12. 待機時間
■ 12.11.1
いわゆる地球周辺宙域、即ち月軌道の内側には、戦闘空母一隻、駆逐艦八隻、戦闘機二千四百七十八機、攻撃機二百十四機、SPACS十二機からなる火星攻撃部隊と、その出撃を補佐するコルベット艦、輸送機など、今現在地球人類が持てるほぼ全てと言って良い戦力が集結していた。
戦闘空母とは、前年(2053年)七月に就航したばかりのテラナー・ドリームであり、更に砲撃戦用外部追加兵装として、口径2000mmx1800MW独立連動連装光学砲「ヴィジャヤ(VIJAYA)」を艦底部に接続している。
このヒンドゥー教最高神である雷神の放つ矢(Indra's Thunderbolt)の名を冠した大口径砲は射程95万kmを誇り、現在地球人類が作ることの出来る最大口径、最大出力かつ最長射程距離を持つ。
ヴィジャヤはファラゾア戦艦に較べて質量共に貧弱な兵装しか搭載できなかったテラナー・ドリームの武装を補強するものであり、連装砲の各砲門毎に独立した熱核融合炉を持ち、且つ自力での移動を可能とする重力推進器を備えている。
但し乗員はおらず、能動的に長距離を自律移動できるだけの航法システムも搭載していないため、独立移動時には外部からのコマンド入力が必要となる。
動力的には独立しているものの、テラナー・ドリームとは物理的に接続固定されており、テラナー・ドリームからの指示信号を受けて動作する。
ヴィジャヤは砲撃戦能力に於いてかなり不安の残るテラナー・ドリームの言わば主砲として、本作戦にて活躍が期待されている。
駆逐艦八隻は、連邦宇宙軍第一機動艦隊の第一および第三駆逐戦隊に所属する八隻の駆逐艦であり、ドラグーン級駆逐艦五隻、天津風級駆逐艦三隻からなる。
戦闘機二千四百七十八機は、世界各地に点在する連邦宇宙軍基地に配備された宇宙戦闘機のうち、頻繁に発生しているファラゾア戦闘機械の地球周辺宙域突入や、本作戦中に予想されるファラゾアによるカウンターアタックに対応する為のスクランブル機を除いた、連邦宇宙軍戦闘機部隊のほぼ全力を投入したものである。
戦闘機部隊の多くは主にMONEC社製ミョルニルで構成されているが、現在配備が進められている同社製ミョルニルD型、高島重工業製「焔閃」および「焔閃改」、スホーイ製Su-212「キキーモラ」、中華連邦の中国航空工业集团有限公司製「紅隼」も、数は多くないがそれぞれ部隊単位で参戦している。
二百十四機の攻撃機は全てミサイルキャリアである。
宇宙空間での戦闘において、地上或いは海上の目標を攻撃する能力とその為の武装を搭載できること、という攻撃機の定義が大きく揺らいでいる。
そもそもが、宇宙空間から惑星上の地上、海上と云った場所に攻撃を行う事が無い。
例えあったとしても、戦闘機と変わらない大きさの攻撃機に爆装させて目標に突っ込ませるよりも、全長1000mを越え、その巨体の中に様々な強力な兵器を搭載している巡洋艦や戦艦に大気圏の外から直接攻撃させた方が、効率も良くまた人的被害も大きく抑える事が出来る。
更に云うならば、戦場が宇宙空間でありまた重力推進を利用している為、取り付けることが出来さえすれば戦闘機へのミサイル等の爆装搭載上限は存在しない。
戦闘機が大量のミサイルを携行可能であるならば、似た様な大きさの攻撃機を設定する意味は全く無くなる。
その為、上述の「攻撃機」とは純粋に大量のミサイルを運搬できるミサイルキャリアの事であり、全長50mほどの大型の機体に複数のリアクタとAGG/GPUを設置した高出力機に、積めるだけミサイルを山盛りにした機体のことを指す。
具体的にはMONEC社製GNSAMSR-94C2h「スクルド(SKULD)」と、高島重工業製SMA-2(N2T64)「炎龍」がこれに当たる。
MONEC社の宇宙攻撃機スクルドは、全長46mの機体に大きく左右に張り出すスタブ翼を持った特徴的な機体形状を有している。
機体上下には主に自衛用目的の口径200mmx220MW三連GLT(光学ガトリング砲)を一基ずつ装備する。
スタブ翼には片面六本のグングニルMk-2ミサイルを懸吊しており、片側一枚のスタブ翼で十二本、左右で二十四本のミサイルを搭載する。
さらには胴体上面と下面の左右ハードポイントに三本ずつ、計十二本のミサイルを追加装備可能であり、最大三十六本のグングニルMk-2(或いは、桜花R3、菊花)ミサイルを搭載することが可能である。
これに対して高島重工業製の攻撃機炎龍は、全長48mとスクルドより僅かに長い胴体に、左右に張り出すスタブ翼とはとても思えない厚みを持った翼構造を有している。
また炎龍はスクルドとは異なり、一切の固定武装を有していない。
スタブ翼上下には一つのパイロンに三発のグングニルMk-2を懸吊した三連パイロンを最大三箇所取り付けることが出来る様になっており、左右のスタブ翼上下にそれぞれ三箇所取り付けることで、三十六本のミサイルを懸吊可能である。
さらには、固定武装が設置されていない胴体の上下に存在するそれぞれ八箇所のハードポイントにもミサイルを搭載することで、最大五十二発のグングニルMk-2(或いは桜花R3、菊花)ミサイルを同時に運搬することが可能となっている。
いずれの攻撃機も、攻撃目標と高速で一瞬のうちにすれ違うことの多い宇宙空間での戦闘を主眼にしており、一瞬で全てのミサイルを一斉発射可能である様に、胴体内臓ミサイルローダなど搭載せず、全てのミサイルを機体外のスタブ翼等に懸吊する形式を取っている。
特に高島の炎龍は、火薬ボルトを使用してミサイルを三連パイロンごと放出する強制放出機構を有している。
更に放出された三連パイロンもまた、火薬ボルトで同時に全てのミサイルを分離する事が出来るため、炎龍は僅か数秒の間に五十二発のミサイルを全て同時リリース可能である。
これらの攻撃機の参加により、グングニルMk-2ミサイルを中心として、桜花R3、菊花ミサイルを含めて、攻撃機に搭載されているミサイルが全体で約一万発、戦闘機に搭載されているものと、駆逐艦など艦艇に搭載されているものを合わせて約一万八千発、全て合わせて三万発近いミサイルが用意されている。
この作戦は火星軌道を周回している3000m級戦艦八隻、駆逐艦等数十隻、さらには火星に設置された小型戦闘機械製造工場三箇所を攻撃目標としているが、三万発もの対艦或いは対地ミサイルは過剰すぎるほどのオーバーキル量である。
一つには、前述の通り宇宙空間での戦闘は大艦巨砲が絶対のルールであるため、戦闘機や攻撃機など小型戦闘機械を中心とした地球連邦軍は、3000m級戦艦や駆逐艦を多数有しているファラゾア艦隊に対して圧倒的に不利であり、目標到達までに多数の被撃墜が発生することが想定されている。
試算では、出撃した戦力の半数以上は目標に到達できないという、冷徹且つ絶望的な数字が弾き出されている。
しかしその数字さえも、敵の本拠地である他惑星まで遠征して行う戦闘が地球人類にとって全くの未経験のものであるため、実際にどれほどのものになるか予想が付かないというのが本音であった。
その様な数字が弾き出されている以上、作戦を確実に成功させるために大過剰の戦力を整えた事が理由として挙げられる。
もう一つには、ファラゾアの降下点を地球上から一掃したことで、これまでファラゾアの勢力圏、或いは勢力圏に近い危険地帯として生産活動を行うことが出来なかった地域を取り返し、地球人類が徐々に本来の生産能力を取り戻し始めているという理由もある。
全く起伏の無い大平原での戦いに例えられる宇宙空間での戦いに於いて、常にファラゾアが採る戦術である数の力による優勢は間違いなく正しい。
戦力の質に於いてファラゾアに大きく劣る地球人類は、唯一敵の戦艦を確実に沈めることが出来る対艦ミサイルを圧倒的な数揃えることで、部分的であれ状況を自分達に優勢にしようとしたのだった。
その地球人類の総力を結集した攻撃部隊が、地球周辺宙域を埋めている。
「0311TFS、こちらアストライア05。85.264、00.502、D45.2kへ移動。0288TFS、針路そのまま、84.925、-01.002、D38.3kへ移動。0262TFS、所定の位置に到着を確認。1000kmほど地球側へ寄れ。第一駆逐戦隊の予定航路に近すぎる。0192TFS、配置を乱すな。何やってる。貴隊は0223TFSの1500km西側だ。
前代未聞の大部隊が宇宙という新たな舞台に上がり、これまで経験したことの無い宇宙空間での大部隊の編成という事態にまごつき、交通整理を行っているSPACSが青筋を立ててまごつく戦闘機部隊を正しい位置へ置こうと奮闘している。
「666th TFW、フェニックス。こちらSPACSニケ03。聞こえるか。」
「ニケ03、こちらフェニックスリーダ。よく聞こえるぞ。我々はどこに行けば良い?」
大気圏を突き抜けて宇宙空間へと上がり、高度2000kmに達しようかと言う頃に、管轄のSPACSからのコンタクトがあった。
「フェニックス、貴隊は打撃群Aだな。42.849、-8.828、D122.65へ移動せよ。プロヴァンスやカデナの古参の戦闘機隊が固まってるからすぐ分かるだろう。」
SPACSからの針路指示があると同時に、データリンクを確認した管制オペレータから航路データが送信されてきた。
目印となるような地形が何もなく距離の単位が桁違いの宇宙空間の移動においては、指示される方位の桁数が大きく、従来の航空機での航路指示のように口頭で伝えてそれを復唱するというやり方が全く採れない。
口頭での通信を行ってレーザー通信のリンク確立を確認したところで、口頭でも針路を伝えると同時に管制側から針路データが送信されてくる様になっている。
SF映画のように三次元表示されるマップに針路や所定の位置が視覚的に表示出来れば感覚的にも理解しやすいのであろうが、地球人類の技術はまだそのレベルに達していない。
「ニケ03、こちらフェニックス。針路を確認した。これより指定の針路に変更する。」
「フェニックス、こちらニケ03。フェニックスの進路変更を確認。指定位置への到着は約八分後。フェニックスは所定の位置に到着後別命あるまで待機。打撃群Aの移動開始は35分後を予定している。それまで良い子にして待ってるんだぞ。」
「所定の位置で別命あるまで待機。諒解。大丈夫だ。我々はいつも良い子だ。問題無い。」
「言ってろよ。いいか、本当に余計なこと何もするなよ。大事な作戦なんだ。絶対にするなよ? 振りじゃ無いからな? 頼んだぞ?」
SPACSオペレータが何度も念押しする。余りの信用の無さに、666th TFWの面々が爆笑する。
程なく編隊はSPACSが指示した宙域に到達し、回りに多数居る他の飛行隊と並んで静止する。
現在地球周辺宙域に集結する火星攻撃部隊は、重力推進を継続的に使用して対地球相対速度をゼロにしている。
これは小型の戦闘機であろうが、大型の戦闘空母であろうが条件は変わらない。
高度に合わせて地球の周りを周回すれば燃料消費をほぼゼロに近いところまで抑える事が出来るが、位置の違い、即ち対地高度の違いにより発生する周回速度の違いから各部隊間の位置関係が徐々にずれていってしまうため、僅かずつでも燃料を消費してしまうことと、地球周辺宙域に多数の重力反応が存在することをファラゾアに検知されてしまうことは織り込んだ上で、出撃時に混乱を発生して作戦進行の障害となることの方を重くみて、僅かに推進力を発生して地球に落下しないよう高度を維持し、且つ部隊間の位置関係を維持することを優先しているのだ。
それというのも、そもそも最も小さな機体である戦闘機ですら、満タンで数十時間分のリアクタ燃料を搭載することが出来る。
火星までの2億7千万kmをフル加速で往復してかかる約三時間半で燃料が欠乏することなど無い。
宇宙空間での推進器が核融合プラズマジェットから重力推進へと移り変わったことで燃費もそれに応じて劇的に改善されており、ほぼアイドリングに等しい出力で長時間推進器を動かし続ける程度の燃料消費は大勢を左右するような問題では無くなっているのだ。
また、地球周辺宙域で重力推進器を動かして重力波を敵に探知されてしまう問題については、これは何を今更という様な問題であった。
相手は地球人類よりも遙かに高い探知能力を持つであろうファラゾアである。
地上を発進して宇宙空間に上がる時の重力波は当然探知されているであろうし、またもしかすると彼等は地球周辺宙域を遊弋する攻撃隊を火星周回軌道から直接光学的に観察可能であるかも知れなかった。
その様な能力を持っていても不思議ではない敵に対して不必要に神経質になり過ぎるのは、まさに「頭隠して尻隠さず」と云った状態でしかなく、それは無意味なだけで無くもしかするとこちらを覗き込んでいるファラゾアの失笑を買うような間抜けな行動である可能性が高かった。
待機時間にやることも無く、達也は外部光学センサ画像を投映したHMDで周りを見回し、コクピット外の「風景」を眺めていた。
様々な色で輝く星々は、地上から夜空を見上げる時に較べて遙かに鮮やかで数が多く、大気の揺らぎによる瞬きも無く輝いていた。
自分の周囲で待機状態になっている僚機の姿は、その星の海に埋もれて光学情報だけでは判別が付かなかった。
COSDAR情報により友軍機には青いマーカが重ねられ、その脇に距離や部隊名を表示するキャプションが並ぶことでやっと、そこに味方がいるという事が分かる。
前方に見える青いマーカはL小隊ヴィルジニー機で、距離54km。
後ろを振り返ると見える青いマーカは、左後方八時の方向にマリニーが居て距離48km、右後方四時の方向には優香里機がおり距離44kmと表示されている。
遮るものの無い宇宙空間でのクリアなレーザー通信音声は相手の息づかいまで伝えてくるほどであり、まるで通信相手がすぐ隣に座っているかのような錯覚を起こさせるが、実際には静止状態の密集隊形でもこれだけの距離が開いているのだった。
「全員傾聴。こちら戦術空間管制アテナ01。作戦レッド・ストーム攻撃隊の各艦・各機に告ぐ。五分後に作戦を開始する。各員手元の端末で作戦詳細を再確認せよ。繰り返す。こちら戦術空間管制アテナ01。作戦レッド・ストームに参加する攻撃隊の・・・」
作戦全体を管制するSPACSからの通信が聞こえた。
達也はあちこち見回していた視線を正面に戻し、右手を伸ばしてコンソール上で点滅する「INFORMATION」のボタンを押した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
作戦開始まで随分引っ張りましたが、次話から火星へと向かいます。