48. ピット水平坑第二隔壁
■ 11.48.1
「クリス(C中隊)は隔壁左方に展開する。ディアナ(D中隊)は隔壁開口部の右だ。急げ。まだ完全に安全が確認されたわけじゃ無いぞ。もたもたしていたらケツを吹き飛ばされるぞ。」
ヴェルディアナ・マステッローニ連邦陸軍少尉は、自分達を運んできたボーイング・クエイル輸送機の斜路を下りつつ、自分の両脇を追い抜きながら輸送機のカーゴルームから駆け下りていく部下達に乱暴な口調で指示を与えた。
いつでもすぐに逃げ出せるように、ピットの隔壁に尻を向ける形で着地したクエイルの後部ハッチの斜路を降り、立ち止まって振り返る。
後方の空中に控えている666th TFWの戦術戦闘機隊A中隊が、奇妙な形の戦闘機の両翼に取り付けられた投光器から投射する明かりの眩しさに眼を細める。
空中に浮かんだ戦闘機の明かりの下をくぐるように、別の投光器の明かりが三組近づいてくる。
その投光器のピット床面からの高さから想像して、航空機では無く、車輌に取り付けられた明かりであることが分かる。
奇妙なのは、何度も行われた激しい戦闘で荒れ果て、破壊されたスパイダーの瓦礫が散乱するピットの床面を進んでくるその車輌が、リアクタで発生した熱を放熱するためのラジエータファンの音以外、キャタピラの音も、タイヤが瓦礫を踏みしめる音も一切発さない事だった。
戦闘機を追い抜きさらにこちらに向かってくる戦闘車両が、戦闘機の明かりの中で半ばシルエットになってそのずんぐりとした姿を強い光の中に曝す。
Krauss-Maffei社製試製戦車 Sturmgeschütz-Lichtekanone V (StuG-LicK V: V型光学突撃砲: 通称「スタグリックV」)。
航空機用の反応炉とAGG/GPU(重力推進器)を搭載した車台に宇宙戦闘機用の大型レーザー砲を改造して回転式砲座として無理矢理載せたその試製戦闘車両は、車輪もキャタピラも持っておらず、車体を完全に空中に浮かせて移動する。
そしてその名の通り、300mmx360MW旋回式光学砲を二門搭載しており、「突撃砲」という名称の割にはレーザー砲は上方半球全体をカバーすることが可能である。
何よりこの突撃砲の特徴は、戦闘機よりも強力なレーザー砲を二門装備していることと、移動速度は航空機に及ばないものの、重力推進を得たことで空を飛ぶことが出来るため、どの様な地形でも「走破」することが可能となったこと、また戦闘車両として設計されており構造が頑丈である為、脆弱な構造の航空機とは異なり、戦闘中に瓦礫が降り掛かってきたり衝突したりしたとしてもさほど大きな損害無く継続して行動可能である事だった。
勿論逆の見方をするならば、搭載するレーザー砲は多少強力であっても、航空機に較べると運動性で大きく劣るため、ファラゾア戦闘機との格闘戦を行うことなどとても期待できないものであるが、限定された状況下、特に歩兵と共にビラヴァハウスに突入するという現在の作戦にはまさにうってつけの兵器であると言える。
Krauss-Maffei社の開発部門で試作されていた五輌のスタグリックVがかなり強引に急遽実戦投入されたのは、その様な理由による。
ただ前述の通り、使用する状況がかなり限定されることと、そもそもKrauss-Maffei社がこの車輌を試作した理由が「重力推進とかレーザー砲とか、新しい技術が一杯出てきたから、既存の兵器に色々載せてパワーアップしてみたら面白そう」と云う様なものであったため、地球連邦軍の中ではイロモノ扱いされてしまうという悲しき運命を背負わされた兵器でもある。
イロモノであろうが何であろうが、今現在ヴェルディアナ達の置かれた状況下では、これほど頼りになる存在も無い。
例えスパイダーの持つアサルトライフル弾を食らえば一撃で破壊されてしまうのだとしても、スパイダーを撃破する術を持たない彼女達にとって、敵を破壊する能力のある兵器とはそれだけで十分に心強い存在であった。
「突撃砲が前に出る。ヴィー、中隊を脇に寄せて開口部を開けろ。クエイルは一時的に浮上する。」
「諒解。聞こえたか。ディアナ(D中隊)は少し右に寄って開口部の前を完全に空けろ。シュトルムゲシューツ(突撃砲)が通る。轢かれるぞ。」
三輌のスタグリックVはゆっくりと前進すると、浮上したクエイルの下をくぐってさらに前へ出る。
そのまま止まること無く真っ直ぐ前進して、開口部の向こう側に到達した。
例の白く輝くアサルトライフル弾が飛んでくることも無ければ、暗視ゴーグル(NVG)の画像の中に突然スパイダーが湧き出してくる様なことも無い。
思えばまさにこの場所で、全く歯が立たない相手に絶望的な血みどろの戦いを行ったのは約一月前だった。
あの後ビラヴァハウス内に有線式の武装リモコン機を何度も飛ばし、そのたびに湧いて出てくるスパイダーを殲滅するという作戦を何度も行った。
ここ数回はリモコン機が奥深くまで侵入してもスパイダーの姿を一切見かけなくなった。
だから今日、再び陸戦隊が投入されたのだ。
しかし有線機がどれだけ深く潜り込もうとも、ファラゾアが設置した未知の地上施設の全てを調査出来た訳ではない。
特に彼女達陸戦隊が今から向かおうとしている隔壁の向こう側には、さらに隔壁が存在する事が判っている。
その新たに見つかった隔壁の向こう側は完全に未調査だった。
「こちらイェーガー01。ピット第一隔壁を越えた。現在のところ、稼働中のスパイダー無し。動かないヤツなら、山ほど転がってるがな。」
モンバサのモイ航空基地に設置されたキヴ降下点調査のための特別司令部にノリの良い者が居たらしく、ドイツ語のコールサインを与えられた突撃砲部隊からの通信が入る。
「イェーガー、こちらベヌウ05、諒解。
「C中隊、D中隊はスタグリックの後に付いて前進せよ。一応安全は確認されているが、周囲の警戒を怠るな。」
「ベヌウ05、こちらディアナ、諒解。
「中隊、前進。スタグリックの後に続け。もたもたするな。置いて行かれるぞ。」
司令部からの指示を中継するAWACSからの指示を受けて、ヴェルディアナは部下達に前進の指示を出した。
地上1mほどの高度を保ってゆっくりと前進していく突撃砲の後ろを、油断なく辺りに視線を走らせながら五十一名の兵士達が前進していく。
撃ったところで効果も無いベレッタのアサルトライフルを構えているのは、殆ど精神安定剤のようなものだ。
丸腰で進んでいったところで問題は無いのだが、例え効果の無い豆鉄砲でも、武器を持っているといないとでは兵士達の精神状態は大きく異なる。
辺りには撃破されたスパイダーの残骸が無数に転がり、もとはなめらかな金属表面であったであろうピットの床面は、度重なるレーザー砲とファラゾアのアサルトライフルの応酬により穴だらけとなり、見るも無惨な姿を曝している。
「レジス、お前の小隊で敵のアサルトライフルを回収しろ。綺麗なヤツを選べよ。十挺ほど選んで輸送機に積んでおけ。終わったらすぐ戻ってこい。」
「諒解。」
リモコン機が何挺かすでに回収している筈だが、新種の敵兵機のサンプルなど、幾つあったって困りはしないだろうと思い、例のファラゾアの白いアサルトライフル回収に一小隊振り分ける。
二十人ほどの兵士達が辺りを見回し、あちこちに転がっているアサルトライフルの中から比較的程度の良いものを選んで、六人一組で回収に回る。
その間にも突撃砲三輌はジリジリと前進していき、新たに見つかった第二隔壁と呼ばれる次の隔壁までの中間地点辺りに差し掛かっていた。
「前方、11時の方向、スパイダー出現! イェーガー各車、目標任意、迎撃せよ! 重力反応を優先!」
突然突撃砲の先頭車両から鋭い号令が飛ぶ。
慌てて振り返り、言われた方に支線を走らせれば、フレア弾の明かりの中白く妖しく輝く四脚四腕の歩行機が数十機も出現しており、こちらに向かって残骸だらけの床の上を駆けていた。
「全員、伏せろ! 遮蔽物の陰に入るな! できるだけ姿勢を低くしろ!」
人間の心理として、敵に遭遇した場合思わず遮蔽物の陰に身を隠したくなるが、ことスパイダーが持つかの白いアサルトライフルの前ではそれは悪手だった。
10km/sという非常識な超高速で撃ち出された弾丸は、少々の遮蔽物であれば易々と貫通してくるので遮蔽物の意味が殆ど無い。
そればかりか、遮蔽物に着弾した場合、その運動エネルギーを受けて辺り一面に撒き散らされる破片も十分すぎるほどの殺傷力を持っており、人間の頭部程度なら軽く粉砕する。
遮蔽物が遮蔽物として役に立たないばかりか、視界を塞ぎ、さらには逆に被害を拡大するだけの危険物でしかないならば、何も無い床に伏せて敵弾に当たらない事を祈っている方が遥かにましだった。
ピットの床面に伏せながらも顔だけは上げてスパイダーの方を窺う。
スタグリックVの砲塔が旋回し、砲塔両脇に取り付けられている300mmレーザーの砲身が動く。
モーター音を伴うその砲塔旋回は、戦車砲塔の旋回速度の従来の常識を遙かに凌駕して極めて早く、一瞬で旋回し、照準を終える。
既存の部品の寄せ集めで出来ているスタグリックVのレーザー砲塔は、実はファラゾア来襲前に使用されていた対空砲の砲塔構造を流用し、そこに宇宙戦闘機のレーザー砲を改造したものを取り付けており、照準システムまでをも戦闘機のものを流用している。
旋回速度が異常に速いのは、核融合炉から潤沢に供給される大電力を用いた強力なモーター駆動を持つ事と、従来の砲塔のような長く重い砲身を持たない事もその理由である。
三輌のスタグリックVが有する六門のレーザー砲から発せられたレーザー光がスパイダーに命中し、その外装を一瞬で十万度を超える高温に熱して、強い白色光を撒き散らしながら表面金属の急速な蒸発による爆発を発生させる。
そのフラッシュライトのような明かりが、薄暗いピットをまるで雷光のように照らし出す。
重力推進器や慣性制御の類を搭載していないスパイダーは、その爆発の衝撃で吹き飛ばされ、あるものはバラバラに飛び散り、あるものは半ば溶けかけた姿で床の上に横たわる。
スパイダーが発射する白熱したライフル弾が暗闇を切り裂いて数発飛び交うが、重力反応を見つけては優先的に叩くスタグリックVの攻撃により、敵の銃撃は直に沈黙する。
やがて出現したスパイダーは全て撃破され、イェーガー01から安全確保の宣言がなされた。
その通信を聞いて、三輌の突撃砲の後方に伏せていた約百名の歩兵達が立ち上がり、同僚に犠牲者が出ていないか相互確認を行って、再び第二隔壁に向かって歩き始めた。
スタグリックVの投光器の明かりの中に浮かび上がる第二隔壁はすぐ近くに見えていたのだが、周囲を警戒しながら或いは暗闇からの突然の襲撃に怯えながら行軍するヴェルディアナ達にとってその道程は、暗闇の中を永遠に歩かされているかの如く遠く感じるものだった。
やがて三輌の突撃砲と百名の兵士達は第二隔壁に辿り着く。
スタグリックVがレーザー砲の出力を絞り、第一隔壁同様に床から高さ30m、幅30mほどを焼き切って開口部を確保する。
開口部の切断面が数百℃にまで冷えるのを待って、まずはカメラを利用して隔壁の向こう側に大規模な待ち伏せなどが無い事を確認し、歩兵部隊が突入する。
「クリス01は開口部左、ディアナ01は右を確保しろ。クリス02は正面に展開。動くモノを見たら発砲して構わん! スパイダーのおかわりが来たら戻って来い!」
全身を黒い戦闘服に包んだ数十名の兵士達が、開口部から隔壁の向こう側に一気になだれ込む。
恐れていた待ち伏せなど無く、レーザーも砲弾も飛んでくる事はない。
そればかりか、一切の動くものが見当たらない。
「クリス02、クリア。」
「ディアナ01、クリア。」
「クリス01、エリアクリア。」
「オーケイ。ディアナ02、03は第二隔壁の前後を確保。イェーガーが乗り込む。クリス02、左にどけ。クリス03、イェーガーに続いて突入。」
三輌の突撃砲が静かに開口部を抜けて、隔壁の向こう側の暗闇の中に侵入する。
四十名の兵士を隔壁開口部の両側に残し、残りの兵士達は皆隔壁を越える。
「ディアナ01、測距開始。左右、正面と天井の高さ。」
「イエス、マム。」
数名の兵士が、肩や背中に担いでいた機材を下ろし、レーザー測距機を展開し始める。
ヴェルディアナはそのまま前に歩き、三角形に並んで止まる突撃砲のすぐ後にいるC中隊長ジョナサン・ブロックルバンク少尉の脇まで進んだ。
「ジョン。何か面白いモノ見える?」
「・・・ヴィー。ああ・・・アレは、何だと思う?」
ジョナサンは右手に持ったLEDマグライトで前方を照らし、その明かりに照らし出されるものに見入っており、彼女の方を振り向きもしない。
「え? 何? いつものカプセルじゃないの?」
これまで何度か、ファラゾア降下点に残された地上施設への突入作戦を実施した経験が有るヴェルディアナは、地上施設の中に何があるかをある程度知っていた。
ジョナサンが明かりを当てている、手前側全体が透明な窓になった構造物も、これまで何度も見かけた事がある、チャーリー(ファラゾアの脳内チップを埋め込まれた地球人)保管用のカプセルだろうと思っていた。
その割には、放心したようなジョナサンの態度が変だった。
訝しげに眉を顰めたヴェルディアナは、視線をもう一度ライトの明かりの中に浮かび上がる装置群に戻し、そしてそのカプセルの中に入っているものをよく見ようと注視した。
「!!」
そしてその余りに意外な「中身」に、思わず息を呑んだ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
未知のエリアに突っ込んで行くのに、なんで生身の人間なんだよ、無人リモコン機使えよ、という御意見もあるかと思われます。
無人有線リモコン機は、スパイダー殲滅用で、探索は兵士達が行います。
またまた出てきました、変な兵器。
今度は、浮遊型の戦車です。しかも、突撃砲。
やっぱり戦車或いは突撃砲と言えば、独逸製ですよね。
しかし重力推進が主体になったら、戦車という兵器は多分廃れるものと思われ。
戦闘機に大口径砲乗せて、ベタベタ装甲板厚盛りして重力推進で飛ばせば済む話なので。