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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十二章 Scorpius Cor(蠍の心臓)
342/405

1. 月周回軌道ステーション LOWS


 

 

■ 12.1.1

 

 

 金属のフレームが入った円い窓の向こうには、色とりどりに輝くビーズを散らしたような真っ黒い宇宙空間が広がる。

 窓に近付いて外を覗き込めば、白く冷たく光る月と、星々の煌めく宇宙空間にぽっかりと浮かぶ、まるでラピスラズリの球を磨き上げたかの様な、青い地球も見えるだろう。

 

 古来地球人にとって、月とは夜空に浮かぶ白く円いものであった筈だが、この場所から月を眺めれば地球よりも遙かに巨大な、太陽光を受けて白く眩しく輝く巨大な球に見える。

 対して地球は、手を伸ばせば届きそうな近さに見えて、その実40万kmも彼方に浮かぶ青い半球。

 

 昔から子供向けのアニメやSFドラマで、地球とは侵略者から守らねばならない「青く美しい星」であると形容されてきた。

 土星や海王星の写真などを見て、宇宙には他にも美しい星が沢山あり、地球だけが取り立てて美しいと言う訳ではないだろうと子供の頃に思っていたのだが、本当に侵略者から地球を護らねばならない状況となり、こうやって遙か月周回軌道から自分の肉眼で現実の地球を眺めてみると、確かに地球は青く輝く美しい星であると納得することが出来た。

 

 耐圧のために金属フレームで幾つもの部分に分割され、外を覗き見るには少し小さすぎる丸窓からしばらく外の景色を眺めていた達也は、ステーションが月の周りを回ることで太陽の位置が変わり、宇宙空間特有の強烈な太陽光が窓から差し込んでくるようになると、眩しさに目を細めながら窓を離れた。

 窓の脇の壁を軽く蹴って無重力のステーション内空間を漂い、666th TFWのメンバーが待機する通称「ラウンジ」と呼ばれる空間へと戻る。

 

「敵は居た?」

 

 チューブを差し込んだプラスチックのパッケージに封入された水を飲んでいたナーシャが、空中を漂い戻ってくる達也を見てチューブから口を離すと揶揄するように笑いながら言った。

 ナーシャの向こう側で、壁に座るような格好で浮いているジェインもニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。

 彼ら666th TFWのパイロット達にとって今ではもう珍しくも無くなった宇宙空間を窓から眺めている達也の姿を、子供っぽいとでも思いながら見ていたのだろうか。

 

「ああ。火星の近くを沢山元気に飛び回っていたぞ。誰か虫取り網持ってないか?」

 

 達也はそう言いながら二人の前を通り過ぎ、軽く床を蹴って頭上にある食品庫へと近付く。

 食品庫の中には、スクランブル待機時間の間自由に飲食して良い飲料や軽食が格納してある。

 もっとも軽食とは言っても、プラスチックのパッケージに入った連邦宇宙軍制式採用の戦闘糧食であるカロリーブロックが大量に突っ込んであるだけであり、とても「軽食」などと呼べたようなものでは無いのだが。

 

「アンタ良くそんなクソ不味いの食べる気になるわね。」

 

 小腹が空いたので、カロリーブロックのパッケージを三つ手に取った達也に後からジェインの声がかかる。

 ちなみにカロリーブロックは一パッケージで一食であり、激しい運動をすることが無い宇宙空間では、毎食一パッケージで充分な栄養が摂れるとされている。

 つまり三パッケージは、過剰摂取である。

 何よりも、カロリーブロックは味よりも栄養のバランスと手早く摂取できること、安価且つ容易に製造できることに重点を置いているため、レトルトタイプの糧食に較べると味もボリュームも大きく見劣りする。

 その為多くの兵士に不評であり、カロリーブロックを食うくらいならばどれほど腹が減っても基地に戻って「まともな」飯を食う、と公言する兵士も多い。

 

「栄養を補給するにはこれで十分だ。戦場で三つ星のディナーが食いたい訳じゃない。」

 

 そう言いながら達也はパッケージを一つ空けて、二本入ったブロックの一本を歯で咥えて引っ張り出し、咀嚼する。

 

「・・・ああ、アンタってそうよね。」

 

 嗤い顔を引っ込めて、代わりに呆れたような表情で視線を上に向けたジェインが、理解不能と言いたげに首を横に振る。

 

「腹が減って集中力が低下するよりはマシだろう。満腹になって眠気が差すようなこともない、ちょうど良い量だ。」

 

「味も味だけど、口の中パサパサにならない? アタシそれが嫌。」

 

 そう言いながら自分が飲んでいた飲料水のパッケージをナーシャが差し出す。

 受け取った達也は一口水を飲むと礼を言いながらナーシャに返した。

 

「確かにそれはある。」

 

「一時ペーストタイプが出回ってたけど、もっと酷い味だったじゃない。ゲロ食ってるみたいだった。」

 

 達也から見てナーシャ達とは反対側で頭を下にして浮いている優香里が顰め面で言った。

 

「ああ、あれね。アタシも食べたことあるわ。一口食ってすぐ捨てた。二度と食いたいと思わなかったわ。」

 

 製造の際に乾燥工程が不要でありハンドリングもし易く、且つ水分も同時に補給できるペーストタイプの糧食が何年か前に一時期供給されたことがあった。

 余りに酷い味と食感に、地球上の全ての兵士達からの激しい怨嗟の声と猛烈な抗議を受けて、地球連邦軍装備調達部はごく短期間の内に新商品を開発せねばならない立場に追い込まれ、そうして採用されたのが現在のカロリーブロックである。

 現在のカロリーブロックが、ボロクソに貶されながらも一応は兵士達に受け入れられている理由の一つに、妙な新製品を導入されてあの悪夢が再び訪れるよりはまだ今の方がマシ、という彼らの意識があることは否定できない。

 

「それもこれも全部ファラゾアが悪い。あいつらがいなけりゃ、ゲロペースト食わされることも無かった。」

 

「こんなプリングルスの筒みたいなのに押し込められて四十八時間待機、ってハメにもなんなかっただろうしねえ。」

 

 ナーシャの毒舌にジェインが応える。

 その場に居るA中隊の全員が、思わず苦笑いを漏らす。

 

 実際、ジェインが言うように今達也達が居る場所は、長い円筒状の構造を持っており、その円筒の内側は所々白く塗装されてはいるものの、大部分は金属の地肌がむき出しで銀色の部分が目立った。

 この成形ポテトチップスの容器に似た空間は月の周回軌道を回る幾つかのステーションの一つであり、LOWS03(Lunar Orbital scramble Waiting Station)と名付けられていた。

 

 長い円筒状の構造体を三本「キ」の字型に組み合わせ、二カ所ある交点にてさらにもう一本ずつ立体的に組み合わせた形状のこのステーションと同様のものが他に五つ、月の周回軌道を高度約1000kmで回っている。

 五本の円筒が組み合わさった構造の各「枝」の部分には、さらにそこから伸びる戦闘機固定橋(Connectiong Bridge)がそれぞれ四つずつ設置されている。

 即ちステーション一基につき、最大で四十機の戦闘機を接続してスクランブル待機状態にしておける。

 戦闘機固定橋の先端は、達也達の乗る戦闘機ミョルニルD型のコクピットを覆うような形で戦闘機に接続されており、戦闘機をステーションに固定し係留すると共に、パイロットが与圧された固定橋の中を通って戦闘機に搭乗できるような構造となっている。

 

 「楽園の終焉」作戦(Operation "To télos tou Elysium")によって地球上に残った最後のファラゾア降下点であるキヴ降下点と、その周辺の地上施設が攻略されたことで、地球上に存在する有効なファラゾア地上施設は全て一掃された。

 世界各地にはまだまだ潜伏したファラゾア戦闘機が多数存在するものと考えられており、実際に散発的な戦闘も発生してはいたが、降下点が全て攻略されたことで、数千機から数万機と云った規模でファラゾア戦闘機が駐留する場所は地球上に存在しなくなった。

 地球上のファラゾア勢力圏は消滅し、戦いの場は地球大気圏内から宇宙空間へ移ったものと認識されていた。

 

 またキヴ降下点攻略戦の後、地球上の降下点が全て消滅してからは、単艦或いは複数でファラゾア艦が地球周辺宙域に現れることも無くなった。

 もともとファラゾア艦隊が地球周辺宙域に姿を現すのは、ロストホライズン時、或いは降下点攻略戦時に、大規模なファラゾア戦闘機群と地球側の戦闘機群との衝突が発生した場合が殆どであった。

 地球大気圏内或いは周辺宙域にて、万を超える敵戦闘機との衝突が発生しなくなった現状では、艦隊が戦闘に介入すべきとファラゾアが判断する状況が発生しにくくなったために、ファラゾア艦隊が地球周辺宙域に現れることも無くなったのではなかろうかと推測されていた。

 

 万を超える勢力での衝突は発生しなくなったが、しかし数十から千機規模の比較的「少数」のファラゾア戦闘機群との交戦は未だ頻繁に発生していた。

 それらの敵戦闘機部隊は、供給源である火星から艦隊を伴うこと無く戦闘機部隊のみで直接地球に来襲するものであった。

 ファラゾアが何を考えてその様な散発的、五月雨的な決定力を欠く一見無意味な襲撃を行っているのかその理由は不明であったが、一種の威力偵察、或いは地球側の戦力を漸減するため、もしくは地球側の防衛網を突破し、将来予定されている何らかの作戦行動の布石として地球上に残る戦闘機戦力を補充するためではないかと考えられていた。

 

 いずれにしても、地球周辺宙域外からのファラゾア戦闘機来襲に対する緊急発進スクランブルによる迎撃行動は頻繁に発生していた。

 当初は従来通りに、GDDで探知された敵の侵攻に対して地上基地に配備された宇宙戦闘機をもって迎撃を行っていたのだが、3km/s以上の速度を出すことが出来ない地球大気圏の存在が邪魔になること、敵の襲撃に対する迎撃行動において時に地球自体が巨大な障害物となってしまうこと、そして今や戦闘機がごく簡単に宇宙空間に出られるようになった為に、地球に接近して来るファラゾアを発見した時点で確実にスクランブル迎撃行動が可能となり、その為スクランブル出動が頻繁に発生している事から、スクランブル当直部隊はあらかじめ宇宙空間に出て待機状態に入る様にやり方が変わっていった。

 

 与圧されているとは言え最低限の0.3気圧の戦闘機のコクピット内で、ヘルメットを取る事も出来ず、食事も給水も満足に摂れない、トイレもフライトスーツ付属の排泄物格納パッケージを使う不快な思いをして、シートに括り付けられたまま窮屈な姿勢で仮眠を取るしか無い環境で、通常二十四時間から四十八時間の範囲内で当番が交代となるスクランブル待機時間を過ごすのは、パイロットにとって極めて高いストレス下環境であり、交戦時の戦闘能力の低下を起こしていることが専門家と、まさに現場で時間を過ごす兵士達によって強く指摘された。

 この問題については、以前より宇宙軍のパイロット達から強い改善の要望が提出されていたのであるが、今まで空軍のパイロットとして大気圏内で戦ってきた者達の多くが活躍の場を宇宙へと移す事が確実となり、より大きな問題となる事が予想された。

 

 スクランブル要員の劣悪な待機環境を改善するための待機場所、または着々と戦力を増強している宇宙軍艦隊と戦闘機隊の合同演習を行う為の起点或いは中継点として、月周回軌道上にLOWS01~05の五つのステーションが設置された。

 LOWS内部は0.8気圧に与圧されており、トイレや身体を伸ばして仮眠を取れるスペースが確保されている。利用に色々と制約はあるものの、シャワールームまで備え付けられている。

 地球連邦軍にしては素早く行われたこの改善対応は、殆どの兵士達にとって諸手を挙げて大歓迎すべきものであった。

 

 そして今、トップエース部隊であるからと言って分け隔てなく定期的に回ってくるスクランブル当直に当たった666th TFWは、まさにそのLOWS03に於いてスクランブル待機の状態にあった。

 

 キヴ降下点攻略時にフルメンバー二十一名が在籍したST部隊戦闘機隊(666th TFW)であったが、現在その数を十六名に減じていた。

 キヴ降下点攻略時に五名の隊員を失った。

 宇宙空間での作戦行動を中心とした新たな体勢に移行するに当たって、通常であれば隊員の補充が行われるものであるが、今回その補充は見送られていた。

 

 ひとつには、機体数の確保を目的としてST戦闘機隊に無理に人員補充を行っても、最前線で危険かつ困難な任務を与えられ続けるST部隊の任務内容に耐えられず、比較的短期間で補充兵が撃墜さ入れ、またすぐに欠員を生じるという問題があった。

 カア=イヤ降下点攻略前に補充兵として配属された、B2小隊長のヤオ・オコーリ中尉や、C2小隊三番機のサンダリオ・ナヘラ少尉などが、僅か二度目の作戦であるキヴ降下点攻略戦の中で命を落としたのが良い例である。

 

 また一つには、ST部隊だけで無く他の多くの部隊もファラゾアを追撃して活動の場を宇宙空間に移しており、各位部隊ともこれまで作戦を行った事の無い宇宙空間である事や、これまでに行われた宇宙空間での戦闘記録から、宇宙空間での戦闘では再び昔のように兵士の損耗率が跳ね上がる事がほぼ確定的であり、腕の良いパイロットの数がST部隊に回すだけの余裕が無かった、という事もある。

 新たに過酷な環境の戦場に向かわねばならないとき、頼りになるエースパイロットをわざわざ放出しようなどと言う気には、誰もなりはしないのだ。

 

 その結果、現在の666th TFWは全十六名となり、兵士数が足りないためB中隊とC中隊を統合した結果、潜水機動艦隊配属となる前の構成である、L小隊、A中隊、B中隊の構成に再び戻る事となった。

 ちなみに一番最近にC中隊に補充されたファルナーズ・ソレイマーニ少尉は、B2小隊に組み込まれて四番機の位置に着いている。

 

 そして今、LOWS03内でスクランブル待機中であるが、編隊長であるレイラを含むL小隊の三名と、レイモンドを隊長とするB中隊の七名はパイロット達の間の隠語で「死体袋」と呼ばれている、無重力下で睡眠を取るための寝袋の中で仮眠を取っている。

 達也達A中隊は、666th TFWが占領しているLOWS03のこちら側半分の結節点にある少し広くなったスペース、通称「ラウンジ」と呼ばれる、糧食の保管庫等が設置されている場所にたむろして、とりとめのない無駄話をして時間を潰していた。

 

 手に取ったカロリーブロックの二つめのパッケージから二本目のブロックを引っ張り出して口の中に収め、三つめのパッケージを開けようとして、カロリーブロックをもごもごと咀嚼しながらパッケージの切り口に指を掛けたときだった。

 

 突然ステーション内の照明が赤に変わり、警報が鳴り始める。

 ラウンジでダラダラと漂っていた六名全員が、弾かれたように動き始める。

 

「スクランブル。スクランブル。火星より地球方面へ向かって移動する重力推進を探知。方位34,00、距離1億2000万km、地球宙域到達推定時間は41.2分後。各ステーションはSCを発進させ待機。SCはSWACSアヌマティ指示に従え。繰り返す。スクランブル、スクランブル。火星より地球方面へ移動する・・・」

 

 真っ赤になった視界の中、ステーション内にスクランブルを告げるアナウンスが流れる。

 

「沙美、寝てる奴等を叩き起こせ。全員搭乗。分離後方位34,00。」

 

 部下への指示を出しながら、達也は自機が接続されている枝に向かってステーションの壁を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 新章です。

 戦いの舞台が宇宙に移ります。

 ・・・やっとここまで来た。長かった・・・

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