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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
33/405

19. バクリウ基地へ移動


■ 2.19.1

 

 

「SGN military control, this is UN3840, 4 Vipers. Taxi for departure, with Oscar, over.」

 

「This is Saigon Military Control, UN3840 with three Vipers, Runway 07R, via #3.」

 

「SGN military, UN3840. Runway 07 Right, via #3, noted, over.」

 

 南国の真昼の太陽が真上からジリジリと照りつける。

 F16Vの巨大なグラッシーキャノピーは真上からの陽光をたっぷりとコクピット内に透過させる上に、南国特有の白いコンクリート滑走路面からの照り返しまでもが両脇から追加されているような気にさせる。

 EU諸国や日本のような北国の連中が選んだのだろう、上から下まで真っ黒のフライトスーツは、キャノピーを通してコクピット内に侵入してくる熱を効率的に吸収し、体温を更に上昇させる。

 熱さと汗で不快度が加速度的に上がっていく中で、達也は離陸前のチェックを続ける。

 

 F16Vとは云っても、コンフォーマルフュエルタンクなどの外見的特徴となる部分は省略されているため、見た目ではF16Cと殆ど変わりは無かった。

 コストダウンと製造の省力化のため、他にもミサイルなどの精密誘導能力なども取り払われているようだった。

 それに反して、コンソールを埋める液晶タッチパネルや赤外線シーカーなどの装備はそのまま残されており、新兵或いは機種変更したばかりのパイロットでも比較的容易に操作できる様になっており、F16での飛行時間が未だ二十時間に満たない達也はそれらの機能に大いに助けられていた。

 

 仮編成の四機編隊の編隊長であるデヴィッド・ウォン少尉の駆るF16Vの後に、三機のF16Vが続いてタキシングを開始した。達也は最後尾だ。

 南側滑走路の終端に辿り着いたところで二機ずつ二列に並ぶ。

 

「SGN military, UN3840 at 07R. Request for takeoff, over.」

 

「UN3840, Wind 05 at 05, 07R, cleared for take off.」

 

 ウォン少尉と二番機のチャン少尉の横並びになった二機のF16Vが立てるエンジン音が甲高くなる。

 推力を増すためジェットノズル先端が絞られ、そして二機のF16Vが滑走路上を加速し始めた。

 二機のF16Vは100mほど滑走したところでアフターバーナーを点火し、更に加速する。

 そのまま滑走路を2/3ほど使って十分に増速した二機は、ふわりと浮き上がり着陸脚をたたみ込みながら右上方に向けて旋回し始める。

 その後を追うようにして、達也とアミール准尉の機体が加速を始める。

 すぐにスロットルを大きく開き、アフターバーナーを点火。

 達也の身体はF16特有の後ろに大きく傾斜したシートに強く押しつけられた。

 

 滑走路の上で増速していく中、不意に無線が騒がしくなる。

 何が起こっているのか気にはなるものの、不慣れな機体での離陸中である事から、機体操作に集中する。

 HUDに表示される速度計が十分に離陸速度に達していることを確認して、機体を浮き上がらせ、着陸脚を格納する。

 着陸脚を格納したことで空気抵抗が少なくなった機体は、更に増速しながら上昇する。

 先に離陸した二機を追うように、達也達も右に旋回した。

 ここに来てやっと無線に耳を傾ける余裕が出来た。

 

「なんだって? スイーパーは何をやっている? 抜かれた? バカヤロウが!」

 

 普段は冷静な口調で指示を飛ばしてくる管制官までもが激しい口調で喋っているのが無線越しに聞こえる。

 

「なあ、アミール。これってやっぱり。」

 

「敵襲だろうな。確かホーチミンからカピトの降下地点まで1200km位だったと思うけど。」

 

「これだけ騒がしいって事は、相当接近されてるのか。」

 

 達也達新兵が搭乗する四機は、正式に部隊配属されていないためタンソンニャット司令部からの戦術情報が配信されていなかった。その為、達也達は今何がどの様に進行しているのか詳細を知る事が出来ない。

 

「そうなんだろうけど。俺達は指示されたとおり動かないとマズイだろうし。まだ部隊に配属もされていない新兵に戦え、ってのはないだろう。」

 

 二人は先に上空に上がっている僚機に追いつこうと更に上昇を続ける。

 タンソンニャット空港で機体を受けとった新兵四人は、ホーチミン市の南約200kmに新たに建造されたバクリウ基地への移動を命じられていた。

 

 元々共産圏勢力の一国であったベトナムでは当然の如くロシア系の戦闘機を配備していたため、アメリカ系の戦闘機を運用するにあたって整備や補給の面での困難が生じていた。

 しかしながらファラゾアという強大な敵に対抗するためには、とにかく戦闘機の数を揃えなければならず、特にファラゾアの降下地点と制空権で補給路などの色々なものが分断された状況下に於いて、アメリカ製だとかロシア製だとかの選り好みが出来るような状態では無かった。

 インド、台湾、日本と、アメリカ系の戦闘機を供給する国が多いこの地域で、アメリカ製の戦闘機を配備しないという選択肢は無かった。

 その問題を解決するため、そしてカリマンタン島に降下したファラゾアを押さえ込む拠点の増強として、アメリカ製の航空機を運用する事を目的としてバクリウ基地が新設されたのだった。

 

 アメリカ系戦闘機を配備するシンガポール軍のパイロットとして達也は国連軍に出向したので、当然アメリカ系の戦闘機を受けとることとなった。

 そしてアメリカ系戦闘機であるため、バクリウ基地へ配属されたというわけだった。

 ホーチミンで国連軍部隊に着任の後、使用する機体を受けとり、その後受けとった機体に乗って配属先に移動するという指示に従い現在バクリウへの移動中であるが、どうやらいきなり緊迫した事態に巻き込まれつつあるようだ、と薄々気付いていた。

 

「コンソンからのスクランブルはどうした? 遅い! 早くしろ! 急げ!」

 

「サイゴン直援機は? 遅ぇよ! 絶対止めろ! 後がねえ!」

 

「バクリウのスクランブル上げろ! なんでもいいから! できるだけ早くだ!」

 

 無線での激しいやりとりが交わされる中、達也達四機のF16Vは指示されたとおり南側滑走路から離陸して空港の東から南に回り、そのまま海岸線に出てバクリウ基地に向かうコースを取る。

 

「敵機をレンジ内に確認。数六。方位15、距離250、高度12、針路37、速度M4.2。こっちに向かってきます。最終防衛ラインまで40秒。コンソン島からのスクランブル隊間に合いません。サイゴン直援機接触まで20秒。」

 

 達也はふと南の方角に眼を向けた。

 敵は南にいるはずだ。

 ホーチミン市の南には広大な水田地帯と、ドンナイ川沿いのマングローブの森が広がり、その向こうに淡い色の南シナ海が続いている。

 淡く青い色の海は遙か彼方まで続き、より淡い色の水色の空と水平線で交わっている。

 雲が、無い。

 つまり、講義で耳にタコが出来る程まで繰り返し教えられた、ファラゾアお得意の超長距離狙撃が可能な状況であると云う事だ。

 達也は背筋が寒くなるのを感じた。

 

「ウォン少尉、敵襲のようですが。」

 

「その様だな。だが俺達は迎撃を命じられているわけでは無い。指示通りバクリウ基地への移動を速やかに完了するのが最善の対応だ。」

 

 編隊長がウォン少尉である以上勝手に行動するわけにも行かず声を掛けてみたが、どうやら何を言いたいのかはものの見事に誤解されたようだ。

 ウォン少尉は、手柄を立てたくて達也が口を開いたと思っているようだった。

 

「いや、そうでなくて・・・」

 

 達也が状況を説明しようとした所で、地上からの交信が割り込む。

 

「おい、海岸線をのんびり飛んでる四機はどこのマヌケだ? 墜とされてえのか!?」

 

「国連軍のヒヨッコだ! UN3840、速やかに退避せよ! 敵が接近中だ! 貴機はすでに敵機の射程内に入っている!」

 

「え、退避、って・・・」

 

 ウォン少尉が少々間抜けた声で戸惑っている。

 

「敵機加速。速度M8.0。高度、進路変わらず。最終防衛ラインまで8秒。サイゴン射程内に入りました。離陸中の全機は要警戒。」

 

「バクリウ基地スクランブル隊六機、接触まで40秒。」

 

「サイゴン直援隊Su30六機、敵機と接触。敵機、サイゴン直援隊をスルー。訂正。サイゴン直援隊被撃墜一。敵機数変わらず、進路変わらず。敵機、最終防衛ラインを突破。バクリウ基地スクランブル隊急行中。」

 

「ヒヨッコども、ちんたらしてんな! 逃げろつってんだろ!」

 

「少尉! 退避指示です! 高度1000まで降下して回避行動!」

 

 達也は思わず叫ぶ。

 

「分かっ・・・」

 

 緩いダイアモンド編隊の先頭を飛んでいたウォン少尉機が爆散した。

 脱出(ベイルアウト)の暇も無かった。

 爆発を見た達也は反射的に機体を右に捻り、背面急降下を始める。

 スロットルを全開にし、パワーダイブ。

 ピッチラダーがHUDの中を跳ね回るように動き、速度が一気に上がるのに対して、高度が凄まじい勢いで減っていく。

 チャン少尉機とアミール准尉機も達也の後を追う。

 

「ゴーコン対空陣地、SAM発射。対空ファランクス作動開始。3インチ速射砲陣砲撃開始。」

 

 緑一面の水田に埋め尽くされた地上が急激に接近してくる。

 高度500mで引き起こし。

 機体は最終的に高度50mまで降下したところで上昇に転じた。

 

「ゴーコン対空陣地、SAMランチャー大破4、3インチ砲大破2。敵機被害無し。迎撃を継続。」

 

 高度を300mに保った達也はそのままの高度でスロットルを思い切り押し込む。

 アフターバーナーを最大にし、長い炎の尾を引いた機体は簡単に音速を超える。

 

 ホーチミン市の南に位置するゴーコンの街の周辺に多数設置された対空陣地には、対空ミサイル、20mm対空ファランクス、76mm対空速射砲など大小の対空火器が配備されていた。

 一面の水田が広がる平野の中に盛り土をされて設置されたこれらの対空火器は、まるで緑色の海の中にぽつぽつと浮かぶ島のようにも見える。

 しかしそののどかな風景に反してこのゴーコン市街周辺の田園地帯は、海岸線から50km沖合のエリアに設定された防空最終防衛ラインを突破し、内陸に向けて侵入するファラゾアを、圧倒的な弾幕量をもって叩き潰そうとする近接地対空防衛地帯であった。

 これらの対空火器は、ホーチミン市南部郊外に設置された、大パワーのレーダー波でステルス性を打ち破る方式の二基の大型レーダーによる索敵システムと連動しており、例え高いステルス性を誇るファラゾア機であっても、200km以内であればまず確実に探知・追尾し迎撃できる能力を有していた。

 

 海岸線のすぐ内側、延々と水田が広がる農村地帯を僅か数百mという高度で音速を超える速度に達し、バクリウ基地のある南西の方角に向けて敵襲を回避しようとする達也達のすぐ後で、近接対空防衛地帯に設置された大量の火器が火を噴いた。

 数十発という地対空ミサイル(SAM)が白い煙を引きながら飛び上がり、対空ファランクスから吐き出された20mm砲弾のオレンジ色の連なりが空を舐め回す様に撒き散らされ、白い光球となった76mm速射砲弾が次々と淡い水色の空に吸い込まれていく。

 しかし六機のファラゾア戦闘機は、その猛烈な弾丸とミサイルの嵐の中を涼しい顔をしてすり抜け、飛び回る。

 

「敵機、ゴーコンの対空陣地を突破! 来るぞ!」

 

「敵損害無し。ホーチミン市へ向けて四機。二機は・・・バクリウ方面へ転進。国連軍新兵、逃げろ! 狙われている!」

 

 管制官の叫ぶような声に、自分が置かれている緊迫した状況を知り、腕が泡立つほどの恐怖を感じる。

 達也達の機体は未だ戦術データとリンクして居らず、レーダーレンジには敵が表示されていない。

 リンクしたくとも、やり方を習っていなかった。

 そして自機の射撃管制レーダーでは、後方に居るはずの敵機を探知する事は出来なかった。

 

 レーダーレンジ内に敵機のマーカーが表示されない事を確認した達也は、敵位置を確認する事を諦め、アフターバーナーを全開にしたまま小刻みに進行方向を変える、いわゆるランダム機動を開始する。

 高度が下がっているので動きに制限があるものの、元々格闘戦を重視して設計されているF16であり、さほど大きな不自由は感じない。

 それに、高度を下げすぎているのであれば、少しずつでも上げていけば良い。

 達也がランダム機動を始めるのを見て、後の二人もそれを真似する。

 

 死への恐怖から、無意識にランダム機動の動きが不必要なまでに激しくなる。

 自分の操縦桿操作に呼応して色々な方向から急激な高Gが掛かるが、Gが掛かる苦痛よりも迫り来る死の恐怖の方が勝ち、その無茶苦茶な動きを止めようとは思えない。

 死の恐怖に心臓を握り締められているようだった。

 自分がパニック状態になっている事をも達也は自覚しているのだが、死ぬ事への恐怖が先に立って自分を落ち着かせる事が出来ない。

 

 何度目かのターンを行った時、上方視野に僚機のF16の姿を認めた。

 ちらりとそちらに一瞬視線を向け、そしてそのF16の向こう側にいつか見たあの白銀色の戦闘機械の姿が見えた。

 思わず視線が釘付けになる。

 ・・・あいつが。奴等が。

 意識する事無く、右手が勝手に動いていた。

 すでに非常識な高Gターンを行っていた達也の機体は、さらに旋回半径を小さく変えて急激なターンをする。

 高Gでブラックアウト状態となり視野が暗くなるが、達也の眼はその白いファラゾア機を捉えて放さない。

 こちらに腹を見せて旋回しているF16のすぐ後ろを、僅かな距離でジェット噴射を避けつつ交差する。

 自機の射撃管制レーダーが敵を捕らえ、HUDにガンサイトが表示される。

 陽光を受け光り輝くようなその敵機に重なるダイアモンドと、ガンレティクルが一瞬重なる。

 反射的にトリガーを引いていた。

 しかしコクピット左側に搭載されているはずのM61A1 20mmバルカン砲は動作しなかった。



 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 作中でホーチミンシティの事を何度もサイゴンと呼んでいますが、実際呼び名はかなりあやふやのようです。

 そもそもタンソンニャット空港のコードがSGNであり、街中を走るバスの行き先表示にも「サイゴン行き」と書いてあるものも多数あります。

 住んでいる人達も平気でサイゴンという名前を使いますし、こちらが話しかけるときもサイゴンで通じます。特に嫌な顔もされません。


 もともと南ベトナムだったところを北ベトナムが占領し、街の名前を強引に共産主義指導者の名前に書き換えた事から、それを受け入れていない人も案外多いのかな、と思ったり。


 ちなみに関係ないですが、ベトナムで必ず食うべき(MUST EAT)食い物は、フォーでは無くバインミーだと思ってます。毎食これでもOKっす。

 ついでに。ベトナム語ちょー難しいっす。無理っす。あんなん、人類が発音できる言語じゃ無い。

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