37. Zone06踏破
■ 11.37.1
「フェニックス、こちらクラーケン01。攻撃は成功した。戦艦撃沈一、大破一。キヴ降下点上空の敵艦隊排除に成功した。全ての高度制限を解除する。
「フェニックス、良くやった。これで作戦を進められる。」
C中隊が行ったミサイル攻撃の成功を告げるAWACSオペレータの声を、達也はZone06にまで戻る途中、先ほどC中隊を護りながら通過した時に撃ち漏らした敵を掃討しながら聞いた。
実際にミサイル攻撃を行ったC中隊を中心に、部隊内で歓声が上がるのがレシーバ越しに聞こえてくる。
「そんなお利口さんのフェニックスにパパからビッグなプレゼントだ。Zone06-Area10まで引き返した後、Zone06をArea01までちょっとお遣いに行ってきてくれ。地中海方面からの南下部隊がファラゾアの大歓迎に逢って前に進めないらしい。Zone06-Area01で盛大にパーティーを開いているファラゾア部隊に、そろそろお開きだと伝えてやってくれ。勿論、道中で粉を掛けてくるキュートな奴等は全部ヤッちまっていい。」
「は? ざけんなコラ。こちとら無茶な指示を達成して戻ってきたばっかりだぞ。ちったあ休ませろ。」
「Zone06? 戦線総舐めにして移動しろっての? ちょっと何言ってるのか分かんないんだけど?」
最前線で敵に囲まれた中で休むもなにも無いものだが、休む間もなくAWACSから出された厳しい追加の指示に部隊内から激しい抗議の声が上がる。
「クラーケン、こちらフェニックスリーダ。全員かなり消耗している。一端戦線から下がって休ませてくれないか。」
流石にレイラは他の部隊員のような乱暴な口の利き方はしないが、しかし口調に怒気を含んでいるのが分かる。
「休ませてやりたいのはやまやまなんだがな。残念ながら敵さんの方は無休で絶賛営業中だ。地中海方面の味方が相当難儀しているらしい。フェニックスご指名だ。売れっ子はつらいな。仕事があるのは良いことだぞ。」
「勘弁してくれよ。ここからスーダンまで回り込むのか? 一体敵が何機居ると思ってんだ。万じゃきかんぞ。」
レイラを含めて、口々に不満を言いつのる他のパイロット達の言い分を聞きながら、この部隊はいつからこんな温い戦い方をする様になったのだろうかと達也は呆れた。
酒泉で部隊番号を与えられたときのメンバーも1/3が消え、さらにC中隊が追加されたことで「新人」も多くなった。
ズタズタの機体の機嫌を取りながら操縦桿を握り、ジェット燃料と20mm砲弾の残量を常に神経質に確認しながら、雲と泥ほどにも性能差のある敵機を必死で追い回していた頃の経験を持つパイロットも少なくなってきている。
乗機には重力推進とレーザー砲が装備されているのが当たり前で、敵艦を墜とすことの出来るミサイルを得て、実施する作戦は成功するのが当然という空気が、軍の中全体に生まれている様に思った。
そういう温い奴等は、温い戦い方をしていれば良い、と思った。
「A中隊。損害報告。」
「マリニー、グリーン。」
「優香里、グリーン。」
「A2、全機グリーン。」
そう。これだけの機体を与えられていて、こいつ等がそう簡単にやられるわけはないのだ、と達也は自分の予想の正しさに納得する。
だから、クラーケンの要求はある意味当然のことと達也は受け止めていた。
采配する側ならば、無傷の部隊があれば当然都合良く動かそうとするだろう。
「行けるな。」
「もちろん。」
「まったく。あんたと一緒に飛んでると、こんなのばっかり。行けるわよ。」
見えるはずもないが、達也は軽く頷くと言った。
「レイラ、A中隊は先に行く。休みたければ、後から来い。」
敵がどこにいるかも分からず、見えない敵の狙撃に常に怯え、燃料と弾薬の欠乏に怯えて戦っていた南シナ海上空を思い出す。
薄く煙さえ引く満身創痍の機体で、皆似た様な状態の傷付いた味方部隊の先頭に立ち、まるで大波のように迫り来る、万を軽く越えるロストホライズンに立ち向かったタクラマカン砂漠。
核弾頭を抱えて単機で敵の大集団に向かって突っ込んで行ったホルムズ海峡。
圧倒的物量の敵戦闘機群に加えて、上空から大地を薙ぎ払う艦砲射撃に怯え、吹き上がる爆炎に巻かれながら戦い続けたシベリアの森の上。
艦砲射撃の閃光と、幾つも並び立ち上る巨大なキノコ雲の眩い光で、あらゆるものが地獄の業火に灼かれるこの世の終わりの様な光景の中、共に飛んでいた友軍部隊は全て叩きのめされ、そしてこの世に残った最後の肉親を失ったカリブ海。
指の間からこぼれ落ちていく様に失われた大切な命と、敵を倒す力を失った自分に対する怒りで、空を見上げて歯を食いしばったサンディエゴ湾。
何も出来ない非力な自分に苛立ち、空を埋め尽くす敵を睨んで拳を固めた、破壊された故郷の街並み。
戦う為の力を、しかもこれまでの中で最高性能の機体を手に入れている今、戦わないという選択肢など無い。
一秒でも長く戦い、一機でも多くの敵を叩き落とすためならば、休息など必要なかった。
「ちょっ、タツヤ!? 待ちなさいよアンタ!」
「A中隊、針路00、Zone06-01まで敵を殲滅しつつ移動する。付いて来い。」
聞き方によっては、飛行隊の中で実質的エースである達也が、まるで弱腰のレイラを見放したようにも聞こえる台詞にレイラは慌てた。
しかし達也はレイラの呼びかけに応えることも無く、機体を翻すと、スロットルを開けて一瞬の内に未だ多数の敵が飛行する領域に向けて飛び込んで行った。
A中隊の残る五機がそれに続く。
「ったく、せっかちな奴だな。あの死に急ぎ野郎は。B中隊、行けるか?」
「行けるぜ。」
「問題ねえ。」
「丁度温まってきて、調子が出てきたところだ。」
「オーケイ。んじゃな、オヤブン。あいつらだけじゃいくら何でもしんどいだろ。俺らもちょっくら行ってくらあ。野郎ども、追いかけんぞ。」
「おうよ。」
「ちょっと、レイ!」
既に敵の群れの中に消えていったA中隊を追いかけて、レイモンドを先頭としてB中隊も翼を翻す。
「ああ、もう。C中隊、L小隊、損害報告。」
「ポリーナ、グリーン。大丈夫よ。」
「ヴィルジニー、グリーン。ヨユー。」
「C1、イエロー。さっきの突撃の時に結構やられた。まあ、後ろを付いて行く位なら、な。」
「C2、イエロー。残存二機。ま、あいつらの後ろで取りこぼしを拾うくらいならできるぜ。」
「ああもう、しょうが無いわね。針路00、Zone06をArea01まで敵を殲滅しながら移動する。L1、先行する。C中隊付いて来い。遅れるな。」
「コピー。」
「諒解。」
レイラ機が翼を翻して北に向かう。
すぐさまその後ろにポリーナとヴィルジニーが追従し、三機の射線を前方に集める。
先ほどのミサイルリリースの突撃で一機失い五機となったC中隊がその後ろに付き、ダブルデルタ編隊を組んだ。
ダークグレイに塗装され、まるで空に浮かぶ影のように見える八機が攻撃力を進行方向に集中させ、潜水機動艦隊を発した艦載機部隊が形成するアフリカ東部海岸戦線を一気に突破して北に向きを変えた。
先行する達也達A中隊は、いつも通りの個人技プレイで濃密な敵戦闘機の群れの中を喰い進む。
周りは敵だらけであり、敵機を追い回さずとも機首を捻るだけで大量の敵マーカがガンサイトに入ってくる。
A中隊の六機は、それぞれが好き勝手にてんでバラバラに動いているようでいて、敵の集団が僚機の誰かに狙いを定めると、いつの間にか別の機体がその敵機の集団を撃ち落としカバーする。
六機は個人技のみで勝手に戦っているようで、その実全体としては連携が取れカバーし合っているという、まるで細部まで緻密に計算されたCG映像の動画を見ているような戦い方で、遙かに数の多い敵を見る間に減らしていく。
「いつも通り無茶やってくれるけれど、大丈夫なの? 敵が沢山いるから突っ込んだだけで、実は何も考えてないでしょ?」
A2小隊長の沙美が、達也に負けじと撃墜を大量生産しながら達也に問いかける。
敵を見かけたらとりあえず喰らい付こうとする、という達也の呆れた行動原理をよく理解していると言って良い。
「この機体なら、大丈夫だ。効率よくやれば、二機/秒程度の撃墜数は出せる。中隊六機なら十二機/秒だ。一分間で七百二十機、十分で七千二百機。三十分も戦えば二万機近く墜とせるだろう。それだけ墜とせばArea01までの空間は殆ど掃除できる。つまり、三十分もあればZone06-01に到達できる。」
「は? ちょっと何言ってるか分かんない。」
「いやその計算色々おかしいでしょ。三十分で二万機とか誰が墜とすのよ。」
ナーシャ、ジェインと、脇で話を聞いていた面々が次々に呆れた声を上げるのも無理は無い。
「俺達だが?」
「イカれてるとは思ってたけど、とうとう本気でおかしくなったらしいわ、このバカ。」
優香里も自分の上官に対して容赦が無い。
もともと上官部下の関係があやふやな666th TFWではあるが。
「工場の流れ作業じゃないんだから。そんな計算通りにいく訳無いでしょ。」
最初に口火を切った沙美も呆れ声で諭すように言う。
「やれば良い。この機体と、この面子なら不可能じゃ無い。」
ほぼ雑談に近い、そのような会話を行って居る間も、達也は次々と敵機を墜としていく。
確かに、四門のレーザー砲をフルに使い切るそのペースは、二機/秒以上のペースを保っていた。
こうなると既に、戦闘と言うよりも敵機を消していく作業に近い。
但しそのように調子の良いペースで敵を墜とせるのは、周囲に群がる敵を墜とすことによって、彼等自身が自分達の生存できる空間を確保しているからだった。
攻撃のバランス、或いはリズムが大きく崩れ、大量の敵に一度に囲まれれば、いかな個人技に恵まれているA中隊の面々と言えども、生き延びるのは難しい。
達也が言っている無茶苦茶な要求は、半ば本能的にその点を理解している達也ならではの発想、とも言える。
彼等が今からやろうとしていることは、そのような危ういバランスの上に成り立っており、その状態を三十分以上維持しなければならないのだ。
「ようタツヤ。手伝いに来てやったぜ。いくら何でも六人じゃ厳し過ぎんだろ。」
達也の無茶な要求にA中隊の皆が絶句し、一拍の静寂が起こる中、レイモンドの陽気な声がレシーバに届いた。
こちらも個人技で周囲の敵に手当たり次第攻撃を加えていくB1小隊の三機を、デルタ編隊を組んで射線集中と全周警戒を同時に行うスタイルのB2小隊が追い、達也達A中隊が戦闘している空間に突入してくる。
レイモンド率いるB中隊が採用している戦術は、A中隊が少し前に採っていたスタイルと同じだった。
B2小隊の技術が充分に向上すれば、いずれは全員が個人技で戦う今のA中隊と同じ戦闘スタイルに進化するものと思われた。
「有り難い。多い方が成功する可能性は高い。レイラ達はどうした?」
「いつも通りだ。すぐに来るだろうさ。」
レイモンドが笑いながら答える。
その答えを聞いて、達也も軽く笑う。
何か打合せをする訳でも無く、申し合わせがある訳でも無く、B中隊はA中隊が戦う空間に入り込み、同じ様に戦い始めた。
六機のスーパーサクリレジャーと、三機のグウィバーが戦闘空間内を好きに飛び交い、手当たり次第に周りの敵を墜としていく。
三機のグウィバーはデルタ編隊を組んで周囲を警戒しながらも、撃ち漏らしや、単機で飛び交う友軍機を包囲しようとするファラゾア機の集団を集中的に撃破していく。
それはまるで複雑な動きをするシールド掘削機の先端部分が、ファラゾアという分厚い岩盤を徐々に削り侵食して、少しずつ目的地に向かって侵攻していくように見える。
好き勝手に飛び交っているように見えてその実は、進行方向に攻撃力を偏重して優先的に敵を削る。
撃ち漏らした敵は、デルタ編隊を組んだB2小隊が確実に磨り潰す。
そうやって、土中を掘り進む土竜か、或いは生存圏を喰い広げながら進んでいく白蟻か、彼等はZone06のファラゾア機群に直径数十kmもの大きな穴を開けながら、その外側からさらに寄ってくる敵を尽く叩き墜としながら、目的地であるArea01に確実に進んでいく。
やがてその後ろに、レイラ率いるL小隊三機に先導されたC中隊五機が加わった。
二機しか居ないC2小隊は、L小隊とC1小隊に別れてそれぞれダイアモンド編隊を組んだ。
二つのダイアモンド編隊は、先に到着していたB2小隊のデルタ編隊同様に、周りの敵を手当たり次第に攻撃する単機攻撃チームのフォローに回る。
単機攻撃チームが常に飛び交うことで直径十km程度の安全地帯が形成される。
その球状の空間はまるで栗の毬か、海栗の針状突起のように、周囲の空間に向かってレーザー光をばら撒き攻撃し続ける。
一つのデルタ編隊と二つのダイアモンド編隊はその空間の中を飛び回りながら、全周を複数の眼で監視できる優位さと、前方に集中する攻撃力を用いて、単機攻撃チームの特定の機体を狙った集中攻撃を行う為に集団化しようとする敵を早期に発見して叩き潰す。
二十機の戦闘機で形成されたこの空間は、目的地方向に偏重した攻撃によって徐々に北へと移動し続ける。
信じられないことに、たった二十機で構成されたこの戦術は、それぞれのパイロットの技量と特性が適当な場所に割り振られた事に依ってピタリと「嵌まり」、指示した側が後に目を疑うほどの効率をもって周囲の敵を殲滅し続け、そして最後には四百km以上の距離を踏破してZone01へと到達したのだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
こんなことばっかやってりゃ、そりゃ300年後に「お伽噺」とか言われますわ。w