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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
324/405

34. PLU (ファラゾア距離単位:Pharazoren Length Unit)


 

 

■ 11.34.1

 

 

 HMDに長い直線が表示される。

 表示された直線の先に顔を向ければ、その線が実は直線ではなく、緩い弧を描いて地平線の彼方まで続いているのが見える。

 線の向こう側にはZone05、こちら側にはZone06と表示が添えてあり、さらに600kmという表示も見ることが出来る。

 

 肉眼で見る現実の映像に重ねて表示されるHMDの円弧は、キヴ降下点中心部から600kmの距離を示しており、即ちキヴ降下点Zone05とZone06の境界線を表している。

 円弧の中心方向に顔を向ければ、地平線の下側に敵艦を示す紫色のマーカが地面と重なって表示される。

 600km地点、すなわちZone06内縁で高度4000m。

 コンソールに概略図と共に表示されるその数字が、敵艦から見てこちらが地平線の下に隠れることの出来る高度を示している。

 

 宇宙空間であれば100万kmを超える射程を持つ口径2m近い敵戦艦の大口径レーザー砲塔が地球大気圏内で用いられたとき、どれだけの距離まで有効に到達するのか。

 大気圏内でのレーザー光は、天候や雲の状態、風で地表から巻き上げられる塵の濃度などの多くの条件に大きく左右される。

 しかしこれまで達也を含む地球人類は、戦艦の大口径砲から放たれたレーザー光が、地球大気中を漂う雲を垂直に一瞬で貫き、爆発で巻き上がる砂塵や煙さえも焼き尽くし貫通して地上に到達し、更なる大爆発を巻き起こした場面を何度も目にしている。

 

 多少の雲や塵などの障害物は、大口径大出力レーザー光の照射により一瞬で消滅してしまう程度のものでしかないのだ。

 むしろその様な障害物を灼くことで周囲の大気温度が急激に上昇し、その密度差によって生まれる陽炎によるレーザー光散乱の方が、遙かに効率的継続的にレーザー光を減衰させているものと考えられていた。

 500km彼方の敵艦隊までの間の空間には様々な障害物が存在するが、敵戦艦の艦砲射撃に対しては、地平線以外の遮蔽物は余り信用がおけるものではないということは確かだった。

 

 高度4000m以下と制限された空間の中で、達也は音速を超える機体を迷い無く操り、ファラゾア機と見まごうばかりの機動力を発揮して敵の攻撃を躱し、効率よく敵を墜とせる場所を選んで撃墜数を稼いでいく。

 ピーキーで御し難い特性を持つ機体であったが、それにさえ慣れてしまえば自分の戦闘スタイルにまさにうってつけのこの機体を達也は気に入り、そして充分に満足していた。

 

 HMDを通した視野に描かれた円いガンサイトの中で四つのマーカがハイライト表示に変わるのを確認し、トリガーを引く。

 僅か一秒ほどで明るく表示されたマーカが全て消滅し、同時に四つの照準が次の獲物を探し当て、再びハイライト表示する。

 トリガーを引き、また四つのマーカが消えたとき、背中にもぞりと不快感を感じる。

 それは何者かがこちらに敵意を含んだ注意を集中した感触。

 その本能の警告に従い、達也はスロットルを右に倒す。

 機体が一瞬で数百mも横っ飛びするように移動する。

 何の根拠も無いが、今自分を狙ってきたと思しき敵に機首を向け、そのマーカをガンサイトの内側に取り込む。

 まるで達也の意思を理解したかのように、瞬時に目標の敵機のマーカがハイライト表示される。

 そしてトリガーを引く。

 ハイライト表示されていたマーカ四つのうち三つが消える。

 一つは攻撃を受ける直前に高加速し、レーザー砲の狙いを外してガンサイトの外に逃げた。

 ダークレイスか?

 操縦桿を捻り、逃げた敵を追いかける。

 再びガンサイトの内側に捉える。

 一度攻撃を躱した敵機は、HMD内のマーカが赤く変わる仕様になっている。

 攻撃を簡単に躱すダークレイスを追跡するのに役立つ。

 おびただしい数の緑の大小TDブロックの中、赤いブロックはひときわ目立つ。

 赤いマーカがハイライト表示になりトリガーを引こうとした瞬間。

 再び背中をちりりと嫌な感触が走る。

 反射的に操縦桿を捻ると同時にスロットルを倒して、一瞬で数百m移動する。

 より高い脅威が近くにいる。

 ほぼ勘と言って良い感覚的なものでしかないが、敵がいそうな方向、こっちから狙われると嫌だという方向に機首を向ける。

 そしてこれもまた勘でしかないのだが、今自分に嫌な感覚を与えた元凶のような気がする敵をガンサイトの中央に合わせる。

 ターゲットセレクタを回している暇などない。

 が、自動照準システムのクセさえ掴んでいれば、狙った敵に自動照準させることは難しくない。

 ガンサイトの中央近く、さらに距離も近い敵に優先的に照準を合わせる自動照準が、達也が狙っているTDブロックを選択し、ハイライト表示する。

 トリガーを引いた瞬間に、敵機は急加速してガンサイトの外に逃げた。

 同時に照準が合っていた他の三機は撃破した。

 逃げた敵機の動きを追従する様に操縦桿に力を加え、再びガンサイトに入れる。

 再び背中に、悪寒に似た不快感を感じる。

 先に逃がした奴か。

 スロットルを前に倒し前方に急加速。

 同時に操縦桿を捻りながら機体を回転させ、赤く変わったマーカをガンサイトに捉え続ける。

 当然の事ながら赤いマーカは、ガンサイトの中にありさえすれば、優先的に照準が合う。

 赤いマーカをほぼ中央に捉え、トリガーを引く。

 同時に照準された他の三つの緑色のマーカと共に、赤くハイライトしたTDブロックが消滅した。

 そのままの動きの流れで機体を反転させ後ろを向く。

 ほぼ真後ろに、先ほど逃がした赤いTDブロックが表示される。

 距離820mと、マーカの脇のキャプションに表示。

 どうやらこちらをつけ回していた様だった。

 それもこれで終わり、と達也はマスクとシールドの下で嗤う。

 ダークレイスに照準が合う。

 赤いTDブロックがハイライト表示される。

 次の瞬間、敵機がガンサイトの中から消える。

 その動きは読んでいた。

 達也は操縦桿を手前に引き、機首を上に向ける。

 さらに逃げ続ける敵機を正確にガンサイトの中心に捉え続ける。

 赤いTDブロックが再び光を増す。

 距離13450m。

 ダークレイスと判明したからには逃がすわけにはいかなかった。

 追いかけられ、脱兎の如く逃げ出した敵機だったが、逃げて遠くなるほど捕捉しやすくなる。

 トリガーを引く。

 赤いTDブロックから一瞬だけ爆発光がはみ出して見えた。

 次の瞬間には、そこに敵がいたことを示すマーカは消失している。

 

 次のターゲットをガンサイトの中に入れながら、達也はふと冷静に返る。

 十五年も前、20mmバルカン砲で必死に敵を墜としていた頃に較べると隔世の感がある、と。

 あの頃は、どれ程頑張ろうと数十秒に一機墜とすのがせいぜいだった。

 有効射程が1000mそこそこしかない機関砲で、弾道が落ちる事と着弾までに敵が動く事を計算に入れてどれ程頑張っても、1500m先の敵を墜とすのが限界だった。

 今は、30km先の敵機でさえ墜とす事が出来る。

 弾体が引力に引かれて落下することを考慮する必要も無く、勘と経験に基づいて敵の未来位置を予想する必要も無い。

 どこまでも直進するレーザー光は、トリガーを引いた瞬間に着弾する。

 そもそも照準さえも半ば自動で合い、さらには敵を追尾さえしてくれるので、機体の向きを正確にコントロールする必要さえ無い。

 それはまるで、四つのマーカがハイライト表示されたことを確認して、ボタンを引くだけの単純作業のよう。

 

 達也は自分のことを、ファラゾアを墜とすことに拘泥する偏執狂の一種であると認識はしているが、戦いに狂った所謂バトルジャンキーであるとは思っていない。

 戦いにロマンのようなものを求めるつもりもないし、様式美や高揚感が必要だとも思っていなかった。

 自分が欲しているのはただ単に、ファラゾアを一機でも多く墜とす事。

 敵を殺す効率が上がるのであれば、単純作業であろうが、自動化であろうが、それによってファラゾアを大量に抹殺する為の効率が上がるのであれば、それが正しい選択だと思っている。

 少なくとも、今乗っているスーパーサクリレジャーは、瞬時に攻撃位置に付ける旋回性と加速性、タイムラグ無く照準を合わせることが出来るシステム、他の機体の倍の効率で敵を攻撃する四門のレーザーと、申し分の無い仕様と性能を有していた。

 

 だから達也はその作業を延々と継続する。

 辺りを見回し、近い敵機を適当に見つけてはそちらに機首を向け、照準が合ったところでトリガーを引く。

 また機首を巡らせ、照準が合ったところでトリガーを引く。

 敵が自機を狙っている様な気がしたら、移動。

 移動した先で再び同じ作業の繰り返し。

 「効率良く」続々と撃破撃墜されていく敵機の落下していく姿を眺めながら、スーパーサクリレジャーというこの新しい機体を与えられた後の初戦となる今日は、一日当たりの最大撃墜数の自己記録を軽く塗り替える事になるだろう事を達也は認識していた。

 そしてそれは達也だけでなく、同じ機体を与えられたA中隊の全てのパイロットについて同じ事が言えた。

 

 その結果達也を含むA中隊は、キヴ降下点東方のエリア10付近において、敵が存在しない直径100km程の洞窟のような空間を作りながら降下点に向かって徐々に侵攻を続け、敵艦隊を攻撃するための虎の子のグングニルミサイルを抱えたC中隊が安全に飛行出来る空間を確保出来ていた。

 C中隊と、そのエスコートを行っているL小隊およびB中隊は、A中隊が開けたそのチューブのような形状をした空間に新たに入り込んでくる敵機を見つけては撃破するだけで良く、万を超える敵中を突破して目標の敵艦隊にミサイルを叩き込むといういかにも成功率の低そうな、本来ならば決死の覚悟で挑むべきであろう任務が、思いの外順調に進んでいることに半ば拍子抜けしたような気分を味わうと共に、人外の領域とも言える活躍でその状況を作り出しているA中隊の六人に対して、同じ仲間内でありながらも驚きと畏れと呆れをごちゃ混ぜにして腹一杯に詰め込まれたような、なんとも言えない感情を味わうこととなった。

 

「フェニックスC、600kmラインに到達。リリースポイントまで100km、150秒。全機高度40以下に抑えろ。550kmで高度25、500kmで高度10以下だ。それ以上上がると瞬殺される可能性がある。死にたくなければ厳守せよ。」

 

 レイラの声が、ST部隊全機に対する高度制限を再度注意喚起する。

 

 キヴ降下点に近づくほどに高度制限は低くなる。

 600kmラインでの4000mであればまだある程度動き回ることは出来るが、500kmラインでの高度1000m以下という制限は、襲いかかる敵機に対する迎撃行動が極めて制限されるという事を示している。

 

 そのままの状態で侵攻し、C中隊と、その後ろに付くL小隊までが600kmラインを越えた直後。

 C中隊の進行方向の地面が、突然火を噴き爆発した。

 

「B中隊、C中隊、ブレイク。各個で避けろ。上空の敵駆逐艦からの艦砲射撃だ。593kmのラインを越えた事による、予想された迎撃行動だ。このまま強引に500kmラインまで突っ込むぞ。」

 

 冷静なレイラの声で全機に指示が飛ぶ。

 

 いわゆるファラゾア距離単位(Pharazoren Length Unit : PLU)は3.95mmを最小単位であるものと、ファラゾア戦闘機械に採用されている様々な規格や、これまでのファラゾア側の戦闘行動パターンなどの解析から推察されている。

 従来の降下点周辺防衛においても、Zone04内縁すなわち降下点から400kmを少し割り込んだエリアから内側で、ファラゾア戦闘機による迎撃行動が突然熾烈になることは良く知られていた。

 今回の降下点攻略戦においても、その倍である790kmライン、或いは1.5倍である593kmラインを越えたところで、敵の防衛行動の質が大きく変化する可能性は予想されていた。

 勿論、その内容まで予想できていたわけではないが。

 

「うちの親分、無茶言いやがるぜ。上空三万kmから撃ち込んでくるレーザーを避けろ、だ?」

 

 C中隊をエスコートするB中隊長のレイモンドがぼやく。

 その間にも、立て続けに地表が爆発し、大量の土砂が空中に巻き上がる。

 

「戦艦の艦砲射撃よりは避け易いだろう。出来なければ死ぬだけだ。死にたくなければ、やれ。」

 

 全く取り付く島のない答えをレイラが返した。

 2m近い口径の大口径レーザー砲を一隻あたり数十門も備えている戦艦の艦砲射撃の苛烈さに較べれば、それは確かに散発的で、地上で起こる爆発も小規模だった。

 かといって駆逐艦の艦砲であろうとも、当たれば機体もろとも一瞬で破壊されるのは間違いなく、また吹き上がった岩や大量の土砂に音速で突っ込めば機体はただでは済まない。

 

「酷え話だ、クソ。上の駆逐艦、オーカで撃沈するって話だったろ。まだかよ畜生。」

 

「まだの様だな。愚痴っていても始まらん。三万kmもの彼方から大気圏内に撃ち込んでくるレーザーが、そう簡単に戦闘機に当たるものか。それよりも土砂や岩を食らわんようにしろ。とにかく避けろ。」

 

 散開したB中隊、C中隊およびL小隊の計十五機はそれぞれ動きを大きく取ったランダム機動を行っており、確かにこの状態では各機体個別に精確に狙いを付けて撃ち落とすのは難しいであろう。

 しかし次々に撃ち込まれるレーザーが地表に大量の爆発を発生させ、その爆発で巻き上げられた大量の土砂や岩が空中を舞う。

 ほんの数十km先の550kmラインを越えると高度を2500m以下に制限され、さらには最終的に500kmラインで1000m以下に抑えつつ、音速を超える速度で先を急がねばならない彼らにとって、爆発によってまれに数百mも吹き上がってくる土砂や岩は、十分な脅威である。

 

「無茶苦茶やるな。味方がいてもお構いなしかよ。酷えな。」

 

 誰かが呟いたその先で、撃ち込まれた艦砲射撃によってファラゾア機が爆発して吹き飛び、地上へと落下していく。

 それは今回に限ったことでは無く、これまでにも大規模攻撃が味方であるはずのファラゾア戦闘機を巻き込んで行われた記録は多い。

 

 奴等にとっての戦闘機とは、地球人にとっての砲弾やミサイルと同じ消耗品扱いなのかも知れないな、と、見えないレーザーに切り刻まれ爆発する敵機を眼の端で捉えながら達也は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 HMDの敵表示ですが、COSDARで複合的に捉えているものは緑、GDDのみで探知されているものは紫、光学のみで探知されているものは黄、味方機は青となっています。

 この時代、レーダーのみで捉えている、というパターンはまずあり得ないので、色設定はありません。

 COSDARで捉えられておらず、AWACS等からの情報のみで特定しているものも緑です。

 実は赤色の表示はユーザ側で自由に設定出来る色であり、通常は作戦目標などの特定重要目標に割り振ります。

 本話の場合は、「ロックオンを外した実績のある敵機」が赤表示されるように設定してあります。

 ST部隊のパイロット達のロックオンを外す様な敵機は、大概の場合ダークレイスであると考えて良いので。


 現実世界の現代のHUD/HMDでは赤色はミサイル等のロックオン状態を意味することが多いと思いますが、作中の記述の通り、レーザーによるロックオンはハイライト表示(明るめになる)としています。

 

 なお、作中現在用いられているミサイルについて、菊花は攻撃機等に搭載できるものでは無く、蘭花は敵をロックオンするタイプのものでは無いので、ロックオンして発射、という行動自体がありません。

 桜花についてはロックオンというよりも、発射前のシーケンスロードの時点で敵情報を流し込むのと、発射後自立的に敵を判別して突進する頭の良いミサイルなので、これもまたパイロット或いはガンナーによるミサイルロックオンという行為はありません。


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