14. 火星宙域会戦
■ 12.14.1
地球周辺宙域を離れて100分後、2億7000万kmの距離を踏破してきたテラナー・ドリーム率いる地球連邦宇宙軍第一機動艦隊は、火星から約1000万kmの位置で先行していた戦闘機および攻撃機部隊に追い付き合流した。
火星までの航程の間に第一機動艦隊はその陣形を組み直しており、第二打撃戦隊であるテラナー・ドリームの前方上方200kmの位置に第一駆逐戦隊が、前方下方200kmの位置に第三駆逐戦隊が、100km間隔で四隻の横隊を成して、旗艦であるテラナー・ドリームの前方を護る形を取っていた。
さらに第一機動艦隊と合流した約二千五百機の戦闘機、攻撃機部隊がその前面に半球状に展開する。
第一機動艦隊と戦闘機、攻撃機部隊からなる火星攻撃隊は前述のような陣形を採りつつ、対火星速度100km/sで決戦の地へと接近していった。
「こちらテラナー・ドリーム、艦長のハガード大佐だ。火星攻撃隊全軍の将兵に告ぐ。ついに我々はここまでやって来た。侵略者どもが太陽系内で本拠地とする火星は、今我々の目の前にある。ここに来て長々と演説する気は無い。眼前の敵を叩き、勝利を掴め。諸君の獅子奮迅の活躍を期待する。我ら地球人類に勝利と栄光あれ。以上。」
その言葉は全方位に向けて放射された電波に乗って火星攻撃隊に参加する全ての兵士達、そして遙か後方の地球にまで届けられた。
ヴィンセントがコンソール上のスイッチに触れてマイクをオフにすると同時に、艦橋のオペレータ達が矢継ぎ早に指示を飛ばし始める。
「打撃群A所属の各機。目標、火星周回軌道上の敵艦隊。各飛行隊はSPACS指示の航路に沿って、割り当てられた目標を攻撃せよ。カウント10で加速1000G。10秒前、8、7、6、5、4、3、2、1、打撃群A、加速開始。」
オペレータのカウントダウンが終わると同時に、約八百機の戦闘機と百機の攻撃機が前方に赤く光る星を目指して猛然と加速を始める。
先鋒たる打撃群Aは火星を掠めるような航路を採り、火星周回軌道上の敵艦隊へと突撃して圧倒的な量のミサイルをばら撒いて敵艦隊へ打撃を与えることを目的としている。
打撃群Aの攻撃で撃ち漏らした目標を次の打撃群Bが、そしてさらにとどめとして打撃群Cと共に第一機動艦隊が艦砲の有効射程内にまで接近して、砲撃戦により残存する敵艦隊を殲滅するというのが、この度の突撃作戦の骨子である。
「打撃群BおよびC、第一機動艦隊各艦。針路そのまま。加速度700G。」
残る戦闘機、攻撃機部隊と、それに続く第一機動艦隊の九隻が、先行する攻撃隊の後を追う様にして加速した。
打撃群Aが約15分後、火星周回軌道を回る敵艦隊に襲いかかる頃、第一機動艦隊はちょうど距離を300万km程度にまで縮めて、打撃群Aの戦果を確認しつつすぐに次の攻撃に移れる位置に付けている予定だった。
「敵艦隊から重力波を検知。敵艦隊、火星周回をやめて火星のこちら側に集結しようとしています。火星からの距離約30万kmの宙域に集結を予想。火星の裏側の艦もこちら側に移動中。」
打撃群Aの戦闘機・攻撃機隊が加速を開始し、約10分ほど経った後、打撃群Aが400万kmほど進んだところで火星周辺宙域のファラゾア艦隊に動きが見られた。
火星周辺宙域のファラゾア艦隊が、地球側の火星攻撃隊に対応した動きを見せたのはこれが初めてだった。
「敵勢力の詳細情報出るか?」
「艦船詳細情報出ています。戦闘機群については数が多く大凡の数字になります。
「火星正面に集結中の敵艦船詳細は、戦艦八、駆逐艦十六。他に駆逐艦二十二隻が、現在集結地点に急行中。これら急行中の駆逐艦は、打撃群Aの接触までに合流を終える見込み。さらに約八万機の敵戦闘機が集結地点正面に存在。艦隊周辺に十五万機。戦艦八隻に囲まれた例の重力場は未だ存在している模様。
「戦艦にBB01からBB08、駆逐艦にDD01からDD38の識別記号を付与しました。」
ファラゾア艦隊が動力を最低レベルに落として火星周回軌道を回っている間は、敵艦船を探知する方法は光学に頼るしかなく、火星周辺宙域に布陣する敵艦船の詳細を完全に特定することが結局できていなかった。
敵艦の全てが行動を開始することで重力波を撒き散らし始めた、或いは火星のこちら側に居て確実に光学で捉えることが出来るようになった今、駆逐艦の総数を特定できる様になったのだ。
打撃群Aの接近に伴い、地球側の火星攻撃隊を迎撃する動きを見せたファラゾア艦隊は、戦艦八隻を中心としてその周りをドーナツ状に囲むようにして三十八隻の駆逐艦を配置し、その艦隊の前面に八万機の小型戦闘機械、駆逐艦群をさらにその外側から囲むようにして十五万機の小型戦闘機械を配置する布陣を形作って、火星から約30万kmの位置で地球艦隊に正面から向き合おうとしていた。
ファラゾア艦隊は、例えそこに味方の小型戦闘機械が多数存在しており、巻き添えを食らおうともお構いなしで砲撃を行ってくることがこれまでの経験で明らかとなっている。
ファラゾアの艦隊にとってみれば多分、小型戦闘機械とは消耗品、或いはミサイルや弾薬のように、戦えば必ず「消費する」兵器でしか無い、という意識なのだろうというのが、地球連邦軍の推測であった。
それはつまり、今現在火星駐留艦隊の前面に大規模な戦闘機群が展開していようが居まいが、ファラゾア艦隊は味方戦闘機の巻き添えなど一切考慮せずに艦砲射撃を行ってくると云う意味であった。
「戦闘機二十三万機か。絶望的に厳しいな。」
ヴィンセントは誰に聞かせるでも無く呟いた。
火星には戦闘機生産工場が存在する。
産地直送の戦闘機がさらに増加する可能性も否定できなかった。
ファラゾア艦隊にとってはただの消耗品であろうとも、今まさに突撃を掛けている打撃群の戦闘機隊にとっては、敵戦闘機はその一機一機が同格の戦闘力を有する脅威なのだ。
仮にその全てがクイッカーだったとしても、四十六万門ものレーザー砲が交差する空間の中に飛び込んでいくと云う事は、ただ確率のみを考えただけでも相当に厳しい状況であることは間違いが無かった。
しかしそれは分かっていたこと。
合計九百余機の戦闘機、攻撃機はその様な状況を想定した上で、敵艦隊との接触時の相対速度と、地球人類持ち前の素早さを頼りにして前代未聞の不利な戦力差の戦場へと突入していくのだ。
「打撃群A、敵艦隊まで400万km、300秒。」
艦橋に詰めるクルー皆が、それぞれの作業を行う傍らで固唾を飲んで戦況を表す戦術マップが表示されている大型モニタに注目していた。
それは、その様な緊張した雰囲気が漂う中で露わになった。
「・・・え? 戦艦が、九隻・・・? 敵戦艦新たに出現! 例の、重力場異常です。重力場異常の地点に、新たに戦艦一隻出現。重力場異常の存在変わらず。」
「出現? 分かるように報告しろ。」
突然の出来事に、少々要領を得ない報告をするオペレータのうわずった声に対して、ヴィンセントは努めて落ち着いた低い声で状況を問いただした。
「例の戦艦八隻に囲まれていた重力場異常の場所に、新たに戦艦が一隻突然現れました。重力場異常の存在は変わらず。光学映像、出します。モニタ三番。」
オペレータの報告が終わると同時に、艦橋壁面に並んでいる大型モニタのうち一枚の映像が光学センサのズーム映像に切り替わった。
漆黒の宇宙空間の中、赤く煙るような火星を背景にして白銀色に輝く小さな点に見える敵戦艦群が表示される。
左右対称に円陣を組んだように並ぶその銀色の点の中央部、先ほどまでは存在しなかった黒色の点が存在する。
黒色の点をズームすれば、ほぼ真円の黒い背景の中心に鈍く光る金属光が存在する事が分かる。
だが、その新たに中央部分に出現した戦艦の映像の背景が、そこだけ黒いのはどういうわけだ? と、ヴィンセントは眉を顰めた。
まるでそこだけ背景の火星を切り取ったか、或いは出現した戦艦が濃厚な煙でも噴いているかのように、銀色の光はほぼ黒と言って差し支えない真円状のダークグレイの背景に縁取られていた。
勿論先ほどまでは、その様な切り取りか、濃密な煙かと言うような黒いものも存在しなかった。
敵の戦艦と同時に出現したのだ。
「特務艦及びSPACSからの更新データ来ました。新たに出現した敵戦艦・・・え?」
オペレータが突然声を失ったかのように言葉を切った。
ヴィンセントは訝しげな表情で、そのオペレータが座る席の方に視線を向けた。
「・・・敵戦艦、全長5124m。5000m級戦艦、これまでに観察された中で最大の戦艦です。識別記号BBB01を付与。映像、モニタ二番に出します。」
静まりかえった艦橋に響くオペレータの声は、まるで感情が抜け落ちたかのような冷たく平滑な声に聞こえた。
これは面倒なことになった、とヴィンセントはさらに眉を顰める。
これまで3000m級のファラゾア戦艦を地球大気圏外でまるで鴨撃ちのように次々と墜とす事が出来ていたのは、地球人類のホームグラウンドである地球の、地上1000km以下の低軌道に進入してきた敵戦艦を大気圏内から対艦ミサイルで狙うという、極めて限定された条件下であったが故である。
ミサイルリリースポイントから目標までの距離が1000km以下であるので、ミサイルは反応速度の遅いファラゾアが対応行動を起こす前に僅か数秒で着弾し、また地球に向けて艦砲射撃を行う事が比較的少ないファラゾア艦艇からの反撃も少なかった。
戦艦から放出されるミサイルや艦載機による迎撃も地球大気圏に最大加速で突入する事など出来ず、その能力を充分に発揮出来ない状況であった。
事実、同じ3000m級戦艦が月軌道の外側に占位したとき、地球から出撃した戦闘機隊による攻撃行動において敵撃破率は大幅に低下し、逆に味方の損耗率は大きく跳ね上がったのだ。
ましてやそれが、3000m級よりもさらに武装度が高いと推定される5000m級戦艦であればどの様な結果になるのか、それは余り楽しい想像にはならなさそうだった。
「打撃軍A、攻撃を5000m級BBB01に集中させろ。あれは絶対ヤバい。潰さないとマズいことになる。後続の部隊も、あれが沈むまで集中攻撃だ。第一機動艦隊も同じだ。」
「アイアイ。打撃軍Aは攻撃をBBB01に集中。後続全機全艦攻撃をBBB01に集中。」
ヴィンセントは、特務艦から送信されたという5000m級戦艦のズーム映像を睨み付けながら、本能的に全ての攻撃をこの巨大戦艦に集中させねばならないと感じた。
だが、集中させたところで墜とせるのか。
宙航艦は、巨大になる程機動性が向上し、火力も向上する。
防御力もそうだろう。
これまで見たことも無い5000級戦艦に、従来と同じ攻撃方法が通用するのかどうか。
ヴィンセントは自問自答するが、当然の事ながらその問いに対する答えなど持ち合わせてはいない。
「・・・なあ。この黒い背景って、なんなんだろうな。」
今ヴィンセントの視線は、艦橋壁面の大型モニタ二番、即ち特務艦オルペウスから転送されてきた光学映像に注がれていた。
敵艦隊と正面から相対する第一機動艦隊とは異なる角度から記録されたその光学映像は、ファラゾアの超大型戦艦をほぼ横方向から捉えていた。
ファラゾア艦特有のシンプルですらりとしたデザインのその艦は、他の3000m級戦艦とは異なり、ガンメタリックと言って良いほど暗く鈍い銀色をしており、そして艦体全体が先ほどから気になっている黒い背景のこちら側に存在した。
「シールドの一種、ではないでしょうか。この色からして、対光学シールドかも知れませんね。」
ヴィンセントの艦長席から最も近い席に座っている、副長のヘンリッキが答えを返してきた。
彼の乗るテラナー・ドリームを始めとした地球連邦軍艦にはシールドの類は装備されていないが、全てのファラゾア艦はシールドを装備していた。
数千Gにも達する強力な重力場を、まるで玉子の殻のように薄くして艦体を包むように形成したものであるが、恒星間宇宙船であるファラゾア艦に必ず必要な、対デブリシールドであると考えられている。
加えて3000m級戦艦はレーザー光を減衰させるようなシールドも有していることが確認されている。
5000m級戦艦が更に高機能なシールドを持っていたとしても、何ら不思議ではなかった。
「打撃群A、突入まで30秒。打撃軍別働隊A、同じく。」
5000m級超巨大戦艦の出現によって一旦静まりかえった艦橋であったが、今は平静を取り戻しており、オペレータがSPACSなどに指示を出す声が多数反響している。
それらのバックグラウンドノイズに掻き消されないよう、ひときわ大きな声が先鋒である打撃軍Aと敵艦隊の交戦を伝えてきた。
30秒などすぐに過ぎ去り、時間となる。
「打撃軍A、別働隊、敵艦隊と接触します。5秒前、3、2、1、コンタクト。」
オペレータが読み上げる、打撃軍Aと敵艦隊の接触までのカウントダウンがゼロになって15秒ほど後に、敵艦隊周辺に無数の小さな火花のような爆発炎が飛び散り、同時に反応弾頭の爆発によるものと思われる幾つかの核融合プラズマ球が眩い光りを当たりに撒き散らした。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
随分もったいぶって「重力異常」という名で引っ張って居ましたが、5000m級戦艦の登場です。
「え? なんだその程度か。」と思われるなかれ。
もし読んでおられたら、拙作「夜空に瞬く星に向かって」の中での5000m級戦艦の扱いと、それに対して宇宙にやっと手が届いたばかりの地球人が建造した僅か900m足らずの貧弱な戦闘空母との実力差を思い出してみて下さい。
或いは、戦闘機と5000m級戦艦でも可。
ちなみに、ダークグレイの背景は「アレ」です。