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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
339/405

49. 小型物質転換器


 

 

■ 11.49.1

 

 

 本来なら、そのカプセル状の容器の中に透明な窓を通して見えるのは、裸の人間の筈だった。

 脳内にチップを仕込まれたチャーリーであっても、少なくとも外見上は通常の人間の男女のどちらかの筈だった。

 それをこれまで沢山見てきた。

 カプセルの透明な窓部分を割ってチャーリーを取り出し、培養液か保存液か、妙に粘性の高いぬらぬらとした液に濡れた身体を確保して死体保存袋に詰め込んで持ち帰るのに、年頃の男の裸の身体に年甲斐も無く赤面してしまって部下から冷やかされたりした事もある。

 

 だが、アレは何だ?

 長く伸びた髪と伸び放題の髭は良いとしても、妙にずんぐりとして四肢が太く力強そうな身体、肩幅に較べて大きすぎる頭部、狭く突き出した額と大きく窪んだ眼窩、顔の割に大きすぎる鼻。

 確かにそれは人間ではあるのだが、全てがアンバランスで、強烈な違和感を感じる。

 とても同じ地球人類とは思えない外見をしていた。

 

「原始・・・人?」

 

 そのヒトに似て非なるものから受ける違和感の強烈な印象に視線を外す事が出来ず、ヴェルディアナは半ば呆けたような状態で若干の嫌悪感を滲ませながら呟いた。

 

 彼女は数年前に666th TFWに配属されたときのレクチャーで、ファラゾアとは何者なのかを教わっていた。

 現在地球人が戦っているファラゾア戦闘機械は、ファラゾア人とその支配種族達の生体脳を取り出して組み込んだものであるので、ファラゾア人が搭乗している訳ではない。

 しかしながら、それら生体脳から得られた生体組織をクローニングする事で再生したファラゾア人と思しき異星人の姿は、多少の骨格に違いや髪の色の違い等はあれども、遺伝子レベルで殆ど地球人類と変わりがなかった事。

 地球とファラゾア人本星とがどれだけ離れているのか明らかではないが、いずれにしても異なる二つの惑星で偶然同じ生物が発生する可能性はゼロと言って良い事。

 それは即ち、遙か数十万年、或いはさらに遠い昔、地球人類、或いは人類を含めた地球生物全体の進化に対して、ファラゾアからの干渉があったという証拠である事。

 

 しかしこれまでは、上述の推論全てが状況証拠からの所詮推論でしか無かったものが、今まさに彼女の眼の前に物的証拠として突き付けられたに等しかった。

 未だスパイダーによる襲撃の危険性は完全に排除されていない事を忘れ、彼女は自分のマグライトをポケットから取り出し、何列にも並んでいる他の生体保管カプセルを確認しようと小走りに駆け出した。

 

「おい、ヴィー! 勝手に先走るな。」

 

 C中隊長であるジョナサンが、隣の列に移動するヴェルディアナの後を追いかける。

 隣の列も、やはり外見上かなり違和感のある原始人と思しきヒトの身体が納められているカプセルが無数に並んでいた。

 その向こうの列も。またその向こうも。

 それはクローンなどでは無く、異なる体格や顔の作りを持った、明らかにそれぞれ別の個体の身体だった。

 

 不快感と混乱がヴェルディアナの脚を動かし続ける。

 ファラゾアが侵攻してきて捕獲した、現代の地球人類の身体が大量に保管されていた方が幾らかましな気分だっただろう。

 勿論それさえも、最悪に気分の悪い話ではあるが。

 最悪をさらに遙かに超える気分の悪さは、何と表現すれば良いのだろう。

 

 また一つ、生体保管カプセルにライトを当てる。

 先ほどまでとはまた違う、別の女の個体の裸体がライトの明かりの中に浮かび上がる。

 その隣には男。さらにその向こうも男。

 さらに隣の列に移動し、カプセルにライトを当てて、その明かりの中に見えた物に驚愕して立ち尽くす。

 

「おい、ヴィー、戻れ。部下が指示を・・・待って・・・る・・・何だこれは。」

 

 後ろから追い付いてきたジョナサンが、立ち尽くすヴェルディアナの肩を掴む。

 そして彼女の後ろ姿から僅かに視線を上げれば、今彼女が視線を釘付けにされているカプセルの中身が当然の事ながら彼の視野に入る。

 

 二人が立ち止まった眼の前のカプセルの中で、マグライトの明かりの中に浮かび上がる生物は、本来地球に居てはならない、居る筈のないものだった。

 

 人魚。

 

 魚類の下半身を持つ人間の事を、人々はそう呼んでいる。

 

 

■ 11.49.2

 

 

「大体予想通りだったね。言っただろう?」

 

 ビラヴァハウス占領との報が連邦軍の中を駆け抜けて三日後。

 モンバサに仮設された現地司令部から、ビラヴァハウス内部調査の速報が流れ、それに一通り目を通した上で、受け取った各個人がそれぞれの考察をまとめるには十分な時間が経った後、ヘンドリックのオフィスにはまたいつもの三人が集まっていた。

 

「当たって欲しくないところまで、な。ビラヴァハウス最奥の高位権限を持つと思われるファラゾア人のCLPUが自死プログラムを走らせる、というところは外れていて欲しかったね。」

 

 軽い溜息と共に、ヘンドリックが机上で両手を組み、トゥオマスを見上げる。

 

「両手両足をもがれて抵抗する術も全て失い、未開の穴居人に捕らえられそうになったら、多分君でもそうするだろう? プライドが高そうなファラゾア人であれば尚更のことさ。反応弾か何かで、ビラヴァハウスごとか、或いは地球ごと消滅、ってやられなかっただけまだマシだね。」

 

 トゥオマスは笑いながら事も無げに、考えたくも無いような事態を口にする。

 

「シャレにもならん。自分達がどれだけ綱渡りをしていたのか、今更ながらに冷や汗が出そうな話だ。」

 

「何を言ってるんだね、君は。状況はまだ終わっていないよ。奴等はまだ火星や木星に残ってる。あれだけの技術のある連中が、遠距離から惑星を破壊する手段を持っていないとでも思っているのかね? 太陽系まるごと消滅させる兵器も持っているはずだよ。簡単な事だよ。太陽を超新星化させればいい。人類どころか、太陽系もろとも綺麗さっぱりこの宇宙から消え失せる。」

 

「嫌なことを言うな。そうなった場合、止める手立ては?」

 

「そんなものがあるわけが無いだろう? 超新星爆発を阻止する技術など、今の地球のどこを探しても理論さえ見つからないよ。

「大丈夫だよ。この太陽系に我々地球人が生きている限り、敵の司令官がよほどの阿呆でも無ければ、そんなことはしない。まあ尤も『手に入らないならば、他人の手に渡るくらいなら消してしまえ』という結論を出す可能性が無いとも言えないけれどね。大丈夫だよ。論理的、冷静かつ臆病者のファラゾア人はそんなガキの癇癪のような決定はしないだろうね。ファラゾアの人格モデルを入れたAIか何かに推論させてみれば良い。」

 

 ファラゾアを「臆病者」と断定したトゥオマスが、彼自身話題としているファラゾアを見下すような表情で言った。

 その断定に僅かな違和感を覚えたヘンドリックだったが、思えばこの男はファラゾア情報局(ここ)に来た当初からファラゾアの事を「鈍間(のろま)」だの「トロ臭い」だのと散々に馬鹿にする発言を繰り返していた事を思い出す。

 

 トゥオマスが訳も無く敵を貶す様な事をするとは思えなかった。

 ヘンドリックは少なくともそれほどには、この男のことを信頼していた。

 戦いの中で敵を無意味に過小評価する事は、敵を見誤るという意味で慎まねばならない行為だが、その逆もまた然りであり、この男は最初から冷静に敵の弱みを見抜いていたのだろうか、と思う。

 強大な敵に怯える事も無く、畏れる事も無い。

 次から次へと様々なアイデアが溢れるように湧き出すこの男の、それが根源的な強みなのだろうか、と思った。

 

「そう言えば、スパイダーの解析速報がシュツットガルトから出てきていたね。やはりあのCLPU(生体脳ユニット)はファラゾア人だったようだね。地球の王・・・領主と言うべきかね・・・は周りを護る近衛を、やはり同族で固めていた、という訳だね。

「いずれにしてもあの四足四腕の地上機は、なかなかに興味深い研究対象だよ。20mm徹甲弾でも傷さえ付かない装甲や、高速且つパワフルに稼働する関節構造の技術など、今までに無い技術が手に入る。」

 

 と、トゥオマスは一転嬉しげな顔で言った。

 現地でどれ程の脅威であったとしても、動かなくなればただの解析の対象、新たな技術を取り入れるための標本でしか無かった。

 そういう意味では、トゥオマスだけではなく、地球人類全体がこの戦いを通して随分強かになったと言える。

 

「そうそう、今までに無い技術と言えば、スパイダーが持っていたアサルトライフルの解析も速報が上がってきていたけれど、こっちはもっと凄い技術が詰まっていたね。何だと思うね? 物質転換器があの小さなユニットの中に格納されている可能性が高いという結果が出ているのだよ。」

 

 トゥオマスの表情はさらに嬉しげなものになり、もはや満面の笑みと言っても良い程までに喜んでいる顔であった。

 対してヘンドリックは眉根を寄せて言う。

 

「物質転換器? あの中に? そんなコンパクトに出来る様な簡単な技術ではないだろう? 素人の私にも判るぞ。」

 

「言いたいことは分かるよ。実際、我々地球人が新たな元素を生成したときには、いずれも直径数kmもの巨大な加速器を使って原子を光速の10%もの速度で衝突させて、やっと数個の原子が出来る程度だからね。

「そこは流石我らがファラゾア先生のオーバーテクノロジーと言うしかないね。

「元々彼等の元に物質変換技術があるのではないかと疑っていたのだよ。火星に大規模な戦闘機工場を建てては居るが、彼等は一体どこからあれだけ大量のチタン合金を手に入れているのだろう、とね。」

 

「いや、待てよ。私もその報告書は読んだぞ。物質変換器らしきものが見つかった、という様な記述は無かっただろう? 君の所には別の技術報告書が届いているのか?」

 

 ヘンドリックはさらに顔をしかめて言った。

 鹵獲したファラゾア機械を解析するシュツットガルトの研究所チームとトゥオマスは、同じ科学者という事もあり、個人的にも親しくしている事はヘンドリックも把握していた。

 科学者同士、非公式に何らかの情報が伝わっていても不思議ではなかった。

 

「いいや。君と同じ速報を読んだだけだよ。そこは同じ報告書を読むにしても、我々科学者が読めば別の情報が読み解ける、というものさ。まあ、そうでなければ我々の存在理由は無くなってしまうからね。

「報告書には、とりあえずあのライフルを分解した中身の報告が載っていたね。覚えているかい? バレルや重力加速器、超小型の熱核融合炉(リアクタ)と思しき物等と一緒に、弾体の元になるであろう高比重の金属塊も報告されていた。」

 

「ああ。それは覚えている。ライフルの個体によって大きさの違う金属塊が発見されたので、その金属塊を消費して弾体を作り出しているのだろう、という推察だったな。それが?」

 

 トゥオマスと話をしている内に、ヘンドリックは徐々に報告書の中身を思い出していた。

 特に何の機能があるとも思えない、非常に重い金属塊がライフルの中から発見され、それぞれのライフルで発見された同じ金属塊の大きさが随分と異なっていたため、弾体として削り取られ、消費されたものであるとの、分解調査を行った技術者のコメントが載せられていたのだった。

 

「大きな金属塊を削って弾体を形成する機能と、その発想そのものもなかなか興味深いものだがね。」

 

 そう言って、もったいを付けるようにトゥオマスは一旦言葉を切った。

 

「金属塊の解析結果のデータを覚えているかい? 底面が約5.5cm x 12cm、最大長約30cm。比重は約30g/cm^3。外観は暗いメタリックシルバーで金属光沢あり。放射線は検出できなかった。ざっくりそんなところだが。

「一方、キヴ降下点のビラヴァハウスの内部でスパイダーと撃ち合いを行った輸送機や戦闘機が被弾した弾痕の分析結果も報告されているね。光学センサに残された画像の解析結果から、射出された弾体の速度は10~12km/s。ちなみにだけれど、一般的に我々地球人が使っている火薬式ハンドガンの弾速が約0.3km/s、アンチマテリアルライフルでも1km/s程度だというと、例のライフルの弾速がどれだけ異常なものか分かって貰えるかな。」

 

 自分が提供した情報がヘンドリックとシルヴァンの頭に染み込むのを待って言葉を続ける。

 

「で、先ほどから話に出ているキヴ降下点で撃ち合いをやった弾痕の分析の結果、ファラゾアライフルはタングステンとクロムを主成分とした合金を弾丸にしている事が分かっている。10km/s、即ち音速の三十倍もの速度での高熱にもしばらく耐えることが出来る超高耐熱性を持ち、直径15mm程度の割に例の光学突撃砲スタグリックVの前面装甲さえ易々と貫通するという、驚異的な性能の徹甲弾だよ。貫通と言っても実際の所はメタルジェット化した侵徹を行うのだけれど、今はそれは関係ないのでこっちに置いておくよ。

「さて。ファラゾアライフルの中から発見された金属塊は、比重が約30g/cm^3だと言ったね。それに対して、タングステン (W)の比重は19.25、クロム (Cr)は7.19だ。タングステンとクロムをどの様な比率で混ぜ合わせたって、その合金は絶対に比重30にはならないのは分かって貰えるかね?」

 

 技術者ではないヘンドリックとシルヴァンの表情を見て、彼等が言わんとするところを理解出来ている事を確認する。

 要は、軽いものと軽いものを混ぜても重くはならない、と言っているだけであるので、当然二人ともその程度の事はすぐに理解できる。

 

「ちなみに、プラチナ (Pt)の比重が21.45、ウラン (U)238が19.1、既知の金属で最も重いオスミウム (Os)が22.59だよ。即ち、比重が30もある合金は、我々地球人がまだ知らない元素で作られた物である可能性が非常に高いと言う訳だね。

「これは私の個人的な推測だけれど、多分彼等は原子番号130前後の元素をどうにかして安定化し、例の合金塊を作っているのだろうね。そして例のアサルトライフルの内部で、物質転換器を使ってタングステン-クロム(W-Cr)合金へと変換している訳だね。

「物質変換器があるとすると、全ての物質を中性子に換算して考えるならば、比重が高ければ同じ体積でそれだけ多くの中性子を格納することが出来ると言う訳だね。即ち、同じ体積でも弾数が沢山稼げる、と言う訳だよ。」

 

 技術的な数値や理屈が並び始め、トゥオマスの説明は段々と熱を帯びてくるのだが、それに反比例するように二人の理解度は低下し、同時に気分も冷め始める。

 

「ふん、退屈しているようだね。では、結論を言おう。

「今分かっている限りでも、あのファラゾアのアサルトライフル(Pharazoren Assault Rifle)の中には、我々地球人が未だ手に入れていない未知の技術が幾つも詰まっているのだよ。物質転換技術、原子番号130にも達する未知の元素、重力カタパルトの超小型化技術、熱核融合炉の超小型化技術。今すぐにぱっと思い付くだけでもこれだけあるのだよ。

「物質転換技術は資源問題、エネルギー問題、環境問題を一気に片付けることが出来る。未知の元素は今すぐ我々の社会に直接的な影響は多分無いけれど、同じ技術の延長線上に冶金学や材料技術の革新的変換点が存在するのは間違いが無い。重力カタパルトとリアクタの小型化は、一般的な様々なものに革新的な進歩を生み出す事が出来るのは言うまでも無いことだね。」

 

 再び言葉を切ったトゥオマスは言った。

 

「ファラゾアとの戦いはまだ終わっていない。だが、終わっていないからこそ、終わった後のことを今から考えておかなくてはならないのではないかね? 戦いが終われば再び日常が我々の元に戻ってくる。いつまでも戦闘機やレーザー砲ばかり作っている訳には行かないのだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 美少女邪神は出てきませんでしたが、人魚は出ました。

 人魚の向こう側には、深きものどものカプセルが並びます。

 ビラヴァハウスの最奥、長く続くピットの向こう側は、海に沈んだ都市に繋がっており、探索を続ける陸戦隊と突撃砲は、ピットを抜けた先でとうとう父なるものに遭遇します。

 やっぱりそこには美少女化した邪神が・・!?

 

 おお、コズミックホラーとスペースオペラでなんとなく繋がった!?

 (いつまで引っ張るんだこのネタ)

 

 関係ないですが、「ラヴクラフト最大の誤算は、日本人に見つかっちゃった事」というのは爆笑しました。

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