36. グングニル (Gungnir)
■ 11.36.1
敵の艦砲射撃によって至る所で爆発していた地面が、突然静かになった。
艦砲射撃が止んだのだった。
この作戦が始まる前のブリーフィングで、敵艦隊が軌道上に現れた場合には南か北の地上基地部隊の攻撃機隊から一部を割いて迎撃するとの説明があったのだが、やっと軌道上の敵艦の撃破に成功したのかと、随分時間がかかったことに半ば呆れ混じりで達也は戦いに意識を戻す。
いずれにしても、これでやりやすくなった。
艦砲射撃を避けるためどうしてもある程度犠牲にせざるを得なかった、C中隊の露払い役に戻り、また次々と敵を墜とし始める。
機体の向きを変え、システムが自動で照準を合わせ、トリガーを引く。そして敵が墜ちる。
スーパーサクリレジャーの性能に達也の技量を上乗せして次々に敵機を墜としていくその戦闘は、上空の駆逐艦隊を撃破した宇宙軍の中隊長が虚しさを感じていた戦闘よりも遙かに作業的なものであった。
それでも達也は、極めて効率よく敵を墜とせるというその一点において、この戦い方に一定の満足を覚えていた。
「550kmラインで上限高度2500mだ。その先はもっと低くなる。注意しろ。」
敵の中に切り込んで行っている彼らの、ほぼ先頭で戦っている達也が550kmラインに差し掛かろうとしたとき、レイラから警告が飛ぶ。
周りを数千もの敵機に囲まれたこの激しい戦闘の中で、自分自身も忙しくしているだろうに全体をよく見ている、と思う。
戦闘技術そのものでは彼女はA中隊やB中隊のメンバーに敵わなくとも、今や二十機を越える大所帯となったこの部隊の全体によく目が行き届いている。
そんな彼女だからこそ、何のかんのと文句を言いながらもこの部隊は彼女の指示に従っているのだ。
面白いもので、個人技に特化したような部隊であるからこそ、例え戦闘技術では自分達よりは劣ろうとも、逆に自分達には真似の出来ない部隊指揮という特技を持つレイラに一目置いている、そんな雰囲気が皆の中にある。
「諒解。550kmで高度25、500kmで高度12。油断するな。」
達也は戦いながらもコンソールに表示されている上限高度表に眼を走らせ、通信を部隊全体にしたまま警告を発した。
めまぐるしく変わる敵との位置関係。
一瞬たりとて安定しない自機の高度と針路。
その中でさらに頻繁に変わる機首方向と、次々にガンサイト内に入ってくる敵機。
トリガーを引きそれを撃ちおとし、次の瞬間にはもう別の目標をロックオンしている。
そして再びトリガーを引く。
希に味方機を示す青いマーカが視野を横切る。
そのマーカも、一瞬で視野から消える。
自分が激しく動いていると同じように、味方機も持てる限りの運動能力を使って飛び回り、敵を墜としているのだ。
敵が六機、固まって編隊のように動いているのを見つける。
今のような乱戦ではままあることだ。
その固まった敵は大概、自分とは別の味方機の誰かを攻撃しようとしている。
その敵の小集団をガンサイトに入れ、一気に四機を墜とす。
味方であれファラゾアであれ、敵を攻撃することに集中しすぎて周りへの注意が疎かになれば、ただの良いカモだ。
残る二機も、ガンサイトに入ったままで照準が切り替わり、ハイライト表示される。
トリガーを引き、その二機も始末する。
「Zone04に突入する。500kmライン。上限高度12。高度を上げすぎるな。注意しろ。」
部隊内にレイラからの警告が飛んで数秒後、達也の機体はHMDに表示された500kmの円弧を越える。
ほぼ同時にA中隊の各機がZone04に突入し、B中隊、C中隊、L小隊がそれに続く。
「C中隊、前進。450kmラインまで一気に突っ込んでミサイル全弾リリース。A中隊、針路右側を掃除しろ。B中隊は左だ。」
レイラの指示で、それまで少々控えめに一歩下がったポジションを取って、近づいてくる敵のみを撃破していたC中隊が、地面を這うような低高度で一気に加速する。
緩く二つのデルタ編隊を組んでいるC中隊の六機の後ろに、超音速衝撃波で抉られる大地の砂煙がたなびく。
「A中隊各機、針路右半球の敵を殲滅する。C中隊から離れすぎるな。上限高度に気をつけろ。450kmラインで高度400mだ。」
ミサイルリリースポイントを目指して突撃を開始したC中隊に遅れないように、達也はC中隊の進む右側上空の敵を狙う。
同時に、上限高度を強調しながらA中隊に向けてレイラの指示を繰り返す。
降下点中心部に近付くにつれてより熾烈になる敵の攻撃を押し返し、C中隊を守り続けねばならないが、それを全て高度400m以下で行えというのは、相当に無茶な要求だった。
指示するレイラもそれは分かっているし、それを伝える達也も勿論理解している。
だが今はとにかく、降下点に占位する敵戦艦をどうにかして撃退せねばならない。
北と南の友軍の進撃が思うように進まず、彼等に同行する攻撃機隊を投入できる状態に無い今、それが可能なのは666th TFWのC中隊のみだった。
どれ程無茶な要求であろうと、C中隊を生きてミサイルリリースポイントである450kmラインに到達させねば、この作戦全体が失敗するのだ。
C中隊の進行を気にしながら速度を合わせ、さらに下がっていく上限高度をキープしながら、機首を上に向けて敵を撃破する。
同然その間も、C中隊と同航或いは少し前に出る位置を維持しながら、機体を横向きのまま飛行する。ランダム機動も織り交ぜる。
それだけのことを全て同時にやろうとすると、流石の達也でも結構厳しいものがある。
目標とした敵機に向かって適当に機首を向けると、あとは自動で照準が合うのがせめてもの救いだった。
作戦は始まったばかりで、まだ降下点に接近も出来ていない。
作戦を進める為のC中隊の攻撃であり、それを成功させるための無理ならばやるしか無かった。
敵戦艦を排除しないことには、戦闘機隊は、敵戦艦の射線が通るZone4の内側に攻め込むことが出来ない。
たった三隻のの駆逐艦にあれほどまでに手酷くやられたのだ。
それがもし遙かに高い攻撃力を有する戦艦であったならば、想像したくもないほどの被害が発生するのは間違いなかった。
「C中隊、450kmライン、ミサイルリリースまで10秒。8、7、6・・・」
450kmラインがHMDの中で徐々に近付いてくる中、C中隊長のアスヤがミサイルリリースまでのカウントダウンを始める。
高度100mを維持し、音速の倍もの速度で飛ぶC中隊が長く後ろに砂塵を引く。
上空に居る敵機からの遠距離狙撃が辺り一面に着弾し、あちこちで小爆発の砂煙が上がる。
ひときわ大きな砂煙が、C中隊の後方で巻き上がった。
「ラージ! クソ、ラジェシュがやられた!」
C1小隊三番機、ラジェシュ・シャンカラナラヤナン少尉。
世界の屋根と言われるヒマラヤ山脈を越えて南下しようとするハミ降下点からの敵の侵攻を抑える為、志願してインド国軍で戦っていたラジェシュは、国連が地球連邦へと変わるとほぼタイミングを同じくして、規模を拡大する地球連邦軍へと出向してきた。
急峻な山岳地帯という難しい地形で、長く敵の猛攻と闘ってきたインド国軍のエース級パイロットは、地球連邦軍に配属されてもすぐにその頭角を現した。
そんなラジェシュがST部隊へと配属されたのは、第七潜水機動艦隊に配属され、艦載機部隊としてST部隊が十五人の戦術航空隊を中心とする部隊から、二十一人の戦闘航空隊を中心としてその周辺戦力を含む、軍団レベルの戦力バリエーションを持つ常設のタスクフォースとして再編される中でのことであった。
プロジェクト「ボレロ」の予備作戦である、カピト降下点攻略戦「カリマンタン・エクスプレス」からSTとして戦ってきた彼は、A中隊の様な個人技の派手さや、B中隊の様な集団戦の巧妙さを持ち合わせていたわけでは無かったが、C中隊設立時からのメンバーとして、安定した戦技と帰還率を示していた。
「5、4、3・・・」
一人脱落しようがカウントダウンは進み、ミサイルリリースポイントである450kmラインは急速にC中隊に向かって近付いてくる。
HMD表示の中では、足元を流れるように後方に飛んでいく地上の風景の先、まるで地平線の向こうから、地上に引かれた緑色の線が接近して来るようにも見える。
その地平線の向こう側にはファラゾアの戦艦。
PH-BB-001、002とキャプションが付けられた緑色のマーカが、肉眼に写る地平線のすぐ下に表示されている。
そして制限高度400mという狭苦しい空間の中でA中隊とB中隊は、C中隊を守る為に上空の敵機を狙い撃つ。
「2、1、ゼロ。ミサイル全弾リリース。全機反転。Zone06まで戻るぞ。制限高度400mに注意しろ。」
レイラの声がミサイルの発射を指示する。
同時に、HMDの中で緑色の線が足元を過ぎて後ろに消えた瞬間、C中隊の五人がミサイルリリースボタンを押した。
五機の高島重工製「斬光」が、S-Hybrid用に抱えていた固体燃料格納庫が無くなることで手に入れた、大きな機体下兵装懸架空間に抱えていた二発ずつ計十発の対艦ミサイルをリリースした。
黒灰色の連邦軍の戦闘機とは異なり、黒色で全体を塗装されたグングニルミサイルは、母機を離れると一瞬高度を落とした後、重力推進を動作させて一気に加速する。
母機であるC中隊の五機が急激に方向転換して反転していくのを尻目に、十発の黒いミサイルは対地高度僅か100mほどを保ち、目標に向かって増速していく。
このミサイルが蘭花かその進化型である可能性を恐れたか、周囲を飛ぶファラゾアの戦闘機は、グングニルから大きく距離を取り、遠距離からの狙撃でミサイルを撃ち墜とそうとする。
それも散発的な攻撃であり、周囲の全てのファラゾア機がキヴ降下点に向かうグングニルを狙って攻撃を行うのでは無く、ある集団はミサイルを狙って攻撃し、別の集団はミサイルなど興味も無いとばかりに反転離脱する達也達666th TFWを追いかけるという奇妙な行動が見られた。
結果、十機のグングニルはリリースされた約15秒後、一機も欠けること無くキヴ降下点から400kmのラインを越え、Zone03へと侵入した。
Zone03、正確には降下点から約395kmのラインに所謂ファラゾアの絶対防衛圏が設定されている。
Zone03に侵入した十機のグングニルは、その僅か二秒後にはこの絶対防衛圏のラインを越えて内側に入り込んだ。
しかし侵入者がただのミサイルである為か、或いはZone07付近で行われている地球人達との攻防戦に注意が向いているからか、395kmラインを越えてグングニルがその内側に入り込んでも、周囲のファラゾア戦闘機からの迎撃行動が熾烈になるという事は無かった。
それは偶然か、さらに15秒後、漆黒の十機のミサイルが300kmラインを越えようとした瞬間、ランダム機動を行っていた十機の内一機が眩い光を発して爆散した。
同時に残る九機のミサイルの周囲あちこちで次々と大規模な爆発が発生する。
爆発は大量の土砂を巻き上げ、まるで炎と土で合成された巨大な壁が幾つも立ち上がった科のように見えた。
もしそこに地球人が一人でも居たならば、その者は空を仰ぎ見てそして幻想的とさえ言える風景に気付いたことだろう。
爆発の土埃が空高く立ち上がる向こう側、その爆炎の集団からキヴ降下点の方角を眺めるとき。
比較的降雨量の多いこの時期、あちこちに浮かぶ白いちぎれ雲と、地平線の上に立ち上るような積乱雲と、そして西北西の方向に不自然にぽっかりと空いた雲の無い円形の空間に。
それはまるで、空の一部分を切り取り、そこだけ白い色をした全てを排除して青い空の色で丸く塗り潰したような、不思議な空間であった。
そしてその丸い空間の中心、目の良い者であれば白銀色に輝く小さな点を二つ、認めることが出来るかも知れない。
それは、300kmも向こうに存在する、全長3000mにもなる巨大な宇宙船からの艦砲射撃によって出来た大気の傷痕。
巨大で強力なレーザー光は、地球大気中に浮遊する細かな水の粒や、巻き上げられた砂塵の微粒子、その他色々な大気中の物質を全て一緒くたにしてその大パワーで焼き尽くして蒸発させ、のみならずその超高温によってイオン化させる事で再結晶化出来なくした。
様々な障害物が存在する空間をその強大なパワーで強引に切り取り焼き切って、そして光の通り道が作られたのが、300km先まで続くその筒状の空間であった。
キヴ降下点中心地へ向けて音速の十倍近い速度を出して進む九機のグングニルの周りの地表で、再び立て続けに幾つもの大爆発が発生する。
命中弾こそ出なかったものの、僅か直径75cm、全長3.6mほどしか無い小さなミサイルは、吹き上がる大量の土砂と炎にカチ上げられ翻弄されて航路を大きく乱される。
桜花を基にして、僅か一発の命中弾でも敵の巨大戦艦に致命的なダメージを与える事を目的として開発されたグングニルは、しかしその強烈な爆炎と土砂にも揺るがなかった。
敵艦に超高速で突入する事を目的に、菊花ミサイルを参考にして設計され装備された徹甲帽体は、秒速数kmの相対速度で衝突する土砂や小石からミサイル本体を守りきった。
爆風にて乱された航路は、最大加速力3000Gを誇る重力推進器によって瞬時に修正される。
未だ生き残っている九機のグングニルは、まるで何事も無かったかのような涼しげな顔で、という訳には行かずとも、傷だらけになりつつも本来の性能を損なう事無く、与えられた使命を達成する為に充分な機能を有しながら、吹き上がる爆炎と土砂の嵐の中を突っ切ってその向こう側に姿を現した。
釣瓶打ち、という言葉が生易しいほどに、300km彼方の戦艦からの艦砲射撃が続く。
空気を灼き、雲を蒸散させ、爆炎を吹き上げ、1000mもの高さにまで土砂が吹き上げられる。
高度1000m以下の低高度を維持しつつもランダム機動を繰り返すミサイルは、それら戦艦からの迎撃行動を華麗に避けつつ突進を続ける。
勿論、幾らランダム機動を行おうとも、偶然の産物で命中弾は発生する。
黒く塗られたそのミサイル群が200kmのラインに到達する頃には、さらにその数を七機にまで減じていたが、残るミサイルは未だ飛行能力に問題は無く、与えられた指示に従って遙か彼方の戦艦を目指して飛び続ける。
200kmラインを越え、もうすぐ150kmラインに達そうとした時。
何門もの巨大レーザー砲塔から投射された強烈なレーザー光が、残る七機のミサイルの前方を何重にも薙ぎ払った。
それはミサイルの前方に分厚い土砂の壁を形成して、これ以上接近することを阻止する障壁にしようという意図であると思われた。
しかし戦艦の艦砲射撃は、大量の土砂に遮られて流石に射線が通らなくなり、一方ファラゾア製チタニウムで形作られた敵戦艦の装甲を射貫くことを想定して作られたグングニルミサイルの徹甲帽体は、その大量の土砂の障壁を突き抜け耐えきった。
まるで地面を突き抜けて飛び出してきたかのように、七機のミサイルは土砂を吹き飛ばしてその姿を現し、敵の迎撃砲火をものともせずにさらに突き進む。
さらに一機が撃破され六機となったミサイル群は、距離100kmで突然進路を変える。
今まで1000m以下に保ってきた高度を変え、目標の戦艦に真っ直ぐに接近する航路を取る。
ミサイル群はそれぞれごく短時間、一度きりの通信を行い、それぞれが目指すべき目標の情報を共有した。
戦艦までの距離が50kmとなったところで、ミサイルはさらに加速し、その速度を10km/sに上げた。
着弾までまだ十秒以上あると考えていたであろうファラゾア戦艦は、僅か五秒での着弾に回避行動が間に合わない。
着弾の0.3秒前、即ち300ミリ秒前、グングニルミサイルに二基搭載されたAGGの内一機が動作モードを変え、自機の周りに僅か直径1m、長さ4mのゼロスペースを形成する。
回避が間に合わずとも、高速で突入してくるデブリさえも弾き飛ばす重力シールドで大きく機動を外す事が出来る筈だったミサイルは、まるで何も無かったかのように易々と重力シールドを貫通し、そして僅か数ミリ秒後、目標へと着弾した。
表面温度2000℃を超え白熱化した徹甲帽体は、着弾の衝撃で大きく削られながらも戦艦のチタニウム合金製の外装を切り裂き、艦隊内部へと潜り込んだ。
着弾と同時に激発するように設定されていたレーザー核融合起爆ユニットが、核融合燃料に火を点ける。
突入の高速度と、膨張する核融合の高温プラズマに押され、徹甲帽体は蒸発し分解しながらも敵戦艦内部に深く食い込んで、核融合プラズマの通り道を形成する。
結局帽体は戦艦内部に100m近く食い込んで完全に分解した。
そして急激に膨張し、一億度にも達しようとする核融合プラズマが、その艦内で一気に爆発する。
一隻の戦艦は、丁度艦体中心部に一発の直撃弾を受け、真ん中からへし折れるようにして大破した。
しかしながら艦体の後部は、生き残っていた融合炉と重力推進器の力で退避運動を行い、地球大気圏の外に離脱した。
もっとも地球大気圏を脱しはしたものの、その後推進器が制御不能となった模様であり、約500Gの加速力で太陽系南方へと向けて飛び去っていった。
もう一隻の戦艦には、運良く、或いは運悪く、三発のグングニルが全て命中した。
艦中央部に二発、後部に一発の命中弾を受けた戦艦は一瞬で機能喪失し、地上へ向けて落下した。
核融合爆発により大部分が吹き飛ばされたとは言え、まだまだ巨大な質量を残していた3000mの巨体は、ビラヴァハウス至近のキヴ湖へと落下して、湖に巨大な津波を発生させたのみならず、その熱で大量の水を蒸発させたことで、キヴ湖の水面を5mほど低下させた。
戦艦とともに大気圏内に突入した四隻の駆逐艦は、戦艦二隻が大破轟沈したことで艦隊戦力の大部分を喪失したものと判断したらしく、二隻の戦艦喪失の後、程なくして地球大気圏を離脱した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
投稿遅くなりました。
グングニルミサイルですが、「絶対的に当たる」のは構わないのですが、「ひとりでに手元に戻ってくる」機能が発揮されるとちょっとイヤですね。w