35. 連邦宇宙軍第9060戦術戦闘機隊
■ 11.35.1
Same time, UNTSF Aix-en-Provence Space Port, Aix-en-Provence, France
同時刻、フランス、エクサン・プロヴァンス、地球連邦宇宙軍エクサン・プロヴァンス宇宙港
南フランスの強い日差しの下、エクサン・プロヴァンスの街に十二世紀からこの地に建つサン・ソーヴール大聖堂の塔に昇り西の方角を眺めるならば、うねるように高低のある独特の地形の上に広がる、いかにもフランスの穀倉地帯と云った風景の向こう側、畑を潰し山を削って強引に造成した、だだっ広い真っ平らなコンクリートの地面と、その脇に建つ白い近代的な建造物や巨大な格納庫の屋根の並びが辺りの風景と余りにそぐわず、とてつもない違和感を醸し出している地域が存在するのを見ることが出来る。
地球連邦軍がまだ国連軍であった頃から、来たるべき時に備えて、旧国連主導で編成された巨大企業連合体であるMONEC社と、国連あるいは地球連邦の宇宙軍が手を取り合って宇宙時代の戦力の開発にいそしんできた開発拠点であり、そして開発された兵器を実際にテストしてみる試験用施設、さらに試作段階が終わり量産されたそれらの兵器が配備される宇宙軍の軍港でもあるこのエクサン・プロヴァンス宇宙港の広大な離着床に、地球連邦軍機色であるダークグレイに塗られた六機の戦闘機が慌ただしく今まさに出撃準備を完了させようとしていた。
エクサン・プロヴァンス宇宙港に配備された戦術戦闘機隊である9060th TFSのA中隊長であるマリーズ・クールニュ中尉はすでに出撃前の機体チェックを全て終え、部下の機体チェックが完了するのをジリジリと落ち着かない気持ちで待っている。
「セレスティノ、遅い。一体いつまで掛かってんのアンタは。一秒遅くなりゃ、その分一機味方が墜とされるんだ。早くしな。」
自分を含めた他の五機のチェックはすでに終わっているというのに、自分の小隊の二番機のチェックだけがまだ終わっていない。
十mほど離れた隣の駐機スポットで、いまだコクピットに身を乗り出す整備員とゴチャゴチャやっているセレスティノ・サルディバル少尉の姿を睨み付けながら言った。
「分かってるって。んなコト言ったって、ミサイルが一匹上手く信号受け取らねえんだ。後それだけなんだよ。」
「何やってんだよ。ミサイルのシグナルチェックなんて、取り付けたときにちゃんとやっときな。」
「やったさ。そん時ゃちゃんと動いたんだって。今んなってダンマリ決め込みやがってんだよ。HUDに三本しか表示されねえ。」
黒いHMDヘルメットのシールドを開けた状態でセレスティノがこちらを向いて、イライラとした風に手のひらを見せる。
少し振り返れば、隣の機体のスタブ翼下に取り付けられたミサイル四本のうち一本に、未だ二人の整備兵が取り付いて作業を行っている。
どうやらすぐには終わらなさそうだ。
「セレスティノ、ミサイルは固定されてるんだろ? じゃもうそのまま行くよ。じゃなきゃアンタだけ留守番だ。待ってられない。中隊全機、離陸用意。」
この出撃で彼女達の中隊に装備されたミサイルは、つい最近配備され始めたばかりのグングニルmk-2ミサイルだった。
黒く塗られた大柄なそのミサイルは、当たり所が悪ければ一発でファラゾア駆逐艦を沈めるだけの威力を秘めつつ、翼下パイロンに懸下され夏の日差しを浴びて鈍く不気味に光っている。
しかし初期ロットの不良か何かか、セレスティノ機に搭載された四発の内一発が、母機からの制御信号に対して正常な応答を返していないようだった。
「AXPコントロール、こちらジオットA中隊。ミョルニル六機。スクランブル。テイクオフ・クリアランス要求。」
マリーズは開いていたシールドバイザーを下ろしながら、キャノピのクローズボタンを押した。
内側にダークグレイのクッション材が張られた、金属の蓋のようなキャノピが降りてくるのを目線だけで確認し、同時に宇宙港の管制に離陸許可を求める。
視線を少し動かせば地平線よりも少し上方に、基地ネットワークからデータがロードされた、敵駆逐艦の位置を示す緑色のマーカが見える。
それが遙か空の向こう側、3万kmもの彼方の宇宙に存在する宇宙船で、自分達は今からそれを叩き落としに行くのだと言われても、何度か戦闘を経験した今でも、いまだに現実感を得られない。
地上から眼に見える範囲で戦う空軍に較べて、宇宙は青い空の向こう側で眼に見えず、そして攻撃目標自体も遙か遠くとても肉眼では視認できない。
何もかもデータと数字だけで戦う宇宙軍の戦闘は、常にどこか非現実的な感覚が付いて回る、戦いの実感の無い虚ろで冷たく乾いた戦いである印象を拭うことが出来ない。
「ジオットA、こちらAXPコントロール。離陸を許可する。てか、さっさと出撃しやがれ。いつまで待たせんだ。」
「ジオットA、テイクオフ。全機続け。仕方ないじゃない。花火に不良品が混ざってたのよ。帰ってきたら飛行隊本部に文句言ってやる。」
離陸が遅れたことを飛行隊本部から叱責される前に、まともに動作しないミサイルを支給したことについて文句を言うつもりだった。
そうでもしなければ、こっちのせいにされてしまう。
マリーズはスロットルをゆっくりと開け、機体を上昇させる。
HMDに外部光学モニタ映像を投影し左右に顔を向けて、自分と同様に中隊の五機が浮き上がっていることを確認する。
心配していたセレスティノ機も、少し遅れてはいるものの離陸したようだった。
「そいつは運が悪かったな。存分に文句が言えるように、生きて帰って来いよ。グッドラック。」
「サンクス、AXPコントロール。中隊、着陸脚格納。高度50mにて編隊を整える。その後針路16、仰角60にて高度100kmまで上昇。その後増速しつつ、キヴ降下点上空の敵艦二隻に対して攻撃行動を行う。ミサイルリリースタイミングはシステムで指示する。」
マリーズが指示を出している間に機体は高度50mに到達する。
A1小隊の二番機、三番機がマリーズ機の後方左右に付き、A2小隊はそのさらに後方でデルタ編隊を組む。
「ジオットA、針路16、仰角60、高度100までM3.0。遅れるな。」
(Giotto A, headding one-six, elevation six-zero, velocity mark three until altitude one-zero-zero. Follow me.)
機首を上げ、スロットルを開けると同時に、視野の下半分を占領していた地面が一瞬で消える。
50Gにて加速すれば、4秒足らずでM5.0に達し、5秒かからずに高度10000mに達する。
「全機、火器管制レッド。増速する。付いて来い。」
高度20000mを越えてM6.0に増速し、その後も10000m高度を上げるごとにM1.0(340m/s)ずつ増速する。
高度100kmに到達する頃には5000m/s近い速度となって、六機の戦闘機が二つのデルタ編隊を作り、眩い太陽の光の中を漆黒の宇宙空間に向けて駆け上がっていく。
一昔前からでは考えられない速度、僅か数十秒で宇宙空間に到達した六機のミョルニルは、地球大気という軛を外されさらに増速する。
「ジオットA、傾聴。現在サルデーニャ島上空250km。A1は針路18にて敵艦隊に西側から接近する。A2は針路11にて東側から接近せよ。合図と同時に加速最大1000G。A1、A2共に40秒後に進路変更して敵駆逐艦隊に突っ込む。45秒後に各二発、50秒後に残り二発のミサイルをリリースする。敵艦隊周囲にはファイアラー、ホッパー合わせて五十機ほどが展開中。当然迎撃行動を取ってくるものと思われる。警戒せよ。ファイアラーの大口径レーザーは、連射性は高くないが、パワーと口径は駆逐艦の砲塔を上回る。最大の脅威だ。可能であれば撃墜せよ。但し優先度はミサイルリリースが上位だ。」
マリーズは僚機に指示を出しながら、コンソール上に表示される航路情報を確認する。
今指示を出した航路は、あらかじめパターン化された迎撃コースを基地の飛行隊本部が選択して指示してきたものだった。
パターンを元に最適な進路変更タイミングと、ミサイルリリースタイミングを航法システムが計算して表示してくる。
マリーズがやることは、航法システムの提示するルートを承認し、それに沿って部下に指示を出して、あとは航法システムが指示したとおりに機体を動かし、ミサイルを発射するだけだった。
確かに、数万、数十万kmというスケールの戦場では、戦場は人間の感覚で捉えるには余りに広すぎ、そして自機の移動速度も敵との相対速度も速すぎて、自機を手動で飛ばしては無駄が多くなりすぎるどころか、下手をすると目標にたどり着けない可能性さえもある。
とは言え、パイロットのやることはほぼ全てが、作戦開始前に設定した手順を元に、機体管制システムの指示するとおりに操作を行うだけという宇宙空間でのこの戦い方は、戦闘と言うよりもただの作業としか思えず、戦っている実感も無ければ勝利したときの喜びも薄い、彼女のような長く空軍で戦ってきた熟練パイロットをして虚無感を感じさせるようななんとも味気ないものである事に間違いは無かった。
勿論、そのような「作業」であろうとも、成功すれば敵に大きな損害を与えることが出来、逆に失敗すれば簡単に自分が命を落とす事になるという、これが戦いそのものであることは理解はしている。
しかしこんなものがこれからの主戦場である宇宙空間での戦い方なのかと思えば、やはり虚しさや物足りなさを覚えて、溜息の一つも吐きたくもなろうかというものだった。
マリーズにとって戦いとは、ひりつくような焦燥感と恐怖に耐えながら、精神肉体共に自分の能力を限界まで酷使して僅か一瞬の差を敵と奪い合い、酷使された身体と共に命と勝利をもぎ取る行為であった。
「ジオット全機、加速せよ。突撃開始。行くぞ!」
せめて突撃開始の合図くらい勇壮に気分を出したいと思い叫ぶ。
同時にスロットルを前方に倒し、機体の最高加速度1000Gで加速を始める。
振り向けば左右に小隊二番機と三番機のマーカが見える。
3万km彼方の敵とは言えども、宇宙空間を1000Gで加速すれば僅か一分足らずで到達する。
ランダム機動を行いながら遙か彼方のマーカーを睨み付け、マーカーがガンサイトの円の中に入ってハイライトしたところでトリガーを引く。
駆逐艦はミサイルでなければ墜とせないが、その周囲に展開している小型の戦闘機械は墜とせるだけ墜としておきたいところだ。
「ウルリヒがやられた!」
A2小隊三番機のウルリヒ・クヴァント少尉が早々に撃墜されてしまったようだった。
その知らせにマリーズは顔を顰めるが、スロットルを押す手を緩めることはない。
戦いで誰かが死ぬのは当然。
それが今日、自分では無いことを祈りつつ敵を睨み付け突撃していく。
宇宙空間で撃墜されると、ほぼ確実にMIA(作戦行動中行方不明)となる。
破壊された機体は、物言わぬパイロットの身体を載せたまま、戦闘速度でそのまま宇宙の彼方目指して漂流するか、或いはどこかの星に激突し燃え尽きるか。
いずれにしても死体が回収出来る可能性は極めて低い。
しかしそれが宇宙での闘い。
航法システムが、40秒経ち、進路変更のタイミングである事を電子音とともに知らせる。
A1小隊が西側からフックを描くように、A2はその逆から敵駆逐艦に接近し、両側から多数のミサイルで飽和攻撃を狙っている。
スロットルを操作し、機首の方向と進行方向を一致させる。
「ジオットA全機、進路変更。目標敵艦隊。突っ込むぞ!」
後は敵艦に向かって一直線に突っ込んで行くだけだ。
外部光学モニタ映像を投影しているHMD映像の隅で白くフラッシュの様な光が瞬く。
右スタブ翼の先端に敵のレーザーが命中し、一瞬で翼の先端1/3ほどを持っていかれた様だった。
問題無い。
グングニルは翼の胴体側パイロンを使って固定してある。
弾がある限り、脚が動く限り、敵目掛けて突っ込んで行く。
その喉笛を食い千切るため。
コンソール上でデジタル表示のタイマーがカウントダウンする。
5、4、3、2、1。
秒の桁がゆっくりと減っていき、その右側の二桁は視認できない高速で飛ぶように数字が減る。
「全機、ミサイルリリース。」
相変わらずランダム機動を続け、ガンサイト内に敵マーカが入ればトリガーを引く。
その合間に、ミサイルリリースボタンを押す。
機体を固い機械音が伝わってきて、翼下パイロンのグングニルMk-2が機体を離れ飛び出していったのが分かる。
尤もミサイルそのものは黒く塗られていて、HMDのマーカ表示だけしか見えなかったのだが。
さらにカウントダウン。
「全機、全弾リリース! 引き起こせ!」
二回目のリリースポイントから敵艦までは僅か五秒足らずの時間しか無い。
HMDの中で急速に視野に広がる敵艦と、その周辺に展開した小型戦闘機械群。
その手前に幾つか爆発が見えるのは、先にリリースしたミサイルが撃墜されたものか。
いずれにしても、その顛末をのんびり眺めている暇は無い。
たかだか500km/s程度の「低速な」相対速度で敵艦に突っ込んで行けばただの的にしかならない。
マリーズは部下に指示を出しながら、親指の位置にあるシフトボタンを押してスロットルレバーを思い切り引く。
機体は上向きに急激に加速し、敵のマーカが視野の下方に一瞬で消える。
そのまま敵艦隊の脇をすり抜けるようにして反対側に突き抜ける。
ランダム機動を繰り返しながら、思わず振り返る。
果たしてそこには、核融合によって発生したプラズマ球と、プラズマに焼き尽くされ吹き飛ばされる敵駆逐艦二隻のマーカが見えた。
「敵駆逐艦二、撃破!」
そんな事は地上からでも見えているだろうが、思わず口に出す。
命中を喜ぶ部下達の歓声に混ざって、セレスティノの戸惑う声が聞こえる。
「ドロテア? ドロテアが居ない。どこだ?」
ドロテア・オールマルクス少尉は、A1小隊三番機だ。
いや、「だった」と言う方が正しいかも知れなかった。
敵艦を両方とも撃破した戦果を確認した後、マリーズは後ろにいるはずの味方機のマーカが、二番機の一つしか表示されていないことに気付いていた。
通信の選択メニューの中にも、彼女の機隊は表示されていない。
つまり、常に味方機の位置を把握して位置信号のやりとりをしている筈のレーザー通信機が、彼女の機体を見失っている、ということだった。
長く東南アジアの部隊に配属されていたのが、カピト降下点殲滅によって宇宙軍へと転籍になり、宇宙戦闘機部隊の初期配置先であり、且つ機種転換パイロットの訓練港でもあるエクサン・プロヴァンスに配属になって、やはり住み慣れたヨーロッパに戻って来れたのが嬉しいと、淡い色のブロンドに縁取られ微笑む様に柔らかな表情で笑っていた彼女の笑顔を思い出した。
その笑顔を見ることはもう二度とない。
その事実に気付いたのだろう、セレスティノが黙り込んだ。
そう言えば数週間前、セレスティノから食事に誘われたと、少し困ったようなそれでいて嬉しげな表情で彼女が言っていたのを思い出す。
セレスティノはしばらく使い物にならないかも知れない、とマリーズは思った。
あれほど彼女自身が嫌っていた、宇宙空間での戦闘と似たような、それは乾いて冷たく静かでそして冷徹な、声に出さない思考だった。
その後、エクサン・プロヴァンス港所属の戦闘機隊9060th TFW A中隊に所属する生き残り四機は、それ以上の犠牲を出すことなく、直径十万kmほどの大きな円を描いてゆっくりと旋回して、太陽の光を受けて青く輝く母星へと帰還していった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
幾つか伏線ッポイものを転がした割には、文字数が大きくなったので、そのままストレートに終わらせてしまいました。
セレスティノの不良ミサイルとかもそれなのですが。
私用により今週末にかけて出掛けます。
週末の更新は出来ないかも知れません。その場合ご容赦を。