38. タフ・ロード (tough road)
■ 11.38.1
Sametime, Outer edge of Zone07 - Area01 of Point Kivu, near by South area border line Republic of South Sudan
同時刻、キヴ降下点Zone07外縁-Area01、南スーダン共和国南部国境付近
「オッキオ03、こちらノイゼット。さらに二機やられた。現在残機六。これ以上無理だ。後退する。」
「ノイゼット、あと三分でいい、なんとか持たせろ。バックアップ急行中。」
「オッキオ02、こちらソヴァ02。増援まだか。もう無理だ。墜としても墜としても敵がd・・・」
「オッキオ02、こちらソヴァ05。ソヴァ02ダウン。05が引き継ぐ。残機七。増援早く寄越しやがれ、クソ! ダークレイスが混ざっていやがる!」
「ソヴァ05、こちらオッキオ02。近くにいるヴァッシュベアと合流できるか? 合流してもう少し保たせろ。」
「オッキオ02、こちらソヴァ。無茶言うな。合流どころか、敵に追い回されて引くことも出来ねえ。良いから早く増えn・・・」
「オッキオ02、ソヴァ05ダウン! 06が引き継ぐ。早く増援こっちに回せ! マジでヤバいんだ!」
「ソヴァ、状況は理解している。本当に最速で回しているんだ。バックアップ部隊はもう尽きかけている。後方で無理矢理編成してこっちに回してもらってる。頼む。もう少しだけなんとか堪えてくれ。東の戦線にも増援要請を出している。」
「クソッタレ。分かったよ。できるだけ早くしてくれ。ヴァッシュベアとの合流を試みる。」
「済まん、頼む。」
前線から次から次へと飛び込んでくる悲鳴のような増援要求に、戦域全体の管制を担当しているAWACSであるオッキオは、持てる限りの処理能力を注ぎ込んで、どうにか戦線を維持しようとしている。
四段階まで用意されていたバックアップ部隊はすでにその殆どを前線へと投入を終えており、後は傷付いて前線から一端引いた部隊が、再編成されて再び前線に復活するのを待つか、或いはバックアップ部隊が待機していたさらにその向こう、地中海沿岸に展開している予備戦力か、或いはアラビア半島に最低限の数が配置され残されている、通常の警戒部隊を強引に引き寄せて戦線に投入するほか無かった。
周辺に配備されている機体をかき集めて増援部隊を急造し、最速で前線へと送り込むように後方のAWACS部隊へと依頼はしているが、最速とはいえども遙か数千kmの彼方で編成された部隊が前線に到着するにはそれなりの時間がかかる。
大気の存在を殆ど無視できる高度100km以上の宇宙空間を移動に利用し、数十km/sの速度で彼らは前線へと突入してくるが、今は安全が確保されている大気圏上層部でも、またいつ何時敵艦隊が現れて移動に使えなくなり、増援の供給が滞ってしまうかと考えると、気が気では無い。
そもそも、そうやってかき集めている後方の機体も無限にあるわけでは無い。
そろそろ後方から、これ以上は無理だという悲鳴が聞こえてきてもおかしくはない。
増援の供給が尽きる一歩手前の状況で、そしてこれまで経験したこともないほどの数万機もの敵と正面からぶつかり合う前線では味方の戦闘機が恐ろしい速度で消耗しており、傷付いた味方を後方に下がらせ、その中からまだ戦える機体を選り抜いては他の部隊の機体と合流させて再編成し、戦線が突破されそうな先頭空域へと再び投入する指示を出す。
その間にも戦線の別の場所では損害を受け続ける味方部隊が悲鳴を上げ、増援をくれと懇願され、やっと辿り着いた増援部隊を休む間もなく最前線に放り込む。
そしてそれさえも間に合わず、全滅し完全に沈黙する部隊が発生し、コンソール上ではその部隊名がグレイアウトする。
一瞬たりとも気が抜けない戦場での航空管制と、戦線のあちこちから聞こえてくる助けを求める悲痛な声、一つでも差し手を間違えば戦線全体の崩壊に繋がりかねないという緊迫した状況下で、AWACSのオペレータ達はまるで下ろし金で摺り下ろされるかの様に急速に神経を削られ消耗していく。
その異常に最初に気付いたのは、正に敵と真正面からぶつかり合っている戦線で激しく戦っている兵士達だった。
それは僅かな違和感から始まった。
数十倍、或いは百倍を超えるかも知れない数の敵とぶつかり、敵味方入り交じって死に物狂いで飛び敵を墜とす、文字通り一瞬たりとも気を抜くことが出来ない過酷な戦場。
僅かな気の緩みや不注意が、二度と取り返しの付かない大きなミスとなり、その代償に支払うのは己の命。
そうやって次々と僚機が消えていった。
次は自分の番かと怯え、絶対にそうならないように死力の限りを尽くして飛び、向きを変え、敵を捉えて撃ち落とす。
敵に狙いが付けにくくなっていることに、ふと気付く。
ついさっきまでは、視界いっぱいHMDに表示される敵機のTDブロックで埋まっていた筈だ。
機首を僅かに捻れば数十もの敵機がガンサイトに入ってきて、目標を選ぶ間でも無くとにかくトリガーを引き続ければ良かった。
それが今は、どうだ。
近くにいる敵に照準が合い、上手く当てられなくて敵を逃せば、次の敵を探さなければならなくなっている。
「なあ、敵が少なくなってきてないか?」
そのことに気付いて少し余裕が出来て、彼は同僚に話しかけた。
「やっぱり? 墜としまくって、やっと減ってきたかな。」
そんな筈は無い。
視野をマーカが埋め尽くし、絶望するほどに大量の敵が居たのだ。
僅か数分でこれほどまでに少なくなるほど撃墜数を稼いではいない筈だった。
「違う。左だ。方位32の方向に敵が流れている?」
そちらに顔を向ければ、HMD視野の上端に表示される方位で方位32、南東の方向には今まで通りかそれ以上に敵のマーカが映っているのが見える。
「何が起こってる? あっちに何かあるのか? 楽になるのはそりゃありがたいが・・・」
その異常は当然、戦線から数百km後方にあって戦域を俯瞰的に観察し、子機を操りあらゆる情報を収集しているAWACSのCOSDAR画面にも現れていた。
ただしそのモニタ上には、より詳細で、より遠くまでの情報が表示されている。
Zone07外縁、Zone08近くに広がり膠着していた戦線の向こう側にいる、万を超える敵機の多くが、一方向に向かって流れるように移動している。
敵機が移動する先にはおびただしい数のファラゾア機が集まっており、分解能の高いAWACSのCOSDAR画面でさえ個体を表示しきれなくなっている。
モニタ上のそのエリアは、敵機の集団を雲の様な塊として表示しており、その雲は空間当たりの敵密度によって階層的に色分けされている。
中心に近づくに従って赤く表示されているその雲は、中心から向こう側が東に向かって二つに断ち割られている。
その断ち割られた通路のような空隙をゆっくりと進んでくる青色の部隊マーカ。
オッキオ(目玉)01とコードを付けられたそのAWACSオペレータは、思わず画面を凝視した。
噂には聞いてはいたが、いや、そんな馬鹿な。
青い部隊マーカの前方で、敵機群を示す雲のような集合表示が、まるで消化されるように侵食され消えていく。
敵機が消えて開けた空間に青色のマーカが入り込み、さらにその前方を侵食していく。
その部隊マーカは、GDDによって探知された重力波パターンが味方のものであるので青色に表示されているが、距離があって通信できず、未だ詳細なキャプションは表示されていない。
だが、分かっている。
こんな馬鹿な真似をする奴等、出来る奴等は、他に聞いた事が無い。
こちらが要請したこととは言え、信じられなかった。
当然、高度100km以上の宇宙空間へ逃れて、敵の居ない空間を飛んでくるか、或いはZone10以遠に大きく迂回して北部の戦線に回り込んでくるものと思っていた。
だからどれ程早くとも、あと数十分から一時間は到着が見込めないものと思っていた。
まさか、敵と味方が入り乱れて激しく戦う戦線を横薙ぎに断ち割って来ようとは。
しかも、通過した空間の敵機を手当たり次第に殲滅するというオマケ付きで。
「・・・ちら、フェn・・・空間管・・・答せよ。聞・・・か。」
ゴーストやヒュドラと云った電子戦型のファラゾア機が戦線の後ろ、敵側のあちこちに隠れており、バラージジャミングのせいで戦線の向こう側からの通信は距離があってノイズが凄まじい。
AWACSが持つ、敵のジャミングをパワーで押し切る通信機ならばともかく、戦闘機に搭載されている程度の出力の通信機では、500kmも離れていてはまともに電波は通らない。
ノイズにかき消されそうな信号は、AWACSの探知能力をしても拾うのが難しい。
だが確かに聞こえた。
「フェニックス、こちら戦域統合管制オッキオ01。聞こえるか。そちらの位置は把握している。」
まるでそうすれば電波の通りが良くなるとでも言うかのように、オペレータは口許のマイクを無意識に指先で押さえて口許に引き寄せ、前のめりにモニタに顔を近づけて声を大きくする。
「酷・・・ズだ。この・・・ne06をArea01ま・・・少しペースを上げ・・・」
どうやら噂通り、例の部隊の編隊長は女である様だった。
あり得ない無茶苦茶な敵中突破をしている割には、落ち着いて聞こえる声がオペレータの心に少しばかりの安心感を与え、精神に幾らかの落ち着きを取り戻させた。
「フェニックス、了解した。そのまま進んでくれ。こちら側も対応する。」
「了・・・く頼・・・」
敵の大軍を突き抜けてやって来る青い部隊マーカは、敵の群れを食い散らす速度をさらに上げ、モニタ上でも分かるほどに増速してこちらに近付いてくる。
「・・・こいつら一体なんなんだ・・・」
明らかに増速して接近して来る青いマーカを凝視してしまう。
その理解不能の動きに思わず呟きが漏れる。
オペレータは軽く頭を振り、いったん軽く眼を閉じる。
再び眼を開くと、先ほどまでとは打って変わって落ち着いた声で指示を出し始めた。
「戦闘空域の全機。こちらは空間管制オッキオ01。東部戦線からの増援がもうすぐ到着する。戦線前方の敵密度が下がった。戦線を持ち上げつつ、戦力を東寄りに集めて、増援との間で挟撃する。Area01各部隊はオッキオ03、04の指示に従え。Area02各部隊はオッキオ05、06から指示を与える。繰り返す。戦闘空域の全機・・・」
戦闘空域全体を統括する空間管制から指示が出て、それに従い各エリアを管制する戦域管制から各戦闘機隊へと指示が下る。
これまでの戦闘で傷付き数を減らしている戦闘機隊ではあったが、戦線を構成している敵機のかなりの部分が東側に流れていっている今であれば、僅かながらでも戦線を押し返す事さえ可能であった。
敵の勢力が戦線の東側に当たるZone07-Area02に集中したことで、Area02の戦線を維持する事と、Zone06を東方から突破してくるST部隊との間で敵を挟撃する意味も含め、幾つもの部隊が戦線の東よりに移動する事を指示された。
東部戦線、即ちケニア方向からアフリカ大陸に侵入した潜水機動艦隊の艦載機部隊からの増援が来ているとAWACSは言ったが、眼の前に立ちはだかる万を超える数の敵機からなる分厚い壁は、戦線のこちら側に雪崩れ込んでこないように抑える事さえ厳しく、ましてやその分厚い壁のような敵の群れの向こう側から壁を越えて来る事が出来る者が居ようなどと、冗談にしか思えないほどの、悪夢のような敵機の量だった。
周りで同じ様に敵を抑えようとしている友軍機から次々と悲鳴が上がり、僚機の撃墜や喪失を叫ぶ声が聞こえる。
しかしその敵の動きが妙だった。
絶望するほどの数が居るにしては、明らかに「こちら側」への圧が低い。
敵の方を向けば、HMD表示の視野全てがおびただしい数の敵のマーカで埋まり、狙う的に困らないというよりも、近付くことさえ恐怖を感じるほど。
それが、こちら側に押し寄せてこない。
攻撃が無い訳では無いが、明らかに意識が反対側、つまり東の方へ向いている。
その敵の様子を見て、もしや、と希望を持ってしまう。
この数の敵を一網打尽に出来る様な新兵器か、或いは圧倒的な力で敵を踏み潰してやって来る大軍団が、この敵の壁の向こうに居るのではないか、と。
忙しなく頭を動かして周囲を確認する視野を妙なものが掠めた様な気がした。
ほんの僅かな違和感も、見落とすことは戦場で致命的な事態に発展する。
視線を戻して先ほどの違和感を確かめようとする。
一つのことに気を取られすぎるのもまた、致命的な行為ではあるのだが。
それはまるで、砂糖菓子に群れる蟻のように見えた。
東の方角のある一点に、異常な数の敵機が集中している。
余りに多量の敵機が集中しているため、マーカを表示しきれず、敵群を示す紫色の円で表示されている。
凄まじい量の敵がいることは、肉眼でも分かる。
強い陽光を敵機が反射して時々キラリと光るが、その光が異常な量集まっている。
そこに何があるのか、と訝しんで目を眇める。
キラキラとまるでスノードームの中で渦巻くグリッターの粉のように、小さく鋭い煌めきが集まる中、不意に青色の部隊マーカが表示された。
思わず眼を瞬かせて、もう一度見直した。
間違いなく、それはそこに表示されていた。
あれが先ほどAWACSが言っていた東方戦線からの増援か?
それにしては部隊数がいつまで経っても増えない。
これではまるで、たった一部隊の味方が、この異常な量の敵中を突破してきているという事になるが、そんなバカな。
しかし彼が、戦いながらも何度もそちらに視線をやる中、青い部隊マーカの数は増える事は無く、それどころか、味方部隊のマーカとその周りに大量に群がる敵戦闘機械の巨大な固まりは、驚くほどの速度で自分達が戦闘している空域に向けて、青色のマーカと共に移動してきているのが分かる。
急速に接近して来る青マーカと敵の大集団。
増援部隊とは言え、大量の敵を引き連れてこのまま突入して来てしまえば、今でさえギリギリで戦線を支え続けている友軍部隊が、雪崩に押し潰されるかの様に崩壊してしまうであろう事は想像に難くない。
その事態に思い至り、思わずCOSDAR画面を凝視していると、青色マーカの移動が戦線の向こう側僅か50kmほど先で突然止まった。
何が起こっているのか、思わず視線をやってその方向を肉眼で確認する。
僅か50km先、目の良い者であれば目視で敵と味方を区別できるほどの距離。
数千もの白銀色の輝く点である敵機に囲まれ、僅か一部隊の黒い点である味方機が戦っている。
HMD表示と重なり透過して向こう側に見えるその光景は、何もかもが異常だった。
数千もの敵機が僅か半径数十kmの空間内に高密度でひしめいていること。
その中心で、僅か一部隊の味方機が戦っていること。
その味方部隊が、絶望するほどの敵に囲まれて圧倒的な劣勢であるにも関わらず、いつまで経っても磨り潰されること無く、数も減らないこと。
その味方機の機動はどれもまるでファラゾア戦闘機のように鋭角的で、常識として思い描く航空機の動きとはまるで異なる事。
味方機が激しく機動する空間の外側に、ファラゾア機が撃破される時に発生する小爆発と思える小さな煌めきが、目を疑う程に夥しい数、常に明滅していること。
ファラゾア機が墜落するときに引く薄煙が何十、何百、或いはそれ以上の数折り重なって、まるで森林火災から立ち上る濃密な煙であるかのように見える事。
そして、つい先ほどまでCOSDAR或いはHMDの表示全面を異常な密度で埋め尽くしていた筈の敵機マーカが、ふと気付けばまるで少なくなってしまっていること。
今では部隊マーカでは無く、青色の友軍機マーカによって個体で表示される程に接近しているその部隊が、再び動いた。
全ての機体が突然同じ方向を向いて急加速し、こちらに向かってやって来る。
その前方には、まるで超大量の対空砲弾が同時に炸裂でもしたかのように、ファラゾア機が撃破される小さな煌めきが広がる。
その煌めきの集まりは、援軍の部隊のすぐ近くで沸き起こり、進行方向に向かって次々に、波が伝わり誘爆を起こしているかのような勢いで空間を走り抜けた。
その余りに異常な光景に、戦闘中であるにも関わらず思わず手が止まり、見とれてしまう。
そしてふと気付く。
自分達と、東方戦線から駆け付けたその援軍部隊の間に、巨大なトンネルのように円く、敵機が存在しない空間がいつの間にか出来ていることに。
その空間に存在した全てのファラゾア機が撃墜されていた。
援軍の部隊はさらに増速し、音速の数倍の速度で、自分達がこじ開けたその巨大なトンネルの中を駆け抜ける。
そして、戦線を構築し、敵の前進を食い止めている北方からの友軍機部隊と交錯して、後方に飛び抜けた。
「オッキオ01、こちらフェニックス。沿道の邪魔が多いタフなマラソンだった。ゴールテープはどこだ?」
次の瞬間、地球側の通信に大量の歓声が溢れた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
更新遅くなり申し訳ありません。
突然の大量の仕事で、更新はおろか執筆さえ出来ませんでした。
どうにかしようとは思いますが、GW明けまで不安定な更新が続くものと思われます。
申し訳ないです。
季節的に雨季なので、案外雲も多く、通信に電波をかなり多用しています。
以前に比べて相当改善はしているのですが、それでも敵側に電子戦機が居ると、戦闘機の通信機程度の出力だと思いっきり妨害されます。