15. 5000m級超大型戦艦 BBB01
■ 12.15.1
その命令変更は、敵艦隊に接触する僅か数分前にやって来た。
「こちらニケ03。打撃群A別動隊全機に告ぐ。攻撃目標変更。新たな目標は、敵戦艦部隊中央の5000m級超巨大戦艦。BBB01。本目標に全ての攻撃を集中する。各機目標を確認せよ。」
その時達也と666th TFWは、他の二飛行隊と共に総勢四十六機で火星から約500万kmの位置を対火星相対速度約8000km/sで飛行していた。
666th TFWは打撃群Aに組み入れられてはいたが、打撃群Aの中でも別動隊として、敵艦隊正面から突入する打撃群A本体に対して、本体とはほぼ直角の横方向、即ち火星北方から本体と同じタイミングで敵艦隊に突撃することで敵側面を突くことを指示されていた。
地球宙域を離れる時点からすでに打撃群A本体とは別行動を取っており、火星北方に大きく弧を描くように迂回して敵艦隊側面を突く航路を進んでいた。
すでに目標はBB01であると伝えられており、HMD表示にもBB01がターゲットであるとしてTDブロックが赤くハイライト表示で示されている。
しかしまだ距離はあり、目標の変更は難しい事では無い。
「5000m級超巨大戦艦だあ? あの重力場異常の中に隠れてたのかよ。色々面倒そうなヤツだな。それでも五・六発直撃弾ぶち込みゃ沈むか?」
目標変更を告げられたレイモンドが、うんざりと云った口調で声を上げた。
「安易に近付かん方が良いな。この黒いのが気になる。シールドなのだろうが、ただのシールドじゃ無い事は間違いない。重力場異常は消えてない。」
HMDにSPACS経由で特務艦オルペウスから送信されてきた目標のズーム映像を表示させながら、いつものノリで突撃しそうなレイモンドにウォルターが釘を刺す。
「そもそも近づけないでしょこれ。目標の周りに戦艦八隻居て、その取り巻きの駆逐艦が三八隻? そんでさらにその外側に戦闘機が十五万機? 随分大盤振る舞いしてくれるわね。」
とこちらも呆れた口調のジェイン。
「すぐ下で作ってるからね。産地直送獲れたてホヤホヤよ。足りなくなったらおかわりも来そう。」
と、皮肉な物言いの沙美。
「嫌らしい配置ね。距離を取ろうと思ったら十五万機の濃密な戦闘機群を斜めに突っ切らなきゃいけない。その分実質的に敵の数が増える。かと言ってど真ん中を真っ直ぐ突っ切れば、戦闘機群の厚みは薄く出来るけれど、その代わり戦艦がひしめき合ってる中を突っ切る必要がある。例の妖しげなシールドにも近付くことになる。」
優香里も彼女らしい意見を述べる。
「後ろ、だろうな。戦艦群の火星側近接をど真ん中最短で。下手に敵戦闘機群の中を延々突っ切ると、この量と密度だと敵機と衝突する可能性もある。」
と、達也。
「約10000km/sの相対速度で通過だ。敵の迎撃のレーザーと、戦闘機との衝突は避けようと思って避けられるものじゃ無い。その時は、運が悪かったと思って諦めろ。第二次世界大戦の時の爆撃機と同じだ。コースに乗ったら後は高射砲に当たらないことを祈りながら真っ直ぐ突っ込む。下手に避けようとすると、攻撃も失敗して自分も墜とされる。」
「衝突するにしても、レーザーで灼かれるにしても、何か起こったことを感じる暇さえないだろう。問題無いな。」
と、レイラの発言の後に再び達也が皮肉に笑いながら言った。
「オーケイ。フェニックス全機。敵艦隊接触まで100秒。敵戦艦群の火星側直近を突っ切る。ミサイルリリースは接触の3秒前。3秒前で全ミサイルリリース。その他はいつも通りだ。」
「コピー。」
最後にレイラの指示が飛び、全員から諒解の返答が聞こえた。
達也はHMDに表示されている目標のTDブロックを注視する。
未だ200万kmの彼方にある敵艦隊は、敵艦の個体が識別出来ないほどであり、敵戦艦や駆逐艦を示すマーカも、戦闘機群を示す領域表示も、その全てが目標の超大型戦艦BBB01を示す四角いTDブロックの内側に存在する。
そしてファラゾア艦隊を示すマーカのすぐ脇には、まだ小さな赤い丸でしか無い火星が見える。
僅か一分半の後には、遙か彼方に小さく見える赤い星の脇を秒速10000kmもの速度で駆け抜ける。
その速度はすでに人間に制御できる範疇を遙かに超え、航路も射撃のタイミングも全てシステムの演算に任せるほかは無い。
達也はふと、初めてジェット戦闘機に乗った訓練生時代のことを思い出した。
滑走路に進入しスロットルを開けると周りの風景が一気に加速して後ろに飛んでいく。
さらにスロットルを押し込み、アフターバーナーに点火すると爆発的な加速で身体がシートにめり込むかと思うほど押さえつけられる。
離陸速度を超え操縦桿を引くと、強力な推進力に後押しされて力強く機体が浮き上がる。
着陸脚を畳み込み空気抵抗が減ると、大出力のエンジンは急角度の上昇でも確実に機体を増速させながら一気に高空まで持ち上げる。
そのあらゆる全てが昨日まで乗っていたレシプロ練習機とはまるで異なり、パワフルな脚と確実に空気を掴む翼を得たその世界は余りに鮮烈で、まるで本当に自分に羽が生えてどこまでも飛んで行けそうな、訓練中であることさえ忘れてそんな感動に心が躍った。
両親も親族も居ない、祖国を遙か離れ治安も衛生状態も何もかもが最低の難民キャンプに一人残されて、他に生きる術も無く、自分から何もかもを奪っていった侵略者に一矢報いることが出来れば良いと、半ば成り行き、半ば自暴自棄のような流れで国連軍事務所のドアを叩いた。
あれから十六年。
数え切れないほどの戦いを生き延び、色々なものを手に入れて、そして手に入れたと同じ数だけ失って、そして今ここに居る。
子供の頃にセントーサ島で行われた二泊三日の野外学習を覚えている。
夜、教師に連れられてコテージを出て砂浜から見上げた夜空は、都会の夜に見上げるただ暗いだけの夜空とは異なり、満点の星空という言葉がまさにぴったりの無数の星に埋め尽くされていた。
教師が手に持ったマグライトで、夜空を埋め尽くす星の中に次から次へと星座を指し示す。
あれが南十字星。あれがオリオン座。これはシリウス。夜空で最も明るい星。
そして、ひときわ赤く光る明るい星。あれが火星。地球のひとつ外側にある惑星。
夜空に無数に瞬く星は別世界の存在で、図鑑やTVでその姿を見かけることはあっても、それはあくまで知識であって現実では無かった。
初めて乗るジェット戦闘機の力強さと俊敏さに心躍らせながら青い空を駆け上がった十六歳の子供は、さらに十六年の歳を重ねて、あの時見た赤い星までやって来た。
母星の半分以上を侵略者に占領され、残る領域から細々と手に入れた精製化石燃料を燃やして地球大気圏という薄い卵の殻の様な領域を音速をやっと超える程度の速度で飛び回ることしか出来なかった地球人類が、今や何億kmも彼方の隣の星にまで手を伸ばし、月まで僅か数十秒で到達してしまうような速度をもってかの侵略者の艦隊を急襲しようとしている。
あの頃に較べれば、自分自身随分遠くまでやって来た気がする。
そして同じように、地球人類の技術力も随分とかけ離れたところまでやって来た。
まだ死ぬわけにはいかない。
赤く強く光るTDブロックを見つめつつ、達也は眼を眇めた。
あの日全ての日常を奪っていった奴等。
誰にも知られること無く、形見となりそうなものを何一つ残すことも無く、アパートメントの建物ごと消滅した母親。
戦いの中で消耗し、無理を押して味方の救援に駆けつけようとして、敵を殲滅する為の融合弾の爆発に巻き込まれて命を落とした父親。
ガラスとプラスチックの管で出来た茨のベッドの上で目を覚ますことなく死んでいったパトリシア。
眼の前で機体ごと爆散して肉片さえも残らなかったシャーリー。
長く相棒として幾多の戦場を駆け、月の向こう側でMIAとなって地球に帰ることさえ叶わない武藤。
何もかもを奪っていった奴等にツケを払わせなければならない。
その為に今日までやって来た。ここまでやって来た。
ファラゾアという異星種族を根絶やしにするまで、歩みを止めるつもりもなければ、諦めるつもりも無かった。
HMDに表示されたミサイルリリースまでの時間が、カウントダウンされていく。
赤く表示されたデジタル表示の秒の桁が着実に減っていき、1/100秒の桁は目にも止まらぬ早さで変化する。
同時に、TDブロック脇に表示されている目標であるBBB01との距離も凄まじい勢いで減っていく。
残り30秒。
目標までの距離は30万km。
流石にここまで接近すると、地球の半分よりも少し大きいだけの直径7000km足らずの火星もそれなりの大きさに見える。
その火星が、まるでSF映画かプラネタリウム映像かの様な勢いで急速に接近してくる。
残り15秒。
目標まで15万km。
打撃群Aの本体が目標に到達する。
HMDにズーム映像で投映されている敵艦隊の周りで、漆黒の宇宙空間を背景にまるで小さな火花のような爆発炎が無数に連続して発生する。
時折、小さくとも眩しい白熱の火球がそこに混ざる。
細かな火花は、ファラゾア戦闘機の断末魔か、或いは味方の戦闘機が散っていく炎か。
小さいながらも眼に焼き付きそうな眩い火球は、核融合反応の爆発プラズマだろう。
あと10秒。
火星が視野の中で有り得ない速度で近付きさらに大きくなってくる。
ズーム映像を映し出しているウインドウの中では、さらに多くの火花が散る。
プラズマ球の輝きも数を増す。
戦艦の近くで膨れ上がるプラズマは、直撃せずに激発した反応弾か。
手前に浮いていた駆逐艦がミサイルの直撃を浴びたらしく、艦隊の中程で眩い火球を弾けさせてへし折れる。
幾つもの火球と弾ける小さな火花に囲まれて、それらが一切存在しない空間があることに気付く。
5000m級超大型戦艦。BBB01。
その周りには不思議なほどに一切の火球も火花も存在しなかった。
5秒。
さらに火星が巨大になり接近してくる。
BBB01の姿に違和感を感じる。
3000m級戦艦と似通ったデザインであるのに、なぜこの艦だけガンメタリックに近い暗い色に塗装されているのか。
戦闘機から戦艦まで、全ての戦闘機械は統一された白銀色のファラゾアンシルバーであるはずだった。
BBB01を包むシールドは、なぜ向こう側はダークグレイで不透明なのに、こちら側には存在しないのか。
或いは、存在しないように見えるのか。
得体の知れない不気味さを感じた。
達也は砲口固定でレーザー砲のトリガーを引く。
ほぼ盲撃ちで前方の空間を掃射し、万が一衝突コースに敵戦闘機が居た場合に僅かでも衝突の可能性を下げるため。
4秒前。
達也はトリガーを握りっぱなしで、HMDに表示されるパスマーカがファラゾア艦隊のすぐ後ろに合っていることを確認する。
操縦桿を握る右手の、ミサイルリリースボタンに掛ける親指の根元の手のひらが、フライトスーツの内側で汗にまみれぬるりと滑るのを感じた。
敵艦隊と戦闘機隊を合わせて五十万を越えるレーザー砲が交錯する空間を突っ切っている。
レーザーは眼に見えない。
何もない平静な空間に見えるのが余計に不気味だった。
3秒前。
大きくなった火星は完全にHMDの視野から見切れて、もはや半分しか映っていない。
左斜め前方で、あまり小さくは無い火花が暗い宇宙に花を咲かせた。
同じ打撃群A別動隊の誰かの機体が敵のレーザーに当たって吹き飛ばされたか。
獲物を目の前にした達也の心は、自分も同じ運命を辿る恐怖よりもただ冷徹に、運が悪かったな、と心の中で呟いた。
2秒。
ほんの数万kmの位置にまで近付いているというのに、通常のHMD映像ではまだ敵艦の姿は見えない。
赤く煙るような色の火星が、HMDスクリーンの中頭上の大きく覆い被さるように圧倒的な存在感を主張しながら更に近付いてくる。
1秒。
達也は右手の親指に力を込めた。
機体は秒速10000kmという途方もない速度で敵艦隊に肉薄する。
ここまで近付いてもなお、敵艦を示す全てのマーカはBBB01を示す赤いTDブロックと重なり合って分離できない。
こんな距離や速度で行われる戦いなど、もはや人間の手に負えるものではないと思った。
ミサイルリリース。
全弾一斉発射モードにされた、スタブ翼に懸吊された八機のミサイルが、達也がリリースボタンを押すと同時に機体を離れ、すぐさま重量推進を最大にして目標に向けて飛び去る。
達也の機体は当初予定していたとおり、八隻の戦艦と一隻の超大型戦艦が群れを成しているすぐ後ろ火星側を、1000kmにも満たないスレスレの間隔を狙って突っ込んで行く。
トリガーは握ったまま。
レーザーが何かに当たっているのかどうかなど分からない。
当たる様なら、それは進路上の障害物だ。
衝突回避のために僅かでも弾き飛ばすことが出来れば生き延びる可能性が上がる。
八発のグングニルMk-2ミサイルは達也の機体を離れた後、僅かに間隔を開けながら目標であるBBB01へと10000km/sという高速で殺到する。
八発のミサイルのうち1発は、ぶっ続けでレーザーを連続発振しつつ砲身を動かして、まるで小麦を刈り取る鎌のように空間を薙ぎ払った3000m級戦艦の主砲レーザーを浴びて瞬時に蒸発した。
別の一発は、ハリネズミの様に数百門も搭載されている、5000m級超大型戦艦の大口径レーザーの直撃を受けて蒸発した。
残る六発のグングニルMk-2がBBB01へ肉薄する。
着弾までの時間はまさに僅か一瞬。
弾体が敵艦の表面に着弾する1/1000秒前。
グングニルMk-2に搭載されたSDC(Space-time Distortion Canceller)機構が作動し、ミサイルの周囲約1m以内をゼロスペース(絶対均一時空間:Absolute Zero Space-time)へと変換する。
着弾の1/10000秒前。
反応弾頭のレーザーイグナイタが作動し、核融合反応を引き起こす。
六発のミサイルは急速に膨れあがる核融合反応のプラズマを発生し、弾体構造のあらゆる部品を高熱で蒸発させながら5000m級超巨大戦艦に10000km/sという高速で接近しそして、消えた。
5000m級超巨大戦艦はいまだ悠然としてそこに存在し、その船殻には傷の一つさえ付いていなかった。
ミサイルを発射した達也は、その行方を眼で追っていた。
進路上の障害物など、この速度では避けようと思って避けられるものでは無い。
全てが偶然と確率のみで左右される。
ならば、無駄に緊張して針路を睨み付ける必要など無い。
達也が眼で追う中、ミサイルの一部は敵の迎撃に遭って消滅した。
残るミサイルが、BBB01に向かってまっしぐらに突っ込んで行く。
着弾。
が、何も起こらなかった。
何が起こっているのか、HMD表示に眼を凝らそうとした瞬間、真横からハンマーでぶん殴られた様な衝撃が走る。
視野が一瞬白くフラッシュしてブレるのを感じ、次の瞬間、達也の意識は暗闇に途絶えた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。