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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
315/405

25. バハムート(بهموت)


 

 

■ 11.25.1

 

 

 01 August 2052, Naha port, Okinawa, Japan

 A.D.2052年08月01日、日本、沖縄、那覇港

 

 

 高度3000mから見る沖縄本島は、未だその大部分が珊瑚礁と南国特有のエメラルドグリーンの海に囲まれており、今がまだファラゾアとの熾烈な戦いの最中であるという事を忘れさせるほどの美しさを湛えていた。

 北側から進入して島の形に添って飛行すれば、北部から中部に掛けての濃密な森林地帯と、南部の市街地地域のコントラストに驚かされる。

 同時に、市街地地域にまるでぽっかりと穴を開けたかのように存在する、滑走路を備えた巨大な軍事施設に嫌が応にも気付かされることとなる。

 

 太平洋西端、或いはユーラシア大陸東端のリムランドの一端、もしくは共産主義国家群が太平洋に溢れ出ることを抑止するための地政学的重要拠点として、百年以上も前、最後の世界大戦が終結した直後から重要軍事拠点化された名残は、地球人類全体が地球連邦の旗の下に一応の一致団結を見せているこの時代においても、東シナ海と太平洋の境界に長く南北に延びるこの島に色濃く残り、そして現在進行形で今なお非常に活発に活動している。

 

 中華人民共和国が崩壊して地球連邦に協力的な中華連邦(China Union)となり、ファラゾアによって実質的に国土を分断されたロシアのバイカル湖以東地域が自由主義経済を掲げる極東シベリアとして独立国家化した現在、時折意味不明な動きを見せる統一朝鮮に対して日本軍と地球連邦軍が睨みを利かせる事以外、地球人類同士の関係性の中ではこの島の軍事的重要性は急速に低下していた。

 それに反して急速に浮上し巨大化したこの小さな島の新たな重要な役割は、太平洋の西と東、北と南を繋ぐ、海中に潜む新たな兵站の中継点として、あるいはファラゾアに唯一対抗が可能な戦力である航空機を発着させることの出来る大型の航空基地を多数擁する拠点としてのものであった。

 

 沖縄本島は地政学的に極めて重要な位置にあった為に米国によって軍事拠点化されたものの、その米国がファラゾア侵攻初日に国家崩壊一歩手前まで叩きのめされ瓦解寸前にまで押し込められた。

 国内問題で手一杯というよりもむしろ、国としての形を保ち続けることだけで精一杯の米国は、それまで世界各国に駐留させていた部隊を全て国内へと引き上げた。

 それはここ沖縄においても同様で、維持管理にさえ莫大な費用の掛かる巨大な基地群をほぼ形だけの引き継ぎで日本軍に押しつけ、ごく短期間のうちに全ての部隊が米本土へと引き上げてしまったのだった。

 

 突然降って湧いたように手に入ってしまった多数の基地施設とそれに掛かる費用を完全に持て余した日本軍は、設備の整ったそれらの基地の多くを、ファラゾア迎撃の中心的役割を担い始めていた国連軍へ貸与するという形で、維持管理費用を節減しただけでなく、国連軍から賃貸料を巻き上げるという解決法を採り、この頭の痛い問題を一部軽減することに成功した。

 一方、かなり有利な条件で幾つもの軍事施設の利用権を手に入れることが出来た国連軍は、最前線から一歩引いた場所に存在し、ファラゾアの脅威に直接的にさらされていないこれらの基地群を前線のバックアップや物資の集積を担う極東地域のハブ基地とし、さらには新設された宇宙軍の主翼を担う基地としても運用することとした。

 

 紆余曲折あり極東地域に中華連邦、極東シベリアという国連軍、延いては地球連邦軍に極めて協力的な国家が誕生した後は、沖縄本島とそこに存在する多くの軍事施設は、前述の通り西太平洋の中心的軍事拠点として、また太平洋を東西南北に繋ぐ兵站の主要拠点として、そしてまた急速にその規模を拡大し、今後もファラゾア戦の中心的役割を担うことでさらに規模拡大の一途を辿るであろう宇宙軍の最重要拠点の一つとして存在をさらに大きくしていった。

 

 そして今。

 地球連邦海軍(United Nations of TERRA NAVY: UNTNV)、地球連邦空軍(United Nations of TERRA AirForce: UNTAF)、地球連邦宇宙軍(United Nations of TERRA SpaceForce: UNTSF)の三軍の大拠点を擁し、且つ中国、日本、台湾という大生産拠点を隣り合わせた至近に持つ沖縄本島とそこに存在する基地群は、極東地域における地球連邦軍の中心的複合軍事拠点として無くてはならない場所へと変貌を遂げていた。

 

 サンタクルス作戦によって南米大陸に唯一存在したファラゾア降下点「カア=イヤ」を攻略し終えた地球連邦軍の誇る潜水機動艦隊の内、第六から第八潜水機動艦隊は、次なる作戦を前にして沖縄本島へと立ち寄り、那覇港或いは那覇港沖に停泊して補給を受けている最中であった。

 ちなみに第三から第五潜水機動艦隊は、台湾の高雄港にて同様に補給を受けている。

 

 各潜水機動艦隊に所属する空母は、いずれも洋上で航空甲板を展開しており、重力プラットフォームを利用して次から次へと運び込まれる補給物資を受け入れる作業中であるのが上空からよく見えた。

 空母以外の潜水艦も概ね同様に補給を受けており、これからまた暫くの間続く海中生活の間に必要になるであろう食料や生活必需品、戦いに際して使用する兵器や各種資材を、港近くの洋上で受け取っているところだった。

 

 一昔前であれば、物資の補給を行うためには港の岸壁に艦を横付けしてクレーンを利用する必要があり、数十隻もの艦船を擁する機動艦隊が補給に入ると、港は艦でごった返し、補給作業自体も順番待ちを発生して大変時間のかかるものであったのだが、岸壁に積まれたコンテナを掴んで重力推進で洋上の艦船に届けることの出来る重力プラットフォームが利用できるようになってから、補給のやり方は大きく様変わりし、必要な時間も大幅に短縮された。

 

 空母所属の各艦載航空隊もまた、母艦が多くの物資を受け取っていると同じくして、補給或いは補充を受けていた。

 ファラゾア降下点の地上施設と周辺に駐留する戦闘機械をまとめて殲滅する宙対地ミサイルによる殲滅攻撃が、出現した二十五隻もの駆逐艦によって大きく邪魔された事で、先のカア=イヤ降下点攻略戦ではこれまでの降下点攻略作戦とは比べものにならないほどの激しい航空戦が発生し、当然それに応じた損害が生じた。

 艦載航空機部隊も多くの損耗が目立ち、殆どの部隊で兵士の補充と、修理するよりも交換した方が早いほどにまで痛めつけられた機体の大量入れ替えが発生する事態となった。

 

 それは達也達666th TFWにても同様であり、兵士の損耗こそC2小隊2番機のジルベルト・ミューレル少尉一名のみであったものの、一般兵には対応が難しい敵のダークレイス個体に対応するために戦場を縦横無尽に駆け回り、大きく損傷した機体にさえ無理をさせ強引に戦い続けた結果、部隊の殆どの機体がスクラップ判定を受ける事となった。

 機動艦隊が補給を受けている間に補充と補給を全て済まさねばならなかった部隊長のレイラ以下全隊員は輸送機に乗せられて、日本の航空産業の中心地であるR50IZ(Route 50 Industrial Zone)と呼ばれる北関東工業地帯の中心にある北関東空港(航空基地)へと送り込まれ、全員が新しい機体を受け取った後にジルベルトの代わりの補充兵と合流し、僅か一日の機種転換教育を受けた後に再び沖縄へととんぼ返りをする羽目になったのだった。

 

 そして達也は、新しい機体を受け取りに行った先で懐かしい顔に出会う。

 ファルナーズ・ソレイマーニ少尉。

 おおよそ八年ほど前、アフガニスタンのルードバール降下点に対抗する前線の一つである、イスファハンを中心としたイラン東部の基地を転々としたときに、2687TFSのA2小隊で部下だった彼女がC2小隊への補充兵として北関東空港で彼らの到着を待っていた。

 

 聞けば彼女はホルムズ海峡上空で達也と別れた後、西アジア方面の基地を転々として居たとのことだった。

 当時からブルカはおろかヒジャブでさえ着用せず、それどころかタンクトップを着て基地内を歩き回るほどに「進歩的」な行動の目立った彼女であったが、そのような考えの女はやはり西アジア地域では余り歓迎されず、あちこちの飛行隊で随分と冷遇されてきたようだった。

 

 達也の部下として高い戦闘技術を仕込まれた彼女であったが、戦闘で活躍すれば疎まれ閑職に回され、目立たぬように控えめにしていれば無駄飯食らいと後ろ指を指されて他の部隊へと放り出され、という不遇な時を長く過ごしてきたのだと言った。

 高い戦闘技術を持ち、それに相応する成績も残しているはずの彼女が未だに少尉のままであるのは、やはり女性パイロットに対して風当たりの強い中東地域で悪意ある人事が繰り返されてきたことの結果であるようだった。

 

 ファルナーズは地上基地の航空隊に多くの犠牲を出したアジュダービヤー攻略戦にも参加し、あの激戦を生き残った。

 ところが彼女が所属していた部隊の兵士達はその殆どが攻略戦の中で命を落とし、出撃した十五名中生還したのは彼女を含めた僅か五名であった。

 当然部隊は再編成される事となり、西アジア方面の地方司令部は彼女達同様に被害が大きかった幾つかの部隊を寄せ集めて一つの部隊を作ろうとした。

 その中で彼女はまたもや女であることから存在を疎まれ、新生飛行隊から外されてしまう。

 

 長きにわたる差別的待遇と差別的人事の繰り返しによって蓄積した不満と鬱憤がとうとう我慢の臨界点を超え、キレた彼女はその差別的人事を彼女に知らせに来た遙か上の上官である中佐に真正面からケンカを売った。

 殴り合いにまで発展する事は無かったものの、中佐に対する彼女の罵倒は激しくそして留まるところを知らず、彼や飛行隊長の戦闘技術が彼女のものに遠く及ばない事実を指摘する事に始まり、基地に出入りの清掃業者の清掃員と中佐が個人的な関係を持ち、時折基地内で情事に及んでいる事にまで至ったものだった。

 

 内容はともかく上官に対して極めて強い反抗的態度を取ったその行動は大きく問題視され、彼女は転属を命じられた。

 報復人事という可能性もあるだろうし、そもそもこれまでもずっと差別的な待遇を受けてきたのだ。転属先は碌なところではないだろうと思っていた。

 

「部隊名も公表されない幽霊部隊と聞いていたのだけれど、タツヤ、あなたがいるのなら案外悪い所じゃあ無いのかもね。」

 

 と、若い頃から妙に色気を纏った笑顔だったと達也は記憶していたが、八年も経ちすっかり大人の女となった彼女はより一層凄みを増した笑顔で艶然と笑ったのだった。

 

 そのファルナーズを加えて再び二十一名となった666th TFWは新たな機体を受け取った後、日本列島に沿って南下し、沖縄へと戻ってきたのが今日だった。

 那覇港から沖合の東シナ海に向けて展開する機動艦隊に、達也達はゆっくりと近付く。

 今眼下には、ちょうど大量の物資を受け取ったばかりで航空甲板上にコンテナと物資が山積みとなっている第八潜水機動艦隊の空母群が見えていた。

 HMDを通して眺めれば、各艦のカメラ画像の上に青い六角形のマーカが重なり、その横に所属と艦名が表示される。

 

 第八潜水機動艦隊は、艦隊旗艦である潜水巡洋艦「ベイオウルフ」に始まり、全ての艦艇が伝説や神話に登場する神や怪物の名前で命名されているという統一性を有していた。

 今達也のすぐ眼の前に停泊しているのは、802潜水空母戦隊の空母「レヴィヤタン」、その向こうには805潜水空母戦隊の「アスピドケロン」、その脇を固めるのが随伴艦である駆逐艦「バジリスク」と「ビッシオーネ」。

 さらにその向こうには803戦隊の空母「ヨルムンガンド」が見える。

 

「ふーん。一応水関係でまとまってんのね。」

 

 翼を並べて飛んでいる優香里の独り言が聞こえた。

 通信を入れっぱなしにしたまま忘れて呟いてしまったものと思われた。

 

「艦名か?」

 

 優香里の独り言は多分、第八潜水機動艦隊の艦名についてのものだろうと云う気がした。

 どうでも良い事だったのだが、丁度同じ様に洋上に散る潜水艦隊の艦名を眺めているところだった達也は、思わず反応してしまった。

 

「あ。通信切るの忘れてた。ゴメン。そう、第八の艦名。適当に付けてるのかと思ったら、ちゃんと水棲生物関連でまとまってんのね、と思って。旗艦以外。」

 

 どうやら優香里はファンタジーものに詳しい様だった。

 達也も名前くらいは知らないでは無かったが、所詮は子供の頃に遊んでいたゲームから得た知識程度でしかなかった。

 ふと、眼に付いた艦名があった。804潜水空母戦隊旗艦である潜水空母「バハムート」。

 

「竜王バハムートも水関係か?」

 

 子供の頃によく遊んでいた、日本製の有名RPGに出てくる召喚獣の名前だった。

 巨大な竜で、炎系の魔法を使っていたと記憶していた。

 

「あー、あれね。あれ、違うから。アメリカの某有名ゲームが間違えて、間違えたまんま真似したらしいのが日本のゲーム。ホントは西アジア地域の古代神話で出てくる、大地を支える巨大な魚がバハムート。」

 

「良く知ってるな。」

 

「どうでも良い役に立たない知識よ。」

 

 会話をしている内に666th TFWの二十一機は第八潜水機動艦隊が補給を行っている海域を越え、元々軍民共用空港であった那覇航空基地の北側の海面に展開している第七潜水機動艦隊上空に到達した。

 洋上に浮かぶ母艦ジョリー・ロジャーにも、同様に六角形のマーカが付与されて重なって表示されている。

 

 先頭のレイラとポリーナが編隊を離れて降下を開始した。

 達也達残る十九機は、高度1500mを保って母艦の上空で旋回待機に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 投稿遅れました。申し訳ありません。

 

 ちなみにタイトル脇のうにょうにょはアラビア文字です。原語ということで。


 ここのところ、宇宙船の名前がオルペウスだったり、ドラグーンだったり、空母の名前がバハムートだったりレヴィヤタンだったりと、ファンタジー方向にシフトしていっていますが、もちろん意図してやっています。

 プロジェクト名がギガントマキアだったり、アルテミスの庭だったり、章タイトルが失楽園だったりしているのと絡んでいます。


 ちなみに既出ですが、第八潜水機動艦隊の艦載航空隊名もライカンだとか、ソーサラーだとかティターニアだとかだったりします。


 でも南極に超空間通路とかブッ立ったりしませんので、あしからず。


 余談ですが。

 台湾の高雄ですが、本来「たかお」と読むのが正しいのです。

 昔々、竹が多く生い茂る土地であったため、原住民の言語で「竹」を意味する「ターコー」という地名でした。

 中国人がやってきて、この音に「打狗」という文字を当てました。(中国人は、他の民族を蔑視して民族名や地名に必ずと言って良いほど蔑称を用います。「打」も「狗」も余り良い意味の文字ではありません。日本を示す「倭」も同じですね。「ショボい奴等」くらいの意味だと思われ)

 日清戦争で中国がボロ負けして日本人がやってきて、日本語の音で「高雄」という文字を当てました。

 字面が格好いいので、現地の人はこの地名を気に入って喜んで使いました。

 その後、共産党にボロ負けした蒋介石が逃げてきて、「高雄」を中国語読みして、「カオシュン」となりました。

 ・・・という話を、高雄の博物館の学芸員さんから教わりました。

 

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