28. P-Hybrid (重力圧縮熱プラズマジェットおよび重力推進)
■ 11.28.1
達也と共に上昇してきたヴィルジニーがレイラの右後ろに付き、L1小隊のデルタ編隊が完成した。
その後すぐにB中隊長であるレイモンドと、C中隊長であるアスヤの機体が上がってきて、A中隊長である達也と距離を取りつつL小隊の後ろに占位する。
その後も続々と666th TFWの機体がジョリー・ロジャーから発艦して高度を上げては、編隊に合流してくる。
水上艦空母とは異なり、潜水空母艦載機の離着艦の手際はパイロットの技量に依存するところが大きい。
潜水空母は重力推進を搭載する艦載機しか離着艦できない為、水上艦空母のような航空甲板におけるカタパルト作業やアレスター作業というものが存在しない。
出撃の為の全ての準備は格納庫内で行われる。
艦載機が航空甲板に姿を現した後に整備兵や誘導員が行う作業と言えば、パレット固定ハーネスを取り除くことと、折り畳まれていた翼がちゃんと固定されているかどうかを確認する程度しかない。
その他の全ての作業は、機上のパイロットが自ら行う必要がある。
例えば重力推進器の調子は、空母から飛び立つ瞬間の僅か一瞬から長くとも数秒の間に、コンソール表示とパイロットが感じ取る推進器の挙動で確認作業を行う。
ジェットエンジンの動作確認は、発艦した後に高度を上げながら行う。
同時にエルロンやエレベータ、ラダーの動作確認を行いながら上昇を続け、万が一に機体に障害があった場合には、重力推進を使用して潜水空母後方数百mの位置に移動して待機し、出撃予定の全ての艦載機が発艦した後に故障機は母艦に戻る。
重力推進に異常がある場合には、ジェット推進で上空待機し、全ての機体が発艦した後に空力飛行で着艦を試みることとなる。
潜水空母も全通航空甲板を持っている為、あくまで緊急用であるが、一応アレスターを使用した着艦も可能なのだ。
ちなみに、ジェットエンジンにも重力推進にも不調があり、高度を維持する事が出来ない場合には、機体を放棄して脱出するしか無い。
もうすぐST部隊の全機が揃うという頃、達也は周囲を見回した。
前方にL1小隊の三機、右側にはB中隊、後方にはA中隊の自分の部下達と、C中隊。
さらにその向こうに目をやれば、第三から第八潜水機動艦隊、総勢三十六隻の潜水空母から飛び立った六百機を超える艦載機が、部隊ごとに大きな編隊を組んで、見渡す限りのあちこちに様々な高度で飛行している。
百kmを超える広大な空間の中に、二十機ほどの戦闘機で作られた巨大な三角形の編隊が高度を違えつつも同じ方向を向いて数十も浮かび、次から次へと発艦しては合流してくる僚機を待っている。
眼下に広がる紺碧の海と、頭上を覆う蒼穹との間に無数の編隊が飛行するその光景は、作戦開始前の戦闘機隊の勇壮な姿という印象を通り越して、どこか幻想的で現実味を失わせるようなものだった。
「機動艦隊戦闘機隊全機。こちら空間管制セイレーン01。戦闘機隊は全機発艦を完了した。針路29、高度30、速度M2.0にて侵攻開始せよ。接敵まで全ラジオディスエーブル、レーザー通信任意。本作戦は、我ら人類の未来を決定する重要な作戦である。各自死力を尽くし奮闘せよ。グッドラック。」
第三から第八まで全ての機動艦隊から全ての戦闘機が発艦し終えた為、いよいよキヴ降下点へ向けて進み始めると、第八潜水機動艦隊のピケット艦であるセイレーンから、空中に居る全ての機体へ通信が入った。
ピケット艦は、一昔前のSLBMの発射管に似た垂直発射塔からAWACS子機を射出し、ピケット艦本体或いは洋上に浮かべた送受信バルーンを通じて、広範囲の索敵と管制を行う能力を持っている。
ピケット艦は各機動艦隊に最低一隻が編制されているが、今回のキヴ降下点攻略作戦では、機動艦隊上空の管制は第八潜水機動艦隊のピケット艦であるセイレーンが担当しているようだった。
セイレーンからの通信を受けて、前方を飛ぶ飛行隊から順次加速して艦隊上空を離れ始めた。
「フェニックス全機。前方のキャソワリ(0182th TFS)に続いて加速する。針路29、高度30、速度M2.0、重力推進(GP)。言うまでも無い事だが、我々はダークレイスが出現した場合、積極的にこれと交戦し、速やかに排除することを期待されている。前の戦いよりもより多くのダークレイスが存在することが予想されている。食われるなよ。」
機動艦隊の上空で静止しているような低速で飛んでいた戦闘機群が、次々に加速して消えていく中、レイラからの通信が入った。
達也としては、望むところだった。
新しい機体も手に入ったことだ。
その性能を存分に発揮させて、一機でも多くのファラゾアを自分の手で叩き落とす事を思うと、今からでも心躍るような思いがある。
666th TFWの二十一機、一小隊三中隊は、それぞれの中隊の得意とする戦い方に合った新しい機体を与えられていた。
達也達A中隊は常に突撃型で極めて攻撃性が高く、個人技中心の空力を無視した飛び方をするため、性能がピーキーで極めて扱いづらいながらも、高出力のレーザー砲を備え、主翼を廃して強力な重力推進のみで飛行するスーパーサクリレジャーを与えられていた。
レイモンド率いるB中隊は、突撃型のB1小隊とそれをフォローして撃墜数を大きく稼ぐB2小隊の連携を重視され、MONEC製「グウィバー(Gwiber)」を与えられた。
アスヤ率いるC中隊は、A中隊、B中隊に較べると格闘戦能力の低さが否めず、グウィバーと同等性能ながら、もう少しマイルドな機体特性を持つ高島重工製の「斬光」を与えられている。
高島重工製F29 (A18T32)「斬光」、MONEC製GNFAP-55-r44HuC「Gwiber」は、P-Hybridと命名された新機構のエンジンを搭載している。
固形ジェット燃料(TPFR)を用いたSolid-Jetと重力推進を組み合わせた従来の推進法式がSG-Hybrid推進(熱核融合エンジン搭載固形ジェット重力制御複合推進:Combinated Solid Fuel Jet and Artificial Gravity with Thermo Nuclear Fusion Generator)と呼ばれるのに対して、TPFRを使用した固体燃料ジェットを廃し、重力によりモータージェットのチャンバ内圧力を増加させ、断熱圧縮により高温高圧となったチャンバ内空気にさらにリアクタから膨大な熱量を流し込んで、高温高圧のジェットを後方に吹き出すことで推進力を得るエンジン形式をコールドジェット(燃料を燃焼させないため「COLD」)と呼び、これに重力推進を組み合わせた推進方式を一般的にはC-Hybridと呼ぶ。
C-Hybridは、ジェット燃料を廃しリアクタ燃料である水のみを搭載すれば良いため、この時期戦闘機に採用されている武装が主にレーザー砲である事も併せて、撃破されない限りは補給無しで二十四時間戦い続けることが出来る戦闘機であった。
しかし当然の事ながら、幾ら重力を併用して出力を上げようとも、燃焼による体積増加の無いモータージェットで従来と同じ推進力を得るのは厳しく、どれほど戦闘継続可能時間が長かろうと推力不足で実際にはファラゾアとの格闘戦に耐えられない機体であるとの判断が下され、このエンジン形式は量産機に採用されることがなかった。
航空機に核融合リアクタが搭載され、ジェットエンジンで発電する必要がなくなったため、ジェットエンジンから発電用タービンが取り払われた。
外気の圧縮は加圧加熱チャンバに掛けられた高重力によって行われるため、外気圧縮用のファンも必要ではなくなった。
ジェットエンジンに必要なブレードファンは、低速飛行時にインテイクからチャンバーに外気を送り込む為のもののみとなった。
加圧加熱チャンバからジェットノズルまでの構造が大きく単純化され、ジェット噴射の効率が上がり、それに伴って推力も向上した。
さらにファラゾアのオーバーテクノロジーの解析で手に入れた数々の冶金工学的知見により、エンジン内部各所の耐熱性耐圧性が格段に向上した。
耐熱耐圧性が飛躍的に向上した加圧加熱チャンバは、さらに核融合炉のリアクタ内部に使用される高電磁場制御により、より高温高圧に耐えられる構造を得た。
コールドジェットエンジンのチャンバ内の温度と圧力をさらに大きく増加させ、導入された空気をチャンバ内にて電磁的に加熱することで高温分解したプラズマ状態とし、これを後方のノズルから噴出することでジェットエンジン推力を大きく増加させたものをP-Hybrid推進(重力圧縮熱プラズマジェットおよび重力推進:Thermal Plasma Jet Engine with Gravity Compressed Chamber combined with Gravity Propulsion Unit)という。
即ちP-Hybrid推進とは、重力推進と、ジェット排気をより高温高圧にすることで推力を大きく増加させたモータージェットの組み合わせである。
当然この推進方式でも必要とされる燃料はリアクタ燃料である水のみである。
核融合リアクタが戦闘機に搭載されてから十年、重力推進が実戦に投入されてから六年、紆余曲折ありながらもジェットエンジンと重力推進を組み合わせた推進法式はそれなりに進化を遂げてきているのだ。
そしてこのP-Hybrid推進法式が、高島重工製「斬光」と、MONEC製「グウィバー」に搭載されている。
ジェットエンジンの構造単純化と、固体ジェット燃料が不要となったことで機体内スペースに余裕が出来、リアクタ燃料タンクの大型化や、或いはP-Hybrid推進にて多用する重力制御のための追加のAGG/GPUおよび追加の核融合リアクタの搭載、或いはただ単純に機体のコンパクト化など、様々な改善が可能となったP-Hybrid推進の採用であるが、グウィバーは機体のコンパクト化による格闘戦能力の向上を、斬光は機体の大きさをそのままにして武装搭載能力の向上を、具体的には戦闘機ながらも桜花Mk-3を胴体下パイロンに二発搭載可能となっている。
即ち、666th TFWがこの度受け取った三種の戦闘機についてそれぞれの特徴を挙げるならば、戦闘技能の突き抜けた個人技を得意とするパイロットに対応し、個体の速度と攻撃力に特化したスーパーサクリレジャー、格闘戦能力を向上し、中隊或いは小隊単位での組織的な攻撃力に重きを置いたグウィバー、大気圏内に敵艦隊が突入してくる事態が発生するようになった昨今の状況に対応出来る様に、戦闘攻撃機としての能力を付与した斬光、と云う事が出来る。
脇を見ている達也の視界には、それら三種の機体で混成された666th TFWの二十一機が見えている。
部隊内で機種が統一されていないのは、何もこれが初めてのことでは無かった。
666th TFWに配属される前も、部隊内の機種がバラバラという事はままあった。
機体の供給が戦場での損耗に追い付かず、同じ機種で数を揃える事が出来ない各基地の飛行隊本部が、機体が無くてパイロットを遊ばせてしまい、戦力減になるよりは遥かにマシと、とにかく飛ばせて戦える機体をあちこちの後方基地から掻き集めてきた結果、飛行隊がてんでバラバラの機体で構成されるなどという事は良くあった。
それに較べれば、各中隊の特性と役割に沿った形で別々の機種を割り当てられている、この状態は遙かに健全だった。
前方の空間に浮かんでいたキャソワリ(0182th TFS)が、戦闘のリーダ機から順に加速に入る。
重力推進で瞬間的に加速するため、加速を始めた次の瞬間には遙か彼方まで移動しており、すぐ前の空間に浮かぶ二十一機の大きな編隊がまるで前方から一列ずつ消されていくように形を崩していく。
「フェニックス、加速開始する。慌てて加速して、前の機体にオカマ掘るなよ。」
そう言い残して、先頭のレイラ機が消えた。
続いて、ポリーナとヴィルジニーの機体が消える。
「A中隊、加速開始。続け。」
そう言って達也は左手のスロットルを前に押し込んだ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今回、推進法式でいろいろゴチャゴチャ言ってますが、皆さんは「そんなややこしい面倒な方法取らずに、もう全部重力推進でいんじゃね?」とか気付いちゃったりしてはダメです。w
ハイブリッド推進方式なのです。語感が浪漫なのです。
・・・自動車のハイブリッドの事を考えると、なんかドン臭そうで微妙に気分下がりますが。
というか、延長線上にあるのでモータージェットとか言ってますが、構造的に既にモータージェットとはかけ離れているような気が。