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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第十一章 PARADISE LOST (失楽園)
308/405

18. Exoskeletal Power Assist Frame for Extravehicular activity (EPAF:船外活動用補助動力外骨格)


 

 

■ 11.18.1

 

 

 航空機の主翼に似た物体が、無数の星が煌めく漆黒を背景に、ゆっくりと移動する。

 それは片方の端を異星人の駆逐艦の残骸に固定し、反対側の先端に核融合プラズマジェットエンジンを固定することで、今は宇宙空間を漂うだけとなっているその残骸に推力を与えるための部品であった。

 ハインリヒはその固定具が目の前を通り過ぎてすぐにEPAFのスラスターを軽く噴かして、部品の後端に取り付いた。

 

「もう少し立ててくれ。右の方へ。もうちょっと。オーケイ。そこで良い。」

 

 残骸側の端にいて、部品の位置を確認しているトレイシーの指示に従い、ハインリヒはスラスターを小刻みに噴かして部品位置を調整した。

 

「ジェラルド。固定用のパイル穴頼む。十二カ所全部開けちまってくれ。」

 

「諒解っす。A/B砲塔レディ。ターゲットロック。」

 

 彼らの乗ったコルベット艦オルペウスが、秒速3000kmもの速度で太陽系を駆け抜けていくこの残骸に追いついてすぐに行った、残骸の外形スキャンと回転軸の解析によって割り出された残骸の重心データは地球に送られ、連邦宙軍のネットワーク上で検算が行われた。

 オルペウスの外殻ハードポイントに取り付けられてこの宇宙の彼方まで運んできた、三基のプラズマジェットエンジンの固定場所が、彼らから送信したデータの返信として地球から送られてきて、現在彼らはそのデータに基づいてプラズマジェットエンジンの取り付け作業を行っているのだった。

 

 秒速3000kmもの速度にブレーキを掛け、さらに地球から十億kmも離れた場所からこの残骸を持ち帰るためには、プラズマジェットエンジンは余り効率の良い手段とは言えないことは、この作戦に関与する誰もが理解していた。

 残骸の重心を精確に割り出した上でエンジンの固定位置を決定し、当然そのエンジンを正しく計画通りに且つ強固にがっちりと固定する手間が掛かり、さらに地球まで持ち帰るためには大量の核融合燃料を消費する。

 地球の地表から衛星軌道へと様々な資材を送り込むときに使われる重力プラットフォームを改造して用いる方が、取り付け労力も半分で済み、残骸を地球へ移送する為の時間も、必要な燃料も、何分の一かで済むであろうことは、誰もが百も承知だった。

 

 しかし連邦軍参謀本部は、何もいないはずの空間で重力推進を使用することで、その重力波を探知したファラゾアの注意を引いてしまうことの方を恐れた。

 先日ファラゾア艦隊と戦い敗れて太陽系内を漂流している異星人の駆逐艦の残骸を地球人類が手に入れ、冬眠に入るシマリスよろしくその残骸を巣穴へと持ち帰ろうとしているということを、ファラゾアに知られたくなかった。

 知られれば当然ファラゾアはそれを阻止しようと動いてくる筈であり、急ごしらえの推進装置を取り付けられた残骸が高い機動力を誇るファラゾア艦の追撃を振り切るなど絶対に不可能であるため、どうしてもその残骸を手に入れたい地球連邦軍は、どれほど非効率であろうともとにかく極力ファラゾアに見つからない様、ファラゾアの注意を引かない方法を選択した結果がこの外付けプラズマジェットエンジンなのだった。

 

 艦内に残っているジェラルドが、エンジンを取り付けるための指定された位置にパイル孔を開けるため、レーザー砲を起動して所定の位置に狙いを付ける。

 ファラゾア駆逐艦の外殻であれば、固定用のパイルを突き立てるのにちょうど良いそれほど大きくはない破壊口を開けられるだけの短時間、残骸の外殻に向けてレーザーを照射した。

 エンジン固定具を残骸に固定するために必要な十二カ所のパイル穴の位置を次々にレーザーで灼いていく。

 

 作業中に判明した事だが、この異星人の駆逐艦に塗装されている白い半艶消しの塗装は、レーザー光線を反射或いは散乱させ、レーザー砲の威力を減衰させる効果がある様だった。

 それはファラゾアの艦船には見られなかった塗料であり、まだ地球に持ち帰る前に既に、この漂流する残骸から新たな技術が手に入る目処が立ったことに、まるで宝島を見つけた船乗りのように四人は大いに喜んだ。

 尤もそのレーザー反射塗装がある為に、プラズマジェットエンジンを残骸本体に固定するためのパイルを外殻に打ち込む孔をレーザーで開ける際、予想よりも遙かに作業が難航してしまうと云うおまけも付いてきたのだが。

 

 ジェラルドがプラズマジェットスラスタを噴かしながら、精密な繰艦で残骸の周囲を回りながら四基の240mm/180MW単装レーザー砲塔を操り、固定用のパイル孔を器用にピンポイントで残骸の外殻に開けていく。

 ここまでやってきて重力推進を使用してファラゾアに気取られる事など無い様に、エンジン固定作業中もオルペウスは常にプラズマジェットを使用して移動する。

 ジェットの噴射方向を地球に向けない様に、適切なスラスタノズルを選択しながら艦の向きを変えるその腕は流石と言って良かった。

 重力波よりも遙かに指向性の強いプラズマジェット噴射とは言え、地球がある方向にジェットを噴射してしまうと、僅かなものとは言えジェットの炎の明かり、或いは放出される放射線をファラゾア艦隊に感知される恐れがあるため、噴射させるスラスタの選択には相当に気を遣うはずなのだが、ジェラルドは事も無げにやってのけている。

 

 これまで何年もの間OSV(Orbital Surveillance Vessel:軌道監視艇)の航海士パイロットを務めていたとは言え、ジェラルドが雷級のコルベット艦を実際に操船するのは当然の事ながらこれが初めてである。

 雷級がコルベット艦としては小ぶりな部類であり、これまで搭乗していたOSVと余り変わらない大きさであるとしても、ガス噴射の反作用で駆動力を得るジェットスラスタによる繰艦は、スラスタ位置も違えば重心も異なるコルベット艦では相当に勝手が違う筈だった。

 しかしジェラルドは、鼻歌交じりとまでは云わずとも、特に困難を感じる事無くこの新鋭艦をまるで自分の手足の一部であるかの様に巧みに操縦する。

 多分、宇宙船を操縦する事に関して天性の才能を持っているのだろうと、ハインリヒは半ば呆れつつも、作戦の成功を大きく左右するジェラルドの有り難い特技について納得し受け入れていた。

 

 固定用パイル孔を全て開け終わり、オルペウスが静止する。

 

「終わったすよ。このまま艦内で待機、周囲を警戒するっす。」

 

「おう、ご苦労さん。相変わらず上手いもんだな。何かあったら呼ぶ。」

 

「コピー。」

 

「済まねえ。ガス欠だ。ハインリヒ、ローダーのスラスタ燃料(フュエル)カートリッジを交換する。ついでにバッテリも交換しとくわ。ちょい抜ける。」

 

「諒解。カートリッジ&バッテリ交換。慌てなくて良いぞ。ゆっくりで。」

 

「おうさ。」

 

 トレイシーがハインリヒに一言断りを入れ、スラスターを噴かして数百m離れたオルペウスに補給に向かった。

 

 宇宙空間での重作業用のパワーアシスト且つ移動手段であるEPAF(Exoskeletal Power Assist Frame for Extravehicular activity:船外活動用補助動力外骨格)であるが、船外活動服(EAS)の外側に装着する為かなり太めのデザインになっているものの、その形状が某有名SFホラー映画で主人公の乗る作業用外骨格に似ている事から、いつしか一般兵の間では「ローダー」という通称が定着していた。

 

 前述の通り、EPAFはただの作業用外骨格では無く、機体各部にスラスタが取り付けられ、背中に装着したバックパック内にスラスタ燃料を格納しており、宇宙空間での移動手段でもある。

 スラスタ燃料としては、軽作業或いはただの移動用途の場合には液体窒素が、重量物を運搬する強い推進力が必要である場合には、ヒドラジン系の化学燃料が搭載される。

 いずれの燃料もカートリッジ形態をとっており、船外での単身作業の場合であっても作業者一人で比較的簡単に燃料カートリッジの交換が可能となっている。

 またバックパックには、EPAF駆動用のバッテリパックも装着されている。

 バックパックの両側に一組二個のバッテリパックを装着するが、作業状況にもよるものの一組のバッテリで約一時間の行動が可能である。

 当然の事ながらバッテリパックも簡単に着脱交換可能であり、空になったバッテリは核融合炉からのパワー供給を受ける専用充電器を使用する事で、約三十分で急速充電可能となっている。

 

 なお、EPAFのパワーアシスト機能は着用者がEASの下に着込んでいるインナースーツであるTIS(Terminal Inner Suit)に装着されている端子から、着用者の身体に流れる電気信号を読み取ることで操作する事が出来る。

 移動用のスラスターの操作は、EPAF装着者の両脇の下から胸部を固定、保護している骨格に取り付けられたスラスタコントロール用のスティックを用いて行う。

 

「ん・・・ありゃ?」

 

 プラズマジェットエンジンを異星人の駆逐艦の残骸の外殻に固定するためのパイル打ち込み作業を続けるハインリヒの耳に、レシーバ越しのトレイシーの妙な声が飛び込んできた。

 

「どうした? トラブルか?」

 

「んー、カートリッジ替えてからこっち、右側のスラスターの調子が悪ぃな。なんか一瞬もたつくぞ。」

 

「障害があるなら予備のローダーに交換しろ。制御できなくなったら、宇宙の果てまで漂流することになるぞ。回収しに行くのは手間だ。」

 

 EPAFを装着して作業している間は、作業性を低下させ、最悪の場合からみついて事故の原因ともなりかねない命綱は装着していない。

 EPAFの不調で漂流し始めたら、誰か他のEPAF装着者か、或いは艦を動かして漂流者を回収に向かわねばならないのだ。

 

 そして3000km/sという速度は、太陽系脱出速度のみならず銀河系の脱出速度も大きく超えてしまっている。

 この速度のまま漂流すれば、宇宙の果てまで行ってしまうというハインリヒの発言は大げさでは無い。

 もちろん、銀河系を脱出するためには何万年もの時間が必要だろうが。

 

「ノズル詰まりですか? カート替えるときにカプラーに埃でも入ったんじゃないですか。」

 

「馬鹿言え。埃どころか水素原子もろくに存在しない場所だぞ。クリーンルームよか綺麗なんだ。」

 

 冷静な声でとぼけたことを言うウェイの突っ込みにトレイシーが反論する。

 しかし実際のところ、地上で紛れ込んだ埃が漂い出して宇宙空間に出てから問題になるケースは存在する。

 

「トレイシー。調子悪いなら交換しろ。面倒な事になってからじゃ遅い。」

 

「あー、今のところちょっともたつく程度だから、このまま行くわ。予備のローダーは一機しか積んでないんだ。もっとヤバいことが起こったときのために取っとくべきだろ。」

 

「・・・分かった。お前の判断を尊重するが、ヤバくなったらすぐ替えろ。いいな?」

 

「オーケイ、オーケイ。」

 

 トレイシーがEPAFのスラスタを噴かしてオルペウスを離れ、漂流する残骸に取り付いて作業するチームに復帰した。

 その様を眼で追うハインリヒが見る限りでは、トレイシーのEPAFのスラスタ噴射には特に異常は見られなかった。

 自分の部下あるいは相棒として宇宙空間での任務の長いトレイシーが大丈夫だと判断するなら、まあとりあえずは大丈夫なのだろう、とハインリヒはこの問題を頭の隅に追いやった。

 そしてすぐに中断していたパイル打ちの作業に戻る。

 地上では絶対に持ち運ぶことの出来ない大きさのパイルガンを所定の位置にあてがい、狙いを定めてトリガーを引く。

 残骸の外殻にレーザーで開けられたパイル穴を引き裂いて、機械動作で撃ち出されたパイルが艦体に撃ち込まれ、内部で返しが開き固定される。

 パイル打ち込みの反動で浮いた身体をスラスタ噴射で戻し、艦体表面側から巨大なロックナットを締め込んでパイルを完全に固定したら完了だ。

 あと二十時間以内に、プラズマジェットエンジン三基、重力プラットフォーム十基を残骸に取り付けて固定しなければならない。

 その間残骸は凄まじい速度で地球から遠ざかり続ける。

 無駄にしていい時間など、一秒さえも無いのだ。

 

 その後三名は、数時間おきに交代で休憩を取りながらも黙々とエンジン取り付け作業を行った。

 取り付けたプラズマジェットエンジンが脱落しないよう、パイルで固定した固定具の根元の部分をさらに高張力鋼ワイヤで船体ごとぐるぐる巻きにして脱落防止を図り、また外殻に取り付いた重力プラットフォームの固定箇所にもパイルを撃ち込んで同様に脱落防止措置をとる。

 重力プラットフォームは、それ自身の重力場によって「荷物」を輸送する場合には固定にそれほど気を遣う必要は無いのだが、今回この残骸を回収して地球へと持ち帰る行程はプラズマジェットによる加速が大半を占める予定となっている。

 しっかりと固定しておかねば、ジェット加速をしている最中に重力プラットフォーム自体が脱落する可能性があった。

 

 そうやって作業が進む中、オルペウス艦内で周囲の警戒と作業の進捗管理を行っていたジェラルドは、二度目の仮眠の最中に艦橋に響いた電子音のアラートで叩き起こされた。

 作戦開始以来常に寝不足状態の目をこすりながら固定具を外してベッドから這い出る。

 そのまま空中を漂って自席に辿り着くと、コンソール上に点滅するメッセージ着信のサインに気付いた。

 こちらの生存を知らせ、通信局の位置を知らせてくる定時ビーコンのやりとりではこの様な表示は発生しない。

 何かマズいことが起こったか?

 タッチパネルの操作ももどかしくメッセージボックスを開いたジェラルドは、表示された地球からの通信の内容にまだ残っていた眠気が全て吹き飛ぶのを自覚した。

 

 警戒せよ。太陽L1ポイントのファラゾア艦隊に動きあり。貴艦が作業中の宙域の方向へ駆逐艦三隻が加速を開始。

 

 ジェラルドはCOSDERを操作し、地球方向への指向性を上げてデータの積算を開始した。

 数分後、検知された重力波の積算により、地球と月の重力によるノイズで不明瞭ながらも、こちらに向かっていると思しき重力推進の重力波源が三つ、COSDER画面に表示された。

 COSDERのシステムの解析結果は、ファラゾア艦がこのままの加速を続けた場合、3時間35分後に最接近し距離480万kmで通過することを示した。

 ファラゾア艦がこちらと同航する行動を取った場合、最短で7時間28分後にここに到着する。

 

「オルペウスより作業班。ヤバイっす。敵が来ます。」

 

 強い喉の渇きを感じつつ、自分でも違和感を感じるほどのガサついた声でジェラルドはヘッドセットのマイクに向かって警告を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんか地味な作業回になってしまった。w


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