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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
343/405

2. テラ座標系


 

 

■ 12.2.1

 

 

 壁を蹴った勢いでそのまま自機が係留してある戦闘機固定橋(CB)までステーションのアームの中を飛び抜ける。

 枝内部に幾つも突き出している取っ手のうち、「A8B1(8番アーム1番ブリッジ)」の表記が掲げてあるものを掴み、飛んできた勢いのまま身体を捻って、枝から垂直に突き出す固定橋に脚から飛び込む。

 数m先には自機のコクピットが見えており、コクピットに飛び込む手前でもう一度取っ手を掴んで減速し、今度は取っ手を押して身体をゆっくりとコクピットの中に押し込む。

 

 シートの上に置いてあるヘルメットを被り、首元の固定用ツマミを右に1/8回転させると、カチリと音がしてヘルメットが固定され気密が保持される。

 途端にヘルメット内部でレシーバからの通信音が聞こえるようになり、HMDスクリーンにシステム起動中のシンボルが表示された。

 シートに座るのももどかしく、コンソール上でゆっくりと明滅しスリープ状態である事を示しているエンジン始動ボタンを押す。

 消費燃料を最低限に絞り、出力1%未満のスリープ状態であったリアクタ出力が増大し、アイドリングに戻るのを確認しつつシートの中に身体を沈め、ハーネスのバックルを一つずつ固定していく。

 リアクタがスリープからアイドルに戻ると同時に、機体管制システムがこちらもスリープ状態であったシステムを叩き起こす。

 コンソールに目をやれば、機体管制システムによるハード、ソフト両面のスリープ復帰チェックシーケンスが行われているのが分かる。

 システムウインドウの中をチェックリストが流れていき、次々と「OK」マークが付いていく。

 このスクランブル待機に入る前は、エクサン・プロヴァンス基地を発してLOWS03に接舷し機体をスリープにしただけであるので、基本的にはエラーが出るはずはなかった。

 

 キャノピ開閉ボタンを押して、D型になってスライド式に変わったキャノピがコクピット後方からゆっくりとせり出してくるのを待つこと無く、シート脇にぶらぶらと揺れている複合コネクタを右手で掴んで、ヘルメットの顎の部分に差し込んだ。

 コネクタがガチリと音を立てて固定されると同時に、目の前のHMDスクリーンに「CONNECTED: VESSEL CONTROL SYSTEM」(機体管制システムへ接続)と緑色の文字が表示され、視線認識パターンが表示される。

 その頃にはキャノピが完全に閉まり、キャノピの内側に設置してあるライトが灯り、コクピット内部を薄暗く灯し出す。

 コンソールに「DEAERING: COCKPIT (to 300 kPa) / AIRLOCK (to 0 kPa)」の表示が明滅し、コクピット内と戦闘機固定橋先端のコクピットに接続されていた部分であるエアロックの脱気が行われている事が分かる。

 やがて軽い電子音と共に、コクピット内部の気圧が0.3気圧に達したことが表示され、その後すぐにエアロックの脱気が完了したことを知らせる電子音が鳴る。

 脱気完了と同時に表示が明るくなり操作が有効になった事を示しているコンソール上の「SEPARATE SCB」(戦闘機固定橋(Station Connecting Bridge)分離)ボタンを押すと、コクピットの周りからガチャリと機械音が伝わってきて、HMDの外部光学センサ画像の上半分を黒く覆っていたCBのエアロックがゆっくりと離れていき、出来損ないの配管工事のオブジェの様な、LOWS03の全体が見える様になった。

 

「フェニックス02、分離。準備完了。」

(Phoenix 02, separate. Standing by.)

 

 機体がCBから分離して宇宙空間を漂うい始めた頃には、機体管制システムによるソフトハード両方のチェックは完了しており、いつでも指示に沿って動き出せる状態にあった。

 

「フェニックス04、準備完了。」

(Phoenix 04, standing by.)

 

「フェニックス08、OKよ。」

(Phoenix 08, I'm OK.)

 

 他のメンバーも続々と分離を終え、準備完了を報告している。

 

「フェニックス、こちらSAPCS(Space Area Patrol and Control System)アヌマティ04。敵性の重力反応が火星方面より接近中。戦闘機部隊と思われる。推定二百五十機。方位34、00。35分後に月軌道に到達する。SC全機は方位34、加速1000Gにてこれを迎撃する。接触は22分後。加速開始せよ。」

(Phoenix, this is SAPCS Anumaty04. Hostile gravity propulsions are approaching from Mars. Could be Bandit fighters. Estimate number 250. Direction 34,00. 35 minutes to Bandits reach to Lunar Orbit. SC intercept heading to 34,00, accel 1000G. 22 minutes to contact. Phoenix, start Accel.)

 

「アヌマティ04、こちらフェニックスリーダ。全機分離完了。方位34,00、加速開始する。

(Anumaty04, this is Phoenix Leader. All Phoenix complete separate. Start accel.)

「フェニックスリーダより各機。聞いたとおりだ。方位34,00。加速1000G。各機間隔を50kmにて密集隊形。続け。遅れるな。」

(Phoenix leader to all phoenix. As you heard. Headding 34,00, Accel 1000G. Make a close formation and keep distance 50km. Follow me. Don't be late.)

 

 月周回軌道ステーションLOWS03から離れ、方位34,00に向かって200G程度で比較的ゆっくりと加速していた666th TFWの十六機が、飛行隊長であるレイラの指示の元、次々に加速度を最高加速度の1000Gに上げて宇宙空間を疾走し始める。

 他のステーションから出撃した部隊とは最大でも10000km程度しか離れておらず、編隊が他部隊と重なり合わないよういずれの部隊も密集隊形をとって最大加速に移った。

 

 SAPCSからの指示にあった方位指示「34,00」とは、主戦場が宇宙空間に移行するに当たり、新たに設けられた方位指示法である。

 現在実質的に唯一宇宙空間を活動領域とする組織である連邦宇宙軍を中心に策定された「太陽系内航行法」にて定められた。

 

 この時代、と言うよりも、地球を母星とする地球人にとって、現在行われている地球防衛の戦いの中での実務的な理由に於いても、また地球人としての直感的或いは心情的な理由に於いても、太陽系内の座標基準点は地球である事が受け入れやすかった。

 この為、地球の中心を座標基準点として太陽との位置関係で示される、主に艦艇の運用を目的とした新たな座標系が定められた。

 後の世で一般的に「テラ座標系」と呼ばれる、地球を中心とする距離rと偏角θ,φによって表される球座標系である。

 

 地球は太陽の周りを回っており、また太陽は銀河系の中を回っているため、地球を座標基準点とした場合には基準点が動いてしまって座標系がガタガタになりそうな印象を受けるが、実際の所太陽と地球の位置関係はただ一本の直線によって決まるだけであり、また他に何も指標の無い広大な宇宙空間では、太陽と地球の位置関係が変わりさえしなければ、地球が動いていようがどうであろうが、地球を中心とした座標系を展開しても実質的に何の問題も発生しない。

 

 まずは、宇宙空間に座標の基準点を設けねばならないが、これについては前述の通り地球を原点とする。

 次に、宇宙空間にXYZ軸、即ち「方向」を定めねばならないが、これについては黄道面(地球の公転軌道を含む平面)を基準平面として、その法線上で地球の北極がある側を「北(North)」、反対側の南極がある側を「南(South)」とする。

 そして、地球と南北軸および太陽を含む平面の法線にて、地球が公転して行く方向が「西(West)」、その反対側を「東(East)」とする。

 太陽を含んだ黄道面(地球公転軌道面)上の太陽と地球を結ぶ直線において、太陽側を「内(In)」、反対に地球側を「外(Out)」とした。

 

 これにて、地球を中心とした東西南北内外の六方向、三座標軸が決定され、地球を原点とした三元座標系が確立される。

 しかしながら、宇宙空間に於ける船舶の運用を考えるならば、この三元座標系にて表されるベクトル(x,y,z)を用いるよりも、地球上でも船舶や航空機の航路を表すのに用いた極座標系同様の表記を用いる方が、より直感的であり、船舶の航行に於いて針路と速度(加速度)を分離して表すにも都合が良かった。

 その為、船舶の運航についてはまた別の極座標系が定められることとなった。

 (ちなみにこの場合の船舶とは「VESSEL」の意であり、大型の艦船から小型の船艇、或いは戦闘機、輸送機などの小型機まで、宇宙空間を航行する全ての乗り物を含んでいる)

 

 船舶用座標系でも、地球が中心となるのは同じである。

 まずは先ほどの太陽と地球を結ぶ直線、即ち内外軸を規定する。

 この内外軸と、東西軸を含む平面(即ち黄道面)上で、内外軸を起点として地球を中心に360度の角度を割り振る。これによって表される角度をθとする。

 次に、内外軸と南北軸を含む平面上で、同じく内外軸を起点として地球を中心に360度の角度を割り振る。これによって表される角度をφとする。

 このθとφを用いればあらゆる針路方位を表すことが出来、さらに速度v(或いは加速度a)を追記して(θ,φ,v)にて航路を表すことが出来る。

 

 パイロットが覗き込むHMD/HUDには、従来上端に方位計、左側に高度計が表示されるのが大気圏内を航行する航空機での普通のレイアウトであったが、宇宙空間においては画面上方に内外東西軸平面の内外軸からの角度θ、画面左方に内外南北軸の内外軸からの角度φが表示される。

 黄道面に対して北をプラスとする水平儀が表示されるのは、航空機と同じであった。

 SAPCS等の管制から針路を指示される場合には、先ほどアヌマティ04から指示が出たように、θ、φの順に、360度の角度の一の位を省略した二桁の数字の組み合わせにて方位を表す。

 惑星間航行など、僅か1度の違いが最終的に遙か彼方の目的地で大きな差になる場合には三桁の数字で指示を出す事もあるが、大概の場合は途中で一~二度の針路微修正を行えば済むことであるので、長距離移動であっても二桁のまま指示が出ることが殆どである。

 宇宙空間はほぼ無風であるため、航路を算出する際に風による影響を殆ど考えなくて良い事が多くのパイロット達に大歓迎されて受け入れられたのは余談である。

 

 ちなみにこれもまた余談であるが、地球を中心とした三元座標系あるいは極座標系を導入するに当たって、「二一世紀も半ばを過ぎてなお、天動説を彷彿とさせる地球中心の座標系を導入する」事に対して一部から批判的な意見が寄せられたのだが、実際のところ木星軌道以内の太陽系中心部を航行するに当たっては、太陽を基準とした座標系よりも地球を中心とする方がパイロットにとって直感的に位置関係を把握しやすいという現実的な理由から、最終的に地球を中心とする案が採用されたのだった。

 太陽を中心とした「ソル座標系」とでも呼ぶべき座標系は、将来地球人が土星以遠の太陽系深部に進出したときに再度議論される事を確認されたに留まった。

 

 月周回軌道上のLOWS03を発した666th TFWの十六機は、火星方向から接近して来る敵戦闘機隊を迎撃するために、方位34,00、即ち黄道面上で火星方向に向けて1000Gで加速を続けている。

 

 地球周辺宙域からファラゾア艦隊をほぼ排除できた現在、月軌道の内側には大型GDDを搭載した何機もの観測衛星が設置されており、従来地球上でのみ展開されていたGDDDS探知の一翼を担っている。

 GDDDS探知はいわゆる電波望遠鏡と似通った探知法である為、多数の各GDD探知機がより広い範囲に設置されているほど探知精度が向上する。

 従来は地球周回軌道上のOSVを含めたとしても所詮は直径15000km程度の広がりしか持たなかったGDDDSであるが、今や月軌道を含めた直径約80万kmの広がりを持っており、探知精度も格段に向上しているのだ。

 

 尤も、観測衛星を月軌道にまで設置した結果、最高精度での探知を行う為には月軌道から約1.3秒かかって到達するデータのタイムラグを待たねばならず、精度は格段に向上したものの応答速度がその分低下したというオチが付くのであるが、それはまた別の話である。

 

「アヌマティ01より迎撃行動中のSC全機。詳細敵情報だ。敵戦闘機群は総数二百五十三機。クイッカー二百十九、ヘッジフォッグ十六、ホッパー十、ファイアラー八、の構成と見られる。方位342,000、加速1200Gにて地球へと接近中。データを転送した。各機HMD上で確認せよ。SC各機は現在の進路加速度を維持。敵部隊の月軌道到達は約26分後、SC部隊先頭が敵部隊に接触するまで約16分を見込む。最初の接敵は、減速中ヘッドオンからひと当たりした後に最大減速にて追撃を行う。減速中の敵に再度接触するのは月軌道の内側を予想している。ミョルニルD型は距離15万にて攻撃開始。A型は8万で攻撃開始だ。いつも通り、射線上に地球が存在する場合は発砲を禁ずる。情報は逐次更新する。貴機の武運を祈る。以上。」

 

 銀の砂を散りばめたような宇宙空間を1000Gもの加速で疾走しながら、モニタやボタンからの弱い明かりにだけが光源の薄暗いコクピットの中、HMDに表示される遙か彼方の敵マーカを睨み付けて、達也はSAPCSからの指示に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 座標系については、「夜空・・・」の方でも一度論じたことがありますが、あの時は未だ考えが煮詰まっておらず、三元の角度座標系であったかと思います。

 その後、二元の角度座標があれば全方位示せることに気付き、WIKIを見たらそんな事はとっくの昔に頭の良い人が考えついていて、キッチリ解説してありました。とほほです。

 さっさとWIKI見とけば、あんなに悩むことも無かったのに。

 ま、設定とかバックグラウンドとか色々考えているのも楽しい作業ではあるのですけれど。


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