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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
319/405

29. MONEC GNRSFP-17c-ADR11c「Alciono(アルシオーノ)」


 

 

■ 11.29.1

 

 

 対地高度3000mにて海上を駆け抜け陸地に接近する。

 達也達666th TFWは僅か十五分足らずでアフリカ大陸に到達し、ちょうどケニアとタンザニアの国境付近で陸地に突入する。

 この辺りには内陸すぐに山地は存在せず、内陸に向けてなだらかな地形が続き、所々に標高数百m程度の山塊が存在する程度の地形の変化しかない。

 南米大陸では陸地に突入してすぐ、アンデス山中に潜んでいた敵戦闘機の盛大な歓迎を受けることとなった。

 今進んでいる地形であれば数百kmも彼方まで見通すことが出来る。

 

 例えそれでもジェネレータを止め、物陰に隠れ、果ては砂の中に機体を半ば埋没させてまでして待ち伏せるファラゾア機を、数百kmも彼方から見つけることはなかなかに難しいが、アンデスの時のように辺りを見回してどこもかしこも隠れ潜むのに最適な地形だらけという状況に較べれば、こちらの方が遙かに不意の襲撃を回避できることは間違いなかった。

 例え待ち伏せされ不意に襲いかかられたとしても、少なくとも山陵や峡谷を遮蔽物にして姿を隠される様なことは無い。

 

 「クラーケン01より各機。艦載戦闘機隊の先頭がZone10に到達した。Zone08まで約10分。」

 

 キヴ降下点から、艦載戦闘機隊の上陸地点であるケニア-タンザニア国境の海岸まで、約1200kmほどある。

 半径50kmほどの空間に広がって内陸へと侵攻する艦載機隊の先頭がZone10外縁に達した頃、全体の丁度中間に近い位置を占めている666th TFWはアフリカ大陸に約100kmほど侵入したところだった。

 

 ファラゾアの距離単位は約3.9mの倍数であるらしいことが分かってきており、以前からZone04を突破して降下点に接近すると、熾烈な迎撃に遭うことは良く知られていた。

 その倍数である、800km弱、即ちZone08外縁から少し進んだ先にも、同様の防衛ラインのようなものがあるらしいことが近年判明している。

 地球人のやり方で言うところの、領空や防空識別圏、あるいは絶対防衛ラインなどの降下点防衛上の線引きがしてあるものと考えられていた。

 

 眼下にはなだらかな起伏の続く平地が広がっている。

 所々に高度数百m程度の低い岩山のような山塊が、まるで不規則に波打つ海原に飛び出した島々のように横たわっている。

 高度3000mであれば、地上に存在する色々な物が判別出来る。

 海に近いところではまるで密度の高い森のように見えてた低層木の連なりがいまやまばらとなり、草原と言った方が正しい様な密度に変わっている。

 赤道直下の多くの地域で雨季も終わるこの季節、あと数ヶ月もすれば枯れ草ばかりが目立つサバンナへと変わるのだろうと、達也はキャノピ越しに地上を眺めていた。

 

 八月に雨季の終わりを意識する事の懐かしさにふと気付き、似たような季節がめぐっていた同じ赤道直下の故郷に思いを馳せながら、草を食む草食動物の群れであろう、地表にこびり付いた茶色い綿埃の集まりのようなものを眺めているときに、再びAWACSからの通信が入り、達也の思考を遮った。

 

「クラーケン01より各機。艦載戦闘機隊の先頭がZone08内縁に到達した。この後敵戦闘機による待ち伏せ攻撃が予想される。警戒を厳にせよ。」

 

 既に艦隊待機位置から500km以上離れているが、今回から新型のAWACS子機を導入した潜水ピケット艦がその距離をものともせずに問題無くサポートしてくれている。

 

 新型のAWACS子機は、MONEC製「Alcionoアルシオーノ」という名で、主に潜水ピケット艦や地上基地から直接航空管制を行うことを想定されており、宇宙空間のファラゾア艦からの光学探知を阻害するために機体上面に疑似光学迷彩を搭載し、一つの子機がセンサー機にも送信機にも役割を変える事が出来るという高性能なものであった。

 またエンジンには最新のP-Hybrid推進方式を採用しているので、従来の子機の様に機動力の出ないモータージェット推進で、ファラゾア戦闘機に見つかれば即撃墜というようなひ弱な性能では無く、少なくともファラゾア来襲直後の4.5世代改造型のジェット戦闘機並の機動力を持ち、連続数十時間もの戦闘機動を行えるだけの航続距離を有している。

 

 潜水ピケット艦上空に一機のAWACS子機が常駐してピケット艦と常に接続されるが、その子機には前線に近い位置を飛行する複数の子機が接続可能であり、その第二階層のAWACS子機にさらにカスケード接続することで最大十六機のAWACS子機を同時に一隻の潜水ピケット艦から操作可能となっている。

 アルシオーノの実用索敵管制範囲は一機当たり半径500kmの円内とされているため、一隻の潜水ピケット艦が500km離れた場所に存在する幅8000kmもの戦線の空間管制を一手に引き受けることも理論上は可能である。

 即ち、十六機の子機を全て直列に接続して運用するならば、理論上最大で8000kmも彼方の前線に対して航空管制を行うことが出来るという脅威の性能を誇っている。

 勿論実際の運用においては敵機に撃墜される事を考慮して二機一組、最大八機同時で運用されるため、1000km先に存在する幅2000kmの戦線をコントロールするというのが現実的な数字であるが、これを海中に潜んだピケット艦から直接行えるというだけでも十分以上に脅威の性能と言って良いだろう。

 

「クラーケン01より各機。進路上に重力反応多数。戦闘機隊先頭より方位30、距離02、機数推定2000以上。新たな重力反応あり。戦闘機隊先頭より方位27、距離02、機数推定1500以上。さらに新たな重力反応。戦闘機隊先頭より方位34、距離03、機数推定1500以上。Zone06、Area08から13に掛けて多数の戦闘機が上昇、迎撃行動を開始。戦闘機隊先頭との接触予想時間は最短で60秒後。20秒後から敵射程圏内に入る。戦闘機隊先頭各機はランダム機動により敵の遠距離狙撃を回避せよ。繰り返す・・・」

 

 AWACSからの通信が入ると同時に、索敵情報も転送される。

 今までHMDに表示されていたのは前方を飛行している味方の戦闘機を示す青色のマーカだけであったところに、敵を示すマーカが現れる。

 味方の戦闘機群の先頭から200kmも先で現れたファラゾア戦闘機群は、達也達666th TFWからすれば300kmも彼方になる。

 個別表示はまだできず、敵戦闘機群として緑色の円で表示されている。

 

「クラーケン01より各機。敵性の重力反応さらに増加中。Zone05にも多数の重力反応。機数推定4000機以上。艦載戦闘機隊中央部以降の各隊は速度をM3.0以上に増速し、味方の先頭部分が敵戦闘機群に包囲されるのを阻止せよ。」

 

 地球上に打ち立てられたファラゾアの降下点の最後の一つにして、最大のものであるキヴ降下点を攻略するに当たって、プログラム「ボレロ」でこれまで攻略してきた全ての降下点よりも遙かに熾烈な敵の迎撃が行われる事は予想されていた。

 まだ降下点の影も形も見えない遠距離から、予想に違わぬいきなりの大戦力での迎撃だった。

 

「フェニックス全機。聞こえたな。M3.0に増速する。針路高度そのまま。続け。」

 

 AWACSからの指示を聞き、レイラが隊内に指示を出すと同時に増速した。

 後続の機体もすぐさま同様に加速する。

 

「おいおいマジか。すでに一万機上がってきてるじゃねえか。ロストホライズン並の戦力だぜ? どうせまだ増えるんだろ? 対地殲滅攻撃ホントにちゃんとやったのかよ。」

 

 増速してすぐ、レイモンドがうんざりと云った風にぼやく声が隊内の全機に伝わる。

 

「今回は対地殲滅攻撃を失敗したという話は聞かんな。計画通りに実施されたはずだ。」

 

「うへ。それでまだこれだけ残ってんのかよ。敵さん気合い入りすぎだろ。もうちょっとのんびりしてくれててもいいんだぜ?」

 

「こっちも命が掛かってるが、あっちも後がないんだろうさ。最後で最大の地上基地だ。そりゃあ歓迎にも力が入るってもんだろう。」

 

 と、B1小隊二番機のウォルター。

 

「ふん。ショボい歓迎だ。片手落ちだな。オレ様を歓迎するためには、レッドカーペットの両脇に大艦隊でも並べてくれねえとな。」

 

「あ、バカ。止めろお前。」

 

 と、レイモンドが叩いたいかにも何かの引き金になりそうな軽口に、慌ててウォルターが突っ込みを入れたその言葉が終わらないうちに、再びAWACSから通信が入る。

 

「クラーケン01より艦載戦闘機隊各機。太陽L1ポイントの敵艦隊が動いた。戦艦二、駆逐艦十からなる艦隊が、L1を外れて地球方面へと加速中。現在距離120万km。キヴ攻略に対応する動きと思われる。宇宙空間からの超遠距離狙撃、或いは艦隊の大気圏内への突入が想定される。警戒せよ。状況は逐次知らせる。」

 

 キヴ降下点の攻略時に、太陽L1ポイントのファラゾア艦隊の一部が行動を起こすことは想定内であった為、AWACSオペレータの声も落ち着いている。

 

「・・・・・レイ?」

 

 しかしそのファラゾア艦隊のまるでレイモンドの台詞を聞いて行動を起こしたかのようなタイミングに、レイラが低い声で呟くのが編隊内の全員の耳に届いた。

 

「え? 俺か? いや、関係ないだろう? ってか、論理的に有り得ねえし。」

 

「いいや。アンタのせいだね。望み通りアレが大気圏内に入ってきたら、アンタ真っ先に突っ込む係ね。丁度良いわ。戦艦が戦闘機に大気圏内でどういう攻撃をするのか、最初に確認する必要がある。大丈夫。アンタの死は無駄じゃない。」

 

「ざけんな。てめえら一蓮托生だ。」

 

 いつも通りじゃれ合う内に、敵戦闘機群を示す円はHMDの正面視野の中に収まらないほどに大きくなり、個別のTDボックス表示に切り替わる。

 ファラゾア戦闘機群まであと100km。

 前線は目の前に迫ってきていた。

 

「フェニックス各機。このまま突っ込む。ダークレイスを見つけ次第優先的に排除せよ。それ以外はとにかく手当たり次第敵を叩き墜とせ。(まと)には困らんぞ。好きに暴れろ。但し、死ぬな。」

 

 まさに今、音速を遙かに超える速度で敵機の群れの中に突入しようとする666th TFWの各機に、レイラがいかにもぞんざいな突入指示を行った。

 その指示に声を出し返答する者は居ない。

 しかし、声を聞かずともその回答は一目瞭然だった。

 

 A1小隊が編隊を解き、三機それぞれ急加速しながら隊長機とL1小隊を一瞬で抜き去っていく。

 A2小隊がデルタ編隊を保ったままランダム機動を行うという、人間業とは思えない技術を見せながら、これもまたL1小隊の僅かに下方を突き抜けていった。

 B1小隊も同じく編隊を解き、L1小隊の右側を追い抜く。

 そのすぐ後をB2小隊の三機が、これもデルタ編隊を維持したまま増速していった。

 C1小隊は前進し、L1小隊の左後方に付ける。

 C2はその反対右後方。

 L1小隊を先頭としたダブルデルタ編隊は、既に敵と交戦状態にあり、超音速でファラゾア戦闘機群とドッグファイトを繰り広げる味方機の集団の中を一瞬で突き抜け、まるで鏃のように数千もの敵機の群れの中に突き刺さっていった。

 

 達也の視界を幾百幾千もの緑色のTDブロックが埋める。

 前方の視界全てが敵で埋め尽くされていた。

 その敵の攻撃を避けながら、視野の中に広がる丸いガンサイトの中で、次々とハイライト表示されるTDブロック。

 機体上面と下面、左右に一門ずつ、計四門搭載された200mm/200MWレーザー砲の自動照準システムが、まるで丸い緑のガンサイトの中で跳ね踊るかのように、次から次へと敵マーカに照準を合わせ、明るくハイライト表示する。

 達也がトリガーを引くと、僅か一秒足らずで目標は撃破され、次の目標に照準が移って再びハイライト表示する。

 四門のレーザー砲に対応した、四つのハイライト表示が、常にガンサイトの中を飛び回り、次から次へと敵マーカを選んでは移り変わる。

 

 トリガーを引きっぱなしでも構わないほどだった。

 実際は、コンソールに四つ並んだドーナツ状の砲身過熱警告表示が、どれか一つでも赤に変わる前にトリガーを離し、一秒足らずの「指切り」の間に砲身が冷却され、またすぐにトリガーを引くという動作の繰り返し。

 機体の機首が向いている方向と、機体の進行する方向が完全に不一致の状態の中、達也は機首を常に敵影の濃い方向へと向け続け、まるで濡れ手で粟を掬うかのように最高の効率で次々と絶え間なく敵機を撃墜していく。

 

 四門の200mmレーザーはそれぞれ独立して照準できるシステムを持っており、一度トリガーを引くだけで最大四機の敵を同時に攻撃し撃破できる。

 ガンサイトの円の中に捉えた敵マーカの内、最も適切な目標を瞬時に選んで照準を合わせる自動照準システムの、目標の選択も、砲身を僅かに動かして目標に狙いを付ける動きも、以前よりもさらに改良されて応答が良くなっている。

 

 200mm/200MWのレーザーは、ただ一門でも一秒足らずの照射でクイッカーを充分撃破することが出来、達也は最大の効率で、ほぼ四機/秒に近い速度で敵機を叩き墜とし続ける。

 そして敵は次から次へと湧いて出てくる。

 どれだけ墜としても全く減った様に思えない。

 ガンサイト内には常に数百数千の敵マーカが表示され続ける。

 

 それはまるで、トリガーを引くだけの作業のようだった。

 ドッグファイトの激しさも、敵機の隙を狙って行う一瞬の攻撃の美しさも、そこには存在しなかった。

 とにかく敵の攻撃を避けるだけ避けて、後は機首が向いたなりの方向でシステムが敵機を探し出して、照準を合わせる。

 人間がやることはとにかく、カチカチとトリガーを引き続けるだけ。

 まるで戦いとは思えないその作業。

 

 それがどうした、と達也はHMDスクリーンと酸素マスクの下で口許を歪める。

 これまでに乗ったどの機体よりも遥かに高い、最高の効率でファラゾア機を撃墜できている。

 敵を墜とす事が出来るなら、そこには美しさも激しさも何も必要無かった。

 ただとにかくファラゾアを一機でも多く墜とす事。

 これまでの過去のファラゾアとの戦いと比較して、最高の効率で敵機を撃破し叩き落としながら、達也はずっと嗤い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 投稿遅くなりました。申し訳ないっす。

 この戦い、キヴ降下点攻略戦は本作の原点に還って、極力空戦アクションで行きたいと思います。

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