17. 接敵
■ 12.17.1
地球連邦宇宙軍第一機動艦隊第一駆逐戦隊所属駆逐艦DDSP-003「神風」は、「天津風」級駆逐艦の二番艦として、2052年08月15日にJMU呉事業所の乾ドックから進水した。
同時期に建造された他の多くの駆逐艦は、新たに設けられた宇宙船建造専用のドックを使って建造されたが、同事業所は百年以上前から巨大な艦船を建造するためのドックを有していたため、海上船舶用のドックを改造して流用することで初期投資を抑えての建造計画であった。
宇宙船の「進水」とはドックを離れて宇宙空間に飛び立つことであり、消耗品などの補給物資を除いてほぼ全ての装備が揃っていなければ離床することは不可能であるため、進水とは就航とほぼ同じ意味である。
包括的太陽系奪還計画「ギガントマキア」を支える宇宙用戦闘艦艇開発建造計画「アンタレス」にて設計された何隻もの宙航駆逐艦の一つが天津風級駆逐艦である。
天津風級はその名から分かるとおり、プロジェクト・アンタレスに参画していた日本軍とそれを支える日本の大手造船会社によって設計・建造されたのだが、その基本設計はプロジェクトから依頼されたMONEC社で作成されたものであり、同時期に建造されたドラグーン級駆逐艦と同型艦と言って良いほどに似通っている。
多国籍プロジェクトとしてのMONECに参画する多くの会社に対して、同時期に基本図面が送付されたため、何隻もの天津風級とドラグーン級がほぼ同時期に建造開始され、同時期に進水を迎えることとなった。
天津風級のネームシップであるDDSP-005天津風よりも、同級の二番艦であるはずのDDSP-003神風の方がペナントナンバー、所謂船体識別記号の数字が若いのは、建造に取り掛かった後に見つかった船体構造脆弱性問題の修正によるものである。
同問題は、天津風級駆逐艦設計段階初期の船体骨格構造設計を行う際の数値入力ミスにより発生した。
何かにつけて迅速最速な対応が求められていたプロジェクト・アンタレス関連案件として、MONECからの基本設計配布後すぐに詳細設計に取り掛かり、設計完了後間を置かずして実際の建造に取り掛かった同級の設計図と、同様のプロセスでドラグーン級駆逐艦の建造を開始したBAEシステムズ社から提供されたドラグーン級の設計図を、建造行程短縮検討の為に突き合わせ比較する作業をJMU社内チームにて行っていたところ、図面上にて船体骨格構造の大きな違いが見つかり、その差異の発生理由を掘り下げていく内にその問題が明らかとなったのだ。
急遽行われた再計算の結果、天津風級には船体前後方向に対していわゆる潮汐力が強く働く事態となった場合、特定の条件下で船体中央部で骨格構造が破断する可能性がある、という構造脆弱性が存在する事が分かった。
その問題はかなり限定された条件下でのみ発生するものと予想され、また今からその問題の修正を行った場合には、既に建造に着手している同級駆逐艦天津風、神風の工期を大きく遅延してしまう事が予想された。
かなり限定的な条件下でしか発生しない問題であったため、建造中の二隻に対しては対策を後回しにし、これから建造に取りかかる同級三番艦太刀風から問題修正を行った設計図を適用するという現実的な選択肢も日本軍にはあった。
しかし彼等は、百余年前の大戦で彼等が誇った巨大不沈戦艦が抱えていたヴァイタルパート装甲板の構造上の問題を軽視したことが原因で、その継戦能力を大きく低下させてしまった過去を苦い経験、あるいは繰り返してはならない過去事例として重く受け止めていたのだ。
そして、百年前の巨大戦艦同様に地球人類の期待と願いを一身に受ける新造の宇宙船については、工期を遅らせてでも根本的な解決を行うことを彼等は選択した。
すでに艦体の大部分の建造を終えていた天津風に対して、未だ艦体の基礎部分の建造を終えたばかりであった神風の方が、容易に修正設計を組み入れることが可能であった。
僅かな後戻りで済んだ神風は最終的にほぼ予定通りの工期で建造を終えたのに対して、建造が進んでいた艦体の一部を一度完全に分解せねばならなかった天津風は、その分だけ工程に大きな遅れを生じることとなった。
結果として天津風級駆逐艦のネームシップ天津風は、2052年08月15日に進水した駆逐艦神風に遅れること六ヶ月、当初の予定よりも一年近く遅れて2053年02月06日に、JMU横須賀ドックから進水したのだった。
その駆逐艦天津風と神風はいずれもこの度のオペレーション「レッド・ストーム」、俗に言う第一次火星宙域会戦に、それぞれ第一機動艦隊第一駆逐戦隊三番艦、同第三駆逐戦隊旗艦として参加していた。
火星周回軌道上で静止して彼女らを迎撃する陣形を整えたファラゾア艦隊までの距離が300万kmを切った今、地球連邦軍第一機動艦隊は旗艦テラナー・ドリームの前面上方に第一駆逐戦隊を、前面下方に第三駆逐戦隊をいずれも横隊で配置し、敵艦隊から30万kmを保ったままそのすぐ脇をすり抜ける航路を採って1000Gで加速を継続していた。
「敵艦隊まで距離残り200万km。敵戦艦の推定有効射程距離まであと45秒。本艦の有効射程距離まであと120秒。」
海上艦艇の主砲の射程距離とは、実際に砲弾が届く距離のことである。
即ち、射程距離よりも大きく離れた位置にある敵艦に砲弾が到達することは無い。
それに対して宇宙空間を航行する艦艇にて主に主砲として用いられるレーザー砲の射程距離とは、所定のダメージを目標に与えることの出来る距離のことである。
レーザー光は当然ながら光であるため、光子の集合体としての性質と共に、波としての性質も併せ持つ。
長い距離を進むにあたり、指向性に優れたレーザー光と言えども波の回折によって僅かずつ拡散し、単位面積当たりのエネルギー量が低下する。
このエネルギー量が所定の値を割り込む距離のことを射程距離と言う。
即ち、射程距離を大きく越えようとも、エネルギー量は低下しつつもまだ十分に破壊力を維持したレーザー光が到達するのだ。
大まかに言えば、射程距離100万kmのレーザー砲は、200万kmの距離にあっても1/4の破壊力を維持している。
実際のところは、光が到達するのに7秒近くかかる200万km彼方の目標に対して、13.5秒も前の敵位置情報をもとに射撃を行う訳であるので、命中率が著しく低下する。
例え200万km先の目標の情報を瞬時に伝えることが出来る手段をもっていたとしても、レーザーが到達するまでに7秒が経過する。
戦闘状態に入った目標は回避行動としてランダム機動をしているので、7秒の間に敵はすでに全く違う位置へと移動している。
遙か遠くの目標を砲撃する事は、レーザーの威力が低下する上に、極端な命中率の低下を伴うため、全くの無駄な行為と言っても過言では無い。
200万kmも彼方でランダムに動く、たかだか全長数千m程度の「小さな」目標に、僅か直径2mのレーザー砲が偶然で命中する確率など、ほぼゼロに等しいからだ。
全ての数値を1/1000して考えると幾らか分かり易い。
沖縄本島北端に置いてある、長さ5mx幅1mほどの大きさの物体が、ランダムで100mx100mx100mほどの空間を一瞬で端から端まで動き回る。これを15秒のタイムラグがある位置情報をビデオで確認しながら、函館に設置されたレーザー発振器を使って直径2ミクロンのレーザー光で撃ち抜く事が、どれだけ難しいか。
というのはしかし、攻撃する側の理屈である。
攻撃を受ける側からしてみれば、例えそれが一瞬で致命傷となる威力では無くとも、巨大な戦艦が装備している数十門、ことによると百門を超える大口径レーザー砲の間断無い斉射を受け続けるのは嫌なことこの上ない。
減衰しているとは云っても、何度も受ければ大きなダメージが溜まってしまう。
その為、宇宙空間で戦闘を行う場合は、推測される敵の射程距離の倍程度の距離からランダム機動を行うことで、偶発的なダメージの発生を回避する行動を取るのが普通である。
「敵艦隊との距離100万で第三駆逐戦隊全艦主砲斉射。目標はBSFαのBB06。距離100万まで耐えろ。」
地球連邦宇宙軍中佐である城石敬次郎は、駆逐艦神風艦長であり、且つ駆逐艦神風が第三駆逐戦隊旗艦である為、戦隊指揮官も兼務している。
元々城石は日本海軍で潜輸の艦長であったのだが、連邦海軍が潜水機動艦隊を編成したと同時に地球連邦海軍へと出向となり、そして第七潜水機動艦隊へと配属された。
城石が乗艦していたのは、第704潜水空母戦隊旗艦である潜水空母ジョリー・ロジャーの随伴艦であった、潜水駆逐艦雪風である。
城石は駆逐艦雪風の艦長であったが、プロジェクト・ボレロの終了と共にファラゾア戦の主戦場が宇宙空間に移り、多くの将兵が連邦宇宙軍に転属になったのと同時に城石も宇宙軍へと転属となり、新鋭駆逐艦神風の艦長席へと収まったのだ。
「アイアイ、キャプテン。距離100万で主砲斉射。目標はBB06。」
「艦長。ミサイルはどうしますか?」
航海士の復唱に続いて、副長であるミラナ・クリシャエヴァ少佐が右脇の席から城石に顔を向けて尋ねた。
今や親日の独立自治州と化したシベリア出身の彼女も、もともと第八潜水機動艦隊802潜水空母戦隊の潜水駆逐艦大蛇にて副長の任に着いていたヴェテランである。
潜水駆逐艦大蛇はその名からも分かるとおり、日本で建造され、主に日本海軍の将兵が中心となって運用されていた。
日本人艦長と水兵達に囲まれて仕事をしてきた彼女は、様々な日本海軍のやり方に慣れており、城石にとって一緒に仕事をし易いありがたい存在であった。
「ミサイルはまだだ。当たらないものを撃っても意味が無い。」
「アイアイ。戦隊全艦に指示。ミサイル使用は待て。」
城石の指示が第三駆逐戦隊の他三艦に通達される。
そして第三駆逐戦隊は横一列の陣形を維持したまま、突出した敵分艦隊BSFαとの距離を1000Gの加速で急速に詰めていく。
因みに、第一および第三駆逐戦隊が横隊を採っているのは、敵艦隊からの砲撃を少しでも分散させようという意図があっての事だ。
「敵分艦隊BSFα、距離150万km。推定敵有効射程圏内に入りました。」
「全艦砲撃戦用意。加速、針路共に維持せよ。」
「アイアイ、キャプテン。砲撃戦用意します、サー。」
復唱する砲術士も、そのすぐ脇の席に座る航海士も、自席で船外服ヘルメットに対応したHMDを着用している。
城石達もHMDを着用すれば、目標としている分艦隊BSFαとの戦闘を一人称視点を中心とした映像と詳細なキャプション情報で確認することが出来るが、視野をHMDに取られる分、現実の艦内などの情報を直接視認ことが出来なくなってしまう。
なので城石は戦闘中にHMDを着用せず、艦橋の大型モニタにて戦況確認することとしていた。
そしてどうやら副長のミラナも同じ主義であるらしく、城石は彼女がHMDを着用した姿を見たことがなかった。
戦いとは思えないほど静かな、宇宙空間での艦隊戦ではあるが、戦いは戦いである。
それは突然やって来た。
艦橋に、まるで車に乗って何かに衝突したかのような激しい衝撃が走り、身体が前につんのめり、シートに身体を固定するベルトが肩に痛いほど食い込む。
「艦首左舷被弾! 艦首小破! ミサイル発射管三番、発射口被弾! 使用不能!」
「艦首ブロックA07に減圧を確認! ダメージコントロール! ブロックA07を気密閉鎖!」
100万km以上離れた位置から照射された3000m級戦艦の口径1800mmレーザー砲が、駆逐艦神風の艦首から約30mほどの位置に直撃した。
幸い照射時間がごく短かったために深刻な破壊を受けはしなかったものの、僅か一瞬の命中弾は船殻の一部を爆散させて吹き飛ばし、隣接した内部区画を歪め破壊するには十分の威力があった。
「他ダメージ確認中。艦首左舷フェイズド・アレイ・レーダーに一部損傷。レーダー探知能力への影響は微少。」
「人的被害無し。火災等二次被害無し。戦闘続行問題なし。」
「宜しい。戦闘続行。針路そのまま、前進。」
「アイアイ、サー。ゴーへー、サー。」
「ミサイル発射管三番は応急処置で使用可能か?」
「現在確認中です、マム。工作班急行中。」
「無理はするな。見切りは早く付けろ。どのみちブロックA07は閉鎖する。」
「アイアイ、マム。」
これから敵艦隊との距離が縮まるにつれて、先ほどのような被弾が増えてくるものと考えられる。
身体を固定できない移動中に先ほどのような被弾が発生した場合、悪ければその衝撃だけで戦死者が発生する可能性があった。
狭い駆逐艦には豪華客船のような小綺麗で安全な通路など無い。
配管や構造材が剥き出しで、グレーチングを引いただけの様な通路を移動中に大きな衝撃が来たならば、通路内をあちこち撥ね回った兵士の身体が無事で済むとはとても思えなかった。
その後駆逐艦神風は何度か被弾しつつも致命的な損害を受けることなく、こちらに向かって突出している敵分艦隊BSFαに向けて第一機動艦隊は着々と接近する。
「目標敵分艦隊BSFαまで距離100万km。艦隊旗艦からの射撃指示来ました。」
「第一駆逐戦隊、目標敵分艦隊BSFα。敵戦艦BB06に火力を集中せよ。全艦砲撃開始。」
これまで一方的に撃たれるばかりであった地球連邦軍第一機動艦隊が、その借りを返すが如く猛然と反撃を始めた。
なお、この時点での第一機動艦隊の状況は以下の通りである。
地球連邦宇宙軍 第一機動艦隊
第001駆逐戦隊 001st Destroyer Squadron (001st DDSQ)
駆逐艦 DDSP-001 ドラグーン 小破
駆逐艦 DDSP-002 ラーン 損傷軽微
駆逐艦 DDSP-005 アマツカゼ 損傷軽微
駆逐艦 DDSP-007 タチカゼ 小破
第002打撃戦隊 002nd Strike Squadron (002nd STSQ)
戦闘空母 BCSP-002 テラナードリーム 損傷軽微
第003駆逐戦隊 003rd DDSQ
駆逐艦 DDSP-003 カミカゼ 小破
駆逐艦 DDSP-004 フィッツジェラルド 損傷軽微
駆逐艦 DDSP-006 ゲイルスコグル 損傷軽微
駆逐艦 DDSP-008 ミストラル 損傷軽微
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
先週はちょっと身内でゴタゴタしていて、執筆、アップロード何も手に付きませんでした。
まるまる一週間飛ばしてしまいました。申し訳ないです。
・・・で、アップロードしたのですが。
なんかレーザー砲の特性やら天津風級の裏話やら、長々語っちゃって、戦況が全然進んでない。
次話こそは話が動きます。次回こそは。