤスクニ神社、ですか? ・・・名前だけは。」
一連の指示を出した後、再び席に深く座り直した城石は右隣の席に座る副長、クリシャエヴァ少佐に話しかけた。
相変わらず着弾による大小の衝撃が艦に襲いかかるが、明確な目標を与えられ死兵と化した艦は、それをものともせずに宇宙空間を突き進んでいく。
「祖国のために戦った戦士が祀られる社だよ。祖国を守り戦って死んだ英霊は、皆そこに居るとされている。」
少し考えて、副長が城石の方に顔を向けて言う。
「北欧神話のヴァルハラの様なものでしょうか? ロシアには同様の施設はありません。強いて言うなら、トロエクロフスコエ墓地か、無名戦士の墓でしょうか。」
「ヴァルハラ、か。ふむ。確かに似たところはある。死を覚悟した兵士が戦いに赴く時、仲間に残す別れの言葉が『靖国で会おう』だからな。」
城石の声は大きくはないものの、ヘルメットのマイクはその声を確実に拾い、艦内ネットワークを通じて全ての艦橋クルーに届いている。
ちなみに、駆逐艦神風は地球連邦宇宙軍所属ではあるが、日本で建造され、日本軍の管理下で進水した彼女は、艦名も日本語で付けられている上に、クルーの大半が日本軍から出向した将兵で占められている。
「そして『カミカゼ』の本当の語源は、祖国が危機に陥った時に神々が起こす強烈な風だ。その風で、押し寄せる敵は皆打ち斃される。」
ロシアには同様の逸話も言い伝えも存在しなかった。
少なくとも、彼女の出身地であるシベリアには。
だが彼女は自分の上司が何を言いたいのか理解した。
しかし彼の言う「祖国」とは、彼女の祖国とは異なっていた。
そんな彼女の内心をその表情から読み取ったのか、光の反射が強くて顔が見えにくいシールドバイザーの奥で、珍しく城石が笑うのが見えた。
「ファラゾアという敵に攻められ、地球連邦となった今、俺達地球人の『祖国』とは地球のことだと、俺は思っている。」
そして彼女は、上官が何を言いたいのか理解できた気がした。
またひとつ、強烈な衝撃が艦を揺さぶり、シートから跳ね上がろうとする身体を肩に食い込むシートベルトが強引に押さえつける。
「右舷中央被弾! 副砲塔#7大破使用不能!」
「リアクタD、出力低下! 戦闘に支障なし!」
艦橋に被害報告の声が響く。
駆逐艦神風は敵艦隊に向けてまっしぐらに突き進む。
「艦長。旗艦テラナー・ドリームから再三の退避命令が来ています。」
「通信士。旗艦TDに返信。『我、靖国方面へ向け退避中』。」
その後駆逐艦神風は、敵分艦隊BSFαから距離17万6千kmの宙域で、被弾によって推力低下したところに多数のミサイルを受けて爆沈した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。
モロパクしました。ゴメンナサイ。
どうしてもやりたかったんです。
駆逐艦神風は本作の中で、このためだけにその名前が設定されたのです。
続きが読みたいですが、永遠に叶わぬ事となりました。
未だに時々読み返します。
戦艦大和の方はほぼ愛読書です。