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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
31/405

17. 戦闘機パイロット


■ 2.17.1

 

 

 朝起きて10kmのジョギング。その後朝食を急いで掻き込み、午前中は座学。昼食を取った後に午後は実技教練。夕食の後に二時間ほど自由時間があり、その間にシャワーを浴びる。そして2200時に消灯。

 達也はそんな生活を数ヶ月繰り返した。

 その間、パイロットの適性検査と称して何度もフライトシミュレータをやらされた。

 その頃には、お互い入隊して初めて顔を合わせた者が多かった訓練兵の中にも強い横の繋がりが出来ており、食事の時間や消灯前の自由時間に行う情報交換によって自分がどれくらいの成績であるのか、皆うっすらと理解していた。

 

 皆の話を聞いているところでは、どうやら自分のパイロット適性検査の結果は相当に良いらしいと云うことに達也は気付いていた。

 所詮はシミュレータの中ではあるのだが、悪天候の中での離着陸、不意に敵と出くわしたときの対処、突発事故に対する判断。

 当たり前と云えば当たり前だった。より操作が複雑でリアルなフライトシミュレータをずっとやってきたのだ。

 パイロット適性検査でやらされたシミュレータなど、イージーモード過ぎて居眠りが出そうなゲームでしかなかった。

 事は適性検査の結果だけでは無く、教練と称した色々な種類の体力作りのトレーニングや、パイロットがそんなものを使うとは思えないが兵士として知っておかねばならない最低限の銃器の取り扱いと射撃の訓練、航空工学や航法技術などの知識の講義と試験。

 どうやら全てに於いて平均以上の成績を取れている様だという事に達也は気付いていた。

 

 そんなある日。

 

「皆長らくご苦労だった。案内されているとおり、諸君らは近々新兵向けの一般教育を終え、それぞれの専門課程に分かれる。本日はこれまで行ってきた教練や適性検査のデータを元に、諸君らの進むべき課程を決定する面接を行う。データが示す諸君らの傾向だけでは無く、各々の希望を聞く。幾ら成績が良くとも、絶対にパイロットになりたくない者を無理にパイロットにしても、早死にするだけだからな。地球外生命体と戦っているこの度の戦争では、兵士一人一人の命が大切だ。消耗品と切り捨てる事は出来ない。登録番号1~35は小会議室、37~71はプールバー、72~108は図書室だ。効率よく進めるために、前の者の面接が終わるときには部屋の前で待機している様に。十分経ったらそれぞれの部屋に向かえ。

「それでは本日の講義を始める。本日は現在の包括的戦況について、だ。」

 

 0800時に講堂に入ってきたウー大尉が一気にまくし立て、そのまま講義に入る。

 講壇の脇の壁に時計が掛けてあり、十分ほど経ったところでウー大尉が面接の最初の組に面接会場に向かうように指示した。

 いつもの通り、一人帰ってきたら次の順番の者が講堂を出て行くという流れで、達也の順番は1100時より少し前に回ってきた。

 

「入れ。」

 

 ノックした扉の内側から、アルジュナ少尉の声が聞こえた。

 

「失礼します。」

 

「おう。まあ、座れ。」

 

 二十人ほどで一杯になってしまいそうな会議室に、長方形を描くようにして長机が並べられている。

 達也は入室してドアを閉めるとすぐに敬礼して直立不動の姿勢を取った。

 アルジュナ少尉は窓側になる長方形の向こう側の辺に座っており、ドアの向こうすぐの場所に置いてある椅子に座るよう指し示された。

 敬礼を解いて椅子を引き出し座る。

 

「タツヤ、か。」

 

 数ヶ月も同じ敷地内で毎日のように顔を突き合わせていれば、教官の方も全ての訓練兵の顔と名前を覚える。

 たまに夕食が一緒になったりする事もあるので、訓練兵達も教官達の人となりをそれなりに把握していた。

 

「お前は戦闘機(ファイター)パイロット志望だったな。」

 

「はい、少尉殿。」

 

「ああ、今は堅苦しいのは抜きだ。面倒だ。そんなのは勲章を一杯ぶら下げてる奴等の前だけで良い。」

 

 アルジュナは背もたれに深く身体を預け、ひらひらと左の掌を振りながら右手に持った書類を眺めている。

 書類に視線を落としたままアルジュナは続けた。

 

「まあ自覚もあるだろうが、希望通りの進路が認められた。全く問題無い。本人の希望と資質が一致しており、適性検査の結果から俺達が出した結論も一致する。全く問題なし、だ。」

 

「はい。ありがとうございます。」

 

 本人の希望が通るものとは限らなかった。

 地球防衛の使命に燃えた者が戦闘機パイロットを強く志望したとしても、資質が使命感に全く追い付いていなければ、高額な戦闘機と長い時間を掛けて育てた兵を一名失うだけに終わってしまうのだ。

 逆に、本人が争い事を嫌い整備兵や後方の任務を志望したとしても、戦闘機パイロットとしての高い資質を見せていれば、本人の志望を考慮しつつも、良質な戦闘機パイロットを多く必要としている軍の意向が優先される事となる。

 

「と云うことで面接は終わりなんだが、時間が余った。ちょっと話を聞かせろ。」

 

「はい。」

 

「確か元々飛行機が好きで、ゲームで良くフライトシミュレータをやっていた。だからシミュレータには慣れていた、だったか。」

 

「はい。」

 

 パイロット適性検査と銘打った簡易型フライトシミュレータで、達也は一人群を抜いた成績を残していた。

 その異常な成績を不審に思った教官達があるとき達也に『まさかとは思うが、お前は飛行機を操縦した経験があるのか?』と訊いた。

 その問いに対して達也は、小さな頃から飛行機が好きだったので、家庭用ゲーム機やPCでフライトシミュレータをプレイして遊んでいた。だからこの手のシミュレータには慣れている、と答えた。

 操作に手慣れていたことはそれで説明が付いた。教官達は納得した。

 しかしどうしても納得できない点もあった。

 

「それは良い。お前は良い戦闘機(ファイター)乗り(パイロット)になるだろう。好きなことをやってるのが一番だ。だが、納得出来んこともある。」

 

「はい。何でしょうか。」

 

「適性検査の終盤で、何度か模擬戦をやった。他の訓練兵とのデスマッチだったり、敵がファラゾアだったりしたやつだ。覚えてるな?」

 

「はい。もちろん。」

 

 あくまでシミュレータであるので、実際の戦闘をそのまま再現できるわけではない。

 しかし、例えばただ単に飛行機を飛ばすだけなら完璧な操作で操縦をこなせる者が、敵が現れた途端パニックに陥りあらゆる操作が支離滅裂になってしまう、というような特性を持った者の徴候を発見できることもある。

 その手のパニックは大概の場合は慣れで治まってくるものだったが、稀にどうしても慣れることが出来ず、パイロットとして、特に軍用機のパイロットとして致命的な欠陥を持つ者も居た。

 それを可能な限り早期に見つけ出すことを目的としてシミュレータ内に組み込まれた状況であった。

 

「お前はその戦闘状況モードでも抜群の成績を残している。それ自体は喜ばしいことだ。軍にとっても、お前自身にとっても、だ。」

 

「はい。」

 

「俺が担当していたから良く覚えている。対ファラゾア戦の時、お前は何回かあり得ない行動を取った。超高速で突入してきたファラゾア機が自機の近くで急減速して攻撃してきた時だ。パイロットには、何も居なかったところに突然ファラゾアが現れていきなり撃たれた様に思える筈だ。大概の場合はそのまま撃墜されるんだが、お前はその攻撃を避けた。避けたどころかそのまま反撃してファラゾア機を撃墜した。覚えてるか? どうやった?」

 

 覚えていた。

 と云うよりも、アルジュナが言った「突然ファラゾアが現れて攻撃してきた」のと、「ファラゾアの攻撃を避けてそのまま反撃した」という状況を達也は良く覚えていた。

 シミュレーションの中で何度か発生していたからだ。

 

「そこに敵が来る様な気がしました。だからあらかじめ迎え撃つ動きを始めてました。」

 

「『気がした』? どういうことだ?」

 

 アルジュナは組んでいた脚をほどき、会議テーブルに肘を突いて僅かに身を乗り出すような姿勢になった。

 

「どういうこと、と言われても。そこに敵が現れて攻撃してくる様な気がしました、としか。俺ならそうすると思ったというか、それをやられると嫌だからやられないように先回りした、というか。」

 

「言っていることの意味が分からないな。シミュレータなんだから気配なんてものも有るはずはないし、HUDにも何も表示されない筈だ。何でそう思った?」

 

「説明できません。そこに来るだろう、そこに来られると嫌だ、俺ならそこからやる、という感じです。来られると嫌なのであらかじめ迎え撃てる動きをしていたら、思った通りそこに来た。だから撃った。そんな感じですが。」

 

「ふむん・・・偶然ではないのだろう。一度のフライトで三回やっている。不自然な避け方をしたのを合わせると、たった五分のフライトの中で十回だ。避けただけの時もあるな? そもそもお前は生存時間が他の訓練兵と比較して群を抜いて長い。」

 

 生存時間とはつまり、戦闘状況に陥ってから撃墜されるまでの時間だ。

 生存時間が長いという事は、敵からの攻撃を上手く避けているというだけで無く、敵を撃墜できているという事でもある。

 どれ程上手く敵の攻撃を避けようとも、時間が経つに連れて次々と参戦してくる敵の総数が増えれば、いつかは大量の敵に包囲されて飽和攻撃をされて撃墜される。

 そうならないように、相手をしなければならない敵の数を着実に減らす事が出来ている、という意味でもあった。

 

「意識はしていませんが、多分。ファラゾア相手だと小刻みに動かなくてはならないので、常に逃げている状態ですから、よく分かりません。」

 

「それもだ。お前が今言ったランダム機動は、最前線のパイロット達が編み出した生存術だ。講義で教えはしたが、お前は教わるより前に独自に考えていきなり使った。」

 

 フライトシミュレータでは命の危険は無いので、訓練兵達は詳細な説明抜きにいきなりファラゾアとの戦闘に放り込まれたのだった。

 普通の戦闘シミュレーションと思い込んでのんびりと接敵するまで直線飛行をしていた訓練兵達は、遠距離からのファラゾアの狙撃により、何が起こったかを知る間も無く次々と墜とされた。

 強烈な体験をさせておいて、その対処法の強い印象づけを狙った教官達の方針だった。

 だが達也は、その教官達の目論見を完全に外してしまった。

 もちろん教官達には、教える前から自分で考えて最適解を導き出したその達也の行動に文句があろう筈も無かったのだが。

 

「ファラゾアはレーザーを使うという事でした。つまり弾は見えず、発射した瞬間に着弾する。射程もどれだけあるか分からない。それに対してこちらの索敵は所詮数十km。当然アウトレンジの攻撃を警戒します。敵の射程はこちらより長い上に、どこに居るのか見えない。こちらのアドバンテージは唯一地球人の方が反応速度が速い事、と教わっています。つまり敵はトロい。ならば敵が追従出来ないように、先読みできないように動き回れば良い。と、考えました。」

 

 アルジュナは苦笑しながら再び背もたれに深く身体を預けた。

 

「全く以てその通りだ。最前線のパイロット達も初日にバタバタ墜とされて、生き残った連中は今お前が言ったのと殆ど同じ結論に辿り着いた。そしてその戦法は今も有効だ。実際に今も連中が使って戦っている。

「訓練兵のくせにその考えに辿り着いて、しかも実践してしまうとはな。まあ、フライトシムに慣れたお前なら実際にやってのけるのだろうが。いや、やってのけたのだが。」

 

 アルジュナは苦笑いの表情のまま達也を見て、深く溜息を吐いた。

 アルジュナにしてみれば、状況を聞いただけで数多くの犠牲を出しながら前線のパイロットが辿り着いた結論と同じ答えを出してしまった訓練兵に、この先が楽しみだと期待をかけると同時に、その生存術に辿り着くために散っていったパイロット達の事を思い、遣る瀬ない気持ちが沸き起こってくるのも否定できないのだった。

 

「おっと。もうとっくに時間が過ぎてる。最初に言ったとおり、ファイターパイロットコースへの転向が認められた。お前は良いパイロットになる。俺が保証してやる。死ぬなよ。では、退室して良し。」

 

「はい。有難うございました、少尉殿。」

 

 椅子から立ち上がった達也は再び敬礼した。

 アルジュナは笑いながら軽く答礼した。

 ドアを開けて廊下に出た達也を待っていたのは、規定よりも長い時間待たされた次のマルコムの少し不安の色を帯びた疑問の視線だった。

 

「悪い、待たせたな。頑張ってくれ。」

 

 同室且つベッドも隣り合わせのマルコムの肩を軽く叩くと、達也は講堂に戻るために廊下を歩き始めた。

 

 三日後。

 転属命令が出て、二十人ほどの同期兵と共に達也はそのビーチリゾートホテルを転用したシンガポール軍の訓練施設を離れた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 特に説明加えていませんが、シンガポール軍関連で登場する英語名の兵士の殆どは中華系です。

 マレー系兵士はマレー語の名前を名乗りますが、中華系兵士は通常漢字で書き表せる中国名と、大概の場合英語名を持っています。普段は英語名の方を使用します。

 厳格な公式文書などは漢字名を用いますが、日常は全て英語名を使います。

 これは大英帝国に占領されていたエリアだけの話では無く、中国本土においても、外国人と接触する機会の多い者についてはその傾向があるようです。

 中華系の伝統ですかね?

 「なんで英語名なん?」 と聞くと、「その方が簡単で外人に覚えて貰いやすいから」 という様な答えが返ってきます。逆に、「日本人はなんで英語名持ってないの?」 と問い返されたり。

 いや、自分に英語名とか無いわ。

 「わたしの名前は山田太郎です。テリーと呼んでください」 とか自己紹介する奴がいたら引くわ。

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…え?ニュータイプ擬き?それともマジの勘?
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