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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
329/405

39. Land of Great Escape (大脱出の地)


 

 

■ 11.39.1

 

 

 達也達666th TFWが合流した北部戦線は、破竹の勢いで進撃を開始・・・という訳にもいかなかった。

 作戦が開始されZone10で接敵した後、ロストホライズン時よりも優勢な数の敵を相手にして、半ば消耗戦のような様相にて相当な無理をして戦線を持ち上げ維持してきた地中海方面からの南下軍は、再度戦線を押し上げる前に消耗し疲弊した戦闘機隊を再編して一度態勢を整える必要があった。

 

 態勢を整えるとは言っても、傷付き数を減らした戦闘機隊を一端前線から下がらせ、数の減った飛行隊を組み合わせて半ば無理矢理数を合わせて飛行隊を再編制しすぐさま前線に再投入するという、絶妙な手腕による効率の良いヘビーローテーションがこれまでの戦いの中で行われてきたため、戦闘機の数だけを見れば未だ十分な勢力を保っている南下軍も、その内容はすでにボロボロに近いものであった。

 

 また、作戦開始時におけるキヴ降下点周辺およびアフリカ大陸全体での敵戦闘機数は他の降下点での駐留ファラゾア戦闘機数から推定して八万から十万、これに菊花による対地殲滅攻撃を加えた後で六万から八万の戦力が残存するものと予想されていた。

 この数字はあくまで、これまでに攻略してきた降下点の状況からの推測を基にして算出されたものであった。

 小型戦闘機械を好きなだけ大量に駐留させておくことが可能である広大な大陸であること、また巧みに隠遁して姿を隠すファラゾア戦闘機を遙か宇宙空間から見破り、短期間でその総数を数え上げるることは地球人類の技術力では未だ難しいことから、キヴ降下点とその周辺に存在する実際の敵戦力を正確に把握しきるのは不可能だった。

 

 敵戦力を把握できないままに作戦を進めることは、本来絶対にすべきで無い事は分かっていた。

 だが彼らにも引くに引けない事情があった。

 

 一つには、地球人生体脳を搭載したファラゾア戦闘機、所謂ダークレイスの出現数が、時を追うに従って急速に増加していること。

 未だ技術的に追い付くことの出来ないファラゾア戦闘機の機体に、地球人の反応速度を持つ生体脳が搭載されたかの機体には、ST部隊の面々を除けば、エース級パイロットでやっと互角、一般の兵士では複数で囲んでも勝ちは覚束ないという状況であった。

 ダークレイスの数が増えれば、地球側の戦闘機が毎日のようにバタバタと墜とされて戦線を支えきれなくなり、毎日のように敵勢力圏が広がり続け、いつか地球全土が敵の勢力圏下におかれる日が来ることに怯えていたあの頃の戦況に逆戻りしてしまう事が予想されていた。

 

 また一方では、順調とは言えずともここまで勝ち進んできたプロジェクト「ボレロ」を、可能な限り素早く完結させ無ければならないという事情もあった。

 それは何も連勝の波に乗って高い士気を保ったまま次の戦いに挑むという意味だけでではなく、次から次へと新しい兵器や戦術を導入している現状に、何事にも反応の遅いファラゾアが対応策を打ち出してくる前にこの一連の作戦を終え、地球上での戦いに区切りを付けねばならないという、より現実的な理由でもあった。

 

 今反攻せねば地球人類に未来はないという理由で始められたプロジェクトであったが、始まった後にはまた別の理由での時間との戦いに追われる事となり、ファラゾアと戦うだけでは無く常にタイムリミットというもう一つの強大な敵とも戦い続けねばならない。

 そのような理由で、拙速に過ぎる危険を冒していると承知されつつも、プロジェクト「ボレロ」最終段階である本作戦「楽園の終焉」は開始されたのだった。

 

 そしていざ蓋を開けてみれば、敵戦力は明らかに推測された数の倍かそれ以上が存在しており、近年地球側の戦闘機の性能が大きく向上しているとはいえども、それだけの数の戦闘機に護られた降下点を戦闘機隊で攻略していくのは相当に困難なことであった。

 

 作戦計画では、アフリカ大陸東海岸より攻め込むエース級パイロットばかりを集めた潜水機動艦隊からの艦載機部隊が、駐留ファラゾア戦闘機群に大きな損害を与える予定であった。

 敵駐留戦闘機群がそれに呼応して東海岸に集中するようであれば、艦載機部隊にて引き続きこれを叩き続け、その間に圧力が薄くなる北方と南方からの陸上基地部隊で降下点へと侵攻する。

 或いは敵が東海岸での動きに釣られること無く全方位に向けて万遍なく防衛戦を布き続けるのであれば、艦載機部隊は東方の防衛戦を食い破り、敵降下点に向かって突入する、或いは必要に応じて北または南の戦線を内側から攻めて敵部隊の背後を突き、陸上基地部隊とで挟撃殲滅する。

 

 敵駐留戦闘機部隊の勢力が推定よりも上振れしていた場合についても対応計画は練られていたものの、実際の敵勢力はその上振れ予想のさらに遙か上であり、北方と南方から攻め込んだ地上基地部隊は予想を大きく超える速度で消耗した。

 さしもの艦載機部隊といえども、南北から攻め込んでいる地上基地部隊が全滅して、アフリカ大陸上の全てのファラゾア戦力が東海岸に集中した場合、これを食い破るどころか、壊滅的な損害を出しながら潰走する可能性が高かった。

 その場合には勿論作戦は失敗することとなる上に、再度アフリカ大陸を攻略するための戦力を整える為に長い時間を必要とすることとなる。

 

 最悪のケースを想定して立案されていた作戦案の分岐の、さらに上を行く悪条件が発生した場合を考慮して参考程度に提出されていたバックアッププランが見直されて急遽採用された。

 作戦立案時には検討の対象外とされたその予備案は、遊撃部隊としてST部隊を酷使せねばならず、切り札でもあるST部隊が大きく消耗する恐れもあったが、三方向の軍が全て壊滅しさらにST部隊も消耗して作戦も失敗するという本当の最悪のケースを回避するためには、今となっては他に選択肢など無かったのだ。

 

 自分達が助けに入った地中海方面からの南下部隊が再度態勢を整える間、現状で待機という名目のもと実質的には再編成の間手薄になってしまう戦線を支える役割を振り分けられた達也達ST部隊も、400kmにも渡る敵中突破という常識外れの行動の間に新たな損害を発生していた。

 

 666th TFW B2小隊長であったヤオ・オコーリ中尉はナイジェリア出身であった。

 七歳の時にファラゾアが地球に来襲し、自動車修理工であった父と、自宅の近くの食品加工工場で働いていた母に手を引かれ、二人の妹と共に、住み慣れた首都アブジャを多数の難民と共に逃げ出した。

 アフリカ大陸北部、リビアの地中海沿岸であるアジュダービヤーに異星人が大挙して押し寄せたという情報を得たアブジャからの避難民達は、当初大西洋に面した港町であるラゴスを目指した。

 

 ところが、異星人に殺戮される恐怖に怯えて怒濤の勢いで港に押し寄せた避難民達を待っていたのは、全ての海上船舶はことごとく異星人に狙い撃ちにされるという絶望的な情報と、どれだけ頼み込もうと頑として出港を拒否し、それどころか彼ら避難民がやって来た内陸に向けて我先にと逃げ出す始末の船乗り達であった。

 海上への脱出を諦めた避難民達は、一斉に踵を返し再び内陸に向かって逃げ出した。

 

 首都アブジャを発し、港町ラゴスまですでに1000km近い距離を走ってきたトラックやバスなど、彼ら難民が足としていた自動車はじきに燃料を使い果たして動きを止める。

 運良くラゴスや途中の街で手に入れることが出来た燃料も所詮は僅かばかりの延命でしかなく、或いは未だ走っている車の燃料や食料を狙った襲撃や盗難で、かろうじて動いていた車も次々と動きを止める。

 そこからが地獄の始まりであった。

 

 灼熱と不毛の地であるサハラ砂漠に足を踏み入れることを避け、僅かばかりでも水が手に入る可能性のあるサバンナ地帯の北端、北緯十度付近を徒歩で歩き続ける数百万もの難民の群れ。

 その存在がファラゾアに探知されないわけは無く、昼夜を問わずファラゾアの襲撃を受け、襲撃の後には死体さえも殆ど残らない空白地帯が発生する。

 ファラゾア機の姿を見かけては蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、凹凸や遮蔽物の少ないサバンナで僅かな地形の変化や灌木の影に隠れて怯えながら白銀色に輝く機械の群れをやり過ごす。

 襲撃者はファラゾアだけでは無く、共に東に向かって歩いていた筈の難民同士の間でも、水や食料、或いは武器や所持品を奪い合って絶え間なく争いが起こる。

 

 何万何十万という難民がファラゾアの襲撃によって姿を消し、似た様な数が同胞であるはずの人間によって殺され、犯されて荒野にうち捨てられていった。

 ともに逃げていたヤオの両親と、年上の方の妹もその様にして、思い出したくも無い状況で命を落とした。

 切り捌かれ腐乱した死体であろうがまさにそのような死体の製造現場であろうが、飢えと渇きと疲労と恐怖と諦めと、ありとあらゆる負の感情の積み重ねで何を見ても心が動かなくなりつつも、たった一人だけ生き残った肉親である下の妹の手を引く事だけは忘れず、ヤオは大陸の東海岸を目指した。

 

 幼い二人にとって非常に幸運だったのは、他の何人かの子供達と共に数十人ほどのグループに保護され一緒に行動できたことだった。

 そのグループは、異星人が攻めてきたこの非常時に至っても他者を殺し奪うことばかり考える人々の行動に呆れ果て、助け合いながら子供を護りつつ東を目指して進み続ける者達の集団だった。

 軍経験者も多く多数の小銃で武装したその集団は生きる術に長けており、水も食料も欠乏する極限状態の中、どうにか大陸の東海岸へと到達した。

 ナイル川を北上しエジプトに到達した難民達は、アラビア半島からアナトリア半島に掛けての主に地中海沿岸地域に作られた難民キャンプへと収容された。

 ヤオと、たった一人生き残った妹もそのような難民のうちの二人だった。

 

 ファラゾアによる襲撃と難民同士の殺し合いの中を生き延び、数千km、ことによると一万kmをも踏破してアフリカ大陸を脱出し西アジアに至ったこの逃避行は、後に「大脱出(Great (African) Escape)」あるいは「大喪失(African Deprivation)」と呼ばれることになる。

 運良く地中海まで到達したのは、当時二十億弱とされたアフリカ大陸の総人口のうち、一億人に満たない数であった。

 ファラゾアに対抗するに十分な量と質の空軍戦力を持たない国が殆どのアフリカ大陸において、そこに住んでいた人々はただただファラゾアの襲撃から逃げ惑う他に選択肢は無く、もとより過酷な環境での避難行動の中で多くの人々が命を落とし、ファラゾアの襲撃で行方が分からなくなる者、また難民同士の諍いで殺される者も多く、生き延びてアフリカ大陸を脱出できたのはアフリカ大陸全人口の僅か5%に満たない数であった。

 

 その悲惨な脱出行を生き延びたヤオは、ここでも難民キャンプに開設された国連軍入隊事務所にて八年後に入隊し、ルードバール降下点からのファラゾア侵攻を止めるための中東地域の戦線においてその頭角を現した。

 共に過酷な逃避行を生き延びた二歳年下の妹は入隊年齢に達していなかったが、唯一の肉親であるヤオが入隊するのに伴い、軍属として雇用される事となり、ヤオと共に営舎に住んで基地の厨房で兵士達の食事を作る手伝いの仕事を与えられた。

 最前線で戦い続ける中ヤオはエースパイロットとなり、やがて従軍年齢に達した妹が正式に入隊したところでそれぞれの配属先に分かれることとなった。

 

 別々の基地に配属された二人は、連絡を取り合うのが難しい中でも手紙のやりとりで互いの事を知らせあっていた。

 そのうちにはヤオのパイロットとしての腕前が買われ、ST部隊に配属されたことで、潜水機動艦隊勤務となりさらに連絡を取りにくくなった。

 ヤオがST部隊に配属されたのは、リビアのアジュダービヤー降下点攻略作戦「シロッコ」にて命を落としたB2小隊長のゲイリー・レベッキーニ中尉の後釜としてである。

 他の部隊に較べ、過酷な任務を指示されるST部隊においてヤオはその腕前を遺憾なく発揮し、先に行われたボリビアのカア=イヤ降下点攻略作戦「サンタ・クルス」を生き延びた。

 しかしそのエースパイロットも、戦線を横薙ぎに潰しながら数万もの敵中を突破せよという、まるで故意に部隊を消滅させようと考えているとしか思えないような異常な命令の実行には耐えられなかった。

 

 アフリカの大地に生まれ、異星人の襲撃に逃げ惑った男が、敵と戦う力を手に入れつつも力及ばず再びアフリカの大地に還った。

 これまでに何億という命がファラゾアとの戦闘で散っていった。

 夥しい数の死が、異星人との戦いでこの地球上に溢れる、その中でまた一人の兵士がその命を散らした。

 ありふれた、ただそれだけのことだった。

 

 そしてまた一人構成員を失ったST部隊は、生き延びることが出来なかったその男の死を振り返ることさえ無く、力及ばぬものは脱落していくしかない過酷な次の指令を受けて再びその翼を広げ強大な敵に向かい切り込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 更新大変遅くなり申し訳ありません。結局GW中は殆ど何も出来ませんでした。


 ヤオの死亡に絡めて、今まで殆ど書いてこなかったアフリカ大陸の過去と現在を書いておこうかと思ったのですが、ちょっと量を割きすぎましたかね・・・

 次回からまた戦闘に戻ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アフリカの話は面白かった [気になる点] そんなに逃げたのか。他の地域のようにもう少し穏便な対応してるかと思った
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