43. 屋内突入
■ 11.43.1
青い湖面からなだらかな斜面が立ち上がり、柔らかな形状をした丘の連なりに繋がる。
ゆったりとした起伏を繰り返すその地形は灌木や青々と茂る草に覆われており、見渡す限り高木が密集する森林を認めないその景観は、この地方が基本的に乾燥した場所である事を想像させる。
連なった乾燥した丘のあちこちには、余り小綺麗とは言えない住居が背の低い木の陰に隠れるようにして点々と散らばっているが、いずれの家屋にも長く住人が住んでおらず、手入れのされていない粗末な家はどれも半ば崩れかけて見る影も無い無惨な姿をさらしている。
ビラヴァと呼ばれる村が存在したこの辺りは水も手に入りやすく、肥沃な土壌に植えられたコーヒーの栽培が盛んな地域であったが、今や管理する者も居ない農園は荒れ果て、人の姿やその生活の痕跡などもうどこにも見当たらない。
その様な、いかにもアフリカのサヴァナ気候の大地然とした風景の中に、異様な存在感を放つ巨大な構造物が横たわる。
幅5km、奥行き8km、高さ1500mにも達するその巨大な構造物は、熱帯の日差しを受けて白銀に輝き、静かに水を湛えたキヴ湖畔に横たわっている。
この巨大な地上構造物こそが、ファラゾアが地球上に設置した地上構造物の中で最大のもの、通称「ビラヴァハウス」と呼ばれるものであり、この度の作戦「楽園の終焉」を通じて一貫として地球政府、或いは連邦軍情報部がどうしても完全に近い形で手に入れたいと考えていたファラゾア地上施設である。
巨大なビラヴァハウスの広大な屋上部中央に、黒い四角が見える。
近付いてみれば、実はその黒い四角は一辺が50mもある開口部である事が分かるが、幅5km、奥行き8kmもの広大な屋上部の中にあっては、四角い黒い点程度にしか見えない。
開口部付近には数機の黒灰色の戦闘機がホバリングさながら空中で停止しているのだが、これもまた上空から眺めれば、白銀色の巨大建造物に取り付いた小さな黒いシミ程度にしか見えなかった。
「こちらフェニックスA、待機位置に到達。」
「フェニックスA、こちらベヌウ03。中継用のアルシオーノは上空に待機している。屋上の中継器からの信号も良好。いつでも良いぞ。心の準備が出来たら始めてくれ。」
AWACSからの通信を聞いて、達也は一つ溜息をついてHMDに投映される機体外部光学センサ画像を見る。
コクピットの床の向こう側、ビラヴァハウスの屋上に開けられた開口部が、必殺の落とし穴か、或いは地獄へ通ずる門かという不気味さをもって、まるでこちらを窺っているかのようにそこにある。
そういえば、こっちが穴の中を覗き込もうとしているとき、向こうもこっちを見てる、とか云う様な定番の厨二ワードがあったがまさにこの事だな、などと益体も無いことを考えつつ、もう一度溜息をつく。
「フェニックスA1、突入開始する。優香里、マリニー、火器管制レッド。突入後前後を確認しろ。」
「コピー。」
「諒解。」
二人の返答が、緊張で固い声音になっている事に気付く。
当然だろう。
ファラゾアの地上構造物の中に戦闘機で突入するなどと、前代未聞の蛮行を行おうとしているのだ。
達也が注視する中、優香里機とマリニー機が順番に、吸い込まれるように開口部の中に消えた。
「こちらベヌウ03、フェニックスA1、突入開始を確認。」
ファラゾア構造物の壁の向こう側であろうと、重力波は伝播する。
二人の機体のマーカが建物内部で前後に分かれて静止し、辺りを窺っているのがHMDに表示される。
優香里は突入したまま前方を、マリニーは突入直後に機体を上下逆さまにして後方に機首を向けて、内部の状況を確認している。
「フェニックス02、突入する。」
「フェニックス02突入、諒解。フェニックスA2は開口部周辺で待機。フェニックスB、Cは上空待機。」
達也は開口部への突入を宣言すると、操縦桿を前方に倒して機首を真下に向け、そのまま「前進」した。
開口部が一気に大きくなり、眼前に迫る。
有線無人機を使って事前に調査を行い、内部で発見された防衛用兵器はあらかた潰してあるとは言え、機能が生きている敵の拠点内部に突入するのは、心安らかに行えるようなものではない。
事前調査では見付けることが出来なかった防衛機構があるかも知れない。
その時には用意できていなかった防衛機構が今は稼働しているかも知れない。
いずれにしても、50m四方の僅かな開口部以外に逃げ出す事も出来ない、狭い閉鎖空間の中に全長20mもある戦闘機に乗って突入しようというのだ。
開口部を抜けると、中はほぼ真っ暗だった。
スーパーサクリレジャーにオプションとして取り付け可能な胴体左右のスタブ翼に、今回の作戦のために無理に組み付けた投光器が自動で点灯し、前方を照らす。
ライトに照らされて遙か彼方に、空間の床面が見える。
達也はラダーと操縦桿の操作で機体をぐるりと回すと、周囲の状況を確認した。
達也がHMDを被った頭を回して視野を動かすと、投光器もそれに連動して動き、常に達也が見ている領域を照らすようになっている。
今、達也達三機が浮かぶ空間は、幅500m、長さ1000m以上、深さ1500m程度と思われる、ビラヴァハウス内部に存在する巨大な縦坑だった。
過去のGDDDSによる観察で、キヴ降下点に1000mクラスのファラゾア艦が何度も降下している事が確認されている。
これまでは、この広いビラヴァハウスの屋上が宇宙艦の着陸床だと推察されていたのだが、この巨大な縦坑が見つかってから、ここに宇宙艦を格納していたものと定説が覆されていた。
では、地上へと下りてきた船は何をしていたのか?
それは勿論、ここビラヴァハウスに蓄えられている戦略物資の積み出しだ。
積み出された地球人生体脳は火星に送られ、火星の工場でクイッカーなどの戦闘機に搭載されたのだろう。
ビラヴァハウスは多数の出荷待ち生体脳を保管しておく為の、生体脳倉庫であるものと推察されていた。
そしてこの巨大な縦坑の存在が、通常であれば構造物外の地上に降りた歩兵部隊を中心に編成される筈の内部突入部隊ではなく、上空からの航空機による内部突入という非常識極まりない突入作戦が考案され実施される事の原因となったのだった。
「フェニックスA1、突入した。敵機無し、迎撃行動無し。」
ひとしきり辺りを見回した後、特に攻撃を受けていないことを確認した達也はAWACSに報告する。
通信は開口部から構造物内に垂らされた頑丈なケーブルの先に付いている送受信用のラジオ/レーザー兼用アンテナユニットを介して行われる。
降下部隊用の兵員輸送機からラペリングでビラヴァハウス屋上に降り立った降下兵が、小型のリアクタと共に設置していったものだ。
「フェニックスA1、内部の調査を開始せよ。高度を下げて、縦坑の底までだ。」
「フェニックスA1、コピー。
「優香里、北側の壁面に沿って降下しろ。マリニーは南側だ。」
まさかこんなところで、こんな形で屋内突入戦をやることになろうとはな、と薄らと苦笑いを浮かべながら、達也は再び機首を下にして、正面になる縦坑底面を投光器で照らしながら降下を始めた。
マリニーと優香里は、それぞれ両脇の壁面近くに接近し、機体を水平にして降下する。
開口部から差し込む陽光と、三機の投光器から投射されるライトの光という光源はあるものの、全体的に闇に近い空間を三機はゆっくりと高度を下げていく。
マリニー機と優香里機から投射されるライトが、彼女達の視線の動きに合わせて暗闇の中で左右に頻繁に動く。
反射光で辺りはほの明るいはずなのだが、強烈な投光に慣れた目には周りは全て暗闇に見える。
達也は昔子供の頃に見たTVの科学番組で、投光器の光を辺りに振り撒きながら深海の暗闇の中にゆっくりと潜っていく調査潜水艇の姿を思い出していた。
ちなみに投光器が組み付けられているスタブ翼には、投光器の他にも左右で二基の20mmガトリングガンポッドと、倉庫の奥で埃を被って眠っていたLAU-130/Aロケットランチャーが四基懸下されている。
ロケットランチャーには、左右二基にフレシェット弾頭を搭載したロケット弾と、同じく二基にイルミネーションフレア弾が格納されている。
昔懐かしいこれらのヴィンテージ装備が最新鋭の重力推進式戦闘機に搭載された理由は、ビラヴァハウス内部で万が一大規模な敵の攻撃を受けた場合、機載のレーザー砲だけではなく実体弾頭を伴う攻撃法と、同じく実体弾による面制圧の手段も選択できるべきだという、参謀本部からのありがたい助言があった事による。
イルミネーションフレア弾はもちろん、明かりの無いビラヴァハウス内に盛大に明かりを点し、行動をしやすくする為のものだ。
当然、いずれの兵装も非常時以外は使用を禁じられている。
「全く。こんな事、もっとこういうのが得意な奴が居るだろう。そいつらにやらせろよ。」
暗闇の中、辺りに目を配りながらゆっくりと高度を落としていく達也がぼやく。
達也としては、敵を撃破することが興味の中心であり、敵施設内部を調査する任務など、面倒なだけで全く興味を引かれるものではなかった。
主翼やジェットエンジンなどという邪魔な構造物が無いこの機体が、こういった用途に案外向いているという事は認めるが、しかしそれでも「何で俺が」という意識は残る。
「そういうの上手そうな奴等の中で、お前等が一番上手そうだったんだと。おめでとさん。余所見してぶつけるんじゃねえぞ。」
達也のぼやきが聞こえたのだろう。この現場を取り仕切っているAWACSベヌウ03のオペレータが軽口を返す。
キヴ降下点攻略から五日、戦いに参加した二千機もの戦闘機の殆どは引き上げ、AWACSも元々エジプト周辺を警戒していたものに交替していた。
「大きなお世話だ、と言いたいところだが、全くその通りだ。こちとら成層圏を秒速5000mで飛ぶ戦闘機だぞ。なんでこんな穴蔵の中で、秒速5mで抜き足差し足せにゃならんのだ。全く。」
達也は警戒を緩めず辺りを見回すが、輸送艦を格納していたと推定される縦坑は巨大で、「正面」に見える縦坑底部まではまだ1000m近い距離があった。
「マリニー、優香里、何か見つかったか?」
AWACSや、AWACSから中継された先の連邦軍参謀本部などでは、現在探査中の三機からの機体外光学センサのリアルタイム映像を見ることが出来るが、自身も周囲に注意して探査を進めなければならない達也は、マリニー達の情報を見ている暇など無かった。
「これと言って変わったものは無いわね。この縦坑から無数の水平坑が横に伸びてるけど、どれも一緒ね。水平坑の壁面に並んでる蜂の巣状の(ハニカム:六角形のセルが無数に並んでいる状態)構造は、生体脳の格納庫でしょ? ものすごい数あるわよ。」
北側の壁面に沿って、壁面を確認しながら降下していっている優香里が応えた。
縦坑の壁面には、奥行きの見えないほどの長さの無数の横穴が空いており、幅5mx高さ10mほどのその横穴の壁面には、六角形のセル状の構造が隙間無くびっしりと並んでいる。
「だろうな。何十億人と攫われているんだ。全てがここにある訳じゃ無いだろうが、それなりの数あるだろう。」
無数にある水平坑は恐怖の対象でしかない。
一つずつ探照灯で中を照らさねば確認できない、先が闇の中に消えていてどこまでも続いている様にも見える。
次の水平坑を覗き込んだら、そこに設置されている兵器からいきなり攻撃を食らうかも知れない。
壁面から数十mという至近距離で覗き込んでいるので、攻撃を受けた場合には避けようが無い。
今から覗く水平坑は問題無くとも、その次は? さらにその次は?
水平坑は無数にあり、遙か下暗がりの中に消えている壁面全てを埋め尽くしているのだ。
「これ結構、地味にくるわね。疲れる。いっそ全部すっ飛ばして、底まで行かない? どのみち全部覗き込む事なんて出来ないんだし。」
優香里が溜息と同時に思わずぼやきを漏らす。
「そういう訳にもいかん。格納庫が壁面にびっしり並んでいるとして、ではそこに生体脳ユニットをどうやって格納した? 生体脳ユニットが独りで歩いて行く訳は無い。格納したロボットか何かが居るはずだ。そいつらが武装していたらどうする?」
「嫌なこと言わないでよ。」
そう言いながら、優香里は機体を操作して次の水平坑を覗き込む。
もし「そいつら」が武装していれば、真っ先に攻撃を受けるのは自分なのだ。
とは言いつつも、三機のスーパーサクリレジャーは縦坑の中を徐々に降下していき、結局迎撃を受ける事無く、縦坑の底部に到達した。
上を見上げると1500mもの頭上に、まるで闇夜に浮かんだ四角い月であるかの様に、暗闇の中に小さな開口部が光って見える。
「ベヌウ03、こちらフェニックスA1。縦坑底部に到達した。現在の所安全は確保出来ている。調査団御一行様のご登場を願う。中は真っ暗だ。明かりを忘れずに持ってくる様に伝えてくれ。」
「フェニックスA1、ベヌウ03諒解。ご苦労さん。今から腕白坊主共が社会見学に入る。引き続き見張りを頼む。
「こちらベヌウ03。フェニックスA1のシャフト底到達を確認した。フェニックスA2、ビラヴァハウス内に突入し、開口部周辺の安全を確保せよ。フェニックスB、Cは上空で待機。シュウェッツ、内部安全を確保した。ビラヴァハウス突入を開始せよ。」
「こちらシュウェッツ。これより目標に接近する。周りをよく見張っておいてくれよ。」
ビラヴァハウスから少し離れた場所で、地上近くの低空で静止待機していたボーイングC10Dクエイル八機が高度を上げ、高度3000mにも達するビラヴァハウスの屋上に向かって接近していった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
どうにか金曜日に上げる事に成功しました。
相変わらずリアルで仕事に追われております。とほほ、です。
さて今回から突然、航空アクションものからダンジョンものへとジャンルが変わった訳ですが。
次回、ダンジョンコアを求めて深層部に進むA1小隊。十階層ごとの階層ボスを倒し、時にはモンスターハウスにハマりながら辿り着いた先には、全裸の美少女姿の邪神が捕らわれていて・・・!? (全部嘘
ヒューイとかに搭載するハイドラがいきなり生き返っていますが、ファラゾア来襲以来対地攻撃などする事も無いので、兵器開発はストップしたままなのです。