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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
35/405

21. バクリウ基地駐在国連軍4287飛行隊


■ 2.21.1

 

 

 「ご苦労。ダット・アウ・ズオン中佐だ。災難だったな。亡くなったウォン少尉については、冥福を祈るしかない。」

 

 チャン少尉が合流するのを待ち、指令棟と呼ばれる基地内最大の建物の中に入った達也達三人は、着任を報告するため国連軍航空部隊司令であるアウ・ズオン中佐のオフィスを訪ねていた。

 完全には完成して居らず、未だ整地や建築が行われているバクリウ基地ではあったが、司令管制機能が統合されているこの指令棟という建物は完成しており、室内にエアコンまで入っていた。

 

「この基地には現在、国連軍航空隊として4287飛行隊(TFS)、4288飛行隊(TFS)が常駐している。他に西側の機体を使用するフィリピン空軍24機、台湾空軍36機、日本空軍30機も居り、戦闘機だけで合わせて120機の寄り合い所帯になっている。」

 

 ズオン中佐は、自室の壁に貼ってある資料を指し示しながら達也達三人に基地の概略を説明した。

 あらゆる電子機器はファラゾアからのハッキング対象となってしまい、使用する為には外部からの電磁波を受け付けない厳重な電磁シールドが必要で、相当にコスト高となる。

 基地や作戦の管理を行う絶対不可欠なもの以外でコンピュータやネットワークは殆ど使われる事は無かった。たかが新兵に基地概要を説明するためにプロジェクタなどもっての外だった。

 

「チャン少尉、君は4288TFSに配属される。ミズサワ准尉とアミール准尉、君達は4287TFSだ。そろそろ両部隊の隊長が来るはずだ。その後は彼等の指示に従え。」

 

はい(Yes, Sir)。」

 

 程なく、二人の男がズオン中佐のオフィスに入ってきた。

 

「4287TFSリーダーのツァイ・ジュンホン少佐だ。」

 

「お疲れさん。4288TFSのホット・クワンポン少佐だ。」

 

 敬礼して上官を迎える三人に、男達はきびきびとした仕草で答礼し、名を名乗った。

 

「詰所に移動する。皆に紹介する。その後は各リーダーが世話をする。」

 

 達也が配属される4287TFSの飛行隊長であるツァイ少佐が、にこりともせずに感情の籠もらない眼で達也とアミールを見ながら言った。

 それに対して、チャン少尉が配属される4288TFSのホット少佐は、タイ人らしく始終ニコニコとしている。

 ツァイ少佐が踵を返し、部屋を出て行く。ホット少佐がそれに続く。その後を達也達新兵がぞろぞろと付いていく。

 廊下を突き当たりまで歩き、そのまま建物を出た。途端に湿り気を多く含んだムッとするような空気に包まれる。

 

 五人は特に示し合わせたわけでもなく一列になりエプロンを横切って、幾つも並んでいる格納庫の内、四番目の格納庫に向かって歩く。

 格納庫の入口の壁は国連の部隊を示す淡い青色に塗装してあり、扉の上には国連の紋章が白く描かれ、その下に「UN」の文字が大きく書いてある。

 航空機が出入りするための大きな扉は全開で開かれており、中に整備中の何機ものF16が停機しているのが見える。

 入口の端を通って格納庫の中に入ると入口すぐ右側の壁に沿って、格納庫の中にもう一つ建物が建っていた。

 

「一階がパイロット詰所、二階が整備員詰所、三階が左官のオフィスとブリーフィングルームだ。整備員詰所はハンガーの反対側にもう一つある。」

 

 ツァイ少佐はそう言って、一階正面の扉を開けて詰所の中に入る。

 パイロット詰所は20m四方くらいの大きさがあり、乱雑に並んだ種類が統一されてない椅子に二十名ほどの兵士が適当に座り談笑していた。

 詰所の中はきつくエアコンが効いており、歩いてくる間に吹き出した汗が一気に冷えていく。

 達也達を従えたまま、ツァイ少佐は詰所の一番奥の壁際に立ち、室内を見回した。

 

「諸君、新兵の補充があった。チャン少尉は4288TFS、13番機。ミズサワ准尉とアミール准尉は4287TFS、それぞれ13番機と14番機となる。4288TFSも二名補充の予定だったが、ウォン少尉は本基地への移動中にファラゾアの襲撃に遭い撃墜された。よって4288は今回一名のみの補充となる。ズルハシフ大尉、チャン少尉はお前のところだ。ミズサワ准尉、パナウィー大尉の小隊だ。アミール准尉はスマルソノ大尉。この後は各自上官の指示に従え。以上。解散。」

 

 必要な事だけを伝え終えると、ツァイ少佐は踵を返し詰所を出て行った。

 どうやらツァイ少佐は、余り愛想が無く、必要な事だけを伝えるタイプの男である様だった。

 

「ミズサワ准尉。」

 

 少々呆気にとられてツァイ少佐の行動を見送っていた達也に、後から声がかかった。

 振り向くと、達也より少し低い背丈のセミロングの黒髪が印象に残る女性兵士が眼の前に立っていた。

 その大尉の階級章を付けた女性がツァイ少佐が言っていた自分の上官だろうと見当を付け、達也は敬礼をする。

 

「ミズサワ准尉です。」

 

「パナウィー大尉だ。宜しく。」

 

 そう言ってパナウィー大尉は、指先が綺麗に揃いつつも全体的に少し崩れた印象という器用な軽い答礼をした。

 

「まずは同じ小隊のアランを紹介しよう。アラン。」

 

 パナウィーが振り返ると、少し離れた所でこちらを向いて座っていた白人の男が椅子から立ち上がり、近づいて来た。

 達也は再び敬礼する。

 

「ミズサワ准尉です。」

 

「アラン・マクダネル少尉だ。よろしくな。いきなり活躍だったらしいじゃねえか。」

 

「活躍・・・ですか?」

 

 適当な敬礼をしながら、アランと呼ばれたその男は嫌味のない笑いを浮かべた。

 しかし達也はアランの言った意味が分からなかった。ファラゾアから追い回されはしたものの、武装していなかったせいで敵を墜とせたわけではなかった。

 

「丸腰の僚機を守る為、自分も丸腰なのに敵を引きつけて時間を稼いでた、って聞いたぜ? 根性あんじゃねえかヨ。」

 

 それは言い過ぎ、買い被り過ぎというものだった。

 実際は恐怖にすくみ上がりつつ、死にたくなくて逃げ回っていただけだ。

 

「それはかなり事実と異なります、少尉殿。自分はただ死ぬのが怖くて逃げ回っていただけです。」

 

「おう、ミズサ・・・タツヤで良いな? タツヤ、面倒臭えからその敬語やめろ。ここは最前線で、勲章付けたお偉方なんざ誰も居やしねえ。偉かろうが下っ端だろうが、ファラゾアとやり合うときは、みんなやるこた一緒なんだ。ツァイ少佐の前でだけ畏まってりゃ良いんだヨ。うるせえからな。」

 

 そう言ってアランは笑いながら握りこぶしで達也の胸元をトントンと叩いた。

 思わず視線だけで横に居るパナウィー大尉の顔を窺うが、軽い苦笑いを浮かべつつ達也の方を見て片眉を少し動かしただけだった。

 

「分かりまし・・・分かったよ。アラン、でいいか?」

 

「おうよ。」

 

「いきなり襲いかかられて、ビビりまくって逃げ回ってただけだ。仲間を守るなんて、そんな大層な事をしたつもりはないよ。」

 

「それでもだ。初日でいきなり襲われて、しかも丸腰で二機に追い回されて、生き残っただけでもたいしたもんだ。俺なんかな、着任四日目で初めて戦闘になった時にゃ思わずチビっちまったぜ。」

 

 そう言ってアランは達也の左側に回って右手を回して肩を組み、話の後半はまるで内緒話をするかのようにニヤニヤと声をそばだてた。

 声が大きいので、まったく内緒話にはなっていなかったが。

 

「アラン、先にタツヤを部屋に案内してやって。幸い今日は出撃の予定も無いし、スクランブル要員にも当たってない。今日の午後は、アランはタツヤの教育。部隊概略説明と基地内一般事項の説明。いい?」

 

「諒解っす。おし、営舎行くぞ。付いてこい。」

 

 そう言ってアランは後ろも振り向かずに詰所を出て行く。

 慌てて追いかけようとして気付き、達也は振り向いてパナウィー大尉に敬礼する。

 彼女は明らかに苦笑いを顔に浮かべ、早く行けと答礼もなく手を振った。

 

 整備中の自機の脇に置いてあった私物を突っ込んだバッグを拾い、アランの後に続いて格納庫裏に並ぶ営舎に向かった。

 パナウィー大尉が指示に従い、アランによる部隊概略説明と基地内一般事項の説明、つまり教育隊での講義内容と最前線の実戦部隊での現実を比較した本音と建前について、アランに現場で教わりながら基地中を引きずり回されてその日は終わった。

 やたらとテンションの高いアランに引きずり回され、ファラゾアに追い回されるよりもこっちの方が疲れたかも知れない、と思いつつ達也は寝床に入った。

 

 

■ 2.21.2

 

 

 翌朝、起床して身支度を調えているところでアランが部屋のドアをノックした。

 

 本来なら下士官である准尉には宿舎の個室は与えられないのだが、パイロットには個室が割り当てられる規定となっていたため、達也は有り難い事に個室を与えられてゆっくりと休む事が出来た。

 いわゆる「パイロットは寝るのも仕事のうち」という考えによるものだ。

 何の心配も無く、個室で、一人で一つのベッドを占領して寝る事が出来たのは、よく考えればファラゾアの来襲以来ここ三年ほどで初めてである事に、昨夜寝る前にベッドの中で気付いた。

 同時にこの三年で激変した自分の生活環境を、達也は思い返した。

 

 シンガポールという多分この地球上でトップクラスに平和な街の中で、ごく普通の学生生活を送り、ゲームとサッカーに明け暮れていた自分が、突然数え切れない人の死を目の当たりにし、そしてこの世の底辺のような場所を生き抜き、いまは国連軍の基地でパイロットとして働いている。

 全ては何の前触れもなく突然襲いかかってきた理不尽な敵、ファラゾアという存在によるものだった。

 

 その理不尽を耐えて生き抜く生活を、長く共にした相方を思い出していた。

 シヴァンシカは今どうしているだろうか。

 無事にコルカタに着いて、生き残った家族達と幸せにしているだろうか。

 死ななかっただけましとは言え、あれだけ沢山酷い目に遭ったのだ。

 靴底をすり減らして自分の脚で子供達を探し回った優しい父親に連れられて、ファラゾアの脅威が比較的少ない場所に逃げ延びていったのだ。

 酷い目に遭った事など忘れて、その分だけ幸せに暮らしていて欲しかった。

 

 寝る前に思い返したここ数年の記憶に続いて、そんな事を考えている時にアランが自分の名前を呼びながら部屋のドアをノックするのを聞いた。

 

「タツヤー。メシ行くぞ、メシ。0800時からミーティングあっからよ、早めに食っちまおうぜ。」

 

 それ程分厚くもない合板製の営舎のドアを通して、廊下のアランの声がよく聞こえる。

 現在時刻は0618時。

 営舎の皆がもう起きている時間なので、大声を上げられても誰かの迷惑になるような事は無いだろうと思った。

 

 アランと共に、指令棟の脇に作られたホーカーズの様な半ば屋外の食堂で朝食を摂り、国連軍格納庫にある国連軍パイロット詰所に向かう。

 昨日、皆に紹介されたあの詰所だ。

 

 詰所に入ると、適当に置かれた椅子にパイロット達が適当に座ってお互いに話をしている。

 4287TFSと4288TFSで総勢三十名近いパイロット達が部屋の中に居る。

 男も居り、女もいる。三十を過ぎてそろそろパイロットとしてのピークを過ぎつつある様な年齢のものも居れば、達也と余り変わらない歳に見えるものも居た。

 お互いそれなりに付き合いも長く何度も共に死線をくぐり抜けてきた者達が、気の置けない人間関係を作り、まるで三十人が全て一つの大きな家族のようにも見える雰囲気を漂わせていた。

 達也の隣に座ったアランも、その向こう側の男から話しかけられている。

 どうやら自分と同じ4287TFSのパイロットらしいと理解した達也だが、話に割り込んでまでその男を紹介してもらおうとは思わなかった。

 もしかするとこれから長い付き合いになるかも知れないのだ。慌てる必要は無いだろう。

 

 きっかり0800時にアウ・ズオン中佐が詰所に入ってくる。

 中佐が入って来ると同時に皆が口を閉じ、詰所の中が一瞬で静かになった。

 

「諸君、お早う。今日はうちの隊にスクランブル当番の者は居ない筈なので、次の大規模作戦の説明をするのに好都合だ。」

 

 中佐はそこでいったん言葉を切り、室内を見回した。

 

作戦(オペレーション)ライト(Light )スネイル(Snail)(光のカタツムリ)』について作戦概要説明を行う。」

 

 中佐の言葉に、どことなくマッタリとした雰囲気を残していた詰所の空気が変わった事を感じた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ホーカーズとは、シンガポールにあるフードコートみたいなもんです。場所によっては屋台の集合体みたいな感じで、日本だと「屋台村」と言うのが一番しっくりくるでしょうか。

 バクリウ基地はまだ完成して居らず、とにかく必要な施設から作っては立上げている状態なので、食堂の建物は後回しにされてまだ出来ておらず、テントを張っただけの半分屋外の屋台村みたいな状態です。屋台は地元住民が出しています。

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[一言] シヴァンシカちゃん、、、
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