22. 艦速0.25光速
■ 11.22.1
三十発のミサイルはすでにオルペウスの遙か後方数百万kmもの彼方にあって、バラバラの方向へと飛び続けていた。
地球大気圏内の格闘戦においてファラゾア戦闘機が発射するミサイルは、破壊力は凄まじいものの、その追尾性が低いことは良く知られている。
どうやら戦闘機の撃つミサイルだけでなく、宙航艦から発射される対艦ミサイルにおいても追尾性の低さは同程度であるらしく、遙か宇宙の彼方目指して0.5光速でまっしぐらに飛び去っていくミサイルが、向きを変えて再びオルペウスを追尾し始める心配はしなくても良いようだった。
「うわー、やっべ。マジヤバかったんじゃね、これ。かすってんじゃん。」
三十発ものミサイルに囲まれ死に直面した緊張に包まれていた艦橋の空気が一転、喜びに溢れて弛緩したものに変わった中で航海士のジェラルドがぼそりと呟いた。
すぐ後ろの艦長席に座るハインリヒは、そのジェラルドの独り言を聞き逃さなかった。
「どうした?」
「すれ違ったときに一瞬艦が揺れたの、覚えてます? 一発、ホントにギリギリのトコ掠めてますわ。10m、んー5m離れてなかったかも。当たらなかったのはマジ奇跡っすね。」
「掠めたからといって、なぜ艦が揺れる? 風圧があるわけでもなかろう。」
ジェラルドが言っている僅か5mのすれ違いというのは、大げさな話だろうとハインリヒは笑った。
秒速20万kmもの速度で僅か5mのすれ違いなど、有り得ない話だった。
「多分、ミサイルの重力推進の力場領域が艦に接触したんだと思うすよ。通り過ぎた瞬間は、速すぎて光学センサーにも映って無いすケドね。コマとコマの間抜けて行ってるすよ。」
ハインリヒは思わず黙り込んだ。
確かに、ミサイルと交錯した瞬間艦が僅かに揺れた様な気がしたのを覚えている。
ジェラルドの急激な操舵によるものか、或いは気のせいだろうと思っていた。
しかしもしそれが本当に、ジェラルドが言うようにミサイルが掠めた事が原因だったとしたら。
ミサイルの大きさが直径1m、長さ5m程度だったとして、そのミサイルを包む重力推進の重力場空間はどれほどの大きさだろうかと想像する。
どう考えても、直径10m以上の大きさがあるとは思えなかった。
・・・ということは。
今更ながらに、背中を冷たいものが流れたような気がした。
あと僅かに近ければ、5000Gもの大加速力を叩き出している重力場の影響を受けて、着弾せずとも艦の一部が破壊されていたかも知れなかった。
そもそももしミサイルが艦体に接触していれば。
たかだか50mそこそこしかないこの小さな宙航艦など、着弾の衝撃と熱で一瞬で消滅していたに違いなかった。
どうやら本当に幸運だったようだ。
「連中のミサイルに近接信管の機能が無かったことに感謝しないとな。」
ヘッジホッグやスピナーなどのファラゾア戦闘機が発射するミサイルに、近接信管的な機能が備わっていない事は地球人類側も把握していた。
圧倒的多数のミサイルで飽和攻撃を行い、直接的な着弾に伴う大きな破壊力で敵戦闘機械の破壊を狙ったものであると解釈されていた。
どうやら宙航艦から発射される対艦ミサイルも同様のコンセプトにて設計されているようだった。
「さて諸君。見事ミサイルを躱して喜んでいるところを済まないが、一難去ってまた一難だ。次は先ほどのプレゼントの贈り主がやって来る。こっちの方が本命だ。ウェイ、現在の状況は?」
彼らと共に生存を喜びたいのはハインリヒとて同じであるが、地球に辿り着くためにはもう一つクリアせねばならない問題が存在している。
現在も相対速度0.4光速で接近しつつある敵駆逐艦隊だ。
「ファラゾア駆逐艦隊、駆逐艦三。距離4億4000万km。相対速度は依然0.4光速、約12万km/s。ヘッドオン。」
ウェイが手元の画面を操作し、敵艦隊との位置関係を艦橋の前方に一枚だけ設置されている大型TVほどの大きさがあるモニタに投映した。
「接触の予想は出ているか?」
「出ています。敵艦隊がこのまま減速せずに接近した場合、57分後に最接近します。敵がこちらの速度に合わせようと減速した場合は、その倍、113分後にこちらの速度と同調するものと予想されます。」
「どう出てくると思う?」
ハインリヒは隣のシートに座るトレイシーに視線を向けた。
「こんな小さいコルベット一隻に問答無用でミサイル三十発撃ってくる奴等だぜ? そりゃ真っ直ぐ突っ込んできて手当たり次第に砲撃浴びせかけてくるに決まってんだろ。加速力も武器もなんもかんも全部向こうの方が上だ。変な小細工も要らんだろうさ。」
「それはそうなんだがな。減速すると思うか?」
「ふむ。そう言えば、例の未確認艦隊との戦闘の時は減速していたな、お互い。速すぎると狙いづらいんだろうな。あと、取りこぼしを追撃するのが面倒になる。」
彼等四人は今回の任務に就くに当たって、任務の特殊性と秘匿性から666th TFWへと転属となっていた。
転属後のオリエンテーションの一環として、この任務が発生した発端であるファラゾア太陽系駐留艦隊と、太陽系に侵入してきた未確認艦隊との戦闘の記録も見せられていた。
その戦闘をGDDDSで観察した記録の中で、いずれの艦隊も会敵するまでは0.2光速で敵艦隊に向かって急行し、会敵寸前に急減速した後、複雑な戦術的航路を取っていた。
未確認艦隊を太陽系内に入れたく無い、または速やかに排除したいファラゾアとしては、0.2光速で互いに一瞬ですれ違う様な戦い方をして、撃ち漏らした敵艦隊を後逸する事を避けたいが為の減速であると考えられていた。
しかしながら未確認艦隊も同様に会敵前に減速していた。
とにかく太陽系に侵入する事だけを目的とするならば、減速などせずそのまま突破してしまえば良いにもかかわらず。
戦力的に劣っていた未確認艦隊がファラゾア艦隊に対してわざわざ真正面から戦いを挑んだ理由は知る由も無いが、いずれにしてもその減速行動は、異星人達の艦隊同士が本気で殴り合いをするならば0.2光速から減速し、敵艦隊と似た様なベクトルに合わせる必要がある事を示唆していた。
「じゃあ、減速するだろ。奴等、加減速は自由自在な訳だから、こっちを確実に仕留められる状況に持っていく筈だ。」
僅かな間思考を巡らせて口を噤んでいたトレイシーが、断定口調で言い切った。
「ふむ。まあ、そうだろうな。さて、どうするか。あらゆる性能が向こうの方が上なのだが。」
「・・・いっそ引き返してみるか?」
「いや、それはあまり良い手じゃ無いな。地球が遠くなって不利になるだけだ。そもそもこの艦の名前を考えると、振り返ると良くない事が起こりそうだ。」
そう言ってハインリヒが笑う。
毒蛇に噛まれて死んだ妻エウリュディケを冥界から連れ出す際、不安に駆られて振り返ってしまったが為に彼女を冥界から連れ出す事に失敗し、永遠に妻を失ってしまったオルペウス。
つまりこの艦名は、余計な事を考えずに残骸を引っ張って真っ直ぐ帰ってこい、という連邦軍参謀本部からのメッセージなのかも知れない、とハインリヒは内心苦笑いした。
「まったく、縁起でもねえ名前付けやがって。」
と、憮然とした表情のトレイシー。
「破壊された残骸を無事連れ帰ってこい、という事だろうさ。振り向けないなら突っ込んで行くしか無かろう。ジェラルド、敵の減速を確認したら本艦は最大加速度で加速する。脇を抜いてやる。」
「0.2光速越えてしまいますよ?」
「そうだな。」
振り返りながらハインリヒに問いかけたウェイの言葉に、肩を竦めながら応える。
0.2光速という速度制限は、地球人類よりも遙かに星間航行に経験の有る異星人達が軒並み0.2光速を宙航艦の最高速度と設定している様であったので、その理由も分からずとりあえず設定されたものに過ぎない。
要するに、先輩達がみんな0.2光速の制限速度を守っているので、もしかしたら何か良くない影響があるかも知れないから自分達もそれに倣おう、ということである。
速度超過によって発生する何か良く分からない、ある「かも知れない」問題に直面する方が、確実に撃沈されるであろうファラゾア駆逐艦隊よりはまし、というのがハインリヒの考えであった。
「やべえ。地球に帰ったら、猿だらけになってたらどうしよう。」
と、HMDを頭に乗せたままのジェラルドが笑う。
「ならねえよ。今回の任務全体でもせいぜい数時間ズレるだけだ。数時間じゃ猿もそこまで進化できねえだろ。もしなってたら、自由の女神探すの手伝ってやるよ。ああ、ファラゾアだらけ、ってのはありそうだが。」
「笑えない冗談だ。猿だらけの世界も、ファラゾアだらけの世界も、俺の好みでは無いな。そうならない様に、早めにお家に帰るとしよう。ウェイ、考えがある。すまんがタイミングの計算をしてくれるか。」
ジェラルドとトレイシーが有名古典SF映画をネタにしてじゃれ合うのを、ハインリヒが断ち切る。
今はこの後の行動について集中したかった。
何度も話に出ているが、とにかく敵の方が数も多く、艦そのものの性能も大きく上回っているのだ。
上手く立ち回らなければ、オルペウスが生き残る事など出来ない。
「諒解。いつでもどうぞ。」
ハインリヒが、自分達よりも遙かに強い駆逐艦三隻を如何にして手玉に取るかという話を皆に聞かせ、それを元にウェイが航路のタイミング計算を行っていく。
生き残る手段を真剣に話し合う会話を、艦橋内に響くウェイの声が遮った。
「敵駆逐艦隊、減速しました。減速加速2000G・・・正確には約1800G。距離4億と280万。112分後に本艦と同速度で並びます。敵艦隊の間隔が少し開いているようです。こっちを包囲する様な動きです。まだ遠すぎて正確な位置取りは不明。」
実際にファラゾアの駆逐艦隊が減速加速を始めたのは22分ほど前の事であるが、その情報が光と重力波という形でオルペウスに伝わったのが今である。
「ち。クソッタレが。やっぱり仕掛けてきやがるか。」
「予想通りだ。こちらも仕掛けよう。ジェラルド、加速最大。0.25光速まで持ち上げるぞ。」
「アイアイ。」
「オルペウス、加速1500G。17分後に0.25光速に到達します。46分後に敵駆逐艦隊とすれ違います。すれ違い時の相対速度は42000km/s。」
「これで世界最速の艦、自己ベスト更新だな。」
「ウェイ、敵駆逐艦の動きに注意しておいてくれ。こっちが加速したのを見て、25分後に動きがある筈だ。敵艦隊の加速度が2000Gを大きく超える様だったら、見込み違いになる。再計算が必要になる。」
「コピー。25分後。」
自艦の何倍もの攻撃力を持つ敵艦隊と命を掛けた駆け引きを行っている筈なのだが、余りに距離が離れすぎ、そして情報は光の速度でしか伝わらないため、随分間延びした時間感覚での戦いとなる。
しかしそれは、のんびりゆったりと戦いに臨む時間ではなく、死の恐怖に怯え、未知のスタイルの戦いに困惑し、敵艦隊との読み合いに胃を痛める長い苦痛の時間でしかない。
「敵艦隊動きました。加速度上昇。2000G。正確には、2020G前後。このまま加速すれば、敵艦隊とのすれ違いは28分後。相対速度33000km/sを予想。地球から5億3700万kmの地点。」
「よし。予想通りだ。これで行ける見込みが立ってきた。敵艦隊の加速度に変化は?」
「ありません。依然2020G前後で安定。」
自席のモニタを凝視するウェイがハインリヒの問いに応える。
「オーケイ。2020Gが奴等の加速の限界だ。この状態で出し惜しみなどする訳が無い。ジェラルド、すれ違いの時にはよろしく頼む。お前の腕が頼りだ。」
「イエス、サー。光栄であります、サー。」
(Yes, Sir. I'm honored, Sir.)
変わらずHMDを装着したままのジェラルドが、HMDの上から敬礼する。
「あと8分ほどで本艦0.25光速に到達します。」
「ジェラルド、予定通り0.25光速に到達したら加速逆転。0.2光速まで減速する。ウェイは敵艦隊の加速度に注意。変化あればすぐに知らせろ。」
「アイアイ、キャプテン。」
「コピー。」
その後オルペウスは順調に加速していき、0.25光速に達した。
「オルペウス、0.25光速に達しました。地球からの距離6億7700万km。敵艦隊加速度依然2020Gにて安定。相対速度92000km/s、距離1億3000万km。」
「オルペウス、加速逆転1500G。」
「アイアイ。加速逆転、1500G。」
「敵艦とのすれ違いまで36分。すれ違い時の相対速度予想変わらず33000km/s、地球から5億3700万kmの位置、変わらず。本艦の減速は514秒後、約8分半後に敵艦隊によって観察されます。減速による本艦0.2光速到達は約17分後。」
「これで完全に奴等はこっちに速度を合わせられなくなった。相対速度0.1光速ですれ違うなら十分だろう。行けるな? ジェラルド。」
「オッケーっすー。ま、当たれば一瞬で終わりなのは同じなんすけどね。」
「絶対当たるな。ここまで来て地球に帰れんのじゃあ死んでも死にきれん。お前、地球に帰ったら彼女に結婚申し込むんだろう?」
「いやそれネタっすからね!? 大尉殿がバラしたでしょ!? ホントは俺っちブロークンハート真っ最中っすからね!?」
相変わらずの連中である。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
おかしいな。
この話、この回で終わるつもりだったのに。
次回、オルペウスが帰還し降り立った地球には、人類の姿はなくサルが支配する世界だった!
どうするオルペウス!?
四人は元の時代へと帰る方法を探して再び旅に出る・・・ (嘘
サルを捕まえて高得点者には元の時代に戻れるボーナスアイテムが!!?? (もっと嘘