5. ウルフパック
■ 12.5.1
地球人類にとって母星である地球の防衛戦、即ち約二十年ほど前のある日突然宇宙の彼方から来襲したファラゾアとの戦いは、何か大きなミスをすればたちまち敵側に天秤が傾いてしまいそのまま地球人類滅亡に向けて転がり落ちてしまうような、余裕の無い崖っぷちの戦いであることは、戦場を宇宙空間へと移した今もまだ変わりが無かった。
現在、戦況は僅かながらの小康状態と言っても良い、比較的安定した状態にある。
地球上から全てのファラゾア降下点を排除することに成功し、時として残党のような小規模部隊との小競り合いは発生するものの、制空権を奪われるほどの大規模な敵機群は地球上にすでに存在しない。
戦闘機同士の大規模な戦闘が発生しなくなってからは、ファラゾア艦隊が地球周辺宙域に姿を見せなくなった。
火星から散発的に数百から千機ほどの戦闘機部隊が乗り込んでくることもあるが、今のところその様な小規模戦闘機群による侵攻は全て撃退できている。
事実上地球周辺宙域は地球人類の手に取り戻せたと言って良く、少なくとも表面上は以前に比べて明らかに戦況が好転していた。
勿論、長期的な戦局を眺めた場合に、地球上に存在する資源を使い切ってしまえば後は打つ手が無い地球人類に対して、物質転換機を用いて太陽系に存在する地球以外のほぼ全ての物質を資源として活用できる、無尽蔵に近い資源を持つファラゾアが圧倒的優位に立っている事は否定のしようが無かった。
鉄やチタンと云った資源は埋蔵量も多くこのままあと百年戦い続けても枯渇することはない。
しかし所謂希金属や貴金属などはその限りではない。
また埋蔵量はどうあれ、採取や精製に手間が掛かり、生産量が上がらないものもある。
いずれにしても、物質転換器を所有しているであろうファラゾアが、地球以外の惑星を好きに採掘して、大規模な工場で続々と戦闘機械を生み出すのであれば、彼我の戦力差は時間が経つに連れ大きくなるばかりである事は明らかだった。
また、現時点での確定情報では小型戦闘機械生産工場が火星に存在する事が確認されているのみであるが、それ以外の惑星あるいは衛星にさらなる戦闘機械工場が存在したり、或いは艦艇の建造工場が存在したりしないなどという保証はどこにも無かった。
水際作戦とも言える地球宙域でのこれまでの戦いで、ファラゾア艦隊の艦艇数を相当数減じてはいたものの、敵が太陽系内で艦艇の増産体制に入りでもすれば、戦局は一気に最悪に転ずる。
ファラゾアが太陽系内に艦艇建造工場を持ち、今後増産体制に入ることを想定した上で、ここ二十年来では戦力差が極小となっている今が攻め時であるという考えは、地球連邦および連邦軍内で主流の考えであった。
もっとも「戦力差が極小」とは言っても、それは従来に較べて比較的小さくなったというだけのことであって、3000m級戦艦やその他多数の戦闘艦艇を有するファラゾアとの戦力差が未だ大きな隔たりを有していることに変わりは無かった。
特に、人類が優勢に立てる地球周辺宙域に敵の艦艇が寄りつかなくなり、今後主戦場が外宇宙に移るであろう事を考えると、保有艦艇の質と数の差は決定的な戦力差となって戦局を大きく左右するであろう事は明らかだった。
その為、他惑星宙域、或いは惑星間宙域での戦闘という、これまで地球人類が経験したことも無い戦闘を想定して、創設されたばかりの地球連邦宇宙軍艦隊を主体とする激しい訓練が連日行われていた。
西暦2053年の始まりにおける地球連邦宇宙軍艦隊の戦力は未だ全く整っておらず、やっと産声を上げたばかりの状態であった。
まだ全く数が揃ってはいないものの、現存の艦艇は全て宇宙軍第一機動艦隊(1st Space Task Fleet)に組み入れられている。
ドラグーン級駆逐艦一番艦DDSP-001ドラグーン(Dragoon)、同級駆逐艦二番艦DDSP-002ラーン(Rán)が所属する第001駆逐戦隊(001th Destroyer Squadron (001st DDSQ))、アマツカゼ(天津風)級駆逐艦二番艦DDSP-003カミカゼ(神風)、ドラグーン級駆逐艦三番艦DDSP-004フィッツジェラルド(Fitzgerald)が所属する第003駆逐戦隊(003rd DDSQ)の、わずか二戦隊四艦から構成される、機動艦隊とは名ばかりの第一機動艦隊がその全艦隊戦力である。
勿論この後続々と就航する予定の艦艇が昼夜を徹する勢いで複数建造中であり、それら艦艇の就航と艦隊への編入をもって第一機動艦隊は一応の戦力を揃えることが可能である予定なのだが、いずれにしても現時点での戦力は前述の四隻のみという状態であり、「艦隊」と呼ぶにはまだ余りに貧弱かつ非力で、太陽系内におけるファラゾアの拠点となっている火星に攻め込むなど夢のまた夢というのが現実であった。
しかし如何に今現在戦力が整っておらずとも、ごく近い将来必ずやって来る火星攻略を想定し、可能である限りの訓練を日夜行い爪を研ぎ牙を尖らせてその時に備える事は必要だった。
月周回軌道上の待機ステーションLOWS(Lunar Orbital Waiting Station)や、地球周回軌道上のTOWS(Terran Orbital Waiting Station)など、最近になってやっと宇宙空間に出撃基地を持つ事が可能となった宇宙軍戦闘機隊と共に、乗艦している兵士達の練度を少しでも上げようと訓練に勤しむ日々を送っていた。
その日もその様な日々の中の一日だった。
達也達666th TFWは、エクサン・プロヴァンス宇宙軍基地に共に駐留している宇宙軍戦闘機隊9103TFSと、連邦宇宙軍第一機動艦隊第003駆逐戦隊(003DDSQ)所属の駆逐艦二隻と共にアグレッサー役として、地球宙域で行われている戦闘訓練に参加していた。
多少大きさが小さいのではあるが、月を火星に見立て、その周回軌道上に存在するファラゾアであるアグレッサー部隊と、それを撃破せんと遠距離から突入してくる攻撃隊による訓練であった。
ちなみにアグレッサー部隊には、シベリアのヤル・スプ宇宙軍基地、日本の嘉手納宇宙軍基地からも戦闘機部隊が参加しており、戦闘機総勢二百四十八機、駆逐艦二隻の陣容となっている。
対する攻撃部隊は、同じく第001駆逐戦隊(001DDSQ)所属の駆逐艦二隻と百五十八機の戦闘機隊という構成である。
月周回軌道が訓練場所として選ばれたのは、万が一誰かが訓練中にヘマをして地表に激突するか、激突はしないまでも誤って天体を実弾で撃ってしまう様な事故が発生した場合、単純に月の方が被害が少ないためである。
「カミカゼより全アグレッサー隊へ。敵部隊を探知した。方位24,13、距離820、針路08,30、速度1200。003DDSQは月軌道上にて迎撃、距離500で砲撃を開始する。戦闘機隊は迎撃行動を開始。戦闘機隊の管制をSAPCS9049ACSへと移管する。コードネームはセレネ。戦闘機隊はセレネ指示に従え。」
アグレッサー部隊旗艦である駆逐艦神風から、月軌道上に待機して敵部隊の出現を今や遅しと待ち構えていた全ての機体に指示が下る。
「フェニックスリーダより各機。針路24,09、加速度1000Gにて加速開始。SAPCS指示無ければ、南側から接近して突き上げる。」
666th TFW編隊長であるレイラの指示により、達也を含む十六機のミョルニルD型が、あらかじめ決められていたとおりに太陽系黄道面に対して敵の下方を狙って加速を開始した。
「フェニックス、こちらセレネ02。針路宜し。接敵は240秒後。距離200にて任意に砲撃を開始せよ。砲撃開始は100秒後の見込み。」
「セレネ02、こちらフェニックス。針路加速度を維持する。砲撃開始タイミングはこちらで判断する。」
「セレネ02、諒解。接敵後は北方に離脱後、回り込んでリアタックせよ。」
「フェニックス、諒解。」
宇宙空間には障害物も遮蔽物も無い。
それはまるで、起伏も無く隠れる所も無いどこまでも真っ平らな平原で戦陣を組んで戦うようなものだった。
基本的には、強力な火力を遠距離まで投射できる方が有利である。
宇宙空間での戦闘では単純にそして圧倒的に、大艦巨砲の思想がそのまままかり通る。
しかし二次元の平原での戦いがそうであったように、何も無い宇宙空間であっても様々な戦力をそれぞれ最適なタイミングと位置で投入することで、圧倒的強者である筈の大艦巨砲の優位性を減じ、或いは覆すことも不可能では無い。
古代の戦いにおいて歩兵部隊が様々な陣形を選択し、騎兵や軽歩兵、弓兵を最善の時と場所を選んで投入することで戦局を動かしたのと同じ事が、宇宙空間でも発生するのだ。
「敵部隊、当方駆逐艦まで距離500に接近。駆逐艦カミカゼ、フィッツジェラルドは迎撃行動を開始。当方戦闘機部隊主力は敵部隊まで距離200。」
SAPCSセレネ02からの戦況報告がレシーバを通して666th TFWの全員の耳に届く。
「フェニックスリーダより各機。針路このままで敵の脇腹に食らい付く。距離220。各機砲撃開始。目標任意。砲撃を継続しながら敵部隊と交差し、反転してリアタックする。」
達也達666th TFWと攻撃部隊との距離はま22万kmもあるが、レイラは砲撃開始の指示を出した。
射程8万kmのミョルニルA型に較べ、大口径大出力800mmx300MWレーザーを二門搭載した彼らのミョルニルD型であれば、この距離であっても命中を出せばそれなりの確率で敵を撃破可能である。
勿論、光の往復に1.5秒も掛かるこの距離では、ランダム機動を行っている敵にレーザー砲を命中させるのは極めて難しい。
しかし例え低確率であっても敵に損害を与えることが可能であるならば砲撃を開始するべきとのレイラの判断だった。
なんだかんだと言いながらも、彼女も問題児だらけのST部隊の一員であった。
2000km/s近い相対速度差がある彼我の距離は急速に縮まっていく。
砲撃開始から40秒も経てばその距離は15万kmを切り、敵部隊は全てミョルニルD型の有効射程内に入る。
敵に側面を突く動きがあることは知っていたものの、それがよりにもよって大火力を有するST部隊であることに気付いた攻撃隊に、側面のST部隊を無視してそのまま吶喊するか、或いはST部隊に対応して一部の部隊を横方向への迎撃に割き損害を抑えるかの迷いが一瞬発生した。
攻撃隊は結局戦闘機隊二部隊二十九機を割いて、南方から側面を突いてくるST部隊を迎撃することとしたが、当然ながらその対応は針路正面に対する攻撃力の低下を招く。
また、側面のST部隊を迎撃するとは云っても対応しているのはミョルニルA型であり、距離が詰まるまでの間はほぼ倍の射程を持つD型を駆るST部隊から一方的に攻撃されることとなる。
完全に正対している彼我の距離は一気に詰まりミョルニルA型の射程内に互いを収め、まぐれ当たり狙いで運任せの砲撃では無く、狙いを付けての精密射撃へと変わっていく。
「駆逐艦ラーン、大破。艦体後部に大ダメージ。航行能力喪失。ラーンは直ちに戦闘行動を停止し戦列を離れよ。」
攻撃隊の先頭が、月周回軌道から発したアグレッサー戦闘機部隊との距離8万kmに達し、ここから本格的に戦闘機同士の撃ち合いが始まると思われた矢先、SAPCSから攻撃隊に向けて出された指示に皆一瞬呆然とした。
駆逐艦あるいは戦闘機のパイロットがその情報に気を取られたのは僅か一瞬のことであり、彼等はすぐに月周回軌道から飛来した戦闘機と、未だ月の周りを回っている駆逐艦二隻への攻撃へと意識を戻した。
しかし、戦闘機に較べて打たれ強く、また多数の大口径砲を連動して攻撃を行う事の出来る駆逐艦が一隻脱落したことの影響は大きく、またファラゾアの物量を想定して元々優勢な数の戦闘機部隊が配置されていたアグレッサー部隊の優位は変わらず、演習の結果は駆逐艦大破一、中破一、戦闘機百七機喪失にて攻撃隊の惨敗であった。
「敵艦砲の直撃でも受けたか? 敵の980mmか。」
敵味方に分かれつつも演習に参加した駆逐艦四隻の中で、唯一戦闘不能判定を受けるという不名誉を拝した駆逐艦ラーンの艦長が戦況を見返し、最終的に大破判定を下したSAPCSセレネ01へと、その原因を問い合わせた。
両陣営とも駆逐艦二隻の戦力であったとは言え、アグレッサー側には天津風級二番艦神風という、少々偏った性能の船が存在する故に、当然敵艦からの砲撃にやられたものだろうと推察していた。
ドラグーン級二番艦ラーンの主砲が800mmx720MW単装光学砲二基二門であるのに対し、天津風級の主砲は980mmx860MW連装光学砲二基四門という、設計者の頭を疑いたくなる様な主砲偏重武装を有しているのだ。
「いえ。ラーンの大破判定は艦体後部に集中的に受けた戦闘機レーザー砲による機関破壊によるものです。カミカゼからの艦砲にも命中判定はありましたが、艦首に四発、累積1.2秒にて艦首部分小破の判定に留まっています。」
「戦闘機?・・・奴等か。馬鹿な。戦闘機のレーザー砲で駆逐艦の装甲を抜いて機関を破壊するなど、有り得ん。判定が間違っていないか?」
真正面から接近してきた戦闘機部隊との本格的な撃ち合い直前に、攻撃隊の南方から接近し、自艦の後方を数百kmの距離で掠める様に飛び去ったST部隊の事を思い出した。
戦闘機が対艦ミサイルを用いることさえなく駆逐艦を沈めるなどあり得なかった。
それは言わば、ファラゾア来襲前の空力戦闘機が、海上の駆逐艦を20mm機関砲のみを使って大破させた、と聞かされた様なものである。
理論的に不可能ではない。だが常識的にあり得なかった。
「確認しましたが、誤判定ではないものと思われます。アグレッサー側として参加した666th TFWは十六機。黄道面南方から攻撃隊に接近し、攻撃隊後方を通過しました。十六機全てが徹頭徹尾駆逐艦ラーンを狙い撃ちにしています。666th TFWによる攻撃で駆逐艦ラーンの被弾は百八十七回、累積36.3秒を艦体後方の両舷に集中して受けました。これにより艦体外殻は完全に破損、艦体内深部にまで大きく被害を受けており、機関破壊の判定となっております。
「なお、666th TFWは十六機全てにミョルニルD型が配備されており、ミョルニルD型のレーザー砲は900mmx800MW二門にて、一機につき駆逐艦カミカゼの主砲塔一基に近い攻撃力を有しています。」
「何てことだ。奴等は本艦を集中攻撃する様示し合わせていたのか。しかしそれにしても・・・」
「艦長。畏れながら。連中の通信ログを確認しましたが、示し合わせてはいないようです。666th TFW編隊長から、各機攻撃目標任意の指示が出ている様です。」
「ではなぜ全員が本艦を狙い撃ちにしたのだ。」
「推測ですが。戦闘機よりも大きな目立つ目標であったこと、戦隊二番艦ラーンの位置が戦隊旗艦ドラグーンより僅かに後方に位置しており、攻撃隊全体を見てもほぼ最後尾に突出して位置していたこと、でしょうか。正確なところは本人達に確認するしかありませんが。」
「目立つ目標が最後尾に少し外れていたからと言って、示し合わせるでも無く全員が本艦を徹底的に狙った、と? ・・・狼の群れか何かか、あいつらは。」
駆逐艦ラーンの艦長は、艦橋の後方中央に設置された自席で、呆れ声を出しながら突然襲ってきた頭痛をほぐすかの様に右手でこめかみを揉んだ。
数千km離れた宇宙空間に浮くSAPCSセレネ機内では、チームリーダであるセレネ01オペレータが苦笑いをこぼしていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今週も更新を一回飛ばしてしまい、申し訳ないです。
先ほど飛び込んで来たメールにて、来週のリアルの仕事の状況も今週と似た様なものとなりました。とほほです。
最大限の努力はします。
例えば厚さ1000mmの鉄板を、幾ら同じ所に着弾したからと言っても、バルカン砲の20x102mm焼夷徹甲弾で抜くことは出来ないと思います。
が、レーザー砲であれば1000mmの鉄板であろうと、いつかは抜けます。
・・・まあもっとも、それだけの長時間同じ所に照射できるのか? という問題は残りますが。
もちろん、駆逐艦が厚さ1000mmもの戦艦の様な装甲を持っている訳ではありません。