32. 敵艦隊攻撃指示
■ 11.32.1
Same time, United Nations of TERRA Forces Central General Administration Headquaters (UNTF-CAH), Strasbourg, France
同時刻、フランス、ストラスブール、地球連邦軍参謀本部
「作戦『To telos tou Elysium(楽園の終焉)』開始。」
ストラスブール郊外に建つ地球連邦軍参謀本部(UNTF-CAH)地下四階に設けられた中央司令室(CIOR:Central Integrated Operation Room)に、地球上に存在する最後にして最大のファラゾア降下点を攻略する作戦の開始を宣言するオペレータの声が響いた。
司令室正面中央の大モニタには、作戦が実施されて居るアフリカ大陸の地図が大きく表示されており、大陸のほぼ中央部に存在する赤いマーカで表示されたキヴ降下点に対して、北方と南方、そして東方のインド洋から侵攻する地球人類の部隊が青色で表示されている。
「南進軍、南スーダン国境に到達。降下点まで1400km。敵機による迎撃は散発的。進捗遅れ無し。」
「北進軍、ルサカ上空に到達。降下点まで1500km。敵機による迎撃は無し。進捗遅れ無し。」
「潜水機動艦隊艦載機隊、大陸東岸に到達。降下点まで1200km。敵機による迎撃無し。進捗遅れ無し。」
時間が進んで行くに連れて、地図の上に表示されている青いマーカの群れは、それぞれの進軍方向に向かってゆっくりと前進していく。
南進軍と呼ばれた、エジプトからシナイ半島に掛けての航空基地を飛び立った航空部隊は、すでにアフリカ大陸北部を1/3ほど縦断し終え、北緯10度付近のスーダンと南スーダンの国境に戦闘が到達していた。
一方北進軍と呼ばれた、南アフリカの海岸沿いの航空基地を発した航空部隊も、同じくアフリカ大陸南部を1/3ほど縦断し終えており、ザンビアの首都ルサカ上空にまで到達していた。
他の二部隊よりも遙かに近い、2000km足らずの場所から飛び立った潜水機動艦隊の艦載機部隊は、突出して無駄に消耗しないように接敵のタイミングを合わせており、予定通り他の部隊と同様のタイミングで降下点に向かって侵攻している。
「今のところ順調だな。」
椅子の背もたれに深く身体を沈め、腕を組んで正面モニタを眺めている作戦部長のエドゥアルトがうなるような声で呟いた。
当然のことながら、この作戦の立案にも深く関わった作戦部の長として自分の責任は人一倍重いと感じているエドゥアルトは、作戦が始まるよりもかなり早くから司令室に詰めてその推移を見守っている。
「我々も崖っぷちなら、敵も後が無い。何をしてくるやら分からん。気は抜けんな。」
似た様な格好で、同じく正面モニタを睨み付けるようにして見ている参謀本部長のロードリック。
多数の人間が詰めてそれぞれの担当に次々と指示を出す司令室特有のざわめきの中、しばしの時間が流れる。
じわりじわりと、三方から敵本拠地を目指す味方の軍の青いマーカが進んでいく。
「北進軍、接敵。敵二万。交戦します。降下点まで距離1200km。敵勢力増加中。」
そのざわめきの中から、作戦が本格的に戦闘に入ったことを知らせる声が響いた。
アフリカ大陸を地図の上方に向かって進んでいる青色のマーカの前方、モニタ上ではすぐ上側に、その進行を止めようとするかのように赤色の太い線が引かれる。
多数の青いマーカが赤い線と接して向かい合い、コンゴ共和国領内に少し入り込んだところで明確な戦線を形成した。
「南進軍、正面敵密度急速に上昇。戦線が形成されます。降下点まで距離1000km。敵二万八千。」
北進軍の進行が敵の大勢力に止められたというアナウンスに続いてすぐ、地中海方面から地図の下に向かって進んでいた南進軍も本格的な交戦に入った。
「機動艦隊艦載機部隊、接敵。数一万六千。降下点まで距離800km。機動艦隊は現在の位置を維持。」
東側のインド洋からアフリカ大陸に侵入した艦載機部隊の前方にも、同じ様な赤い線が引かれた。
「南進軍、消耗が予想を超えています。敵機の中にダークレイス多数。抑え切れていません。地中海方面バックアップ部隊前進。」
「予想通り、か。やはりアジュダービヤー降下点と隣接していた北方は敵密度が高いな。」
ロードリックが眉間にしわを寄せつつぼそりと呟く。
「北はまだ増援を出せるからな。南ではそういうわけにも・・・」
ロードリックの呟きに、同じ様な渋い顔をしたエドゥアルトが口を開いたが、その声は途中で遮られる。
「ファラゾア艦隊、動きました。太陽L1ポイント敵艦隊から、戦艦二、駆逐艦六の分艦隊が分離。光学でも確認。2000Gで加速中。針路地球方面。距離130万km。地球到達は520秒後を予想。本艦隊を分艦隊P1と呼称。」
マイクを通したオペレータの上ずったような声が、司令室に響いた。
太陽L1ポイントのファラゾア艦隊が動くであろうことは予想されていたが、予想していたとは言え実際に動いたならば、その分地球側の形勢が不利になるのは間違いが無く、オペレータも平静を失おうというものだった。
ましてやその艦隊が、これまでとは違って戦艦を含んでいればなおのことだった。
たった三隻の駆逐艦に戦闘機隊が大きな被害を出した、アジュダービヤー降下点攻略戦の記憶はまだ新しい。
「戦艦二隻、か。さてその戦艦、どう投入する?」
正面右に大きく表示されている太陽L1ポイントを含めた平面図を目を眇めるようにして睨み付け、ロードリックがさらに低い声で呟く。
例え戦艦が投入されても対応出来る様な対抗策は講じていた。
ただ、想定していたよりも艦隊が投入されるタイミングが遅いことが気になった。
腕組みをしたまま、ロードリックはモニタを睨み続ける。
「敵艦隊P1、月軌道外側第一防衛ラインに到達。第一防衛ラインにて迎撃。オーカR3、R4、及びトリパニアによる迎撃を行います。」
「ふん。今回の進入経路なら使えそうだな。」
今まで口を開いていなかった、参謀総長であるフェリシアンが口元に僅かな薄笑いを浮かべて呟いた。
ファラゾア艦隊の地球圏侵入に対して、国連軍時代から僅かずつでも着々と用意してきた迎撃システムがこれを迎え撃つ。
桜花R3は宇宙空間にばら撒かれた桜花ミサイルを、外部からの信号によって侵入する敵艦隊の航路に沿って起動し迎撃するものである。
桜花R4は、シーケンスや外形に手を入れた桜花R3を六基格納したミサイルポッドを同様に宇宙空間に敷設して同様の迎撃を行うものである。
トリパニアとは、400mmx450MWというファラゾア駆逐艦に負けない程の出力を持つ回転光学砲塔(LASER Turret)を四基搭載した、所謂固定砲台である。
地球連邦軍は国連軍時代から、時間を掛けてそれらの防衛機構を準備してきたのであるが、いかんせん宇宙空間は非常に広く、月軌道の外側、地球からの距離四十万kmを地球周辺宙域として定めて防衛の対象とはしたものの、未だその全てをカバーしきるには至っていない。
フェリシアンがほくそ笑むのは、今回のファラゾア艦隊の進入経路が比較的これらの防衛用兵器の敷設密度が高い宙域を横切る事が明らかである為だった。
「月軌道外縁オーカR3による第一波十二機、オーカ五機撃破されました。残り七機・・・全て躱されました。月軌道内縁オーカR3起動、第二波攻撃を行います。」
地球周辺の宇宙空間を表示している平面図の上で、月軌道を示す円の外側から向かってくる敵艦隊を示す赤色のマーカが、月軌道に徐々に近付き、そして円の内側に入り込む。
「月軌道内縁オーカR3、及びオーカR4による第二波迎撃。トリパニア攻撃開始。ミサイル二十三機。オーカ撃破数・・・八・・・十一・・・十四・・・十六。残八機、躱されました。命中ゼロ。トリパニア、命中弾は出ていますが、有効な損害を与えられていません! トリパニア撃破、二機・・・五機、被撃破数増大中!」
状況を読み上げるオペレータの声が徐々に悲痛な叫びのように変わっていく。
月軌道の内側に侵入したファラゾア艦隊に対して現在地球人類が持てる迎撃法を全て投入しているにも関わらず、敵の侵入を止めることが出来ない。
「なぜ当たらん。この間の駆逐艦隊は、あれほど高速で突っ込んできたのに撃破できたぞ。」
フェリシアンは浮かべていた薄い笑顔を消し去り固い声で言った。
特務艦「オルペウス」がファラゾア駆逐艦に追跡されつつ0.2光速で地球をかすめて飛んだ事件はまだ皆の記憶に新しい。
エドゥアルトがそれに答える。
「高速であったから、ではないですか。この間の駆逐艦隊は、光速の20%もの速度で、僅か数秒の内に地球周辺宙域を駆け抜けた。その数秒の間に八十発ものミサイルと数百発ものレーザーを浴びせ掛けられた。それに対してこの艦隊には、数百秒も掛けて同様の攻撃をしている。敵はこちらの攻撃に対応する充分な時間を与えられている。
「結局我らは未だに、連中の反応速度の遅さに付け入る以外、奴等を撃破する手段を持っていないのかも知れません。」
「ならばもっと地球に引きつけて撃てば良いか?」
「運が良ければ。現在、オーカとトリパニアの防衛網は、地球から十万km以遠では密なところで一万kmメッシュです。平均5000kmを、加速度2000G出せるオーカカイやグングニルでも16秒かかります。16秒では、厳しいでしょう。
「この防衛システムのメッシュが全て埋まれば、敵艦隊が地球に到達するまでの間に、確率的に数回、ミサイルから1000km以内を通過するものと試算されています。2000Gの加速度で500kmを約5秒。5秒であれば、確実に命中させられるでしょう。
「いずれにしても、半ば運頼みの防衛システムである事に変わりはありませんが。しかし現在の我々の技術力では、まだこれが精一杯なのです。むしろ、地球に到達する前に敵を迎撃する方法を手に入れただけ、以前に比べれば格段の進歩、と言うべきですね。」
地球人は、自分達の母星に接近しようとする敵を撃退する方法を手に入れた。
しかしそれはまだ完全なものでは無く、それは防衛というにはまだ余りに拙いものだった。
しかしながらエドゥアルトの言うとおり、僅か二十年前には地球防衛はおろか、宇宙空間に到達することさえままならなかった事を思えば、隔世の感がある。
とは言うものの、どれ程の目覚ましい進歩であろうが、戦いとは結果が全てであり、敵を撃退できねばその先に待つのは滅びであるという事もまた、真実である。
彼等が現在の地球防衛について話し込んでいる間にも時間は進む。
「敵艦隊、二十万kmラインに到達。オーカ命中弾無し。トリパニア砲台からのレーザー命中多数なれど、敵艦の損害は軽微。」
「北進軍、敵艦隊からの艦砲射撃と思われる大規模攻撃を受けています。被害多数。攻撃機隊にも損害発生。戦線膠着します。」
「南進軍も艦砲射撃を受けています。戦線を構築していた戦闘機隊の一部が消滅。損害精査中。敵勢力は依然増大中。敵三万五千を越えました。ダークレイス多数。戦線を支えきれません。戦線後退します。」
「地中海方面、バックアップグループAを前進させます。南進軍戦線への到着は650秒後。」
「敵艦隊、十万kmラインに到達。大気圏上層部到達まで60秒。」
地球に接近するファラゾア艦隊からの攻撃が本格化し、司令室のあちこちから悲鳴のような被害報告の声が上がる。
「南進軍、攻撃機隊全滅。バックアップグループAに後続の攻撃機は八機。」
「北進軍も攻撃機隊壊滅。残存一機。バックアップは攻撃機を残し前進。」
「敵は攻撃機を特定しているな。優先的に攻撃機を狙っているように見える。」
次々と上がる悲鳴のようなオペレータの報告を聞きながら、ロードリックが顰め面で言った。
「機体形状が違うのを、上から光学で見分けられているようですね。拙いな。これでは攻撃機隊は投入できない。」
同じく顰め面でエドゥアルトが応えた。
「敵艦隊P1から駆逐艦二隻が離脱。分艦隊P2と呼称。分艦隊P2は高度三万六千近傍で停泊の見込み。付近のオーカで撃沈を試みます。」
「敵戦艦一隻が艦載機を放出。数五十。艦載機は大気圏外に留まる模様・・・これは・・・ホッパーとファイアラーの混成。OSVから光学で確認。」
「ホッパーとファイアラーだと? クソ。上から狙い撃ちにする気か。キヴの真上では、下からじゃ手が届かんぞ。」
偵察機であるホッパーと、艦砲並の大口径レーザーを備えたファイアラーを組み合わせて大気圏上層部に待機させるその布陣は、駆逐艦二隻と共に、攻撃隊を宇宙空間から狙撃しようという意図が見て取れる。
「南進軍、半壊。残機数三百四十八。戦線を支えきれません。戦線後退します。バックアップグループA到着まであと260秒。」
「敵艦隊P1、大気圏上層部に到達しました。そのまま大気圏に突入します。現在、キヴ降下点上空200km。降下中。」
戦艦二隻、駆逐艦四隻からなる艦隊が地球大気圏内に突入し、キヴ降下点の上空、正確にはキヴ降下点最大の地上構造物、通称「ビラヴァハウス」の上空一万二千mに陣取った。
「戦艦もろとも投入してきたか。南進軍のバックアップAの攻撃機隊を突っ込ませるか?」
大気圏外からの桜花、もしくは菊花ミサイル攻撃では、弾速が上がらず、敵艦に撃墜されるか、或いは敵艦の重力シールドによってミサイルが弾かれることはすでに経験済みである。
地中海側から侵攻する南進軍は、後方に部隊を作り易いため、北進軍よりも厚いバックアップを持つ。
敵前上陸に近い方法で南アフリカ沿岸地域の航空基地を拠点化した北進軍は、それほどのバックアップを持っていなかった。
「無理だ。攻撃機隊だけで突っ込ませれば、ただの的だ。敵戦闘機に喰い散らされて終わる。かと言って敵戦闘機の数が多すぎるのと、上からの艦砲射撃で、南進軍の戦線を持ち上げることも出来ん。」
「宇宙空間まで上昇させれば? 速度は稼げる。」
「敵も同じ条件だ。こちらが不利になるだけだ。」
プロジェクト「ボレロ」が始まって以来、ここまで十一のファラゾア降下点を電撃的に陥落させてきた地球人類であったが、何事にも対応の遅いファラゾアが、この最終段階において降下点攻略に対する対抗手段を打ってきたため、これまでの作戦に較べて大きく不利な状況へと追い込まれていた。
「ST部隊を使えば良い。」
重苦しくなった司令室の空気の中、一人の男の声が響きフェリシアン達参謀本部高官の耳に届いた。
三人が声のした方を振り返る。
その男は連邦空軍の濃紺の制服を身に付け、フェリシアン達高官の席がある、オペレータ達の居るフロアよりも一段高くなったエリアの後方、入り口脇の壁に背を向けて立っていた。
無帽ながら、このやや薄暗い司令室の中にてもミラーシールドタイプのサングラスを掛け、すぐ脇には秘書官であろう眼鏡を掛けた女性兵士を伴っている。
男の肩には、空軍少佐の階級章が取り付けられていた。
「艦載機部隊の、か? こんな状況で特殊部隊を磨り潰す訳にはいかん。大気圏内降下してきた敵艦は攻撃機で墜とすべきだ。」
「666th TFWのC中隊には、各機二発ずつのグングニルを搭載させている。十二発あれば、戦艦二隻を墜とすのに十分だ。」
少佐の階級章を付けた男が、中将の階級章を付けたロードリックに対してこの言葉遣いで話すのは有り得ない話だった。
だが、三人のうち誰もそれを咎める者は居ない。
「いくらST部隊でも、敵艦隊からの艦砲射撃は躱せんだろう。アジュダービヤーの二の舞になる。無駄死にさせるだけだ。」
「高度を上げなければ良い。地平線の下に隠れて超低空で接近すれば、400km位まで近づけるはずだ。途中の敵機は叩き落とせば良い。奴等ならやってのける。大丈夫だ。」
「東側も二万機近い敵戦闘機がいるんだぞ。無理だ。無駄死にさせるだけだ。」
「では他にあの戦艦を墜とす方法があるか? あの戦艦が墜とせなければ、この作戦は確実に失敗する。北も南も、戦線を押し上げられなくて敵艦に到達できない。やらせてみれば良い。奴等なら、敵戦闘機を突破して敵艦にたどり着ける。
「何を迷っている。他に方法は無い。こういう時のための突破兵(Shock Troops)だろう。」
こうして、666th TFWによる敵艦隊攻撃任務が下命されることとなったのだ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
こんなところにあの男が!?
当たり前のことですが、666th TFWは参謀本部直轄部隊であるため、その司令官であるこの男のオフィスは、参謀本部ビル内にあります。
もっとも、陸戦隊や空挺団や、果ては潜水空母戦隊までを持ち、航空団というよりもすでに軍団レベルの集団である「第666戦術戦闘航空団」の、実働部隊の本拠地は別のところにありますが。