23. ファラゾア駆逐艦隊包囲網突破
■ 11.23.1
未知の異星人艦の残骸回収作業を終えたコルベット艦オルペウスは、重力推進により光速の20%の速度で地球へと向かっているが、地球は今なお遙か彼方であり、そしてオルペウスと地球との間には彼らを追ってきたファラゾア駆逐艦隊が存在していた。
ファラゾア駆逐艦隊は、太陽L1ポイントから0.2光速でオルペウスを追跡した後、地球に向かって帰還する彼女を攻撃する有利な条件を得るために、減速して同航しようとした。
その意図を見抜いたオルペウスは、ファラゾア駆逐艦隊の減速が間に合わない速度にまで増速することで、敵艦隊に有利な状況に陥る事を防いだ。
しかし依然としてファラゾア駆逐艦隊は彼女と地球との間に存在しており、駆逐艦隊をどうにかして撃退しないことには地球帰還のための減速さえ行えない状況にあった。
「艦長。本艦0.2光速にまで減速しました。あと19分ほどでファラゾア艦隊と交錯します。現在ファラゾア艦隊との距離5300万km。相対速度57000km/s。地球まであと6億と800万km。」
「諒解。敵艦の位置関係はどうなってる?」
「相互に40万kmほどの距離を取っています。このまま進めば、本艦はちょうどその三角形の中心を抜ける事になります。」
僅かに不安げな色を滲ませながら、しかし明瞭な声でウェイが報告する。
敵戦艦の大口径レーザー砲が100万km以上の射程を持っていることはすでに知られていた。
また駆逐艦の中には、数は数門であるものの、戦艦と同等の口径のレーザー砲を備える砲撃駆逐艦とでも呼ぶべき駆逐艦が存在することも、これまでに撃沈回収された敵駆逐艦の調査から判明している。
今対峙している駆逐艦三隻がそのような駆逐艦であるかどうかは知る由も無いが、その三角形の中心を通るオルペウスを確実に射程内に捉えるだけの砲塔を持っていることは確実であろう。
三方から囲んで滅多打ちにして確実に撃破するつもりであると考えられた。
「諒解。引き続き監視せよ。」
「コピー。」
生真面目なウェイの声が艦橋に響き、目を閉じて腕を組んでいたハインリヒが、その体勢を崩さないまま低い声で諒解を告げた。
勿論、このまま真っ直ぐ進んで敵の十字砲火のど真ん中を突っ切るような愚かな真似をするわけにはいかなかった。
「ジェラルド。敵駆逐艦と交錯する60秒ほど前から最大加速して、二隻の間を抜ける方向に移動しろ。」
「アイアイ。交差60秒前から敵駆逐艦AB中間方向に加速最大。ついでに30秒前から対砲撃ランダム機動を行うっす。」
「ああ、それでいい。トレイシー。敵艦隊との交錯90秒前にグングニル全弾発射。それぞれ二発ずつプレゼントしてやれ。」
「諒解。90秒もあったら確実に回避されるが、良いのか?」
「構わん。遠距離からのミサイル二発など、嫌がらせ程度にしかならん事は理解している。何もしないよりマシだろう。」
「オーケイ。90秒前、ミサイル全弾発射。」
「ウェイ、メインモニタに前方拡大画像。敵艦の位置関係が分かるところまで拡大してくれ。」
「諒解。メインモニタ、前方ズーム画像投映します。」
平面的な敵艦との位置関係と距離などの情報を表示していた、艦橋前方に設置してある大型のメインモニタ画像がウェイの応答の声と共に切り替わり、ほぼ正三角形に互いに間隔を空けて陣取った赤色の敵艦マーカが表示された。
左上に位置するものから順番にPHDD-A、PHDD-B、PHDD-Cと表示されている。
それぞれ距離と交錯までの時間が付属して表示されており、凄まじい勢いで数字が減っていく。
亜光速の領域に踏み込んだ速度の戦い特有の、緊張を強いられる長い時間が過ぎていく。
どれだけ長く待たされようが、戦いは知覚さえできない僅か一瞬で終了し、そしてすれ違った二者が再び刃を交えるのはまた長い時間の後。
もし敵弾に当たるようなことがあれば、自分に何が起こったかを知覚する暇さえなく一瞬で消滅してしまうだろう。
「敵艦通過120秒前。敵航路変わらず。」
ウェイの声が、緊張で硬質化したような空気の静かな艦橋に響く。
「通過、90秒前。」
「グングニル全弾発射。」
トレイシーの声の後、艦橋の後方からガチャガチャとくぐもった機械動作音が響いてきて、艦体外殻のハードポイントに懸架されていたミサイルが機械的に放出された事を知らせる。
機械動作により勢いよく放り出されたミサイルは、艦体から10mほど離れたところで重力推進を有効にして、二基搭載されているAGGを全開にしてグングニルミサイルに出せる最大の加速度3000Gで一瞬にしてオルペウスから離れて行く。
ハインリヒの手元の戦術マップには、緑色のマーカで示された自艦のシンボルから青色の六つのミサイルのマーカが離れ、正面の赤い敵駆逐艦のマーカに向けてジリジリと進んでいく状況が表示されている。
ファラゾア駆逐艦の最大加速度が2000G程度であり、それに対してグングニルの最大加速度が3000Gであるならば、一見グングニルミサイルはファラゾア駆逐艦に対する有効な攻撃方法であるかの様に見える。
しかしながら宇宙空間で、とりわけ互いに亜光速の領域で航行する二つの物体をぶつける事は極めて緻密に軌道航路が計算された上でも非常に難しい芸当となる。
ましてやファラゾア駆逐艦は命中を避けるために必死に逃げ回るわけであり、その様な目標にたった二発のグングニルミサイルのどちらかが命中するなど、余程の幸運が作用しない限りはまず不可能とみて良い。
今発射した三隻の敵に二発ずつ、計六発のミサイルは、0.1光速ですれ違いざまに行う砲撃の命中精度を少しでも高くする為に、敵駆逐艦が単純に距離を詰めてくる事を僅かでも牽制することを期待して放ったものである。
「通過、60秒前。」
「オルペウス、回避加速開始。」
ジェラルドがスロットルと操縦桿を操作し、オルペウスが敵駆逐艦に向かって急加速する。
その進行方向が、敵駆逐艦AとBの間を抜ける航路を取るようにと出した自分の指示と多少異なっている事にハインリヒは気付いたが、すぐにジェラルドの意図を理解したため特に口出しはしない。
ジェラルドは単純にAとBの中間を抜ける事で駆逐艦Cから真っ直ぐに遠ざかる事を避け、少しずらした位置を目標にする事で各敵駆逐艦に対して僅かながらでも角速度を稼ぎ、少しでも狙いが付けづらくなる事を狙っているのだった。
「通過、30秒前。距離100万。」
「オルペウス、ランダム機動開始。」
「20秒前・・・15秒前・・・10、9、8・・・」
敵駆逐艦との距離が30万kmを切った。
もう既に敵駆逐艦は、ランダム機動を繰り返すオルペウスに対して全砲門を開いて砲撃を行っているだろう。
光が往復する為に必要な時間が1秒を切る15万km、即ち約5秒前を切った辺りから、砲撃が命中する確率は飛躍的に跳ね上がる。
それはすれ違った後も同じで、10秒以上経って充分な距離が取れるまでは安心出来ない。
「・・5、4、3、2、1、通過! 1、2、うわ!」
ウェイが読み上げるカウントダウンがゼロになり、通過という声の後カウントアップが始まって僅かに空気が弛緩した瞬間、艦を揺るがす破壊音と共に横っ面を殴られた様な激しい衝撃が走り、照明が赤に変わり大音量で警報が鳴り始めた。
被弾した、と理解する。
まだ生きている。
しかしこの後の行動でそれも怪しくなる。
ハインリヒは無意識のうちに固くしていた全身から力を抜きつつ叫ぶ。
「被弾箇所特定! トレイシー、ダメージコントロール! ウェイ、リアクタ、ジェネレータをチェック! ジェラルド、艦を安定させろ!」
「スタビライザ稼働。艦の回転収まりました。」
既に安定化作業に入っていたらしいジェラルドからの返答。
「リアクタ正常。ジェネレータ正常。航行に問題無し。」
「被弾箇所特定。#2燃料増槽。タンク完全に破壊。内部の燃料を喪失。大丈夫だ、問題無え。殆ど燃料なんて残って無かった。艦本体内の燃料タンクに充分ある。航行に問題無し。
「タンクが取り付けられていたハードポイントが破損。艦体に多少の歪み。艦内気圧に異常無し。あとは爆発の破片で付いた傷が多数、ってなトコだ。僅かに燃料が残ってたのがラッキーだったな。爆発して雲を作ってレーザーを散らしてくれた様だ。大丈夫だ。」
トレイシーが被害場所の特定と共に、被弾時の光学センサ画像を確認して言う。
オルペウスは往路で長時間プラズマジェット推進を使用する予定であったため、艦体内の燃料タンクだけでは燃料が不足し、艦体外ハードポイントに二基の増設燃料タンクを取り付けていた。
行きのジェット噴射でその燃料の殆どは既に使い切り、帰りの重力推進は本体内燃料タンクを使用して稼働していた。
ほとんど空となったタンクであったが、重力推進では艦重量は加速度に影響を及ぼさないため、何かに使える事があるかも知れないと投棄せずにそのままにしていた。
まさか、敵の攻撃に対する装甲板として役立つとは想像もしていなかったが。
ハインリヒを落ち着かせようとしているのか、大丈夫、問題無いと何度も繰り返すトレイシーの言葉に、脈拍が下がるのを感じた。
もっとも、その大丈夫と言い続けているトレイシーも相当に気持ちが高ぶってしまっているらしく、コンソールのタッチパネルを押す指が震えているのが、ハインリヒの席からでもはっきりと分かる。
僅か50mそこそこのコルベット艦では、駆逐艦の砲撃でさえ当たり所が悪ければ一撃で大破してもおかしくないのだ。
「通過後、30秒。距離90万。敵艦の射程外に出たものと推定。」
ウェイの声に、ハインリヒはやっと大きな溜息をつく。
それは皆同じであった様で、艦橋の空気が氷が溶けた様に柔らかくなった。
「運が良かったな。艦尾のヴァイタルパート直撃していたら、どうなっていたことやら。」
前方スクリーンに投映されている艦の被害状況画像を見ながらハインリヒが息をつき、しみじみと言った。
歪みや破片の衝突によるダメージで所々黄色く着色されている部分があるものの、全体的に深刻なものではなく、被弾した割には艦の被害は驚くほど少なかった。
特にリアクタやジェネレータなどの、駆動系に一切の被害がないのは幸運だった。
「航行に支障も無いようだ。本艦は当初の予定通りのスケジュールで地球に帰投する。が、後ろにコブを三つも付けた状態で地球周回軌道に入る減速なんぞ行ったら、途中で連中に追い付かれて袋叩きにされるのは間違いない。先に説明したとおり、一芝居打って奴等を無力化するぞ。
「ジェラルド、1時間58分後から最大加速で減速を行う。いかにも地球に帰りたそうに見えるように、な。タイミングを間違えるなよ。ちょっとでも多めに減速すると、追い付かれて後ろからドカンだ。
「ウェイ、敵の加速度と本艦との位置関係を常に監視しろ。頻繁に再計算を行って、予定通りの距離を保てていることを常に確認しておけ。
「トレイシー、本艦の予定を中継OSVに送信しろ。真後ろに敵が張り付いている。地球からの通信は、電波、レーザー共に確実に傍受されると思った方が良い。敵にこちらの意図を気取られないような返信をOSVが送れる様な方法で上手くやりとりするんだ。」
「アイアイ、キャプテン」
「コピー。」
「諒解だ。」
無事ファラゾア駆逐艦隊とすれ違えたことと、直撃弾を食らいながらも生き延びた事による高ぶりの覚めやらぬままか、ハインリヒが不敵な笑いを満面に浮かべて三人に指示を出す。
それが伝染したか、指示を受けた三人も似た様な笑みを浮かべ応えた。
「さあ、我が家はもう目の前だ。だが、玄関を開ける前にうるさいストーカーどもを叩きのめしておかんと、後々面倒な事になる。小さなコルベット艦だと嘗めくさって居やがるあのクソ野郎どもに一泡吹かせてやるぞ。もうひと頑張りだ。全部終わらせて地球に帰ったら、ニースのビーチで乳のデカい水着美人とバカンスが待ってるぞ。」
「休み取らしてくれりゃいいけどな。」
「おっと。次の作戦に備えて、プロポーズ用の恋人を調達しとかないといけねえっすね。」
「任せろ。俺が上に掛け合ってやる。たまにゃ休んでもバチは当たらんだろう。」
「おーし。ちょっとやる気出てきたっすよー。」
四者四様の笑い声が響くオルペウスの艦橋では、前方のメインモニタの中に青色の砂粒のように光る彼らの故郷の星が徐々に明度を増して目立ち始めていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
おかしい。このエピソードはこの回で終わる筈だったのでは・・・?
・・・大きなイベント二つを一話にまとめようとした私が馬鹿でした。
次は終わるから。ちゃんと終わるから。大丈夫、ホントに次は終わるから。
お気づきかも知れませんが、ファラゾア艦隊とのすれ違いまでの時間や、地球到達までの時間が、時々伸びたり縮んだりしています。
これは、「現時点での到達時間」をウェイが読み上げるためであり、その後の加減速で時間は早くなったり遅くなったりします。