46. ビラヴァハウス脱出
■ 11.46.1
達也達がピットを抜けメインシャフトまで戻ったとき、こちらも四足四腕の地上兵器の大軍に襲われたメインシャフトの底は混乱を極めていた。
「クソ! リアクタがっ! 動け、動け、動け、クソッタレ畜生m、ブッ・・・」
「おい、シュウェッツ01、シュウェッツ01、応答せよ! シュウェッツ01!」
「こちらベヌウ03、シュウェッツは急ぎビラヴァハウス外へ離脱せよ。離脱後は高度3000、10000m距離を取れ。」
「ブレンダ中隊、何やってる! 早く引き上げろ! 歩兵のライフル弾じゃ傷も付かん! 早く!」
「フェニックスC、アスヤ! 中に来い! 火力が足りねえ! 押し負ける!」
「学者サマを早く押し込め! 装置なんか置いていけ! 何やってんだ!」
「フェニックス、東だ! 東側から激しく攻撃を受けている! 支援頼む!」
「ダメだ、アリソン中隊、機体は諦める! シュウェッツ02、拾ってくれ!」
「ブレンダはアリソンを援護する。仲間を見捨てるな。」
「アラン! アランはどこ? まだ機体のなk、ゴヒュ・・・」
「シュウェッツ01、ダウン! アリソン中隊、早く下がれ! シュウェッツ02、アリソンを拾えるか?」
「無茶言うな、クソッタレ! ウチのクソガキ共に早く戻るように言ってくれ! 機体が保たん! 何やってんだバカヤロウ!」
陸戦隊アリソン中隊を輸送していたクエイル、シュウェッツ01は、ファラゾアの四足陸上兵器からの攻撃を何発も受け、機体を穴だらけにされてすでに飛行不可能な状態にあった。
科学者や技術者を運んでいたシュウェッツ05から08は、調査用機器の搬出にもたついた科学者達がまだ機体の周りをウロウロしていたため比較的早めに彼らの収容に取りかかれたのであるが、同じ理由によって科学者達の収容作業が素早く進まず、着陸したままの大柄の輸送機の機体は恰好の標的となっていた。
まだ比較的損害が軽微で機体が飛べる状態にあるシュウェッツ02は、収容すべき陸戦隊ブレンダ中隊を必死に呼び戻そうとしているが、屑鉄となった機体からアリソン中隊が脱出する時間と、護衛対象である科学者達が機体に乗り込む時間をなんとかして稼ごうとする当のブレンダ中隊はいまだ機体外に展開したまま誰一人として機内に戻ってきてはいなかった。
空挺部隊の護衛であるフェニックス、即ち666th TFWのA2小隊および、ビラヴァハウス屋上開口部周辺で警戒を行っていたB中隊は、メインシャフト両端から怒濤の如く押し寄せる無数のファラゾア地上兵器を空中から迎撃していたが、敵機の数が余りに多く、その進撃を完全に食い止めるには至っていなかった。
最も悲惨な状況にあるのは陸戦隊A中隊であった。
科学者や技術者によって構成された調査隊の護衛である、666th TFW陸戦隊のA中隊、B中隊と、彼等を乗せてきた兵員輸送機のシュウェッツ01および02は、その護衛任務を全うするため、調査隊の両脇を挟み込むようにして着陸し、それぞれ収容していた陸戦中隊を展開した。
彼等調査隊が四足四腕のファラゾア陸戦機の襲撃を受けたとき、A中隊、B中隊ともまさに、やっと機体外に出てきてウロウロし始めたばかりの調査隊の両脇を固める様にして警戒に当たっていた。
ファラゾア陸戦機が両脇に抱える、実弾体を用いたアサルトライフルと思しき兵器の威力は凄まじく、輸送機クエイルの機体を易々と反対側に貫通するばかりでなく、陸戦隊兵士に当たればその身体を一瞬で爆散させ、ただ近くを掠めただけでザラル繊維の戦闘服と共に身体ををズタズタに引き裂く程であった。
対して666th TFW陸戦隊が携行しているベレッタARX380B(7.62mm x 39mmフルメタルジャケット弾)アサルトライフルは、敵陸戦機に対して全く損害を与える事が出来ず、ごく至近距離からほぼ垂直に着弾した場合であっても、敵陸戦機外殻表面で完全に潰れた銃弾が取り除かれた後には、陸戦機外殻には凹みどころかろくに傷さえ付いていない事が、兵士達がヘルメットに取り付けているカメラ映像でも確認されている。
ファラゾア地上施設に突入し、まだ生き残っている施設内防衛機構の戦闘機械(テトラ等)との戦闘を想定して採用されたのがこのARX380Bである。
この銃はこれまでの彼等の作戦の中で、テトラなどの小型戦闘機械に対して充分に有効である実績を示していたが、この度の四足四腕の陸戦機には全く歯が立たなかったのだ。
自分達の持つ武器が全く歯が立たない事を理解しつつも、陸戦隊両中隊は果敢に戦い、その任務を全うしようとした。
東西横方向の長さが1500m以上あると思われるメインシャフト底部の東西両端から大量に湧いて突進してくるファラゾア陸戦機に対して、調査隊を挟み込むように展開したA、B両中隊は、自分達の携行火器がまるで役に立たない事を知りつつも果敢に応戦し、少なくない犠牲を出しつつも調査隊の科学者達が退避する時間を稼いだ。
その甲斐あって科学者達は殆ど被害を出す事無く、彼等をここへ連れてきた輸送機にそれぞれ逃げ戻り、そしてその輸送機シュウェッツ05から08の四機は、敵のアサルトライフル弾に機体を穴だらけにされつつも、命からがら離陸し一機も欠ける事なく逃げ出す事に成功した。
しかしその身を以て科学者達を護った、命を賭して民間人を守るという軍人の鏡のような行動を取った勇敢な陸戦隊二中隊と彼等の乗機は、相応の痛手を受ける事となった。
運悪くB中隊よりも多数の死傷者を出したA中隊は、身体の一部を大きく欠損しつつもまだ息のある兵士達を連れて移動する為、移動速度が著しく低下した。
生存者四十名ほどが、僅か150mほどの距離を移動するにも長い時間が必要だった。
その間に、彼等A中隊が乗ってきたシュウェッツ01は敵陸戦機からの攻撃を多数受けてしまい、リアクタとAGG/GPUに深刻なダメージを受け使用不能となった。
パイロットは、ズタズタになりながらも身体を引きずって戻ってくる陸戦隊兵士達を必ず基地に連れ帰るという義務感から、機体の再起動を何度も試みるもその努力虚しく、結局シュウェッツ01に再び動力が戻る事はなかった。
どころかその再起動の作業中、シュウェッツ05から08が離陸した事でメインシャフトの底部にたった二機だけ残されたシュウェッツ01、02はその大柄な機体が非常に良く目立ち、敵からの集中砲火を受ける事となる。
その中の一発が運悪くシュウェッツ01のコクピットを横向きに完全に貫通して破壊し、コクピットに並ぶ計器類と共に機長と副操縦士の身体を跡形もないほどに引き裂き粉砕して、くず鉄の固まりとなったコクピットにこびり付くただの肉片へと変えた。
完全に沈黙し、一目でもう二度と空へ飛び上がる事はないであろうことが判るほどに破壊されたシュウェッツ01に向け退避する満身創痍のA中隊を見て、一人でも多くの仲間の命を救おうと、白熱の砲弾が飛び交う中、B中隊が援護と回収に乗り出した。
科学者達を両脇で挟んで護るように布陣したため、両者の距離はかなり離れており、ただでさえ抑えておくことの出来ない敵陸戦機の大軍が間近に迫る中、B中隊がA中隊を回収した上でさらにシュウェッツ02のもとに戻るのは、誰の目にも不可能と映った。
空中で護衛任務に就いていたフェニックスA2、およびB中隊は、何も指をくわえてその状況を眺めていたわけでは無く、敵陸戦機が携行するアサルトライフルと思しき重力反応を優先的に撃破し、ロケット弾も併用して敵機を吹き飛ばしながら、迫り来る敵陸戦機の大軍を少しでも後退させようと奮闘していた。
が、いかんせん敵の数が多すぎた。
達也達がピットを抜けてメインシャフトへと戻ったのは、その様な絶望的な状況の中でだった。
「シュウェッツ01、シュウェッツ01、ブルーノ! ・・・ダメか。ブレンダ中隊、こちらシュウェッツ03。アリソン中隊はこちらで回収する。ブレンダは速やかに自機に戻れ。フェニックス、援護お願い。」
「マジかお前・・・クソ。A2小隊、輸送機の西側の敵を蹴散らせ。A1も西に入る。東側はB中隊でなんとかしろ。レイ、頼んだ。」
「頼まれた。が、長くは保たねえぞ。保って二分だ。」
「十分。クリス中隊、聞いての通り。アリソンを救出する。揺れるわよ。振り落とされないようにしっかり掴まっててね。」
ピットの中を駆け上がってメインシャフトに戻り、一旦数百m飛び上がったシュウェッツ03のクエイルが急激に高度を下げる。
白熱した敵弾の飛び交う中、クエイルは速度を落とさずメインシャフト底に向けて突っ込み、着地する寸前に急制動をかけ、後部ハッチを開けながら、身体を引きずるようにして撤退するA中隊の眼の前に後部ハッチを向けてかなり乱暴に着地した。
シュウェッツ03機内で着席していたC中隊の兵士達が、ハーネスを外して機体外に飛び出してきて、負傷し歩行の困難なA中隊の兵士達を助け再び輸送機に向かう。
その脇を敵のライフル弾が幾つも飛び抜けていく。
「シュウェッツ02、B中隊収容完了。済まんがお先に上がらせてもらう。」
クエイルは180mm/180MWの旋回式レーザー砲を一門備えてはいるものの、攻撃力と機動力に乏しい輸送機は必要以上に戦場に留まるべきではなかった。
シュウェッツ03によるA中隊の収容はまだ完了していない。
数百を超える数の四足四腕のファラゾア陸戦機が、東西から迫る。
シュウェッツ02が離脱した今、メインシャフト底部にはシュウェッツ03しか着陸しておらず、当然全ての敵陸戦機がシュウェッツ03に集中する。
C中隊の兵士達に助けられ、傷付き足を引き摺るA中隊の兵士達が次々と機内に転がり込んでくるが、足をほぼ切断されてしまい、力が入らずぶら下がるだけの脚が邪魔で移動速度が上がらない者も居る。
そんな一人がまた、助けに入ったC中隊の兵士と、元々肩を貸していたA中隊の兵士とともに敵弾に吹き飛ばされ、辺りに撒き散らされる血飛沫へと変わった。
あと二組、七人を収容すれば終わる。
が、白銀色の地上機はもう目の前に迫っている。
どう見ても、間に合いそうになかった。
「そこの七人、ジャンプして!」
突然パイロットから呼びかけられた兵士達は、何を言われているのか分からなかった。
しかし、すぐ眼の前の輸送機がいきなり自分達の方に向かって地上を加速し始めて、意味が分かった。
後部ハッチのスロープを下ろしたまま、接地面から火花を散らしつつクエイルが急加速する。
スロープが目の前に迫り、脚を払われないように飛び上がるしかない。
飛び上がったものの、すぐにスロープに叩き付けられる。
重傷の負傷兵にとってそれは余りに手荒い収容方法であったが、他の全ての兵士を巻き添えにして輸送機ごと破壊されるよりは遥かにましな対応であった。
クエイルは、まるで掬い上げた兵士達を胴体内に呑み込もうとするかのように、尾部を持ち上げて空中に浮き上がる。
同時に後部ハッチの扉が閉まり始め、スロープ上の七人が機体内に転がり込む。
閉まる寸前のハッチに、銀色の指がかかる。
敵地上機が一機、四本ある腕で未だ閉じきっていないハッチを掴み、無理に開いて機内に押し入ろうとしていた。
筒状の胴体上部にある、単眼の様な赤いセンサー部が機内を覗き込む。
A中隊兵士収容の手助けをしていたC中隊の兵士が二人、無重力状態の機内の壁を蹴って機内を飛び、締まりきらないハッチに脚を掛ける。
「クソッタレが! これでも食らえ!」
一人が両手で構えたライフルを、その単眼に向けてフルオートで連射する。
もう一人が手元にあった非常脱出用の手斧を、ハッチを掴む腕に叩き付けた。
その衝撃でファラゾア地上機は機体を離れ、メインシャフトの暗闇の中へと落ちていった。
が、機体に取り付いた敵地上機はそれだけでは無かった。
機体が上昇するとき、下側になり比較的高度が低かった機首にも、敵地上機が二機取り付いていた。
地上機は四本ずつある腕と脚を器用に使って、コクピットまで這い上ってくる。
コクピットの中から見るその光景は、まるでホラー映画のワンシーンのようだった。
地上機が腕を一本振りかぶり、コクピットの窓を叩き割る。
「クソ! 落ちろォ!」
振り落とそうと機首を左右に振るが、機体をがっちりと抱え込んだ地上機はその程度の動揺では落下しなかった。
もう一方の地上機も窓を叩き割り、四本の腕が窓枠にかかる。
単眼の様な赤色のセンサー部分でこちらを覗き込もうとするその姿は、八本脚の怪物が外からコクピット内を窺っている様にしか見えなかった。
「タツヤ! こいつら離れない! 撃ち墜として!」
地上機を振り落とそうと機首を乱暴に振るクエイルの姿は、捕食者に頭部に取り付かれた巨大な鳥のように見える。
弾き飛ばすなら、20mmガトリングガンにすべきかと一瞬思った。
だが、毎分7000発を超える20mm砲弾を食らって凹みもしない地上機の外装強度をを考えると、跳弾がコクピットをズタズタに切り裂く恐れがあった。
レーザー照射で発生するメタル蒸気も充分に致死的なものではあるが、数百発もの20mm砲弾の跳弾よりはましだろうと思った。
自動照準では、敵マーカと重なり合う味方機マーカの関係で、どの様な誤動作が発生するか知れたものではなかった。
達也は照準を固定モードに切り替えた。
さらに四門あるレーザー砲の内、左舷コクピット脇(Left-Top)の一門を残して、他の三門を不使用(Disable)に切り替えた。
ガンサイトの大きな円が消え、見落としてしまいそうな小さな円がHMDの視野の中心に残る。
ジグザグに飛ぶクエイルの操縦席に取り付く白銀色のファラゾアのみをこそぎ落とさねばならない。
思わず息を止める。
時間の進みが遅くなったような錯覚に陥る。
視野の真ん中の小さなガンサイトの向こうを、地上で燃え続けるフレア弾の光を受けたダークグレイの輸送機が横切る。
そのコクピットに取り付いた、白銀色の異形の地上機。
ガンサイトと重なる一瞬に、トリガーを引いた。
クエイルの機首に、パッと白い爆発炎が煌めき、白い地上機が吹き飛ぶ。
クエイルはそのまま後ろ向きに進んでいる。
「シュウェッツ03、生きてるか?」
ややあって、返事が返ってきた。
「うー、まだ眼がチカチカする。生きてるわよ。酷い目に遭った。相変わらず良い腕ね。他に取り付かれてない?」
先ほどからシュウェッツ03が飛ぶのを見ていたが、他に機体に取り付いている敵地上機は居なかった。
「大丈夫だ。透明化していない限り、他には居ない。」
「透明化する機能はなさそうだし、大丈夫そうね。
「ベヌウ03、こちらシュウェッツ03。A中隊の収容を完了した。これより離脱する。」
「シュウェッツ03、こちらベヌウ03。ご苦労だった。気をつけて帰ってきてくれ。フェニックス、シュウェッツをエスコートだ。」
「フェニックス、諒解。」
満身創痍のクエイルが空中で進行方向を変えて、天井に開いた開口部を目指す。
それに続いて、六機のスーパーサクリレジャーと、これも六機のグウィバーが開口部に近付き、減速する事もなくビラヴァハウスの外、今はもう敵の居ない空へと駆け上がっていった。
それを追うように数発の白熱したライフル弾が打ち上げられたが、どれも的に当たる事は無く、メインシャフトの底部には千を越えようかという数の陸戦機が蠢いていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ちゃんとした(?)屋内戦にしてみました。
輸送機とか出てきて屋内戦の要素全然ないけど。w
今も昔(未来)も地球人のバーサクモードは健在です。
かたや重装甲スーツとハンマーで戦う船乗り。
こちらは、ロボット兵器と斧で戦う歩兵。
その内、竹槍投げて戦艦を撃ち墜とす奴が出てくるかも知れません。