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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
320/405

30. Gリミッタ


 

 

■ 11.30.1

 

 

 引いていたトリガーを戻すと同時に、スロットルを左に一瞬強く押す。

 キャノピの外の景色と同時にHMD上に表示された大量の敵マーカが、流れる様に右に動く。

 一瞬で1kmも移動した達也の機体は、また新しい敵を自動で探し出して四門のレーザー砲の狙いを付ける。

 HMDのTDブロックが四つ明るくハイライト表示になるのと同時に、右人差し指が掛かったトリガーを引く。

 一秒も経たずに四機のファラゾア戦闘機が撃破され、達也がトリガーを戻すと砲過熱(ガンヒート)警告表示(インジケータ)が逆時計回りに急速に短くなっていく。

 その頃にはまた別の四つのブロックが明るく表示されており、すでに照準が終わっていることを主張する。

 トリガーを引くとレーザーが照射され、また新たに四機の敵が破壊され、薄煙を引きながらアフリカの大地に向かって放物線を描きながら落下していく。

 左手スロットルの人差し指位置にあるトリガーに似たボタンを押しながらスロットルを手前に強く一瞬引けば、機体は数百Gの加速度で一気に1000mも急上昇する。

 再びトリガーを引き四機を血祭りに上げ、一瞬だけ砲身の冷却を待ってまたトリガーを引いた。

 再び人差し指のボタンを押しながらスロットルを押し込むと、今度は機体の高度が一瞬で2000m近くさがり、地表から僅か数百mの高度で静止した。

 

 空力飛行を全く考慮していない機体、スーパーサクリレジャーであるので当然といえば当然のことなのだが、その動きは既に航空機のものでは無く、ファラゾアの戦闘機械と同じか、それよりもさらに異質なものであった。

 そしてその様な動きをする地球製の戦闘機は達也機一機だけではなく、同じ機体を与えられた666th TFWのA中隊に所属する残り五機が、周辺で同様の戦闘機動を行ってファラゾアの戦闘機を翻弄していた。

 

 地上300mほどの場所で機首を上に向けてほぼ静止していた達也機が再び動く。

 今達也達A中隊が戦闘を行っている空域は、インド洋上の潜水機動艦隊から出撃した戦闘機隊が内陸に200kmほど侵入したところで地上にて待ち伏せしていたファラゾア戦闘機群推定一万二千機と衝突し前線を形成した、キリマンジャロ山南方パンガニ川上空空域からさらに内陸に100kmほど入り込んでいる。

 形成された前線を無視し、A中隊六機が敵影の濃密な空間に完全に突出孤立した状況である。

 

 常識的に、たった六機で構成される飛行中隊がその様に敵勢力圏内に深く入り込み孤立し、多数の敵に囲まれた状態にあってただで済む訳はなく、普通であれば瞬く間に囲まれ、追い詰められて撃墜されるのだが、生憎とこの六機は常識の埒外に存在する者達である。

 辺りを見回して全て敵というこの状況を好機としか捉えておらず、どこを撃っても敵に当たるとばかりに、やりたい放題に飛び回って手当たり次第に周囲の敵を攻撃し撃破していく。

 彼等にとって360度全方位を数千機の敵機で囲まれた状態とは、自分の周り全ての物が甘いお菓子で出来た家の中に放置された食いしん坊の子供、という様な状況でしかない。

 この度彼等が受け取った、設計コンセプトからして既に異常な、狂っているとしか思えない諸元性能を持つ新型機が、その状況にさらに拍車を掛けている。

 

 ガンサイト内でハイライト表示されていた敵四機の内、一機が急加速し、ガンサイトの外に飛び出した。

 レーザー砲身(ガンバレル)を二軸各2度の可動範囲を持つ自動照準機構もその動きに追随できず、一機取り逃がしてしまった。

 そのファラゾア機が逃げた方向に顔を向けると、その機体はHMD上に赤色のTDブロックで表示されており、明らかに周囲の他の機体と異なる動きをしていることが判る。

 ダークレイス。

 達也は操縦桿を捻ると、機体の向きを変え、赤色にマークされているダークレイスと思しき機体がガンサイトの内側に入るように機首を向ける。

 赤いマーカがまた別の方向へ急加速し、ガンサイトを外れる。

 こちらに狙われていることに気付いている。

 この狡猾な動きは間違いなくダークレイスだろうと思った。

 達也は再び操縦桿を捻りつつ、スロットルを開けて移動する。

 目標を追跡することばかりに気を取られていては、こちらが撃墜される側となってしまう。

 音速を超えた速度で移動しつつも、機首はダークレイスのマーカを捉え続ける。

 トリガーを引く。

 ほぼ同時にダークレイスが再び高機動する。

 今度は読んでいた。

 ラダーを蹴り、機首を振ってダークレイスをガンサイトの内側に維持し続ける。

 眼に見えて、赤いTDブロックからはみ出て、白く輝く炎がぱっと明かりを灯す。

 赤くハイライトとなっていたマーカが消える。

 

 如何に地球人の生体脳を搭載しているダークレイスとは言え、その生体脳は所詮民間人のものだ。

 軍人、特にパイロットとして訓練を受けた人間は戦場でファラゾアと戦い撃墜されるため、よほど運に恵まれない限りはファラゾアに捕獲される事無く死亡する。

 生体脳として用いられる地球人の殆どは、一夜にして数十万もの人口が消えるという現象が確認されている都市部にて捕獲された民間人のものだと説明を受けている。

 技術的に遙かに進んだファラゾアの機体を得ようとも、それを制御する生体脳が民間人のものでは、戦闘機で戦う技術が骨の髄まで染み込んでいるパイロットの戦闘技術とは比べものにもならない。

 ただファラゾア戦闘機の性能が地球のものよりも遙かに高く、ただそれだけで圧倒的な優位性を維持しているに過ぎなかった。

 しかし今や地球人側も重力推進やレーザー砲と云った技術で武装しているのだ。

 ましてや、その地球人の戦闘機パイロットの中でも殆ど異常者扱いされるST部隊のパイロット達にとって、素人然としたダークレイスの動きを読むのはさほど難しいことでも無く、機動力と攻撃手段がファラゾアに遜色無い物を手に入れた今となっては、ダークレイスさえも「他の普通のファラゾア機よりも少々手こずる相手」程度の認識―――少なくとも達也にとっては―――でしか無かった。

 それが証拠に、達也はこのエリアでの戦いに突入してから今までの間に、すでに数機のダークレイスと思しき敵機をさほど苦労する事無く墜としている。

 

「クラーケン01より各機。太陽L1ポイント発の戦艦二、駆逐艦十からなるファラゾア艦隊は、予想通りキヴ降下点上空を目標にしている。現在キヴ降下点上空五万km。上空からの艦砲射撃を警戒せよ。」

 

 AWACSからの警告が聞こえる。

 遙か宇宙の彼方に居る敵艦隊を気にしていても仕方が無かった。

 例え自分の周りに艦砲射撃が行われたとしても、この機体なら逃げ切れる。その自信があった。

 

「クラーケン01よりフェニックス。ゴキゲンに暴れているところ悪いが、支援要請だ。Zone07-Area09でダークレイスが八機暴れている。07-11にも四機確認されている。至急対応してくれ。」

 

「フェニックス、諒解。A中隊、C中隊はZone07-Area09のダークレイスを始末しろ。B中隊は07-11だ。急げ。」

 

「フェニックス02、コピー。A中隊、Zone07まで戻る。俺は先に機体を冷やす。」

 

 レイラからの指示を聞き、達也はA中隊に約100kmほど戻る事を指示した。

 達也自身は今まで同様敵を墜としながら高度を10000mに上げる。

 低空での高機動の連続で、機体温度が上がりすぎていた。冷やさずにそのまま高速移動すれば、機体にダメージを与えかねなかった。

 他の五機も同様の状態であったらしく、達也機に続いて高度を上げた。

 

 高度10000mまで上昇。外気温-32℃。

 この機体は、500Gを超える高機動を地球大気圏内で繰り返すことを想定して、機体のあちこちに機体温度センサーが設置されている。

 

 加速度が機体温度を上げるわけでは無い。

 戦闘機動は高加速度による突発的な加減速の繰り返しである。

 達也達A中隊のパイロットが駆るスーパーサクリレジャーは、AGG/GPUを二基搭載することで最大2000Gという、宇宙空間用戦闘機と同等の加速能力を与えられている。

 最大加速力の50%である1000Gであっても、1秒間の加速で機体速度は9800m/s、即ち音速の三十倍もの速度に到達する。

 地球大気圏に突入する隕石と変わらない速度は、発生する超音速衝撃波による機体破壊と同時に、大気の断熱圧縮による高熱を生じ、機体表面温度を一瞬で1000℃以上にまで上昇させて熱破壊が進行する。

 これが、一般の重力推進式戦闘機の推進器に500Gのリミッタが設けられている理由である。

 

 ST部隊に配備された機体にはその様なリミッタは無い。

 一般兵を遙かに凌駕する技量を持つST部隊パイロットであれば、時にその様な機動が必要になることもあろうと云う配慮、その様な機体であっても制御する技量を求められる部隊であること、そしてそれが可能なパイロット達の自己責任に於いて、何の制限もない限界性能の機体が与えられている。

 

 機体温度について、達也は機体外装自体は1000℃を超えても耐えられると聞いていたが、そこに取り付けられている各種センサー類の中には熱に弱く、800℃の温度に耐えられないものが存在するという事も併せて教わっていた。

 長丁場の戦いになることが予想されている。

 こんな序盤で無理をして、自らの手で機体を不調に陥れる様なことはしたくなかった。

 高度10000m、対気速度1000km/hほどでゆっくり飛びながら、引き続き周囲の敵を墜とし続ける。

 機体温度情報は右コンソールに表示されており、400℃以上の部分は黄色、600℃以上で赤色に表示される。

 着色された機体外形の画像の所々が黄色く表示されていたのが、急速に冷却され機体全体が緑色の表示に戻っていく。

 -30℃を割る外気温に機体は急速に冷却され、わずか30秒ほどで機体全体が0℃以下にまで冷却された。

 

 辺りを見回すと、同じ様に機体を冷やしていると思われるA中隊の五機が周りを飛び交い、機体を冷やしつつファラゾア機と戦っているのがHMD表示で確認できた。

 

「そろそろ冷えたか?」

 

「冷えた。」

 

「オーケイ。」

 

「大丈夫よ。」

 

「じゃ行くぞ。編隊組む必要も無いだろ。針路07、高度任意、速度任意。目標Zone07-Area09のダークレイス八機。叩き落とせ。」

 

 達也は指示を出すと急上昇し、東北東の方向に向けて加速を始める。

 高度40000mに到達したところで、M8.0。

 目標のエリアまで30秒。

 特に指示を出したわけではないが皆考える事は同じらしく、残る五機も達也の周囲を飛行している。

 

 高度を上げて速度を稼いだため、達也達A中隊はごく短時間で100kmほどの距離を踏破する。

 キヴ降下点に対してZone07-Area09とは、かの有名なセレンゲティ国立公園の東に隣接した領域となる。

 高度10000mかそれ以下に多く存在する敵機の群れを無視して高速で移動する達也達の眼下に、雨季の終わりの緑一面のサバンナが広がる。

 

 目標のエリアが急速に接近して来ると、AWACSからの情報と、自機の索敵情報を統合して、HMDが敵機を示すマーカで埋まる。

 その中に、赤いTDブロックで囲まれ、DW-01から08の赤文字でキャプションが付けられたマーカが八つ。

 

「フェニックスA、タリホー。Zone07-Area09、エンゲージ。」

 

 八つの赤いマーカが散っている空域のほぼ真上まで移動した後、達也は一言呟くとM8.0の水平速度を一瞬でほぼゼロにして、垂直降下を始めた。

 

 急速に迫る地面と、その手前に表示される青と緑のマーカ。

 高度25000mでガンサイトに入った赤いマーカに四本のレーザー全てを叩き込み、一瞬で撃破する。

 次の獲物を追うように機首を捻り、赤いマーカをガンサイトほぼ中心に合わせ、再度四門のレーザーを集中させる。

 通常の四倍の火力の攻撃を受けて、ファラゾア機といえども一瞬で破壊され、吹き飛んで落下していく。

 

 達也と同時に降下を始めた他の五機も同じ行動をする。

 赤く表示されるダークレイスに狙い定めて、直上で急停止、垂直降下。

 降下中に照準を合わせ、四門のレーザーで逃げる間もなく破壊する。

 その後、高度5000mで降下を止めて水平飛行に移り、今度は周囲の敵を手当たり次第に墜とし始める。

 

「タツヤ、一機そっち行った。24上。」

 

 ナーシャからの通信に、達也は左上に首を向けつつ、同時に機首を回す。

 赤いマーカが一つ。

 距離12000m。

 問題無い。

 赤いマーカをガンサイトの中心に持ってくれば、システムは優先順位を考慮して、四門のレーザーが全てダークレイスを狙う。

 トリガーを引く。

 一瞬で焼き尽くされたダークレイスは、煙を引きながら力なく落下していく。

 

「クラーケン01、こちらフェニックス02。07-09のダークレイスは排除した。現エリアで通常の敵を排除する。」

 

「フェニックス02、こちらクラーケン01。早いな。流石の手際だ。助かった。ご苦労だった。」

 

 AWACSオペレータの安堵する声が聞こえた。

 達也が高度40000mから降下を始めて、僅か20秒後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 C中隊どこ行った?

 高度5000mでもたくた移動したので、間に合いませんでした。w

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん。やっぱりこいつらおかしい。(誉め言葉) [気になる点] ファラゾアは、戦闘中の自軍の戦闘機ごと艦砲射撃するのかどうか。 [一言] 最後の降下点らしく激しい攻防になりそうですね。
[一言] 半端に安全な機体よりスーパーサクリレジャーのシミュレーター訓練を徹底させて行って扱える兵士の数を増やした方がいいんじゃ無いのかねぇ?
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