8. 大艦巨砲
■ 12.8.1
18 October 2053, United Nations of TERRA Central General Administrations Headquarters (UNTCAH), Strasbourg, France
A.D.2053年10月18日、フランス、ストラスブール、地球連邦軍参謀本部
いつもの六人がいつもの部屋で話し合っている。
本日のお題はずばり「火星宙域のファラゾア艦隊の攻略法、及びその時期」である。
地球周辺宙域から引き上げたとは言え、火星には未だ多くのファラゾア艦が停泊している。
はっきりと艦艇数が確定されていないだけで、燃料としての水素供給源である、火星のすぐ外側の木星にも、多数のファラゾア艦が潜んでいる可能性が高い。
少なくとも火星と木星の間で艦艇の行き来があることは確認されており、また木星には艦艇が身を隠すのにうってつけの分厚い大気と、多数の衛星が存在する。
距離がある上に、大質量の木星と多数の衛星で複雑な重力場を形成する木星周辺宙域では、さしものGDDDSも探知精度が上がらず、停泊する艦艇の数までは特定できないのだ。
それは即ち、地球艦隊が火星周辺宙域に攻め込んだ場合に思わぬ大規模な援軍が木星周辺宙域から現れる可能性があることを示している。
地球から遠く離れ、完全に未知の宙域である火星をどう攻めるか。
そして、いつ攻めるのか。
一つ間違えば地球艦隊の全滅と、そして地球人類の滅亡に直結する極めて重要な戦いとなることは明らかであり、その時期と攻め方は検討を重ねた上で慎重に最善の選択を行わねばならないのだ。
「私もまだ時期尚早であるという意見に同意しますな。戦闘空母一隻と駆逐艦八隻の艦隊は、いかにも非力だ。3000m級の戦艦複数と撃ち合いになったとき、どう考えても勝てるとは思えない。まるで、そう、ガトリングガンで武装する敵陣に、単発銃を持った騎兵隊で突撃するようなものだ。近づくことさえ出来ずに甚大な被害を被り、無駄に戦力を消耗するだけという結果になることは明らかだ。」
と、参謀本部作戦部長のエドゥアルト・クルピチュカが腕を組み、顰め面で言う。
目の前に座る参謀本部長のロードリック・ムーアヘッドは直属の上司であり、その脇に座る参謀総長のフェリシアン・デルヴァンクールはさらにその上の上司に当たる。
しかしこの場で求められていることは、上司に安易に追従することでは無く、議論を行うための正確な情報を提供することと、それらの情報を鑑みた上で自分はどのように考えるかという意見を、その根拠と共にはっきりと提示することだった。
A.D.2053年10月18日現在、地球連邦軍には就航したばかりの戦闘空母が一隻と、それに先んじて就航し様々な訓練を重ねてきた駆逐艦八隻と、まだ余りに頼りない艦艇数しか存在しない。
現在の地球連邦宇宙軍第一機動艦隊の構成は以下の通りである。
地球連邦宇宙軍 第一機動艦隊 (1st Space Task Fleet)
第001駆逐戦隊 001st Destroyer Squadron (001th DDSQ)
駆逐艦 ドラグーン (Dragoon) Space Destroyer : DDSP-001
駆逐艦 ラーン (Rán) DDSP-002
駆逐艦 アマツカゼ (天津風) DDSP-005
駆逐艦 タチカゼ (太刀風) DDSP-007
第002打撃戦隊 002nd Strike Squadron (002nd STSQ)
戦闘空母 テラナードリーム (Terranner Dream) Space Carrier Battleship : BCSP-001
第003駆逐戦隊 (003rd DDSQ)
駆逐艦 カミカゼ (神風) DDSP-003
駆逐艦 フィッツジェラルド (Fitzgerald) DDSP-004
駆逐艦 ゲイルスコグル (Geirskögul) DDSP-006
駆逐艦 ミストラル (Mistral) DDSP-008
戦闘空母テラナードリームは、「Battleship」という名が付いてはいるものの、全長1000mに満たない実質巡洋艦クラスの艦であり、武装もそれ相応のものでしかない。また、空母とは言え格納できる戦闘機は最大でも三十機程度と、戦闘艦としても空母としても、ファラゾア艦に較べて十分な打撃力を持っているとは言いがたい艦である。
ちなみにであるが、ファラゾアの3000m級戦艦は、戦艦と言えどもクイッカー等の小型戦闘機械を百機以上搭載していることがこれまでの観察で確認されている。
テラナードリーム以外の、機動艦隊を構成する艦艇は全て駆逐艦であり、当然のことながらファラゾア戦艦と対峙した場合の打撃力はたかが知れている。
駆逐艦は全て二つの型で構成されており、日本で建造された三隻がアマツカゼ級、それ以外の五隻は全てドラグーン級である。
ドラグーン級に較べてアマツカゼ級はいくらか口径の大きな砲塔を備えているが、しかしそれも口径1m程度でしかなく、ファラゾア戦艦が多数搭載している2m近い口径のレーザー砲に較べれば、威力でも数でも大きく見劣りする。
そもそもが、宇宙空間での戦闘は大艦巨砲が全てである。
地球人類の歴史上、大艦巨砲が航空機に取って代わられたのは、巨砲を積む戦艦が海水面という二次元平面を低速低機動力で移動するのに対し、航空機という小型の戦闘機械が空中という三次元空間を高速高機動力で動き回る事が出来たためである。
戦艦の巨大で重鈍な図体はたやすく的になり、逆に動きの遅い巨艦の砲塔は素早く飛び回る航空機に狙いを付けることさえままならない。
巨大な戦艦も小型の戦闘機も、いずれも宇宙空間という三次元空間を移動し、さらには巨大な艦体の内部に多数の推進器を搭載することで、戦闘機よりも遙かに速い速度と高い機動力を有し、且つ強力な武装を多量に搭載する戦艦が、少々数を揃えたからと言って戦闘機との戦闘に負けるわけが無かった。
大きな艦体にはそれだけ多くのスペースがあり、そこに多数の推進器を搭載することが出来る。
重力推進による機動力は、機体或いは艦体を包む場にどれだけ高重力をかけられるかによってのみ決定され、機体或いは艦体の大きさや質量に左右されない。
巨大な艦体に多数の推進器を搭載できる戦艦の方が、小さな機体に少数の推進器を搭載する戦闘機よりも機動力に勝るという、地球上の常識では考えられない逆転現象が発生する。
戦艦の巨体は確かに巨大な「的」ではあるが、それを補って余りあるほどに重武装しており、射程威力共に比べものにならない戦艦に戦闘機はまともに近づくことさえ出来ない、近づいたところでその貧弱な武装では傷を付けることさえ出来ない、というのが現実である。
かくして宇宙空間の戦闘は大艦巨砲が全てということとなり、全長3000mなどという巨大な戦艦が生まれ、戦いの中心を担う存在となる。
勿論例外はある。
地球における過去の戦争で、巨大な戦艦に向かって列を成した駆逐艦が突撃肉薄しあらん限りの魚雷を放出して離脱する魚雷戦を仕掛け、己よりも遙かに強大な戦艦をよく撃沈せしめたように、同様の戦い方によって駆逐艦が戦艦を撃破する戦術が確かにあるのだ。
しかし当然それには高い技量と強靱な勇気と戦艦を打ち倒すだけの強力な武器の存在がそれぞれ必要不可欠なのであるが、ここ一年ほどで編成された駆逐戦隊の、宇宙という不慣れな戦場で戦う新兵ばかりで構成されたようなこの艦隊にその様な荒々しくも華々しく繊細な戦い方を求めるのはまだ酷というものであろう。
「戦力不足という意味では全く同意しますよ。ただこの戦いには、時間という重要な要素が深く関わってくる。火星の戦闘機工場のように、ファラゾア艦の造船所がこの太陽系内に存在するなら、時間を掛ければ掛けるほど我々は不利になる。そうであれば、ファラゾアの艦艇数が極小化していると思われる今がまさに攻め時、ここで勝てねばもう二度と勝つ事は出来ない、という意見も十分に納得できる。
「どちらが正しいか、しばらく様子見するという選択肢だけはあり得ないでしょう。造船所が在るならば、千載一遇のチャンスを逃すこととなる。無いならば、例え今回我々の側の艦艇数が減っても、敵の艦艇数は増えない。いつでも取り返せるという事です。
「即ち、出来るだけ早く火星に攻め込むのが、どちらの場合を想定しても最もリスクが低いと思われます。」
と、連邦軍情報部長のフォルクマー・デーゼナー。
ファラゾアの造船工場が太陽系内にあるかどうか、という議論は決着していなかった。
ファラゾア来襲から十七年も経ち、造船所があるならばとっくに可動しているであろう。今現在新たに進水してくる艦艇が無いのであるから、造船所は無いのだ、という意見が当初は多数を占めた。
消耗の激しい戦闘機は現地調達してでも大量に揃える必要があるのだろうが、艦艇は戦闘機ほど簡単にどこでも建造できるものでは無かろう、と。
しかしながら、太陽系外から数百、時には千を越える艦艇が現れ太陽系に侵入しようとして、太陽系外縁に数千隻も潜む帰属不明の艦隊に毎回撃破されている、という事実がGDDDSによって探知され話をややこしくした。
太陽系に侵入しようとして毎回撃退されている艦隊が、ファラゾアの増援艦隊であることはまず間違いないとみて、そうなると増援艦隊を手に入れられないファラゾアの太陽系駐留艦隊はどうするだろうか、と。
増援を受けられないと分かり、ならば現地で造船すれば良いと方針転換し、造船所の建造に手を付けたのが最近のことなのかも知れなかった。
昨日までは新造艦の進水は無かったが、ごく最近完成したばかりの造船所が稼働しており、明日からは毎日数隻ずつの3000m級戦艦が進水してくるのかも知れなかった。
最早疑心暗鬼の領域に近い推測であるが、現在進行中のプロジェクトの中で何か一つでも大きく失敗すれば人類滅亡の危機にまっしぐらという状況であれば、疑心暗鬼にもなろうというものだった。
そして、太陽系内にファラゾア造船所が無いことの証明は、いわゆる悪魔の証明に属するものである。
造船所が無い事を証明するためには、太陽系内の全ての天体をくまなく調査せねばならず、勿論その様な事をする余裕は地球人類には無い。
最近になってやっとあちこちで再稼働する様になったAIプログラムによる判定は、ファラゾアが太陽系内に造船所を建造した可能性35%と、「在る」と考えるには少々低過ぎ、かといって「無い」と無視するには高すぎる微妙な数字を弾き出していた。
「今がチャンスだ、と云うのは分かっているのだ。だがもし、無理に火星に攻め込んで、現有の艦隊が壊滅すれば、次に同じだけの戦力を揃えられるのは一年後だ。幾ら八号艦が来年就航予定で、駆逐艦は世界中のドックで大量に建造中とは言っても、すぐに復旧できる訳では無い。そして我々には宇宙空間での大規模艦隊戦の経験が無い。劣勢の艦隊を大量の戦闘機で補うとは言っても、それがどれ程有効なのか正確に評価できていない可能性がある。」
と、再びエドゥアルトが言う。
地球連邦軍は、これまでの地球宙域での防衛戦の経験から、ミサイルで武装した多数の戦闘機によって戦艦は撃破可能であるとしている。
これは先ほどの多数の駆逐艦による戦艦への突撃について、駆逐艦をさらに多数の戦闘機へと置き換えたものと考えて良い。
事実、地球から発進した多数の戦闘機で月軌道以遠のファラゾア戦艦を襲撃し、戦闘に参加していた戦艦を殲滅するとまではいかないまでも、一定数を撃沈せしめたことは事実である。
その為、距離が遠いか近いかの差があるだけで、多数の戦闘機隊と共に第一機動艦隊が火星に攻め込むのであれば、それなりの勝率は見込めるとふんでいるのだった。
勿論それは、どれほどの敵艦艇が火星宙域に存在しているかにもよる。
その点については抜かりなく、SAPCS子機を改造した長距離偵察用のドローンを何度も火星宙域に飛ばしており、火星宙域のファラゾア艦隊の状況は把握済みである。
その情報を踏まえた上で、これまでの宇宙空間での戦闘でのキルレシオを適用して試算を行った結果を基にして、今こそ攻め込むべきだとの主張となっているのだ。
当然、作戦開始時にも複数のドローンを飛ばして再確認と最終的なGO/STOP判断をを行う必要はある。
「ふむ。良いだろう。無謀な作戦は厳に慎むべきではあるが、かと言って被害を恐れていては作戦の実施など出来ん。勝とうが負けようが、戦えば当然のこととしてそれなりの被害は出るものだ。
「今が攻め時であると言うことについては特に反対意見は無いようだが、宜しいかね?」
地球連邦軍の最高位者である参謀総長のフェリシアン・デルヴァンクールが、それまで眼を閉じ腕を組み黙って聞いていたが、閉じていた眼を開け皆を見回して口を開いた。
「ならば一当たりしてみようじゃないか。敵の造船工場の有無については、どのみち確認する事は出来ないのだ。出来ないものを議論していても仕方が無い。今が攻め時で、事によるとこれほどの好機は二度と巡っては来ない、というタイミングの方を重要視したいと思う。
「諸君、それで良いか? 良ければ明後日の全体戦略会議での提案と採決に向けて調整に入ってくれ。」
議論に参加している全員がGO/STOPいずれとも決めかね、議論の中で何か見えてくるのではないかと話し合っていたが、やはり決定的な判断材料に欠けた。
そのような議論に、最高位者としてフェリシアンは判断を下し、そして作戦が動き始める。
実施が決まってからの皆の動きは速かった。
「珍しく今日は静かだったじゃないか。」
ほぼ定例会と化した、フェリシアンのオフィスでの打合せを終え、自分達の根城である「倉庫」へ戻る車の中、笑いながらヘンドリックはトゥオマスに言った。
いつもであれば、議論の方向性が定まらないとき、必ずと言って良いほどいつものあの口調で停滞する議論を見下した発言をし、そして前に進むための様々な材料を場に放り込んでくるのがトゥオマスという人物だった。
「ふむ・・・そうだね。」
半ば心ここにあらずと言った口調で、ヘンドリックの隣の後部座席で腕を組むトゥオマスが応える。
ここに来てもなお普段と反応の異なるそのトゥオマスの態度が気になった。
「どうした。何か気がかりなことでもあるのか?」
半ば揶揄う様な口調で話しかけたヘンドリックの笑いが消え、視線だけを向けていた顔をトゥオマスに向けた。
「そう・・・気がかり、だね。調べる方法も無いので、無用な疑心暗鬼を増幅しない様口にはしなかったがね。」
思わせぶりにトゥオマスはそこで言葉を切る。
勿論本人にそのようなつもりはないだろうが。
先を促す様に、ヘンドリックはそのまま沈黙を保つ。
「GDDDSでも探知出来ないし、光学や電磁波でも発見できない。増援艦隊が何度も撃退されているから、その様なものだと思ってしまっているけれど・・・奴等の戦力は、こんなものなのだろうかね?
「敵は少なくとも数十万年以上先に進んだ科学文明なのだよ。今我々に見えているものは、我々にとって分かり易すぎる気がしてね。」
「・・・どういう意味だ? 奴等に隠し球でもあると?」
これまでファラゾアのことを散々「トロい」だの「鈍間」だのと馬鹿にしてきたトゥオマスのその不吉な言葉に、眼を眇めてヘンドリックは問い返した。
「在ってもおかしくないのだが、かといって『では何か』と問われれば何とも言い様がない。それこそただの疑心暗鬼かも知れない・・・だからあの場で口に出すことはしなかったのだがね。」
珍しくなんとも歯切れの悪い言葉を吐いたまま押し黙るトゥオマスをしばらく眺め、視線を足元に戻して今のトゥオマスの言葉を考えるヘンドリックであったが、SF作家でも無ければ理学工学系の博士でもない彼には、それがどの様なものか思い付くことさえ出来なかった。
車は押し黙る二人の政府高官を乗せたまま、ストラスブール旧市街外郭を回る環状線へと乗り換え、ライン川を目指して走り去っていった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ここのところ週一のペースになってしまっています。スンマセンです。
少し前に感想欄で、マスドライバで火星を攻撃した際のインパクトについてご指摘を受けました。
スミマセン。忙しいのを理由に、まともな計算もせずに書きました。多分ご指摘の通りと思います。
やっぱり「ちょっとハードっぽいSF」或いは「ハードになりきれないSF」を掲げるには、最低限物理計算程度はちゃんとやらないとダメっすね。
こういう理論的なご指摘もそうですが、誤字脱字等についても、いつも皆様からのご指摘に助けられております。
この場を借りて改めて御礼申し上げます。




