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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
357/405

16. 全艦砲撃戦用意


 

 

■ 12.16.1

 

 

 例えそれが地球人類の命運を決める戦いであったとしても、百万を超えるレーザー光線が同時に飛び交い、人類史上最大の戦力を敵艦隊に叩き付ける熾烈なものであったとしても、250万kmの彼方から外部光学センサーのズーム映像をモニタに投映して眺めるその戦いは、思いの外静かで案外に冷ややかなものであった。

 

 勿論、その映像を眺めている者達の心の中までが同じ様に冷ややかである訳は無かった。

 音が伝わらない宇宙空間の戦いを彼方から眺めていようが、やはりその戦いの趨勢は今自分達が居る艦隊の、延いては地球人類の運命を大きく左右するものなのだ。

 不利に進めば死に物狂いになって突撃せねばならないだろうし、負ければ追い詰められ狭められた選択肢の中でより激しい戦いの中に近い将来再び身を投じねばならないのだ。

 

 戦況の確認や同航する他の艦艇或いは戦闘機隊への指示が飛び交い、少々騒がしい艦橋の中でヴィンセントは椅子の肘掛けに頬杖を突いて、艦橋前方の大型モニタを睨み付けるように注視していた。

 既に作戦が開始されているため、不測の事態に備えて常時船外活動服とヘルメットを着用して居なければならないのだが、まだ突撃を開始していないのでヴィンセントはヘルメットを外して膝の上に置き、左腕で押さえている。

 

「当たってねえだろ、あれ。」

 

 ヴィンセントの視線は、モニタの中で大写しになっている5000m級超大型戦艦を射貫かんとするかのようにそこから動いていない。

 自艦の光学センサ映像をズームした正面からの映像と、少し離れた場所から戦場を観察している特務艦の大口径光学望遠鏡で捉えた横方向からの映像の両方が、隣り合わせたモニタに大写しになっている。

 

 BBB01という識別記号を付与されたその巨大な戦艦の周りには、あちこちで火花のように一瞬光って散っていく炎と、時々思い出したかのようにまばらに発生する核融合プラズマによる眩い火球を確認できる。

 打撃群Aの六百十六機の戦闘機と、攻撃機九十二機だけで、五千発もの反応弾頭ミサイルを投入したことになる。

 最悪に見積もって、敵艦隊と接触する前に七割の機体が撃墜されたとしても、まだ千発近いグングニルミサイルが敵艦隊に向かって突入する。

 もしその内の八割が的を外したとしても、二百発近いミサイルが敵艦に命中するはずだった。

 

 今ヴィンセントが眺めているモニタに現れる反応弾のプラズマ球の数は、どう見ても二百に全然足りない。

 そもそもBBB01の表面では一切の爆発が起こっておらず、傷付いているようにも見えない。

 逆に、殆ど流れ弾であろうが、3000m級戦艦や駆逐艦には直撃弾が発生しており、既に数隻の戦艦が損傷し、駆逐艦にも大破した艦が出ている。

 

「当たらないはずはないのですが。バリアで弾かれているのでしょうか。」

 

 真面目にヘルメットを着用している副長のヘンリッキが、外部スピーカを通してくぐもった声で応える。

 

 彼等が着用しているヘルメットには外部スピーカとマイクが備わっており、例えヘルメットを着用していても周囲の音を拾うことが出来、ヘルメットを着用していないものと普通に話をすることが可能となっている。

 

「弾かれているのなら、もう少しBBB01の周りで爆発があっても良かろうものだがな。」

 

 先ほどからヴィンセントが見つめている画面の中では、その様な爆発は一切観察できなかった。

 そう、まるでBBB01の周りに展開されているシールドが爆発を吸収しているか、或いは無効化しているかのように。

 

「弾いていると言うよりも、爆発が起こっていないように俺には見える。反応弾を爆発させないようなシールドなのかもな。」

 

「核融合反応ですよ? 一度火が付いたら一瞬で反応が進んで、誰にも止めることなど出来ないはずです。」

 

 ヴィンセントの言葉に、信じられないという表情をしたヘンリッキが彼の方に顔を向けて言った。

 もっともその顔の表情は、ヘルメットシールドの反射コーティングで余り翼は見えないのだが。

 

「相手はファラゾアだ。要はSF映画に出てくる摩訶不思議な技術を持った宇宙戦艦だ。何をやらかしてくれようとも、驚きはせんね。

「イーディー、打撃群Bの突撃開始まで後どれくらいある?」

 

 ヴィンセントは彼の左側で主に戦闘機群のコントロールを担当しているオペレータに声を掛けた。

 

「打撃群B突撃開始まであと五十秒です。」

 

「打撃群Bの全機に伝えろ。打撃群Bの1/3はBBB01以外を攻撃。BBB01を割り当てられた機体は、ミサイルの半数をタイプCに設定。」

 

「アイアイ。打撃群Bの1/3はBBB01以外を攻撃目標。BBB01を攻撃する機体は、ミサイル半数の設定をタイプCに変更、サー。」

 

「それはどういう意図で?」

 

 生真面目なヘンリッキが、ヴィンセントの今の指示の意図するところを尋ねてくる。

 BBB01以外の艦に戦力を割り振るのは、殆ど戦果の挙がっていない現状で、確実に墜とせる目標を狙いに行ったのだろう。

 だが、どう考えても最も装甲の硬いであろうBBB01にタイプC設定とは?

 

「シールドの内側に入ったら爆発しないなら、爆発してからシールドに叩き付けたらどうなるか、ってな。」

 

 桜花R3以降の対艦ミサイルは、激発モードをソフトウエア的に変更できる機能を持っている。

 通常はタイプAと呼ばれる、着弾の1/10000秒前に反応弾頭を激発し、核融合反応を起こしつつもまだミサイル弾体が残っている状態で敵艦に着弾するモードに設定されている。

 数百km/sかそれ以上の高速で敵艦に着弾したミサイル弾体は、それ自体が質量弾として艦体外殻を破壊しながら内部に突入する。

 反応弾頭の核融合プラズマも高速で艦隊内部に突入しつつ爆発を起こすため、敵艦を内部から爆発で破壊するという、いわゆる徹甲弾の様な効果が期待できる。

 

 タイプCとは、桜花三式と呼ばれていたものと同じ激発モードであり、敵艦体表面に着弾する1/1000秒ほど前に反応弾頭が爆発し、急速に拡大する核融合プラズマを敵艦に叩き付けるものである。

 通常であれば空母などの装甲や艦隊構造が比較的弱い艦艇に対して使用するモードであり、戦艦に対して使用した場合には、硬い外殻にプラズマのかなりの部分が弾かれてしまって破壊力が大きく低下する。

 

 それでも爆発しないよりは遙かにましだと考えたのだ。

 或いは、小さく目立たないミサイルよりも、宇宙空間でことのほかよく目立つ爆発プラズマをシールドに叩き付けることで、BBB01のシールドで何が起こっているか見えるかもしれない、と。

 

 ヘンリッキは意図するところを察したらしく、黙って顔を正面に戻した。

 

「打撃群B突撃10秒前・・・5秒前、3、2、1、打撃群B突撃開始。加速1000G。攻撃開始まで200秒。」

 

 オペレータの声と共に、戦術マップで第一機動艦隊の全面に展開していた打撃群Bを示すマーカがその位置を離れ、前方に、つまり火星に向かって加速していく。

 

「打撃群Cおよび第一機動艦隊、進路変更。」

 

「アイアイ、キャプテン。進路変更、サー。125.320、0.0、加速1000G。」

 

「打撃群C各機、進路変更、サー。125.320、0.0、加速1000G。」

 

 打撃群Bに属する戦闘機六百五十五機は、先に敵艦隊に向かって突撃を行った打撃群Aの戦果確認を終えて、敵艦隊までの距離約220万kmにまで接近したところで加速度を1000Gへと増加して、敵艦隊に向かって突撃を開始した。

 打撃群Bと同航していた第一機動艦隊と打撃群Cであるが、ここで進路を変えて、敵艦隊から約30万km西方(火星公転進路後方)を抜ける針路を取った。

 これは、第一機動艦隊の打撃力はお世辞にも高いとは言えず、現在火星周辺宙域に占位している敵艦隊と正面切って殴り合いをすれば確実に負けることが明らかである為、敵艦隊の脇を掠めるようにして通過しながら敵艦隊に砲撃を加え、例え敵艦隊からの反撃が無かろうとも比較的短時間で敵艦の射程外に脱出するという、作戦立案当初から決定されていた航路だった。

 

 今回の火星攻撃部隊の主力は戦闘機と攻撃機で編成された打撃群から放たれる大量のミサイルによる飽和攻撃であって、第一機動艦隊による艦砲射撃ではないのだ。

 当初の作戦計画では、先行する打撃群Aによって敵艦隊に大きな被害を与え、続く打撃群Bにより敵艦をほぼ壊滅、さらに第一機動艦隊による艦砲射撃の追い討ちを行うことで敵艦隊を殲滅する予定であった。

 第一機動艦隊が敵艦隊に正面突撃すること無く、脇を掠めるような航路を取ることはこの作戦計画にてすでに決められていた。

 そして第一機動艦隊と常に同航する打撃群Cは、万が一敵艦隊の一部が第一機動艦隊に向けて突入してきた場合の直援機としての役割を期待されていた。

 

 しかし5000m級超大型戦艦BBB01の出現により、この予定は大きく狂いつつあった。

 打撃群Aおよび打撃群A別動隊の攻撃目標は、明らかに敵の最大戦力であるBBB01へと変更された。

 そしてBBB01が展開する未知のシールドにより、打撃群Aと別動隊が投射したミサイルはその全てが無効化された。

 一部、攻撃目標を他艦に変更した機体のミサイルか、或いはただの流れ弾か、従来型の3000m級戦艦やその周りを囲む駆逐艦に着弾したが、その戦果は僅かなものだ。

 

 打撃群Bについては、先ほどヴィンセントの指示により約1/4ほどの機体が従来型戦艦と駆逐艦隊へと目標変更した。

 約百六十機ほどの戦闘機部隊からの従来艦への攻撃は、それなりの戦果を挙げるだろう。

 だが、四百機による攻撃でBBB01は墜とせるのか。

 敵艦隊が持つ最大の戦力を撃破する方法が見つからない。

 そしてBBB01が生存した状態で、第一機動艦隊は艦砲射撃による攻撃を仕掛けねばならない。

 BBB01が現れたからと云って、打撃群に突撃をさせておいて、自分達だけは尻尾を巻いて逃げるなどという選択肢はあり得なかった。

 

 参ったな。どうやらこれは、生きて再び地球を見ることは出来そうにないぞ。

 目を眇め、眉根に皺を寄せて、流石にヘルメットを着用したヴィンセントは、やはりヘルメットの右側に頬杖を突いて回りに気取られない大きさの溜息を吐いた。

 

「敵戦艦三隻、BB02、BB03、BB04、突出します。針路327、0.0、加速1900G。180秒後に本艦隊針路と交差。90秒後に敵推定有効射程距離に入ります。」

 

 突然オペレータの上ずった声がヘルメット内に響いた。

 BBB01の映像を見つめていた視線を、その隣の戦術マップ画面に映すと、新たな敵の動きは既にマップに反映されていた。

 

「艦隊全艦、砲撃戦用意。駆逐戦隊は相互間隔を100kmに拡大。本艦は駆逐戦隊まで2000kmの間隔を取れ。」

 

「全艦砲撃戦用意、サー。駆逐戦隊までの距離拡大、2000km、サー。」

 

「駆逐戦隊、相互間隔を100kmに拡大。砲雷撃戦用意。」

 

 100万kmを超える射程を持つレーザー砲での砲撃戦に、たかだか2000kmの距離は誤差のようなものである。

 ヴィンセントの指示した間隔拡大は、砲撃戦時に行う急激なランダム機動で、万が一にも味方同士での衝突事故を起こさないための処置であった。

 

「当該艦隊を戦艦(BSF)艦隊α(アルファ)と呼称。」

(※ BSF: Battleship, Separated Fleet)

 

「打撃群B、対応可能か?」

 

いいえ(ネガティヴ)、サー。針路外れ過ぎています。戦艦の加速に追いつけません。」

 

「分かった。打撃群B、目標そのまま。打撃群C、迎撃軌道を割り出せ。軌道算出後打撃群C半数は迎撃行動を開始。」

 

「アイアイ、サー。打撃群C半数、迎撃軌道算出し迎撃行動開始します、サー。」

 

 既にスケールが500万kmを切った戦術マップ上では、火星近傍に停泊していたファラゾア艦隊から、BSFαと書かれたマーカが分離している。

 BSFαの予想針路には赤い線が引かれ、そう遠くないうちに第一機動艦隊と交差する進路を取ってこちらに向かってきていることが分かる。

 BSFαマーカの回りを少し間隔を取って丸く囲む円は、3000m級戦艦の推定射程距離150万kmを示している。

 

「打撃群C、BSFαの迎撃軌道計算完了。打撃群C半数は迎撃行動を開始。同部隊を打撃群(SFS)C-αと命名。針路132.655、0.0、加速1000G。BSFαと接触まで120秒。SFS-CαとBSFαとの接触は、本艦隊がBSFα推定有効射程距離内に入った後になります。」

 

 オペレータの声と共に、戦術マップ上に打撃群C-α(SFS-Cα)とキャプションの付いた青いマーカが表示された。

 

 あと一分もしないうちに、第一機動艦隊は敵分艦隊BSFαの有効射程圏内へ入り込む。

 逆に、敵艦隊をこちらの主砲であるヴィジャヤの射程内に捉えるには、さらに更に30秒必要となる。

 

「敵主艦隊、BB06、BB07、BB08、さらに三隻突出しました! 針路321、0.0、加速1900G。命名BSFβ。110秒後に本艦隊針路と交差! 60秒後に敵射程内に入ります!」

 

 打撃群Cの別動隊が艦隊を離れてすぐに、再びオペレータの叫ぶような声が聞こえてきた。

 

 おいおい、このタイミングはまるで、敵さんはこっちのことがリアルタイムで見えているみたいじゃないか、とヴィンセントは引き攣るように唇を歪め、不敵な表情になりきれない嗤いをヘルメットバイザーの下の顔に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 あれ? もう少し話が進むはずだったのだけれど・・・


 申し訳ありませんが、今週は多分今回一回のみの更新となりそうです。

 来週は二回更新したい・・・なあ・・・

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