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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
317/405

27. Tο τέλος του Ἠλύσιον (楽園の終焉)


 

 

■ 11.27.1

 

 

 10 August 2052, 300km off the coast of Mombasa, Indian Ocean

 A.D.2052年08月10日、インド洋、モンバサ沖300km

 

 

 赤道直下から南に僅か500kmばかり外れただけの、南国の気候に特有の紺碧の海が南からの季節風に波立ち、所々でその波頭を白く崩し泡立たせているのが見える。

 陸地から遠く離れたこの場所では、360度見渡す限り水平線が見えるだけであり、乾期のこの時期には空に雲も無く、まるで大海原を写し取ったかの様な蒼穹がどこまでも広がっている。

 

 突然青い海面の一部が盛り上がったかと思うと、その盛り上がった海面を割り、飛沫を散らせながら黒光りする巨体が海上に姿を現した。

 急速に浮上してきたらしいその巨体は、先端を一瞬宙に浮かせた後、まるで鯨がブリーチングを行ったかの様に海面に巨体を叩き付けて辺り一面に大量の飛沫を撒き散らし、白く泡立つ海面の中、黒い巨体を僅かに沈み込ませた後に復元すると、白く泡立った海水を断ち切る様にして海面を進み始めた。

 

 丸みを帯びた三角形の断面を持つその巨体は、山なりになった艦首で海水を左右に切り分けながら、紺碧の海に白い航跡を真っ直ぐに残して針路を西北西に取り30ktで突き進む。

 その頃には全長400mもの巨艦の左右を挟む様にして全長150m弱の小ぶりな潜水艦が浮上してきており、一定の距離を保って碧い海面を割りながら併走する。

 400mもの巨体とその両脇を固める二隻の小型艦という組み合わせは一つだけでは無く、後を追う様にして次々と海面に姿を現し、辺りを見回すだけでこの海域に数十かそれ以上の大小様々な潜水艦が浮上して、同じ方向に向かって白い航跡を引いているのを見渡す事が出来る。

 

 まるで巨大な水生生物の背骨が海面に現れているかのように、水に濡れ陽光を浴びて黒光りする山なりの尾根部分に縦に一直線に亀裂が入ったかと思うと、長い艦体の上部が二つに割れて左右へと開き始める。

 開いた部分が完全に裏返り、底面が艦体本体上に残された平面と同じ高さとなったところで固定されると、海面上15mほどの高さに幅30m、長さ300mもの平面が形成されることとなる。

 

 海面に現れた全ての潜水空母が同様に航空甲板を開くと、それまで何も無いただ一面の大海原であったところに、いきなり三十を超える航空基地が出現したこととなる。

 それら潜水空母はいずれも二十から三十機の最新型の艦載戦闘機を搭載しており、僅か三十分程度でそれら全ての戦闘機を発艦させ得る能力を有している。

 即ち、何も存在しなかった海の真ん中に突然三十を超える航空基地が現れ、わずか三十分の間にそこから飛び立った六百機もの航空戦力が忽然と姿を現すこととなるのだ。

 

 潜水空母がその巨大な航空甲板を展開して艦載機の出撃準備を進めている間に、両脇を固める随伴艦は艦体上面に複数設置されている兵器ハッチを開き、600mm連装光学砲(600mm Twin Laser Turret)、300mm三連装光学ガトリング砲(300mm Triple Gatling Laser Turet)など、地球人類がこれまでに考案してきた対ファラゾア防空兵器をハリネズミのようにその背に並べ、潜水空母が最も無防備になる艦載機の離発着時に、万が一にも敵機が接近することの無い様に空を睨み付ける。

 

 潜水空母の艦載機発艦プロセスは進み、航空甲板中央に二カ所、長さ20m、幅20m弱ほどの四角いエレベータハッチが突然口を開ける。

 日の光に輝きながら暗い艦内格納庫に滴り落ちる海水を弾き飛ばしつつ、エレベータハッチと同じ大きさの艦載機パレットと、その上に固定された黒灰色の艦載機がせり上がってきた。

 艦載機は航空甲板に姿を見せると同時に折り畳んでいた主翼を展開し、パレット上に残っていた整備兵が主翼の固定を確認するとすぐに走ってパレット上から退避し、エレベータ脇の航空甲板要員待避所に飛び込んだ。

 

「こちらジョリー・ロジャーコントロール。フェニックス01、08、発艦せよ。発艦後上空高度20にて待機。編隊を整えよ。」

 

 旧来の海上航空母艦のように目立ったアイランドが設置されている訳でも無い、ただ真っ平らな平面の航空甲板のあちこちに設置されている様々なセンサーを通じて航空甲板上の状況を把握している管制官から発艦の指示が飛ぶ。

 航空甲板前方のエレベータハッチ上のレイラ機と、その100mほど後方の後部エレベータハッチ上のポリーナ機が、ほぼ同時に重力推進のスロットルを開け、航空甲板から空に向けて一気に飛び立っていった。

 

「フェニックス02、09、航空甲板へ移送。」

 

 今飛び立ったばかりのレイラ機が載っていたパレットが後方にスライドして、再びハッチから光が差し込んでくる。

 暗い格納庫の中で、滴る沢山の水滴が陽光を反射して輝きながら落下して行き暗闇に消える。

 エレベータハッチが完全に開き、真下で待機していた達也の機体を載せたパレットが機械音と共にせり上がっていく。

 やがて機体は、洋上に降り注ぐ透き通った朝の光の中に完全に姿を現し、パレットが航空甲板と同じ高さに並んで固定される。

 

「こちらフェニックス02。ウィングオープン。発艦許可を要求。」

 

 コンソールに点滅する翼展開の表示を押す。

 

「機体固定ハーネス除去完了。発艦可能。」

 

 コクピットのすぐ下に居る整備員が、パレット移送の間、転落防止のために機体をパレットに固定していたハーネスが全て外されたことを伝え、同時にヘッドセットのプラグを引き抜いて、プラグが刺さっていたコクピット下のメンテナンスハッチを閉じる。

 折り畳まれていた四枚の翼が着陸位置へと戻り、機体両脇の整備兵がそれを確認して、ハンドサインで翼が展開されたことを知らせながらパレット上から退避する。

 

 潜水機動艦隊の艦載機隊に配属されてから、先のカア=イヤ攻略戦まで乗り続けてきた高島重工業製の「銀雷」は、アンデス山中でダークレイスを相手にして派手に立ち回ったことで見事スクラップ判定を食らうほどに損傷していた。

 先日日本に寄った際に達也が新たに受け取った機体は、MONEC製(高島重工業ライセンス生産)の「SUPER SACRILEGERスーパーサクリレジャー」という機体であった。

 

 その昔、まだ戦闘機に重力推進が搭載されていなかった頃。

 立ち上がったばかりのMONEC(当時の団体名は「MONE」)は、次々に意欲的かつ実験的な機体を生み出し、世に送り出していた。

 重力推進を持たない地球側の戦闘機は絶対的に機動力に劣るため、様々な方法でその差を埋めようと、多種多様な機体が設計され、試験的に戦場に投入された。

 そのような実験的な設計の機体の中に、MONEC NFAS-36-SD-654FA「SACRILEGERサクリレジャー」という機体があった。

 

 その機体は、やっと戦闘機に載せる事ができるまでにコンパクト化された核融合リアクタを搭載し、リアクタから供給される膨大なパワーを使い四門の180mmレーザーを備え、固形燃料TPFRを使用したS-Jetエンジンを四発搭載し、従来の戦闘機を遙かに上回る素晴らしい加速性能を達成するという極めて前衛的な性能を有していた。

 その代償として、余りにピーキーで扱いにくい飛行特性と、ただでさえ航続距離を縮めてしまうS-Jetエンジンを四発搭載した事による極端な航続距離の低下という深刻な問題を抱えることとなった。

 とりわけ航続距離の低下、即ち戦闘空域滞在能力の低下は、武装がレーザー砲に置き換わり弾薬の補給が不要になった為に、他の戦闘機の殆どが作戦行動可能時間を伸ばす方向に変わっていく中で、看過できない大きな欠点となってしまった。

 結果、この極めてアグレッシブな設計コンセプトを与えられた機体は、試作機数機が製造されてごく短期間戦場に投入されたのみで、すぐに量産不採用の決定がなされて、歴史の波の中へと埋もれ消え去っていくこととなった。

 

 元高島重工業設計開発部の主任設計士であり、異常とも言えるほどにとにかく高性能の機体を作り出して、自分が設計した機体がファラゾア戦闘機を相手に無双の闘いをすることに無上の喜びを感じるという、ある意味この時代にこれ以上無いほどに合致した一種の異常性を有する大下という男が、出向先のMONEC設計部において過去に設計された機体の中から、このサクリレジャーを見出した。

 その設計思想はまさにこの男の好みのストライクど真ん中であり、他の何もかもを捨ててとにかく大パワーを叩き出し、搭乗する人間の限界を超えてさえ強大な加速力を絞り出すという凄まじく尖った性能は、生身の地球人類がまともに扱う事が出来ないものであったが、大下にはその様なイカレた機体を制御してみせるパイロットの当てがあった。

 そして、今の時代には重力推進器が存在する。

 

 大下主導の下にMONEC設計チームはこのサクリレジャーに大幅な改造を加え、スーパーサクリレジャーとして生まれ変わらせた。

 四発のS-Jetエンジンと旧式の核融合リアクタを取り去ったスペースに、コンパクト化されたリアクタ二基と、最新のAGGセパレータ機能付きのAGG/GPUを二基搭載する。

 戦闘機にリアクタを二基搭載するという、頭がおかしいとしか思えない有り余る膨大なパワーを利用して、180mm/150MW光学砲x四基を、200mm/200MW光学砲x四基へと換装した。

 ジェットエンジンを廃した事で空力飛行をスッパリと諦め、主翼を廃して機体中央後方の四方向に取り付けられた尾翼四枚と、コクピット下に斜め下向きに取り付けられたカナード翼の翼面積をそれぞれ僅かに大きくして、飛行中の空力姿勢制御力を向上させた。

 

 即ち、ジェットエンジンを捨て、主翼を捨てた事で空力飛行能力を捨て、空力飛行による隠密性や、トラブル時の滑空による危機回避能力を全て切り捨てた事で、戦闘機ながらに1500Gに達しようかという狂った加速力と、200MWという高出力のレーザー砲を四門も搭載する事が出来る機体となったのだ。

 

 元々S-Jetエンジン四発とリアクタを搭載していたため、サクリレジャーはかなり大型のボディを持つ機体であったのだが、小型化したリアクタ二基と、ジェットエンジンよりもかなりコンパクトなサイズであるAGG/GPU二基に換装した事、固定された主翼を廃して可動型の尾翼四枚とカナード翼二枚とした事で、サクリレジャーに較べて大きくサイズダウンする事に成功した。

 これまで達也達が乗っていた高島の銀雷は、艦載機である為かなりコンパクト化されているのだが、銀雷に較べて機体の容積自体は大きくとも、リアクタとAGG/GPUの計四つのユニットを上手く配置する事で、潜水空母の艦載機移送用パレット上にはみ出る事無く乗せる事が出来、空母内の立体的な構造の格納庫に問題無く収まるサイズとなっており、結果的に畳まねばならない主翼を持つ銀雷よりも余裕を持って容易に格納庫に収める事が出来る様になっていた。

 

 ちなみにであるが、地球連邦軍の戦闘機全てには、高度100km以下、即ち大気圏内でのAGG加速に500Gのリミッタが設けられている。

 500Gx1秒の加速で機体速度は4900m/s(=M14.4)に達し、断熱圧縮による高熱で機体の破壊が急速に進行する事と、そもそもたった1秒で高度5000mから墜落してしまう様な挙動を誰も制御出来ないからである。

 もちろん云うまでも無い事であるが、達也達に与えられたスーパーサクリレジャーにはその様なリミッタは一切取り付けられていない。

 

「こちらジョリー・ロジャーコントロール。フェニックス02、09、クリアドフォーテイクオフ。後がつかえてる。さっさと出て行け。」

 

 ジョリー・ロジャーに配属になって既に一年半以上経つ。

 毎日の様に訓練と出撃を繰り返し、その度にやりとりをする管制担当オペレータとは当然ながらもうお互い慣れ親しんだ仲と言って良い。

 お互い遠慮無く酷い冗談を言うのは毎度の事だった。

 

「言われなくても出て行ってやる。フェニックス02、テイクオフ。後で淋しいと泣き付いてくるなよ。」

 

 そう言うと同時に達也はスロットルを僅かに開け、機体が20mほど上昇したところで再び大きくスロットルを開ける。

 ジェットエンジンが取り払われたこの機体は、ジェットスロットルの上にさらにAGGスロットルがあるややこしい構造が無くなり、スロットルはAGGのみとなって随分操作が単純化され楽になっている。

 

 300Gで急上昇した達也は、上空2000mの高度を維持し、ジョリー・ロジャーより僅かに前に出つつも母艦に速度を合わせて30kt(55.6km/h)で飛行するレイラとポリーナのすぐ後ろに停止した。

 この度は全ての機体が、出撃直後から重力推進を積極的に使っている。

 これは、達也達の様に空力飛行出来ない機体が配備されている事と、前回のカア=イヤでの失敗を受けて、航空戦力が動き出すよりも前にキヴ降下点に対する菊花による対地攻撃を行った為である。

 空力飛行を行った中途半端な隠遁は必要無いという、作戦を立案した参謀本部の判断だった。

 機動艦隊が浮上した時点で、或いは地上基地の航空戦力が続々と発進し始めた時点で、どうせ宇宙の彼方からこちらを観察しているファラゾアにはバレてしまっているのだ。

 

 カア=イヤの攻略戦では、菊花による対地攻撃よりも先に航空戦力を動かし、機動艦隊を浮上させてしまった。

 それらの動きを明らかな作戦開始の兆候として敵に気取られてしまったので、ファラゾアに対策を打つ時間を与えてしまった。

 ファラゾアは太陽L1ポイントに停泊していた二五隻もの駆逐艦隊を戦場に投入し、駆逐艦隊が出現してからの攻撃となってしまった菊花ミサイルの半数が駆逐艦隊によって迎撃されるという事態を招き、その結果敵地上施設はおろか、その周辺に駐留している多数の小型戦闘機械が生き延びる事となり、地球側の航空戦力に大苦戦を強いる事となってしまったのだった。

 

 菊花による対地攻撃の後、航空戦力の侵攻による残敵の排除と制空圏の確保までの間が大きく開いてしまうと、その間に宙航艦や小型戦闘機械などの様々な戦力を投入する隙を敵に与えてしまうものと考えてのタイミング設定であったのだが、それが完全に裏目に出てしまった形となった。

 

 その轍を踏まないためにこの度のキヴ攻略作戦では、真っ先に菊花による対地殲滅攻撃を行った後、地中海方面と南アフリカ方面からの航空戦力を降下点に向けて侵攻開始させ、その後タイミングを合わせて機動艦隊が浮上して航空戦力を発艦させるという手順となっていた。

 

 菊花によるキヴ降下点周辺に対する対地殲滅攻撃は既に行われていた。

 機動艦隊は浮上し、今現在達也達艦載機部隊が続々と発艦して空に向かって駆け上がってきている最中だ。

 この時点でAWACS等から作戦変更の指示が無いと云う事は、今のところ作戦は予定通り進んでいるものとみて良かった。

 

 だが、今回の作戦は地球上に残るファラゾア降下点の最後の一つ、かつ最大の拠点であるキヴ降下点の攻略作戦だった。

 このまま最後まで何事も無く順調に作戦が進んでいくなどとは、参加している全ての将兵の誰一人として考えてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 基本的に、本作戦が地球上で実施する最大且つ最後の作戦となります。

 ・・・もちろん、ストレートに終わるワケは無いですよ?

 

 やっぱり空戦アクション最高の盛り上がりは、敵基地トンネル抜けですね。 (^^)b

 ビラヴァハウスに突入して、マッハで駆け抜ける達也。

 行き着いたその先には、大量のサルが!?

 そして見つかる自由の女神。

 「我々は帰ってきていたのだ。」


 (まだ引っ張るかコレ。w)

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― 新着の感想 ―
[一言] 後日談『猿の惑s(銃声
[一言] やっと地球奪還が叶うのか 作戦も順調に進んでるし楽勝だなこりゃ
[良い点] 遂に重力推進のみに! [気になる点] 1500Gとか頭おかしい。(褒めの言葉?) [一言] 全力でのランダム機動は事故の元ですな。
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